身につけた布の使い道
十瑪岐と莟は生徒会棟を出て長い渡り廊下を進む。
「やっぱり下着泥棒の犯人は不審者でしょうか。具体的にどうやって探すんです? 監視カメラをチェックさせてもらうとか?」
「そういう線は生徒会が真っ先に潰してんだろお。じゃねえとオレのとこまで案件回ってこねえよ」
「あ、そっか」
「兎二得の監視カメラは外部からの侵入者ばっか気にした配置だからなあ。内部犯とすりゃ役に立たねえ。あぶりだすにも容疑者を男子生徒と教師陣、あとは出入りの業者に絞っても総数七百人程度。とうてい虱潰しにゃ向かねえ数字だ」
「気が遠くなりますね……」
莟が露骨に顔をしかめる。十瑪岐はおどけて肩をすくめた。
「現行犯が一番楽なんだがなあ。どうにか誘き出すか。よし、ちょっとパンツ脱いで振り回してみてくれねえ?」
「絶対にごめんです。百歩譲って先輩のパンツでならいいですよ」
「それで出てくる奴たぶん別者」
そもそも目標物を振り回して相手が出てくるなら苦労はしない。こういう窃盗犯は徹底的にバレないように逃げるのだから。生徒会が手をこまねいている以上、そんなものに引っかかる阿呆ではないはずだ。
「というかこれ、どこに向かってるんですか?」
「付き合わせた駄賃にお前の水着を買ってやろうと思ってなあ。もうちょいでプールの授業が始まるだろお?」
「もうそんな時期でしたね。スク水の購入案内とか来ないんで不思議に思ってましたけど、学内で買えたんですか。ていうか自分で買いますよ。そこまで貧乏じゃありません」
「なあに、これから犯人探しに付き合わせる前払いだ。今後もキリキリ働いてもらうからなあ」
「別にそんなのいいのに」
「金の切れ目が縁の切れ目っつうだろお? オレにとっての友だ──人付き合いってのは貸し借り清算しあって続いてくもんなんだよ。昨日アホ共強請って儲かったしなあ。てことでおとなしく奢られろ」
「なるほど、カツアゲ成功して気分がいいんですね」
「その通りい! 十分な根回しもせずに同級生イジメちゃってる政治家の息子がいたからさあ、ちょうっとオレが証拠突きつけて脅し──んんっ、交渉してえ、そいつらが互いに納得する形に大・団・円っ。オレ双方からの手数料ゲットでホクホク」
「口止め料と謝礼を要求したんですね。観察してたときから思ってましたけど、先輩って意外といじめっ子とかを狙いますよね。やっぱり負い目がある相手は弱み握りやすくて訴えられたりしないからです?」
「それもあるしそれが理由だがなあ。口封じ楽だし。そこが分かるとはお前もなかなかひねくれてるじゃねえか」
「わたしは思いついても実行しませんもん」
「思いつきはするんだな。それにほら、自分は搾取する側ですみたいな顔した奴らから搾り取った金を無関係の他人に使うのってなあんか気持ち良いだろお?」
「うわぁ、汚いお金が天下を回ってきた」
「金の大半は汚染されてんだよ」
十瑪岐が快感に体を震わせると、莟に冷たい視線を向けられた。どうやらまともな感性を持った少女には理解できない性癖であるらしい。十瑪岐は咳払いして注釈を加えた。
「てかなあ、水着売り場に行くのも調査の一環だ。実際に買い物してたほうが不自然じゃねえだろお」
「どういうことです?」
どうやらまだ生徒会の資料に目を通し終わっていないらしい莟が首をひねる。仕方なく説明してやるかと口を開いたその背に勢いよくぶつかるモノがあった。
「のわっ」
「ひゃっ」
「くふふっやっと追いついた。なんの話してるの?」
二人で振り返ると、ぶつかってきた張本人が十瑪岐を見上げていた。鳴乍は二人の片腕ずつを引っ張って真ん中で満面の笑みを浮かべている。
その笑みが目に沁みて、十瑪岐は顔をしかめた。急にすさんだ心持ちになって適当なことを言ってしまう。
「なんの話ってそりゃあ、お前のパンツ何色って話」
「えっ、そういえば覚えてないなぁ。ちょっと待っててね〜」
「確認しようとしなくていいんですよ鳴乍先輩! とめき先輩もなに聞いてるんですか!?」
後ろを向いて自分のスカートの中を覗こうとする鳴乍を止め、莟が十瑪岐の胸倉を掴む。
襟が締まって息ができない。
「じょ……冗談だっつうのお。首絞まっ死ぬぅ」
「白だったよー」
「鳴乍先輩も言わなくていいですから!」
「ぎょべっ」
邪魔だと言わんばかりに突き飛ばされて難を逃れた。盛大に咳をして喉の調子を整える。そして先ほどの情報を脳内で反復した。
「しかし白ねえ。都合がいいなあ」
口に出ていた。
「…………とめき先輩」
「いや待て莟。そのゴミにたかるハエを見るような眼はやめろ。パンツの色には重要な意味があってなあ。この生徒会の資料を見てみろ。被害者への聞き取り結果をまとめたグラフだ。これによれば盗まれたパンツは白が圧倒的に多い! んでもって特設水着売り場で下着が盗まれた事例が二件ある。そおれ着いたぞ」
階段を上って講堂に出る。普段はがらんとした空間が、今はカラフルな色合いに染め上げられていた。
人一人が通るほどの隙間を開けて並んだネットスタンドに丁寧にかけられた色彩豊かな水着の数々。表には白いマネキンたちがディスプレイされ際どい布面積を知らしめる。
商業施設で見慣れたその窮屈な様相はまさしく──
「夏場のデパートだこれ! なんですこの品揃え!?」
学内に突然現れた光景に莟が驚愕して目を見開いている。
初等部から在籍している鳴乍や中学からの編入組である十瑪岐たちにとっては見慣れた景色だが、高校からの外部生には奇妙に映るのだろう。反応が新鮮で面白い。
「驚くだろお? この時期は現役高校生相手のマーケティングも兼ねて提携会社が何社か商品卸してんだよ」
「え、この水着で授業受けていいんですかハレンチ」
マネキンが着ているのはスクール水着などではない、ビキニだ。困惑した莟が鳴乍を見ると、生徒会役員はニコリと笑う。
「スク水はデザイン性が単一で着たくないと昔の生徒が駄々こねた結果、学内でこうして販売許可を得た水着ならと校則が変わったのよ。もともと兎二得の水泳授業は驚くほどゆるいし。ほぼ自由時間よ」
見渡せば、数名の生徒たちが水着を選んでいた。みな当たり前の顔で商品を手に取っている。
奥では試着もやっているようだ。女生徒たちが際どい水着を身にまとって楽し気にはしゃいでいる。その様子は普通の女子高生と同じだ。こういうところは親の収入くらいで変わるものではないらしい。
そんな様子を十瑪岐がじっと見つめているのに莟は気付いた。
「先輩、おっぱいばかり見すぎです」
少年の視線を追って、莟が呆れ声を出す。やはりこの少年も男子高校生なのだと。
だが少女の侮蔑の目に十瑪岐は少しも悪びれることなく胸を張った。
「あのなあ、普段着でだって、スカートから伸びる足とかはだけた胸元とか、地肌出てるとこばっか見てたら変態だろお?」
「まぁそれはそうですね」
「だったら布地で隠れてるとこに目を向けるしかねえじゃねえか」
「確かに?」
「なら水着んときは布で隠れてる胸とケツを見てるほうがよほど紳士ってもんだろお」
「本当です! 先輩は無実です!」
「騙されないで莟ちゃん。それ屁理屈だから。最初から見なければいいのよ」
「はっ、確かに。偏屈な人ってどうしてこう詭弁をこねくり回すのが上手なんでしょうか」
「男心が分かってねえなあ」
十瑪岐は言いながら長財布を取り出し札束を数えて指を六本立てる。
「んじゃまあ予算はこれくらいな、好きなの選べ。オレも適当に見てくらあ」
そう言い残して商品棚の間に消えていった。
「先輩も自分の水着を選びにいったんでしょうか」
「もしくは警邏かもね。私たちは言われた通り、楽しくお買い物でもしてましょ」
「は、はい」
鳴乍に促され水着を物色する。まるで普通のショッピングのようだ。
普段は誰かと遊びに出かけたりせず自主連ばかりしている莟にとっては、同世代の子とあれだこれだと言い合いながら水着を選ぶのは新鮮で、つい本題を忘れてしまうほど楽しい時間だった。
鳴乍が雑談の途中でどこか言い難そうに切り出す。
「それでね、莟ちゃん。莟ちゃんって十瑪岐くんの恋び…………友達なの? すごく息が合ってるし、仲が良いよね」
同じ笑みを浮かべながらも、その眉根はちょっぴり下がっている。
その表情を見て莟はピンと来た。
(そっか。元恋人がたった数週間でもう新しい女と仲良くしてたら複雑な気分にもなるのかも)
見当違いの得心をした莟は、彼女を心配させないよう言葉を選んで答えた。
「いえ、仲が良いというより気を使わなくていい相手という感じですね。純粋な利害関係で成り立ってます。今はパシリの身分でして。わたしもそろそろ友達にランクアップしたいんですが」
「そ、そうなんだ。まさか十瑪岐くんと気が合う人がいるとはね。いい友人になると思うよ」
鳴乍は楽しげな口調で笑う。彼女がすっきりした顔になったので、莟はつい口を滑らせた。
「あと可能性は低いですが、十瑪岐先輩はわたしの初恋の相手かもしれませんね」
「えっ? どういうこと!?」
「うわっ、圧が強っ」
この後、説明と弁明に時間がかかった。