熱は引かずも低血圧
ステージが終わり、葛和兄弟は運動部棟でシャワーを借りていた。
コンテストの結果発表は最終日の昼過ぎだ。今は投票期間で、学園のHPにはさっきの動画が上がっている。
ミスコンページの下にあるプリコンのアイコンをタップする。全参加者のステージが順に並んでいた。
幸滉たちのパフォーマンスは引きの絵が多い通常の動画と、幸滉メインの動画、十瑪岐メインの動画の計三種類が投稿されていた。まだ投稿から一時間も経っていないのに再生数はそれぞれ千を超えている。一番多いのは幸滉の動画で、少ないのが十瑪岐の動画だ。ただ十瑪岐の動画のコメントは長文がちな印象があった。
終わった物を振り返っても意味はないかとスマホの画面を消す。
着替えを済ませてしまうと、同じく身支度まで終えた十瑪岐がベンチで伸びていた。
「…………十瑪岐、邪魔。僕の服を敷くなよ」
「ぅっ……つ、疲れたぁ……動け……ね」
「あーあ、出し切っちゃってまぁ。さっきまでのが台無しだ」
デカい図体を転がしてベンチから落とす。軟体動物のようにぬるんと着地した十瑪岐が唇を尖らせ、気の抜けた顔で視線だけ向けてきた。
「台無しどころか、積みあがってもねえよ」
「…………メッキが剥がれちゃったか」
脇の下に手を差しこんで引きずって行く。身長は幸滉のほうが高いが、十瑪岐のほうが体重があるのでけっこう面倒くさい。
「すまーん、わるーい」
「悪いと思うなら足を動かして。ところで十瑪岐。練習のときとけっこう違う動きしてなかった? アドリブ?」
「いやあ……師匠がこうしたほうがってプラン出して来てなあ」
十瑪岐が気の抜けた声で答える。師匠とは誰のことだろうか。飯開か? 疑問が浮かぶが聞くほどのことでもないのでスルーする。
「でもあれじゃ、僕のほうが目立つようになってなかった?」
「まぁ、幸滉のが『王子らしい』のは確かだからなあ。お前を押し出したほうがステージの質が上がるの間違いないって判断だろお。オレはその辺分かんねえから言いなりだ。でもおかげで評判は良いみてえだな。げっ、ここミスってる」
引きずられながらさっきの動画を開いて言う。
その上がった口角と下がった目じりを見て、幸滉は思わずこぼした。
「…………十瑪岐が羨ましいよ」
「はあ? んだよ嫌味かあ?」
「いや、十瑪岐は何だかんだ言って、毎回必死にやって、満足そうにしてて、いいなって」
「阿呆が。必死にならねえと満足なんかできねえから必死でやってんだよ」
「どういうこと?」
問うと、十瑪岐が大きなため息をつく。
「そりゃあ必死になりゃあなるだけ、失敗したときは後悔するだろうけどなあ。後悔すらできずに見過ごして進んじまうと、それこそ何も残んねえだろ。必死にならなくても何でもできちゃうお前にゃ分からねえことかもだけど」
「……僕は何を積んでもいつか無駄になるから。──ほら、そろそろ自分で歩いて」
階段の前で十瑪岐から手を放すと「うげっ」と呻いて落っこちる。抗議の声が聴こえるが無視して先に歩き出した。
なんだか無性に、自分が空虚に思えたせいだ。
十瑪岐を置いて校舎へ戻る。顔にはいつもの微笑を貼り付けて。
椎衣がいないためか女子生徒達が不躾に話しかけて来る。話題はさっきのステージのことだ。カップリングがどうとか十瑪岐の想いを受け取るのかとかよく分からないことをまくし立てている女生徒もいる。
そんなとめどなく投げかけられる褒め言葉を幸滉は当たり障りのない返事で流し、用事があるフリをして人込みから離れた。
安息を求めて自然と足が人気のないほうへ向かう。部外者の立ち入りを禁じるビニールテープをくぐって業者の荷物置き場へ進んだ。
奥のほうで休憩しようと角を曲がると、予想外に人が居てばったり目が合う。
「あ、葛和幸滉」
そこに居たのは佐上冥華と下市火苅だった。
段差に腰かけ、どこかのクラスから買ってきたらしいクレープと巨大せんべいを食べさせ合っている。どこからどうみても人目を忍んだ逢瀬だ。
「…………見たな?」
「うん、邪魔してごめんね。記憶は可能な限り消しておくから」
あまり話したこともない相手だったので愛想笑いしかできない。別の場所を探そうと背を向けると、幸滉に聴こえるように冥華が口を開く。
「君ら見てからずっと思ってたけどさ」
言葉を投げかけられて一瞬足を止める。
「欲しいものには手を伸ばさないと、後悔するよ」
それは忠告のようだった。
ずっと、どこか自分に似ているなと思っていた少女からの言葉に、幸滉は何も返さずその場を後にする。
「……後悔するのが分かってるから、手も伸ばせないんだ」
もう聴こえないほど離れてから、想いが口をついた。
限りなく沈んだメンタルでクラスに戻ったせいだろう。
「十瑪岐君ステージ良かったよ!」
「そおだろう、そおだろお!」
「めっちゃ上達してたな! 最初はきりもみ回転してたくせに!」
「ぬふはははははっ! だよなあ! オレもやりゃあできんだよ!」
「格好良かったよ!」
「いいぞもっと褒めろ! オレを褒め讃えろお前らあ! たとえお世辞でも気持ちよくなれちゃう♡」
クラスメイトに囲まれた十瑪岐が調子にのってて、ちょっと殺意が湧いた。
◇ ◆ ◇
楽しいことは駆け足のように過ぎ去ってしまう。文化祭のような非日常はなおのこと。あれだけ準備に時間をかけたのに、それが活用される瞬間はあまりにも短い。
全三日間の兎二祭も最終日を迎えていた。
それは、ミスターコンテストの結果発表が迫っていることと同義だ。
「む、無理です。あと一時間で全部決まるとか。ほんとに無理……胃が痛い」
「なんでお前のがグロッキーになってんだよ。オレがそわそわする隙がねえだろ」
このあとのステージ発表に合わせて着替えへ向かう十瑪岐と、たまたま合流した莟。
莟はミスターコンテストの特設サイトを睨んで身を縮こませている。
「だって焚きつけた責任はわたしにあるわけじゃないですか。できるだけ手は打ちましたけど、それが最善だったかっていわれるとまだやれることはあったような」
「今更言っても手遅れだっつのお」
投票は一時間前に締め切られていた。
青い顔で胃の辺りを押さえる莟の背をさすってやる。
その時、通りかかった一年生の少女が、十瑪岐を見つけてあっと足を止めた。ちょこちょこ駆け寄って来たかと思うと、十瑪岐を見上げて両の拳を取って握る。
「葛和十瑪岐君! あのっ、コンテスト! このあと結果発表だよね? 応援してます!」
「おー。ありがとおー」
「あのっ、やっぱり勝ったときって幸滉君に──あ、いえ。なんでもないです」
「なんか知らねえけど、ステージで言ったことは嘘じゃねえよ?」
良いもん見られるぜ、とほほ笑んでやると少女は顔を真っ赤にし、口元を手で隠して呟く。
「あの本の匂わせって、やっぱり……」
「におわせ?」
きゃーっと楽しそうに悲鳴を上げて走り去って行ってしまった。十瑪岐はその背を見送り、首を傾げる。合流したグループの少女たちが「やっぱガチ攻め」とか「いやあれは誘い受け」とか気になることを言い合っている気がするのだが、詳しい内容は聞き取れなかった。
隣で莟がさっきと違う意味で顔を青くしているが、身長差が上手く働いてバレていない。
十瑪岐はふと心当たりを思い出して首をさっきと逆側に倒した。
「あの噂、男子だけに行き渡るように流してもらったはずなんだがなあ」
「噂? 男子にだけ? いったいどういう」
「男子票を得るために、密かに広めてもらったんだよ。オレが勝ったら権利を使ってこれをやらせるかもってな。男はこういうノリ好きだから。それに、新聞部部長との約束も果たさねえとだし」
「それって、あの人のお願いを叶えるっていう取引の……?」
「え、知ってんのお? あの部長、意外とお喋りだな。いや意外でもねえか」
芹尾怜が言っていた。報道界にいまだ多大な影響力を持つ怜の祖父の力を一度だけ借す代わりに、彼女の願いを叶えてもらう取引をしている、と。
おそらく十瑪岐の出生の秘密が漏れ出たときにそれを握りつぶすためだろうと莟は推測していた。
「前借は性に合わねえし、許してもらえねえだろうしなあ。確実に手に入れねえと」
十瑪岐がぼそりと呟く。
このリスクがいつ発生するか分からないからこそ、保険を早めに手に入れておきたいということか。
「男子に広めた噂ってそんなに票に直結するんですか?」
「実はな……」
腰を屈め、小声で教えてくれる。莟は耳がくすぐったいなと感じながら拝聴する。その内容は想像もしていなかった破壊力を持っていた。
「それ本当ですか?」
思わず半笑いで訊きなおす。十瑪岐はスマホの画面をこっそり見せてきた。
「しかもこの写真と一緒に噂流したんだよなあ」
「うわぁ~。これは票入れますわぁ。とめき先輩あくどい~」
「だろお~?」
「反則~、場外乱闘~、卑怯~、スポーツマンシップ踏みにじる天才~、存在がギリアウト~」
「だろだろお~? ……ちょっと批判混じってきた?」
つつき合ってニヤニヤしていると、いつの間にか更衣室に到着していた。




