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クズ男は誰の初恋でもない。はずだった  作者: まじりモコ
十三周目 クズと忠臣の見えざる奮闘
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先に着替えろそのドレス


 授賞式を前に一度控室へと下がった十瑪岐は、身をいたずらに焦がすような強い憤りを宿した兄に詰め寄られていた。


「これは、葛和の跡目争いじゃなかったのか」


 爆発しそうな感情をなんとか抑えるように瞳が揺れる。

 ステージの上では澄ました表情を保っていたが、さすがに限界だったのだろう。外の生徒に聴こえないよう声量は絞っているが、滅多に見せない激昂顔はそれだけで背筋を冷たくさせる。


 とはいえ女装姿のままなので圧は半減しているわけだが。今の幸滉は自分の格好を気にする余裕もないらしい。


「僕から椎衣を奪うのが目的じゃなかったのか」


「はあ? オレがいつそんなこと言ったよ」


 真剣な眼差しに十瑪岐はとぼけてみせる。幸滉の傷ついたプライドをさらに逆なでするように。


 実際、十瑪岐から権利の使い方に言及したことは一度もない。すべて幸滉の早とちりだ。誤りを正さなかったのは確かだが。


 幸滉もそう思い至ったのだろう。悔しげに唇を噛み、数歩後退った。


「……十瑪岐にとっては、僕にあるたった一つの恐怖すら、もてあそぶ弱味の一つでしかないのかよ」


 胴の痛みに苦しむように腰を曲げる。今にもくずおれそうな幸滉の声には失望が影を落として感じられた。だがそれも一瞬で、すぐまた憤慨に塗りつぶされる。


「おかしいだろう。どうして十瑪岐が僕に勝てる。どうして僕が負けている。いったいどんな手を使ったんだ。どうやって僕をおとしめた」


 どうやら勝敗の結果に納得がいっていないようだ。十瑪岐はため息をついて幸滉の肩を押す。抵抗することなく後ろの椅子に腰を落とした兄の前にパイプ椅子を引きずっていって、自分も真正面に座った。


 沙羅さらなドレスが男らしい骨格の足の上で品よく広がる様がやけに滑稽だ。

 とても真面目な話をする格好じゃあねえなと、自分が招いた状況にもかかわらず十瑪岐は心中で不満を呟いた。


「特別なことはなんもしてねえよ。今回は任せきりで、オレ自身はほとんど手なんか回してねえからなあ。直接やったのは、男子生徒に投票させるためにオレらの女装写真を流して負けたほうが写真集を撮るって噂を広めただけ。お前が想像してるようなネガキャンはやってねえぞ」


「だったらどうして僕の票が減ってるんだよ。十瑪岐が良からぬ噂を流したんじゃないの」


「独占できなきゃヤダって駄々っ子じゃねえんだから。お前以外に良さげな候補さえ居れば票は割れてしかるべきだろお。ていうか男子票はお前も去年より増えてたぞ。おめでとお!」


 巫山戯ふざけてはやし立てると幸滉がキッと睨み上げてくる。十瑪岐は身体をらしあざけりの笑みも高々に幸滉を見下した。


おとしめられたなんてとんでもなあい! 被害妄想も大概にしろよ。お前はありのままのお前で見下してた相手(このオレ)に負けたんだ。ざまあみろお!!」


 少年の表情を隠す邪魔なウィッグを掴み床へ放り捨てる。憎々しげな、いっそ殺意すら乗っていそうな視線が突き刺さるが、十瑪岐は上等だと肩をすくめて全て受け止めた。


「オレは勝つためにあらゆるものを賭けた。お前は当然のことしかしなかった。その差がこれだあ。そりゃあお前は完璧な天才サマだろおがよお、即席の下駄履いて崖に飛び込むクズより高く跳べる気でいたのかよ」


 腹の底から笑ってみせる。幸滉の長いまつ毛が震えている。十瑪岐は自分とどこも似ていない兄の顔を改めてじっくり眺めながら反応を待った。


 爆笑が吐息に消えたころ、幸滉がようやく口を開こうとし。


 その時、ノックが響いて入室者があった。



      ◇   ◆   ◇



 返事も待たずに控室へぬぅっと現れたのは新聞部部長の芹尾せりおれいだった。れいはいつも陰気な表情を珍しく明るく和らげ、テンション高く飛びつくように十瑪岐へ駆け寄る。


「十瑪岐君……ありがとうなぁ! いやぁ……おかげさまで……予約サイトがパンクしとるわ。かつてない初動……これは売上部数も……期待できるゆうもんやね」


 タブレット画面に表示された予約数はすでに三桁も中盤だ。

 十瑪岐はほくそ笑んではしゃぐれいを見返した。


「これで約束守れたっすよねえ」


 言葉で明確な確認を取る。この不気味な先輩相手ではのらりくらりと躱されかねない。怜は両の口角を不均衡に上げてうなづいた。


「せやね……自分の出した『新聞部歴代の売り上げをぶっちぎりで越えたい』……そんな願いを十瑪岐君は……本当に叶えてもうた。取引成立や……。ところで……預かってた君の女装写真……言い値で買い取る言う生徒会会計役員とすれ違ったんやけど……ええかな?」


「いいわけねえでしょお」


 目前でヒラヒラ揺れる二枚の写真を奪い取る。写真集の噂を流してもらうために楠間田くすまだに渡していたものだ。


 写っているのは九歳のときのハロウィンで着せられた魔女の仮装である。写真のなかで幸滉と十瑪岐がそれぞれ色違いのローブと魔女帽子とを身にまとっていた。二人とも幼いながらに苦笑いだ。十瑪岐の両親にノリで撮られた思い出の写真だった。さすがに売り物にはできない。


 批難の視線を向けると、れいはここまでが前座だと言うように不敵に笑う。


「それで? 君は業界への影響力を……何に消費するん?」


 どうやら彼女のほうから確認に来てくれたらしい。

 怪訝な顔をしている幸滉を蚊帳の外にしたまま、十瑪岐は椅子に座りなおし足を組んだ。


「とある人物がどっかにタレこむだろう情報を握り潰して欲しい」


「そんなヤバいネタ……らされそうなん?」


「違う。ネタ自体は重要じゃない。それは真実(・・)じゃねえから。この中を(・・・・)盗み見た(・・・・)あんたなら察しがつくでしょうよ」


 イヤーカフを指先でトントンと叩く。途端にれいが笑みを引きつらせた。


「げぇっ……バレとったん? ていうかもしや…………わざと?」


 無言の肯定で笑いかけると怜は微かに眩しそうに眼を細めた。だがすぐ強張った体から力を抜いていつもの幽鬼じみた雰囲気に変わる。


「その中のデータは……証明書やった。なんの変哲もない……当たり前のことしか書かれとらん……DNA型父子鑑定書。それの何が……関係するん?」


 視界の隅で幸滉がはっと顔を上げる。

 彼が何を考えているのか手に取るように分かる。だが十瑪岐は、彼の予想とは正反対の言葉を吐き出した。


「潰して欲しい情報をタレ込む奴はきっと、この鑑定書を見せても偽物だと騒ぎ立てるだろお。自分の主張こそ正しいって言い張るだろうさ」


「待て十瑪岐。その言い草だとまるで──」


「いい加減に現実を見ろよ幸滉。お前の父親は間違いなく、葛和勇玄(ゆうげん)だ」


 言いながられいを視線で促す。意図を汲み取ってくれた彼女は、先日抜き取ったであろう画像を出してくれた。


 表示された鑑定書は、間違いなく幸滉と勇玄の血縁関係を示していた。


 幸滉は一瞬なにを言われているか理解できない顔で放心したあと、困惑して叫ぶ。


「違う!」


「違わねえ」


「違うだろ! 僕には葛和の血なんか入ってない。嫁入りした母さんと、母さんが恋した相手との間に出来た不義の子だ。だから母さんは僕を……」


「お前に欠点なんざねえって、狛左こまざちゃんは言うよ」


 椎衣の名前を出されて幸滉がわずかにひるむ。わかりやすい反応を内心で微笑ましく思いながら、十瑪岐は堅い表情で告げる。


オレ達(・・・)が握りつぶしてえのはな、被害者ぶって幻想を本当だと信じ切ってる──お前の母親の頭がイカれちまってるっつう事実だ」


 スマホを取り出して、共犯者に通話を繋げた。



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