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クズ男は誰の初恋でもない。はずだった  作者: まじりモコ
十二周目 クズの矜持
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お化けなんかないさぁあああ!?


 文化祭に盛り上がる学園の奥まった場所に、やけに静かな一角があった。

 始終陽気な音楽を流し続けるスピーカーもここでは沈黙を保ったまま。音など出ていないのに、無音だからこそ何かが聴こえてくる気がする。そんな雰囲気のある古びた趣の校舎が建っていた。


「第一校舎の噂は知ってる?」


 兎二得生が誰からともなく口火を切ると、必ず誰かがそれを継ぐ。


「知ってる。昔この校舎でおかしな実験をしていた教師がいて、一人の生徒がその犠牲になったって」


「その生徒は薬品を被ってしまって、顔がただれてのたうち回り、通りかかった同級生に助けを求めたけれど怖がられて逃げられ、そのまま息を引き取ったと言われてる」


「それ以来、第一校舎を歩く生徒の後ろを誰かが付いてくるような気配がするようになった。振り返っても誰もいない。けれどそういう時は絶対に足を止めちゃいけないって。追い越されたら、顔を取られるって」


 それは数十年前から兎二得学園高等部でまことしやかに囁かれている怪談だった。誰もが一度は耳にするけれど、誰も本気で真実だとは思っていない。それでも出所すら分からないほど長く語り継がれた怪談には妙な真実味が産まれるようで。


 語り終わって生まれた一瞬の沈黙。さっきまで意気揚々と怪談を語っていた生徒の表情にさっと影が差す。


「もちろん、兎二得学園は校内で人死になんて起きたことないよ。それが正史。けれど…………これがただの噂だとすれば、どうしてこの校舎は使われなくなったんだろうね」


 生徒会役員の金髪少女が背後の薄暗い廊下を振り返る。


 ホラーハウスの入り口に立つ四人の生徒は、少女の語りを息を呑んで聞き終えた。


 少女が古めかしい腕時計を確認し、人差し指で唇をなぞる。


「うん。時間経ったね。じゃあ始めようか。この用紙にある通りにチェックポイントを巡って『証』を集めるの。大丈夫、全部集めてゴールまで行ければなんの(・・・)問題も(・・・)ないって(・・・・)実証済み(・・・・)だから(・・・)


 あっけらかんとした笑みの語尾が少し下がる。


「さぁ、いってらっしゃい。最後まで決して足を止めずに、ね?」


 少女の目はどこか暗く、学園の人気者である生徒会役員とは思えないほどに、薄気味悪い輝きをたたえているように見えた。



      ◆   ◆   ◆



 男女半々の四人グループが薄暗い廊下を進む。縦一列に並んでいるのはどういうわけか。


 先頭としんがりを男子が務めている。先頭の刈上げ男子以外はどこか不安そうな表情だった。


「ひっ」


 一番後ろを行く少年が突然飛びのく。一同が驚いて歩調を落とした。


「どうしたんだよ裕翔ゆうと


「いま、足に冷たい何かが……」


「はぁ?」


 大柄な少年が戻って裕翔ゆうとの足元を観察するが、何もない。床板がズレているようで踏むとギシギシ鳴るだけだ。


「なんもねぇよ。気のせいじゃねぇの?」


「で、でも……」


 まだ言いつのろうとしたが、女子たちの不安げな視線に口を閉ざした。それでも思うところはあるのか、今度は二列になって進む。


 次に異変を感じたのは化粧の濃い少女だった。真横から自分達の歩調に合わせるように重い何かを引きずる気配がして、ハッと音の出所を見る。


 だがそこにあったのは堅いコンクリの壁だ。しかもその向こうには扉の開け放たれた空き教室があるばかり。目を向けた瞬間から気配は消えてしまったから、結局自分が感じたものがなんだったのか、確認のしようがない。


「反響……だよね」


 呟きは誰に向けたものでもなく、自分を安心させるためのもの。けれどそれが耳に入ってしまったメンバーは心中がざわつくのを無視できない。


 ホラーハウスなのに特に脅かされることもなく、チェックポイントを二つ回ってアイテムを回収する。


 置かれていたのは何の変哲もない文具だった。


 手に取ったのはボールペンと消しゴムだ。両方、やけに古めかしいことだけが腑に落ちない。


 ここに来るまで、誰もいないはずなのに気配を感じることが多々あった。何かに触れられたような錯覚を覚えたことも片手で足りない。


 だが、目を向ければ何もない。

 根拠も証拠も希薄。ただ自分の感覚にだけにある違和感。どうしてか仲間とその不安を共有するのも躊躇われ、一同は自然と言葉数を少なくしていった。


 最後のチェックポイントを目指すために階段を上がり始める。


 するとまた、最後尾の裕翔ゆうとが喉を震わせた。


「あ……ぁぅっ……ねえっ!」


「っ今度はなんだよ」


「あ、足音が多い気がして」


「は?」


「いま後ろから。誰もいない……よね?」


 本人は恐怖で振り向けないらしい。先頭の少年が後ろを見下ろすがやはり、誰も居ない。つられて女子二人も振り返る。階段の中ほどだったので自然と足が止まり────ひとつだけ足音が続いていた。


 トッ、トッ、トッ──


 それは一段一段を重々しく登って確かに近づいて来る。その音が裕翔の真横で躊躇うように止まり、もう一段を踏みしめた。


 トッ──


 瞬間、一同は弾かれたように駆けだした。


 壁に控えめに示された道案内の矢印に従って踊り場を過ぎ、脇目も振らず廊下を走る。四人中三人が半泣きになっている。


 すぐ三階の突き当りにたどり着く。そこは元は音楽室だったらしい。扉は誘うように開かれていて、逃げ込むように四人は飛び込んだ。ここが最後のチェックポイント。視線だけで無意識に『証』を探す。埃をかぶったグランドピアノの向こうに机を見つけて、四人は歓喜の表情で近づいた。


 机に置かれていたのは上靴だった。片方だけのそれは黒く汚れている。まるでペンキをこぼしたような。粘着質な汚れが付着している。


 ぎょっとして顔を見合わす。その視界に人がいた気がして前を向くと、大きな姿見が壁に設置されていた。


 そこに映っていたのは、五人の生徒の姿。

 虚像の中では居るはずのない一人が机の前で、上靴を見下ろしていた。長い前髪で良く見えないが、その顔はただれているようにも見え────。


 耐えきれなかった悲鳴が四つ、音楽室に木霊こだました。



      ◇   ◆   ◇



「──というコンセプトのホラーハウスでした」


 出口として設定されている第一校舎の裏口。その横スペースで鳴乍は満面の笑みでパンと柏手を鳴らした。


 小さく屈みこんだ十瑪岐の肩がビクッと震える。


 ホラーハウスから出てきた十瑪岐はそれはもう怯えまくっていた。


 それもそのはずだ。行きは精神的な恐怖を膨らませ、帰り道は普通に仕掛けや脅かし役の生徒が飛び出して来て驚かしまくった。すっかり耐久値の落ちた精神では成すすべなく絶叫を振りまくしかない。


「うあぁぁあぁあぁっ。最初はどうってことなかったはずなのに後半の怒涛の追い込みのせいでずっと怖かったような気さえしてくるぅ……」


 十瑪岐は真冬にソフトクリームをねだって後悔している子供のようにガタガタ震えている。莟が彼よりは余裕のある表情でため息をついた。


「だから最初から怖かったですって。むしろ折り返してからは人が出てきて安心しました」


「二人は怖がるポイントが真逆なのね。見ていて面白かったよ」


 鳴乍が微笑むと莟は照れたように肩をすくめた。


「横にビビり散らかしてる人がいると冷静になれるって本当だったんだなって実感しました」


「ビビッてねえしい! 震えてんのは横隔膜おうかくまく痙攣けいれんだしい!」


「それだとしゃっくりよ十瑪岐くん」


「途中、足を冷たい手に掴まれたと思ったんですけど、あれはどうやってたんです?」


「床下からドライアイスの煙を噴射していたのよ。ただ吹き付けるだけじゃ弱いけど、室温も区画ごとに調整しているから、温度差で錯覚が起こるのよね。被験者は『まるで冷たい舌に舐められたようでゾッとした』って言ってたかな。コツは角度と、一番肝の小さそうな子を狙うことよ」


「無駄に演出に力入れやがって。脅かすならこんにゃくくらいで我慢しとけよなあっ」


 文句を垂れつつもようやく立ち上がった十瑪岐と、その隣の莟を一歩引いた位置から眺め、鳴乍はいたずらっぽく笑った。


「どうだったかしら。私のホラーハウスは楽しめた?」


 二人は視線を交差させ、同時に苦笑する。


「「堪能しました」」


 色んな意味で、という一言が後ろに隠れていそうだ。


「くふふっ、息ぴったりね。二人みたいにお似合いのカップルに楽しんでもらえるよう設計したのだけれど、どうしてか評判が悪いのよね。お化け屋敷関連ってカップルに人気のはずなのに。恋人を置いて逃げ出す子が多くて……。意見を聞かせてくれない?」


「絶対やりすぎなせいですよ。ていうかわたし達じゃカップル役のモニターなんてお役に立てないでしょうに」


「そうだぞお。黄団の団長副団長コンビを呼んだほうがマシだっての」


「…………ん?」


 違和感が足元から登ってきて、鳴乍は首を傾げた。彼らの言い分がまるでただの友人同士のように聞こえたのだ。


「どしたあ?」


「二人は付き合ってるのよね?」


「つっ、付き合って!?」

「ませんけどおっ?!」


 今日一の驚愕顔だった。鳴乍はますます訳が分からなくなった。


「でもデートして」


「それはしましたけど。友人同士のじゃれ合いですよあんなの。ねぇとめきせんぱ────なんですかその無神経な人間を軽蔑するような視線は」


「察しがいいな。お前は自分の言動が他者の価値基準とかけ離れてんのを自覚したほうがいいぞ。

 まあ鳴乍、とにかく何の勘違いしてるか知らねえが──」


「「コイツとだけはない(です)!!」」


「そうやってハモるのに?」


 二人は互いを指差し睨み合っている。どうあがいてもお似合いにしか見えないのだが、こんなところで嘘をつく必要もあるまい。本当に交際しているわけではないらしい。


「そう……勘違いだったのね……」


 ぼそっと呟く。声尻が微かに華やぐのを隠し切れていなくて自分で驚いてしまった。訝しむ二人が視界に入って、慌てて声を張り上げ誤魔化す。


「ごめんなさい、貴方達があまりに仲良さそうだから、早とちりしてしまったみたい。私ももう戻らないと。二人とも、来てくれてありがとうね。十瑪岐くんはこの後リハーサルよね? 応援することしかできないけれど、どうか頑張って」


 後半は心の底からの言葉だった。なのだが、十瑪岐の顔がまっすぐ見れないから雑念が混じったように感じてしまう。

 恥ずかしさ半分に持ち場へ戻ろうとする鳴乍を、なぜか十瑪岐が引き留めた。


「コンテストの結果が出た後、お前に話がある。時間作ってもらってもいいか?」


「ええ、いいけど……」


 まだ涙目で鼻をすすりながらも、いつになく意を決したみたいに真剣な眼をしていたから、鳴乍は思考も置いてけぼりにして頷くしかなかった。



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