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クズ男は誰の初恋でもない。はずだった  作者: まじりモコ
十二周目 クズの矜持
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登壇するは未来への踏み台


 屋外ステージ出演者の控室として用意された、文化部棟の空き教室。事前に清掃が入ったようで、室内は明るく、清潔だった。


 ミスターコンテストの開始まで残り二十分。もう少しでスタッフが呼びに来るだろう。その前にと思って十瑪岐は姿見の前に立った。


 宣材写真の時とは違う、アイドルグループが着るような真っ黒い華美な衣装だった。ディズニープリンスの衣装より装飾が多く、より『王子』の概念を強くした印象だ。これなら誰が着ても王子に見えなくもない。幸滉のほうは十瑪岐の色違いで純白のジャケットだった。装飾も十瑪岐と対象的で、並ぶとちょうど対になる。


 十瑪岐のワックスで掻き上げた縮毛気味な黒髪は、垂れた横房がこめかみにかかっていた。それを横に避けようとして、手を止める。十瑪岐からすれば邪魔にしか思えないのだが、女性からすればむしろこれが『良い』らしい。自然な無造作ヘアと言われても十瑪岐にはピンとこないが。


 衣装にほつれやよれはない。クリーニングのタグがついたままなんていうアクシデントもないようだ。これならステージに上がっても様になるだろう。女子メンバーから化粧まで施されたので顔色もよく見える。


 十瑪岐は息を吐いて部屋を見渡した。


 さっきまで鳴乍や莟が激励に来てにぎやかだった部屋も、今は痛いほどの沈黙に満たされている。


 出番を待つもう一人が、固い表情で黙り込んでいるからだった。


 理由は明白。今日も椎衣が学園に来ていない。おそらく幸滉は連絡すら取れていないのだろう。数日前からずっと機嫌が悪い。人前でならいざ知らず、十瑪岐と二人きりだと露骨に空気を悪くする。


 椎衣しいが何に奔走しているのか知っている身としては声もかけづらい。だからといって放っておいてやれるほど優しくもない十瑪岐である。


「演目は全部撮影されて学園のHPで公開される。狛左ちゃんもそっちでなら見れるだろ」


「……慰めのつもり?」


「その通りでえす。お前に調子崩されたら困るんだよ。オレらは二人でパフォーマンスするんだぜえ。勝敗の前にまずは観客を満足させねえとなあ」


「言うじゃないか。十瑪岐からそんな言葉が聞けるとは思わなかったよ」


「ま、コーチの受け売りだけどな。負けた後から言い訳されたくもねえし」


「まだ勝つつもりでいるのか。それより昨日……僕の口座に大金が振り込まれてたんだけど」


「へぇ、良かったじゃねえか。なんでオレにそれを言うんだあ? 自慢?」


「振込相手が十瑪岐だったから訊いてるんだ。あれ、なに? せびられ続けてた総額の数倍はあったけど」


「おめでとお! 承ってた投資信託の利益が加算されましたあ!」


「信じて託した覚えはないよ。ドブ沼に捨てた気でいたよ。賄賂ワイロのつもり? そんなので僕が手を抜くとでも?」


「お前相手にんな甘い考えあるわけねえだろ。ただ貸し借りは全部清算して、裸一貫で舞台に立とうと思っただけえ」


「なにそれ。なんの願掛けさ」


「はっ! 祈りなんて無駄だ無駄。今のオレ、貯め込んでたもん全部捨てて素寒貧スカンピンなんだわ。これで負けたらマジで再起する元手がねえの」


 扉がノックされスタッフが出番を告げた。

 二人で部屋を出て、ステージへ向かう。


「親友が身体張ってまで教えてくれたんだよ。真剣勝負を避け続けてきたオレみたいな奴でも、追い詰められて血反吐きながら死に物狂いでやりゃあ、本物にだって勝てるってなあ」


 運動場一つをそのまま会場にした特設会場は雨が降ってもいいようにステージ部分が簡易的なドームになっている。背面の巨大モニターには、現在進行形で撮影中の映像が映し出されていた。さすが兎二得学園だ。恐ろしいほどに金がかかっている。


 まるで本物のコンサート会場だ。演目に歌を選択した由利ゆりの判断は正解だったかもしれない。


 ステージ脇で待っていると前の出場者が出番を終え、いよいよ十瑪岐たちの番になった。


 これでこの数年間の努力が実るか腐るか、すべて決まる。緊張に心臓が否応なく早くなり、鼓動が全身を打って痛いほどだ。


 だが十瑪岐は階段を上りながら、いつの間にか笑みを浮かべている自分に気づいた。


「追い詰められりゃあネズミだって猫を噛み、豚もおだてりゃ木に登る。試してみようじゃねえか。もう後がねえ極限まで追い詰められたクズ野郎の底力が、王子様おまえの実力を越えられるのかってことをなあ」


 にぃっと挑戦的で下卑た笑みを浮かべる。ステージに出ると一気に視界が開けた。眩しさに一瞬目を細める。


 会場が沸く。

 生徒、来場者を合わせた五百人を軽く超える観客が二人を待っていた。



      ◇   ◆   ◇



 兎二得学園のミスコンテストとミスターコンテストは、新聞部と映像部と放送部が合同で企画し開催している。司会進行は放送部の三年生だった。


『お次はエントリーナンバー5番、6番! 皆様お待ちかね! 二年生の葛和くずわ幸滉ゆきひろ君と、同じく葛和くずわ十瑪岐とめき君でーす!』


 一気に歓声が上がる。幸滉の名を呼ぶ女子の黄色い声が多い。それに混じって数は少ないが十瑪岐を揶揄やゆする声もあった。十瑪岐が舌を出して応えると笑いが上がる。


 中央まで進み出ると、司会者が笑顔で出迎えた。


『いよいよグランプリ候補のお二人です! 兎二得学園でその名を聞くことも多い葛和兄弟ですが、今回もコンテスト前から二人のことは大いに話題になってましたね。なんでも命令権を賭けての勝負なのだとか』


「はい、お集まりのみな様含め、ここに来るまでにもたくさんの声援を頂きました。勝負はあくまで僕らの個人的な事情なのに、これだけ多くの人から応援してもらえるのは嬉しい限りです」


「はっ! 野次馬根性ご苦労さまだぜ。仕方ねえ。客寄せパンダになって期待に応えてやっから、お前らもしっかり楽しんでしっかり投票しろよお! もちろん票はオレに入れるよなあ?」


「こら十瑪岐。観客に脅しをかけない」


『はははっ。幸滉君は昨年グランプリを受賞していましたね。今年も受賞すれば殿堂入り覇者となりますが』


「ありがたい評価を頂いています。今回もご期待に沿えるよう頑張ります」


『一方、名実ともにクズと名高い十瑪岐君ですが、参戦を驚く声が多く寄せられております。意気込みはどうですか』


「オレも遊びでこんなことやってるわけじゃねえ。本気で準備してきたんだ。全力でやるさ。幸滉には負けたくねえからなあ。だがまぁ、オレの個人的な気持ちと会場が求めてるもんが別なのは知ってるさ。だから今日はお前ら全員を満足させるためだけに全力を尽くす。オレはこのステージを……たった一人に捧げる覚悟だ」


 ずっとニヤニヤしていた十瑪岐がふと真剣な表情になる。そんな彼と目が合って、幸滉は誰のことだろうと首を傾げた。一部の女子から感極まった悲鳴のようなものが上がった気がするがそれと関係があるのだろうか。


『ところで先ほども仰っていたとおり、お二人は優勝したほうが負けたほうに何でも一つ命令できる権利を賭けているとのことですが。もう内容は決めているのでしょうか』


「僕のほうは十瑪岐が余計な面倒を起こさないようお願いするだけです。もちろん、負けられないと思ってますよ。何をさせられるか知れたものじゃないからね。ねぇ十瑪岐」


「んな無体は働かねえってお兄さま。ただまあ、オレが勝ったほうが良いモノが見れるかもってだけ言っておこうか」


 それからいくつかの質問と返答を繰り返した。飛んできた野次に十瑪岐がいちいち反応したり、幸滉がそれを諫めたり。会場が温まってくる。腕時計を確認した司会者がいよいよ本題に入った。


『一人二分のアピールタイムを二人で使うので、お二人の持ち時間は四分間となります。いったい何を見せてくれるので?』


「飯開先生のSNSでどんなことをやるか知っている人は多いと思いますが、簡単に言えば歌って踊ります」


『選曲については学園内でも考察が飛び交いました』


「もう結構前の曲だが、若い奴なら知ってる奴も多いんじゃねえかあ? このコンテストに相応しい曲だよ。んじゃあ、もったいぶらずにやろうぜ。お前らも待ちくたびれてんだろお?」


 十瑪岐が客席に呼びかけると数十倍の歓声で返ってくる。司会者は大げさなほど大きく頷いた。


『そうですね。ではさっそくお願いします』


 司会者が脇にはける。照明が明度を落とし、空気が変わった。

 二人はボーカルマイクに持ち替え、立ち位置につく。


 余計な照明が消える。ドームの作る影の中、並び立つ幸滉と十瑪岐の姿がスポットライトに照らされ景色から際立つ。


〈それではどうか最後まで〉

〈聴いてくれ〉


 音響担当からの合図と共にイントロが始まる。徐々に大きくなる独特の音色の中、二人同時にタイトルを囁いた。


〈〈ロメオ〉〉



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