表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クズ男は誰の初恋でもない。はずだった  作者: まじりモコ
十三周目 クズと忠臣の見えざる奮闘
131/132

初恋トレッドミル


 ホールから出て、人気のない廊下で十瑪岐は立ち止まった。ここなら他のメンバーも給仕も通りすがることはないだろう。


 噴き出してきた手汗をこっそり上着で拭って、十瑪岐は黙したままついて来ていた鳴乍を振り返った。


「ありがとな。ファンクラブの件、お前がなんかやってくれたんだろ」


「そんなこと? 十瑪岐くんは気にしなくていいのよ」


「礼くらい言わせろよ。あの後押しのおかげで勝てたようなもんだからよお」


「本当に、大したことはしてないのよ。彼らとはちょっとお話しただけだから」


 鳴乍は薄く笑って目を伏せた。会話が途切れてしまう。

 本当に話したいのはこんなことではないのに、十瑪岐は二の句を継げずにいた。


 今日告白するのだと。そう決意していたはずなのに。


 いくらまっすぐ覚悟を決めていても、嫌に馴染んだ猫背のように、気づかぬうちに曲がって元に戻ろうとするから、何度も気を引き締めなおさねばならない。


 だが限度がある。十瑪岐はすっかり日和って切り出せずにいた。


 沈黙に耐えかねた口が勝手にさっきの話題を繋ぐ。


「でもよお、どうやったらあの狂信者共を丸め込めるんだよ。後学のために教えて鳴乍サマぁ」


「それは……」


 軽口のつもりだったのだが、なぜか鳴乍の目が泳ぐ。心なしか距離が離れた気もする。

 不自然な彼女の振る舞いに、十瑪岐はハッと手で口を覆った。


「ま、まさかこのオレでも引くようなあくどい手段で洗脳を……?」


「するわけないよ。でも……そうね。そんなに知りたい?」


「おう」


 即答すると、鳴乍は思考を巡らすように目を落としたあと、急ににこやかに微笑んだ。


「じゃあ、地べたに這いつくばって私の足に取りすがって、屈辱に満ちた顔で『教えてください鳴乍様』ってお願いするなら考えてあげる」


「なんだそんなんでいいのか。よぅし」


「うん、待って十瑪岐くん。実行しようとしないで。私が悪かったから」


 さっそく膝を折ろうとしたら止められてしまった。

 言われた通りにしようとしたのに、なぜ責める口調を向けられねばならないのか。不満を込めて見返す。鳴乍は十瑪岐の行動に困惑しているようだったが、口角の緩みを見るに楽しんでいるようでもある。


 その言葉にできない表情に、十瑪岐も思わず笑ってしまった。


「お前……そういうの前より隠さなくなったよな」


「こういう私は嫌いかな?」


 以前と同じ質問だ。あの時と違うのは、彼女の表情にもう影がないことか。かつてあった悲しみの色はきっと溶けてしまったのだろう。鳴乍は至極穏やかに問いかけを投げている


 前は誤魔化してしまった質問に、十瑪岐は今度こそ正面から答えた。


「いいんじゃねえ。お前が楽しそうならオレは嬉しいよ」


 大仰に肩をすくめて茶化すように片頬を吊り上げてみせると、鳴乍は静かに微笑んで壁にもたれかかった。


「こういう自分も私自身であることに違いないもの。隠すばかりじゃなくて、騙し続けるんじゃなくて、もっと本当の私を知って欲しい。取り繕った私以外のことも受け入れて欲しい。その上で今まで以上に慕ってもらえるようになれたらって、欲張りになっちゃった。始めは難しいかもしれないけれど、頑張ろうと思う」


 少女の口調はどこか夢見るようだった。けれど、それが心地よい寝物語でないことは十瑪岐にも分かる。


 鳴乍が踏み出したのは険しい道のりだ。

 傷つけられることを恐れず弱い所を差し出して、そうして壁を取り去り、もっと自由に生きる。言葉にしてみると魅力的だが、実行するのは想像するよりずっと困難だ。もしも本当の自分を誰にも受け入れてもらえなかったらと考えるだけで恐ろしい。作り上げた理想の自分で武装していた今までの彼女からすれば一入ひとしおだろう


 相手の理想と違うものをお出しすることは、拒絶される可能性を必ず残すものだ。

 その恐怖に打ち勝てる人間は少ない。


「まあ、他人が本当はなに求めてんのかとか、分かんねえし。オレも自分のこと可愛い系だと思ってたが、実は割と格好いいらしいからなあ」


 文化祭ステージ動画のコメント欄を思い出し冗談めかしてみる。横目で鳴乍を窺うと、彼女はおかしそうにはにかんだ。


「うん。格好良かった」


 お世辞かと思ったが、視線が合ってそれが本心だと知る。十瑪岐は一気に顔が熱くなるのを感じた。


「私ね、ずっと十瑪岐くんの情けない姿とか、自分勝手なところに惹かれてるんだと思ってたの。それは間違いじゃないんだけど、でもそれ以上に、あのステージで輝く十瑪岐くんを格好いいって思えた」


 自分の細い手を見下ろし、鳴乍は想いを馳せてるようにして喋喋ちょうちょうと語る。


「私にもまともな感性があったんだなって、ちょっとだけ自分のこと好きになれたんだ。だから、ありがとう十瑪岐くん」


 穏やかに目を細める彼女のすべてが、あまりに眩しく見えたから。


「────結婚してくれ」


 気づけば鳴乍の腕を掴んで、そう告白していた。


 時が止まったような奇妙な感覚に一瞬(おちい)る。鳴乍は驚いて茫然と目を見開いている。その表情で、十瑪岐は自分が何を口走ったのか遅れて理解した。


 どっと汗が噴き出す。動悸が異常なほど早まって後悔が襲う。

 だが十瑪岐の脳が言い訳を構築するよりも鳴乍が口を開くほうが早かった。


「え、なぜ」


「なぜ?! なぜとは!?」


 真顔で訊いてくる鳴乍に思わず絶叫混じりの質問を返してしまう。彼女はなぜ求婚されてこんなに落ち着いているのか。パニックになった十瑪岐では上手く鳴乍の示す感情を噛み砕けない。


 鳴乍がただただ不思議だと言いたげに首を傾げる。


「無理をしなくても、私は私にできる範囲で貴方に尽くすって言ったよね?」


「いや、関係性を人質にしたえげつねえ要求があるとかそんなんじゃなくてだなあ。……これはオレの日頃の行いが悪いのか」


 弁明しながらやっと理解した。どうやら勘違いされているらしい。全身に力が入らなくなって柔らかな絨毯に尻をついた。握力が弱まって鳴乍の腕から手が滑り落ちていく。十瑪岐はそのまま伝って彼女の手に指を絡ませた。両手で包んで、鳴乍の瞳を見上げる。


「好きだから。結婚して欲しいくらい、オレはお前に惚れてる」


 端的にそう告げるので精一杯だった。


 鳴乍は腕を引かれたせいで前かがみの体勢のまま唖然と十瑪岐を見下ろしている。


「…………鳴乍?」


 あまりに反応がないので怖くなって呼びかける。鳴乍は言葉を失ったまま屈みこんだ。片手で器用にロングスカートを巻き込んで、膝に額を預ける。おかげで表情が見えなくなってしまった。肩が震えているように見えるが、手を振り払われたりはしない。


 返答をせっつきたいのを抑えて十瑪岐が待っていると、鳴乍は耐えきれないというように吹き出して顔を上げた。


「ふっ、くふふ、なにそれ。普通お付き合いの前に求婚する? 結婚を前提にどころじゃないじゃない。順序を吹っ飛ばし過ぎよ」


「なっ、そ、そうかあ? そうだな。なんか今の話聞いてたら気持ちが高ぶって。すまん」


「ふふっ」


 あたふたと言い訳を重ねる十瑪岐の姿がさらにツボに入ったらしい。腹を抱えて喉の奥で笑い始める。


 笑われている十瑪岐は唇を尖らせ不満を表してみたが効果はない。手持ち無沙汰で、掴んだ手をにぎにぎと揉んでみる。どこもかしこも柔らかい。白く滑らかで、自分とは似ても似つかない。安心する温度の手のひらは自分と同じように、なんだか湿っぽかった。


 ひとしきり笑って、ようやく笑いの波が収まったらしい。鳴乍は目元に溜まった雫をすくう。


 濡れた指先をそのままに、十瑪岐の手に自分の空いた手を重ねた。


「まったく。私たち、友達になる前に恋人になったり、恋人に戻る前に求婚したり、生き急いでばかりね」


 言いながら十瑪岐の手を愛おしそうに撫でる。いつもの手フェチ衝動とどこか違うその表情は、十瑪岐の心を奪うのに十分だった。


 ふと視線が合って心臓が跳ねる。嬉しそうに頬を赤らめて微笑むから、そのまま鼓動が止まるかと思った。


 鳴乍が十瑪岐の指に口づけを落として囁く。


「私も貴方が好き。もう一度私に、貴方と恋をするチャンスをください」


 まっすぐ見つめて来る視線が何だか扇情的で、思わず喉を鳴らす。


「チャンスもなにも、オレの初恋は…………お前だ」


奇遇きぐうね。私もよ」


「奇遇ですね、わたしもです」


「「!?」」


 突然割り入ってきた声に揃って飛び上がる。声のほうを見ると、曲がり角で四つん這いになり震えている莟の姿があった。


「莟ちゃん、いったい何をして……」


「ごめんなさい。とめき先輩が鳴乍先輩を追いかけてったから面白────心配で思わず尾行してしまって」


「嘘だろ全く気配なかったんですけどお!?」


「気配を消して黙って見守ろうと思って耐えてたんですけど、もうむずむずが限界で」


「そもそも見守ろうとしないでえ!?」


 この後輩、隠そうとしているがめちゃくちゃにやついている。

 さすがに居心地悪くなってきたのか莟は立ち上がった。咳ばらいをして埃を払うと、祝福を目ににじませ──


「とめき先輩、ヘタレのくせに頑張りましたね──ぶふっ」


「吹き出すくらいなら最初はなから笑えよ畜生お!」


「違うんです。これはお二人が結ばれたのが嬉しすぎて込み上げてくるものであって」


「正真正銘のあざけりにしか見えませんでしたけれどもお!?」


「そうだ、我ながら一部始終ばっちり撮れたので、結婚式で流しましょうね」


「録画してんじゃねえよ!! 消せえ! いや消してえ!」


 十瑪岐が涙目でスマホを奪い取りに走る。しかし運動神経で莟に勝てるわけもなく、一方的に遊ばれている。


 そんな彼の情けない姿に口角が上がってしまうのを感じながら、鳴乍は呟いた。


「乱入してくれて良かった……」


 決して二人に聴こえないように。けれど、溢れてこぼさずにはいられない。


「やっぱり、こういう彼も最高だもの」


 不器用にも告白してくれた姿が格好良過ぎて気絶しそうだったなんて、やっぱり言葉にはできないけれど。


  【初恋トレッドミル フィニッシュ】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ