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クズ男は誰の初恋でもない。はずだった  作者: まじりモコ
十三周目 クズと忠臣の見えざる奮闘
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勝敗決していざさらば


 狛左こまざ椎衣しいは、自分以外の存在に人生を捧げる覚悟と共に生まれたような少女だった。


 物心ついた瞬間から己が仕えるべき存在と、その大きさを理解していた。彼女はただの子どもと侮るには有能過ぎて、また、冷静な分別が付くほどには成熟してはいなかった。ありていに言えば自身の能力と成長に心が追い付いていないロマンチストであったのだ。


 葛和のために身を粉にして働く家族に囲まれた少女は、こうして妄信的な恭順者へと育った。


 ただ一つ違ったのは、彼女の信仰の対象が葛和そのものではなく、とある少年へと向けられていたことだろう。


 葛和を背負うに相応しい、葛和の子息。椎衣は彼に人生を捧げると幼くして誓った。


 その決意が生まれるまでに劇的なドラマがあったわけではない。卑劣な策略があったわけでもない。ただ雲が空にあるように、星がいつか死ぬように、当然の帰結としてこの誓いは気づけば彼女の中にあった。


 そんなことを口にすれば十瑪岐辺りに意味分からんと一蹴されてしまうだろうから、誰にも言ったことはないが。


 誰に気味悪がられようと、共感を得られなかろうと、これが椎衣にとっての変えようもない事実である。


 だから椎衣は今日も自分の意思でやるべきことを成す。


 人の出払っている葛和邸の廊下を颯爽と進む。片手でスマホを取り出すとラインの通知が百を超えていた。敬愛する相手からのそれをあえて意識から外し、普段はため息と共に開く相手を最初にタップする。


『順調。結果は予定通りに一報する』


 ムカつくアイコンの吹き出しにはそれだけが表示されていた。ステージに上がる前に送信したらしい。ついでに現時間を見ると十四時を過ぎていた。今頃はミスターコンテスト結果発表の真っ最中だろう。あと四時間余りで文化祭そのものが終わってしまう。


(結局、一度も顔を出す時間を作れなかったな)


 準備にも碌に関われなかったせいか何の感傷も浮かばないが。


 スマホを尻ポケットに仕舞い、華美な扉の前に立つ。ノックを四回響かせると返答があった。


 窓際で退屈そうに紅茶をたしなむ品のある佇まいの女性に椎衣は恭しく頭を下げる。


「お久しゅうございます葛和夫人。少々お時間、よろしいでしょうか」


 口元には涼し気な笑みを作りながらひっそりと拳を握る。

 このためにできる準備は全て整えてきた。あとは十瑪岐の結果次第で決定打の切りかたが決まる。


(今回ばかりは貴様に賭けるぞ、十瑪岐)


 自分達にある唯一の共通事項。幸滉を救うという大業を成すために。

 決意を新たに薄く息を吐いて椎衣は口火を切った。



      ◇   ◆   ◇



 再び王子様の衣装に袖を通してステージに上がる。今回は結果発表なので参加者全員が横一列に並んでいた。昨日とは別の司会者が改めて全員を紹介し、観客を盛り上げていく。


 観客は昨日よりも増えて、総数は八百名ほどだろうか。やはり女子生徒が多いが男子生徒もそれなりの数が見に来ていた。


 皆、何かを期待する目でステージを見上げている。葛和の問題とは無関係な彼らは、部外者だからこそ、勝負の結果を今か今かと待ちかねているのだ。


 司会の音頭に合わせて大画面に投票の集約結果が映し出される。


『有効投票数 1,891』


 投票率は昨年より上がったようだ。特に男子の投票が劇的に増えて盛り上がったと、さっき舞台裏で運営メンバーが喜んでいた。


 こうして結果発表に移る。下位のメンバーがまとめて発表され、十位以上が一人ずつ順に紹介されていく。


 幸滉の名前はまだ呼ばれない。それを当然のものと少年は考えていた。昨年の結果から考えれば、今年の順位も目に見えている。当然のことでいちいち緊張したりしない。


 しばらくして前座が終わり、ようやくその時が来た。まだ名前を呼ばれていない二人は前に出るように促される。その二人とは当然、葛和兄弟だ。


『ではトップツーを同時に発表しましょう。

 第二位、得票数756票。

 そして第一位、得票数811票!』


 思ったより票数に差が無くて幸滉は少し目を見開いた。今までの発表は聞き流していたから、自分の票が最低どれだけあるはずかなど、考えもしていなかったから。


 それでも幸滉は勝利を疑わなかった。当たり障りのない勝利コメントを脳内で組み立て始める。


「今年のミスター兎二得を飾るのはこの男!」


 司会が大きく手を広げ、興奮のためかいささか早口に告げた。


「ファンの熱い口コミがかつてない広がりを見せました。残り三時間での脅威の追い上げ! まさかまさかのどんでん返し! 我らが誇る兎二得のクズ男! 葛和十瑪岐だああああああ!!」


 カッ! と、スポットライトが真横を照らす。瞬間、幸滉は光の対比で自分の世界が急に暗く落ち込んだように感じた。


(…………え?)


 思考が止まる。視線が隣に引き寄せられた。そこには世界のすべてを手に入れたみたいな、嬉しそうな少年の横顔がある。


 幸滉はじぐり(・・・)と胸に黒い痛みが広がっていくのを感じた。


(どうして、また十瑪岐なんだ)


 まるで王子様みたいだったと、はしゃぐ幼い彼女の笑みが脳裏で歪んだ。あの時も今も、なぜこの十瑪岐おとこは自分から最愛の唯一まで奪っていくのだ。


 自分でも形を捕えきれない感情の噴出に突き動かされそうになったが、司会からの呼びかけで我に返った。会場は湧いている。コメントを求められている。幸滉は色を失った瞳を取り繕うように笑った。


「はは、参ったな。十瑪岐、どんな手を使ったのさ」


 出てきたのは面白味もない乾いた笑い。けれど間違いなく本心だ。

 十瑪岐が上機嫌に答える。


「はっ。そりゃあいろいろだとも。けどまあ、いま観客が欲してんのは種明かしじゃねえ。勝利の権利をオレがどう使うか、だろお? まさか幸滉ぉ、お前まさかこの期に及んでいちゃもんつけて敗北を無かったことにしたりなんかしねえよなあ?」


「そこまで無粋じゃないよ。ちゃんと受け入れる」


 本心と真逆の、求められている答えを返す。十瑪岐が会場へ向けていた身体を踵でスライドさせ、幸滉と向き合わせた。


 そこに浮かんでいるのはいつもの意地の悪い下卑た表情で。

 幸滉はこれで、なけなしの大切がすべて奪われるのだと、虚無感に落ちた。


「んじゃあ命令だ、葛和幸滉」


 十瑪岐は言って幸滉を指差し、


「ガチの女装して写真集出そっか♡」


「………………………………は?」


 画面に堂々と映し出される『葛和幸滉女装写真集発売決定!』の文字。添えられているのは九歳のときにハロウィンで撮られた魔女のコスプレ写真だった。


 こんな画像が用意されているということは──


「ちなみに写真集は新聞部から発行されまあす! 一生モノのお宝になること間違いなし! さっそくご予約受付中ぅ」


 ──最初からこれを狙っていたのだ、この男は。


「はああああああっ!?」


 自分の喉から出たとは思えない困惑混じりの怒声が響き渡った。


「というわけで今からちょいと実演で一枚撮影してみよっかあ?」


 十瑪岐が指を鳴らすと突如として数人の演劇部員が現れた。手には道具箱やら布やらを抱え持っている。幸滉は瞬きのうちに彼らに取り囲まれてしまった。


「はっ!? ちょっ、何?! 服を脱がせるのやめて!? ぐぅっ苦しいっ、待ってそれコルセットじゃないよね!? えわぷっ、顔くすぐったい!」


 円形のカーテンへ入れられ脱衣からの着衣、そして顔や頭を触られまくる。


 時間にしておよそ二分。ようやく解放された幸滉は、自分がいつの間にか早着替えさせられていたことに遅れて気づく。襟の詰まった王子様衣装から、どう見ても女性用のドレスにしか見えない丈の長い衣装へ。


「な、なんだこれ」


 触れば顔には化粧が、頭にはロングヘアーのカツラが乗せられている。


 困惑のまま助けを求めるように顔を上げると、会場中から黄色い歓声が上った。女生徒だけではない。男子生徒も楽しげに笑っている。まるで最初からこれを見に来たみたいなテンションで。


 どうして男子の投票率が上がったのか、幸滉は合点がいった気がした。



      ◇   ◆   ◇



 ステージを見上げる観客の中にも、困惑を抑えきれない者がいた。


「なんだこの茶番は。結果が葛和の経営に大きな影響を与えるというのはガセネタか?」


 事態を呑み込めず目を白黒させている父に、佐知さちは笑いをなんとか堪えて真面目ぶった返答をしてみせる。


弟君おとうとぎみのほうからそう伺っていたのですが。どうやら冗談だったようですね。そもそも葛和くずわ勇玄ゆうげん様は以前から仰っていたではないですか。『後継者を血縁関係によってのみ選ぶことはない』と。あれは養子である弟君とめきさんを含むためかと思っていましたが、もしかするとご子息のどちらかではなく、会社の有能な人材から選ぶ可能性もあるとの示唆だったのではないでしょうか」


「それは……まぁ、あの方ならやりかねないが」


「とはいえ、彼ら二人が葛和であることは事実。あのような者たちが中枢を担う会社など、身内にすると厄介ごとに巻き込まれるばかりでしょう。ここは一歩引いて、仕事相手としてビジネスライクにお付き合いするのが賢明では?」


「婚約はなかったことにするべきと?」


「ええ。そのほうが長期的に見れば双方の得になるかと。それにわたくし──」


 ちらりとステージ上で顔を青ざめさせている幸滉を一瞥し、


「自分より可愛い男と寝所を共にする気はいっさいありませんもの」


 にっこりと、それはそれは可憐な笑みで断言するのだった。



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