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クズ男は誰の初恋でもない。はずだった  作者: まじりモコ
十三周目 クズと忠臣の見えざる奮闘
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パリッて打ち上げ


 人数に見合った広さのホールに明るく中身のないBGMが鳴り響いている。

 集まった功労者達を見渡して、十瑪岐はグラスを掲げた。


「つーわけでえ、文化祭お疲れさまあ!」

「アンド、とめき先輩プリコングランプリおめでとうございまーす!」


「「「「「おつかれさまー!」」」」」


 すかさず莟が言葉を継ぐと、待ってましたとばかりに皆が沸き立つ。乾杯の合図は祝福に満ちていた。


 文化祭翌日は業者による撤収作業などがあるため、学園は振り替え休日となっている。祭りのあと、普段は授業を受けているはずの平日に暇を与えられた生徒たちは何をするか。


 もちろん打ち上げである。


 十瑪岐たちプリコン暗躍メンバーもその例に漏れない。むしろ率先して羽目を外そうとする少年が中心にいるのでなおさらだ。


 特注でデリバリーしてもらった豪勢な料理を前にして、めいめいにグラス音が鳴り響く。

 ソフトドリンクを煽った十瑪岐は上機嫌に手を広げた。


「今日のお代は生徒会長と鳴乍とで全額持ってくれるそうだからあ、遠慮せずに楽しんでねえ。いやあ、鳴乍サマってば超感謝ぁ。生徒会御用達のホールまで貸し切ってくれちゃって、やっぱ持つべきものは生徒会関係者だなあ」


「主催のあなたが持つべきじゃないの」


 持参した和菓子を隅に並べつつ佐上さがみ冥華めいかが呆れ顔を見せる。彼女の隣では下市しもいち火苅かがりが炭酸ジュースをストローでひたすらかき混ぜていた。どうやら炭酸を抜いているようだ。苦手なのだろうか。


 十瑪岐はにやけた顔で冥華の鋭い指摘に答えた。


「意地悪言うなって冥華めいかちゃん。オレ手持ち全部ぜえんぶ担保にしちまったから今は金欠なんだよお。つうか金持ってる奴が見返りなしに出してくれるってんだから甘えるのが当然だろおが。まあ出資者サマが駄目って言うなら大人しく隅でポテトかじっとくけどお」


 背を丸めて隣の鳴乍を窺う。視線がぶつかった少女は、途端に破顔一笑した。


「くふふっ、主役なのに輪から爪弾きにされて拗ねてる十瑪岐くんを眺めるのも楽しそうだけれど、せっかくのお祝いだもの。生徒会長も私も最初からそのつもりだし、遠慮しないでね」


 と鳴乍が言うまでもなく、十瑪岐は当然のように料理に箸を伸ばしている。周囲はそんな彼を引き気味に見ているが、鳴乍はまるで子犬のイタズラを眺めるように微笑ましげだ。


 カルパッチョを口いっぱいに頬張っていた十瑪岐は、ふと思い出したように立ち上がってバッグをまさぐった。


「そうそう、幸滉から『楽しんできてね』って差し入れとお小遣いを頂いておりまあす!」


 十瑪岐がバッグから金一封を取り出して、すっかり会得したウインクを決めると、並んでキャッキャッと雑談していた莟と由利ゆりが同時にぎょっと目を見開いた。


「敵に塩を送られてる!」

「人間性の差を見せつけられた気分です!」

「本当によく勝てたねこれ!」


「オレがあいつのためにどんだけ骨を折ったと思ってんだ。これしきの見返りじゃ足りねえっつうのお。これから人生をかけて恩返ししてもらわねえとなあ。ってことで、お願いしまーす」


 十瑪岐が高らかに柏手かしわでを鳴らすと外に控えていたボーイがワゴンを押して入ってくる。


 大皿には清潔な飾り葉が添えられ、その上に鎮座するは長丸型の白い塊だ。それはどう見ても──


「はあい、あちらに見えますは幸滉から差し入れの鯛の塩焼き」


「なぜ鯛の塩焼きっ!? 本当に塩送られてる!」


「祝いの席だって話したら手配してくれたあ」


「とと、十瑪岐君もだけど、ゆ、幸滉君もちょっと、ズレてる、よね」


 テーブルにドンと置かれた塩の塊を前に楠間田くすまだがぼそりとこぼす。


 料亭側が用意したのか小ぶりの木槌きづちも付いている。接待だのパーティーだのによく駆り出される家柄のメンバーからしてみれば見慣れた物体だが、学園の一般生にとっては違う。


 莟も初めて見たらしい。木槌を手に取るとすぐ使い道を理解したらしく、目を輝かせた。


「はい! わたし割ります! いいですよね、とめき先輩!」


「勢いあまって中の鯛まですり潰すなよお。ところで楠間田くすまだくん、飯開はんがいはその後どうだあ? 処分の緩和は終わっただろ」


 酒など一滴も入っていないはずなのに絡み酒の調子で十瑪岐が肩を組む。楠間田はすぐ意味を解して頷いてみせた。


「ほ、報酬には満足してた、っから。悪さはしないとおも、思うよ」


「ほおん。そりゃあ良かった。『この度はお世話になりました。二度と会わねえで済むことを祈っております先生』って伝えてくれや」


「それは自分で直接言って、ね」


「オレと飯開はんがいの相性が最悪なの知ってて言ってるう?」


「自己嫌悪とはむ、向き合ってこそだよ。それにレッスン中は、仲良さそうだった、じゃない?」


「楽しんでんだろ、お前」


 ケッと十瑪岐が顔をしかめると、楠間田はなぜか満足気に笑う。その向こうでは、勢いのあまり塩の塊をフラググレネードのように暴発させる莟が阿鼻叫喚を生んでいるのだった。



      ◇   ◆   ◇



 打ち上げが始まりしばらく経っても新條しんじょう由利ゆりの取皿はきれいなままだった。無限に箸を動かし続ける友人つぼみが隣にいるからか、すでに満腹感を感じているらしい。食事より会話を楽しんでいた。


「やっぱ決め手はアレでしたよ。動画のコメント欄」


 場が盛り上がってくると皆の口も軽くなる、が。そもそも共通の話題がない寄せ集めのメンバーなので、話は自然とコンテストの振り返りになっていた。


 特に由利は自身の手掛けたプロデュースが予想以上に上手くいったためにご機嫌だ。


「解説がいっぱい載ってたでしょう。幸滉先輩がミラクルキュートなら十瑪岐先輩は超絶セクシーだとか。もはや動画に年齢制限をかけるべきだとか、あとはあのパフォーマンスがどれだけ細かく作りこまれてるかの解説」


「いや最後のがメインだったと思うけど……」


「あ、あったね。すごい細部まで研究された、熱の入った、し、視点だった」


「あんな書かれてたら本当かなって繰り返し見ちゃいますよね。おかげで口コミも広がった感じだし。やっぱどんだけ戦略練っても、生の口コミが連鎖するほうが効果あるんだよなー」


 今回、由利の主導で展開したイメージ戦略は多岐に上る。


 髪型の変更による印象の一新。

 悪印象の原因である飯開元教諭の協力。

 練習風景の動画配信から垣間見えるギャップの演出。

 学内頒布同人誌を用いた女子生徒への啓蒙活動。

 女装写真集の噂からなる男子生徒票の誘因策。

 などなど。


 会議で出てきたアイデアや提案をもとに、由利はそれらを同時進行で管理した。


 印象を変え、好感を与え、最後に実益を示す。広報活動の基本である。


 とはいえ、それだけでは真の王子様イメージが根付いている幸滉には到底かなわなかっただろう。良くて引き分け。悪ければ大敗。いかに兎二得生がミーハーであろうと、彼らは自身の立場を幼い頃から叩き込まれている子息達。己の選択には責任を持つクセがついている。劣悪な大統領の台頭とか巨大連合からの離脱のような有権者にすら予想外な結果など、そうそう起こるものではない。


 なによりどんなに心血注ごうと、まずは目に留まらなければ存在しないも同じなのだ。幸滉を見に来た観客はやはり幸滉しか見ていないだろうし、誰もが他者の変化に興味を持つわけでもない。


 今回の十瑪岐の努力も、一部界隈でちょっとだけ話題になったで終わるところだった。


 それを覆したのが、計算外の『第三者』による布教活動だ。


「とはいえ、そうやって取り上げる人が出てきたことそのものが由利ちゃんのおかげだと思うけど」


 莟が食事の手を止めて賞賛するが、由利は納得いかない表情だ。


「うーん、でもそこまで織り込み済みじゃなかったからさ。嬉しい半分、悔しい半分な結果だったかな。さすがに自惚うぬぼれてられないよ。まだまだ精進だって分かったから収穫はあったけど」


 自嘲気味に笑って背伸びをする。


 ずっと聞き役に徹していた火苅が首を傾げた。


「でもあれ結局、誰たちのコメントだったんだろね。なんか関連性あったから徒党組んでるイメージあったけど。まぁ誰だろうと、火苅達にとってはありがたかったけどさ」


「あれ確か全員、久米さんのファンクラブの会員じゃなかった?」


「え」


 冥華がさらっと答えると視線が集まった。冥華はすまし顔のまま捕捉する。


「一番濃いコメントしてた奴がファンクラブの会長だったからピンときた」


「どうして久米さんのファンクラブ会員が? あの人たちってむしろ葛和十瑪岐のこと嫌ってなかったっけ」


 火苅が本気で理解できないという顔で鳴乍へ視線を向ける。急に矛先を向けられた鳴乍は微かに肩を震わせた。


「それが、私が十瑪岐くんと仲良くしたいってことを説明したら、なんだか、応援してくれることになって……」


 珍しく歯切れが悪い。表情はいつも通りの彼女だが、耳が少し赤くなっている。短い言葉と態度の中から事情を察したのは、冥華と楠間田だけらしい。他のメンバーはへぇと感心するのみだ。


「私ちょっと席を外すね」


 冥華たちからの生暖かい視線に耐えられなくなった鳴乍が腰を上げる。

 そっと部屋を出て一息つくと、なぜか続いて十瑪岐が出てきた。


「鳴乍、ちょっと二人で話せねえか」


 じっと見つめて来るその目は、

 時間を作ってくれと告げられた時と同じ、真剣な色を帯びていた。



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