検証重ね本性を探る
翌日も昼休みまで下着窃盗犯の新着情報がなかった。そのため生徒会の資料が唯一の手掛かりである。
昼食を手早く済ませた十瑪岐は、合流した莟と鳴乍と共に生徒会棟を出た。一日一度、生徒会長への報告義務があるのだ。初日だったので芳しくない成果報告と相成ったが度量の大きい会長なので急かされるでもない。というよりは、解決を急いで外部に話が漏れるほうを忌避しているようだった。
「莟は放課後部活だろお? 昼練とかはなかったのかあ?」
「それがさっき部室に寄ったら謎の生徒会長権限でわたしだけ休部扱いにされてたんです。はやく下着泥棒捕まえないと復帰できません」
莟が肩を落とす。矢ノ根会長は窃盗犯捜索メンバーの戦力として莟を正式に認定したらしい。特待制度のほうにも上手く手をまわしているだろう。となれば解決をそう急ぐ必要はないはずだが、そこは気持ちの問題か、休みすぎてコンディションが落ちるのを恐れているのか。
「つっても昨日はなんも進展しなかったからなあ。莟の水着が決まっただけだ。結局オレが選んだのにしたんだな」
「ええ、悔しいですけど一番かわいかったので」
「そうだろそうだろう。めちゃくちゃ似合ってたからなあ。さすがはオレの審美眼だぜ。可愛さ五割は増してたな」
「えっ……そんな満面の笑みで褒められると裏がありそうで警戒するんですが」
「ああ? 良いもんは良いって言うに決まってんだろお? なんのために口がついてんだ」
当たり前のように言う十瑪岐に、鳴乍が苦笑する。
「そういうのさらっと言える日本人男子は稀有だと思うよ?」
「鳴乍も昨日の似合ってたぞ。謎袖以外」
「あ──ありがとう……」
不意打ちの賞賛をくらって目を丸くする。まさか自分まで褒められるとは思っていなかったらしい。
鳴乍は今日も夏服の下にインナーとタイツ姿で十瑪岐に同行していた。やはり肌を見せることには抵抗があるようだ。鳴乍は暑そうな格好にもかかわらずそんな素振りは全く見せない。
「それで、今日はどうするの?」
「今から目ざとそうな被害者に何人か話聞きに行って、放課後は犯行現場の確認だなあ。犯人らしき人物の目撃証言が皆無なのが気になる。こんだけ無差別だと下着ドロが身内である確率は低い。だったら意識に残るはずなんだけどなあ」
「見慣れない人がいると普通はあれ? ってなりますもんね」
「それがねえってことは、なんか小細工してるに違いねえ」
「そのための現場検証ですね!」
「そゆことお。犯行場所のうち、入れる奴が限られてる場所がいくつかある。検証次第でホシを絞り込めるかもしれん。なんか細工があるならオレが気づけるしな」
「分かるんですか? 探偵みたいですね」
「常にズルする方法を考えてっから目星がつくっつうだけえ」
十瑪岐が昨日もらった資料をめくる。そこには判明している被害者への聞き取り調査の結果が載っていた。犯行現場も見取り図付きだ。
「聞き込みは手分けするのが早えかねえ。特別教室はちぃと離れてんな。水着売り場は昨日見たが、休んでた店員いるなら聞いとくか。あとは運動部……」
「運動部でも盗難があってたんですか?」
「は? 阿呆かお前は。資料読んでねえのかよ。つうか他人事みてえな顔してるが、澄君から返ってきた盗品の中に下着はあったのかよお?」
「澄君って誰です?」
「お前の元ストーカーだよ」
「そういうお名前だったんですね。言われてみれば狛左先輩がくれた箱の中にはなかったですけど。……あ、もしかしてわたし」
莟の頭の中で二つの出来事が繋がったようだ。十瑪岐は愉快に手を叩く。
「そう、ご立派な被害者様だよ立件おめでとう!」
「てっきり失くしたものとばかり! どこ探しても出てこないわけですよ。酷い……」
「ほんと酷えよなあ。ありとあらゆる負債を背負わせて全財産凍結して人生詰ませてやりてえよなあ」
「そこまでするのは駄目ですよっ。いくら相手が犯罪者だからって、やりすぎは駄目です。過剰に手を出したらこっちが悪者です」
「……っつう建前とっぱらったら?」
「ふん縛って逆さ吊りにして髪の毛一本ずつ引き抜いてやりたい……てっぺんから徐々に」
「さっすが不良を一人一秒でボコる女の発想。なるほど、なんかお前のノリ分かってきたあ」
「やりませんがね。わたしも先輩のノリに慣れてきました」
「私は二人のノリが怖いよ。過剰な私刑は禁止だからね? 罰するばかりじゃ更生に繋がらないもの。話せば分かってくれるかもしれないのだし」
「ああ?」
「えっ、あ、はい。ごめんなさいです」
一人だけ温度の違う鳴乍から諭すように手をぎゅっと握られて、二人は毒気を抜かれてしまう。ブレーキをかけられ犯人を陥れようという空気ではなくなってしまった。
話題は自然と調査へ戻る。
「盗まれたとき不審な人とか見なかった?」
鳴乍が莟へ事情聴取を試みる。だが反応は芳しくない。
「そういうのはなかったかと。でも……う~ん。わたしあんまり他人の行動に頓着しないんですよね。気づいてないだけかも。陸上部の人たちにも聞いてみます」
横で聞いていた十瑪岐が予想していたようにため息をつく。
「やっぱ簡単にしっぽは掴めねえか。莟んときと同じように運動部関係の部室だのシャワー室だので同じような案件が報告されてる。運動部に顔が広い莟に仲介させてそのへんを──」
調査メンバーへ今日の方針を明確に指示する。こうして十瑪岐たちは改めて情報収集へ向かった。
◇ ◆ ◇
午後七時、早く部活に復帰したい莟のために、生徒会棟の一室を借りて今日の情報を即日整理することとなった。借りられたのは生徒会執行部の控室だ。机とホワイトボード、角には詰まれた段ボールといつ使うか分からないのぼりが放置されている。
実際の面積以上の狭さを感じる部屋で、鳴乍が司会進行役として咳払いした。
「まずは今日一番の目的だった現場検証からね。犯行現場はもちろん、女子が下着を脱ぐ場所だから更衣室が一番多い。他にはシャワールーム、水着売り場、空き教室など」
「空き教室?」
「莟ちゃんごめん、そこは察して。共学校だと私たちがどれだけ取り締まっても漏れがあるのよ」
「事後に忘れてったのが消えたんだろうなあ」
「皆まで言うのはマナー違反よ十瑪岐くん」
また咳払い。
「現在確認されている窃盗十五件のうち、七件が女子しか立ち入れないはずの場所で起きている。にも拘わらず被害者達は誰も怪しい人間を見てないそうよ」
「現場に細工の跡はなかった。犯人は普通に出入り口を通ってるはずだあ。ったく、怪しいやつくらい誰か見てねえもんかねえ。透明人間じゃねえんだぞ? リストにある奴らには一通り鳴乍を付き添わせて話を聞いたが骨折り損のくたびれ大儲けだ。運動部のほうは?」
話を振られて莟も報告する。
「こっちも駄目でした。みなさん、狙われる心当たりはなかったそうです。下着が消えた時間も放課後、昼休み、朝とバラバラですし。盗難に遭うなんてまさか! と思ったそうです」
「まあ偶然に一人でいるところを狙われた事案が多いしなあ。たまたまか、それともその偶然を付け狙われてたか」
「ストーカーにしては被害者に一貫性がないですよね。ていうかここ最近のわたしストーカーって言葉が頻出しすぎ」
「確かになあ。被害者がみんな女子ってのは分かるが、それ以外の共通点が見えねえ。学年、部活、内部生外部生、それに家柄もピンキリ。ついでに顔の系統もバラバラだったかあ? 犯人はよっぽど多趣味だな」
「下着なら誰のでもいいんですかね?」
調べれば調べるほど、事態は混沌を極めている。鳴乍がホワイトボードにマジックを走らせた。
「もちろん学内だから完全に人の往来が絶えることのほうが珍しいけれど。同時刻に外部の人間の出入りがないのはこっちで確認した通り。生徒会は内部の犯行と見てる。二人の意見は?」
「相違なしぃ」
「わたしもそうだと思います。外の人は目立ちますから。あと先生も除外していいと思います」
「それはどうして?」
「運動部の人たち、誰も教師を見かけてないんですよ。顧問以外がうろついてたら運動部員は部費調整の抜き打ち視察かと思って身構えるので、印象に残るはずです」
莟が手をまっすぐ挙げて意見する。運動部員ならではの視点だ。
「つまり犯人は男子生徒ではないかと」
「だとすると全校生徒の三割が容疑者になるけれど。それは──」
「女子を外すべきじゃねえかもなあ」
眉をひそませる十瑪岐の発言に莟はぎょっと身構えた。
「えっ、だって下着を盗むのなんて性犯罪者──」
「今回の窃盗、どうも衝動的なもんじゃねえ。ここまでくりゃ女子も除外できん。つうかいれば目立つ男子が目撃されてねえなら、犯人も女子の可能性が高えだろ。
教師を外す意見はなるほど妥当だ。オレも支持する。だとしても容疑者は全校生徒二千人だろお?」
「世の中にはいろんな人がいるものねえ」
鳴乍もやんわりと頷く。莟は余計に頭が混乱してきた。
「ええっ??? でも、女子が女子の下着盗んで何が楽しいんです?」
「使い道なんぞ知るかよ。男に訊くな。だが、先入観だけでやってると視野が狭まるぜえ。容疑者は別の要素で絞るべきだなあ」
呟いてから顔をしかめて横髪を掻き上げた。耳元を露出させ、銀のイヤーカフスを指先で弄ぶ。
「つっても手詰まり感は否めねえなあ。裏技も今月使い切ったし。心底避けたいが、つかここ最近は積極的に避けてたが、こうなりゃ学園一の情報通に接触するしかねえかなあ」
「誰です、それ?」
鳴乍も心当たりのある表情をするが、莟は全く頭に浮かばない。好奇心に腰を上げると、同時に扉が勢いよく開かれた。全員が驚いて出入口を見る。
そこには金髪の少女が息を切らせて立っていた。
「あーっまだ居たよかった鳴乍さん!」
「書記ちゃん? どうしたの?」
鳴乍が出迎える。どうやら彼女も生徒会役員らしい。書記は鳴乍にすがりついた。
「明後日って様式変更調整会議があるでしょ? お願いなんだけど、仕事変わってくれないかな? 大事な来客が急に入っちゃって」
「いいよ。どこまでやればいいかだけメモ貼っておいて」
「ありがとー! 絶対お礼するね」
二つ返事に感謝を残して書記は駆けていった。苦笑してドアを閉める鳴乍に、十瑪岐は頬杖をついて声を低くする。
「善人顔で他人の面倒を安請け合いすっと損するぜえ。良い人ってのはだいたいが搾取されるだけなんだからよお」
「平気よ。好きでやってることだから。それに十瑪岐くんだって同じことするでしょう?」
「オレは打算ありきだ。お前みたいに行動が先で後から理由付けするわけじゃねえ。そもそもオレは善人じゃねえからなあ。人間、適度に悪いことしといたほうが都合がいいぜ?」
広げた二本指をクイクイと動かす。
それは相手を馬鹿にしているようにも、誘っているようにも見えた。
扉を背にした鳴乍の身体がかすかに揺れ、けれど少女の胸に毒を注ぎ込むような囁きは鉄壁の笑みに跳ね返される。
「いいのよ、私はこれで。クメセキュリティーは誠実さが売りなんだもの」
「さいですかあ」
「そうなのよ」
互いの笑みの裏には別の意味が込められているようだ。危うい境界を綱渡りをしているようなやりとり。目前で繰り広げられるそれに胃を痛めるのはいつだって部外者だ。
(ええ~。この元カップル、息が合うのか合わないのか、どっち……?)
二人の方針の違いをまざまざと見せつけられ、莟は人知れず冷や汗をかくのだった。