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クズ男は誰の初恋でもない。はずだった  作者: まじりモコ
十二周目 クズの矜持
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心を裸にして向き合え


 文化祭開催まで残すところ十日。生徒会のホラーハウスはほとんど完成してしまい、あとは照明等の調整と機器の動作テストを残すのみとなった。元から第一校舎の構造を利用した仕掛けが多いので、手を加える部分は多くなかったのだ。


 仕掛けを終えて床下から這い出た鳴乍は、埃を払いながら考える。


(莟ちゃんも十瑪岐くんのためにあれだけ消耗してまで頑張ってる。私にも何かできることはないかしら)


 鳴乍は広報活動への関与を禁じられている。


 十瑪岐の元恋人であり現在も友好的な関係を保っていると知られている鳴乍では、外部に向かって何を発信しようと身内の擁護にしか見えない。その理論は分かるのだが、莟のように婉曲的にであれば助力ができるのではないか。


 そう思うのだが、なかなか思いつかない。


 出来ることといえば、飯開はんがいが上げる練習風景の動画を拡散することくらいだ。あとは生徒会権限で十瑪岐のやらかしを握り潰したり、十瑪岐に関する掲示物の承認印を迅速に押してしまったりするくらい。


(んー、我ながら甘すぎるかも?)


 冷静に考えれば執権乱用である。生徒からの信任で成り立っている生徒会役員にあるまじき行為だ。


(でも、それ以外に私に裏からできるサポートなんて……)


 幼い頃から誠実にあれと育てられてきたために、裏工作の類は苦手なのだ。

 ため息を飲み込んで工具を仕舞っていると、置きっぱなしにしていたスマホが震えた。


 届いたのは鳴乍の非公式ファンクラブのメルマガだった。


 自分のファンクラブ会員がおかしなことをしていないかこっそり監視するために自分のファンクラブに匿名で登録する、という頭の痛くなることを、生徒会役員は全員やっている。ファン心理は過激化しやすい。小さな火種で大きく燃え上がる。


 それが問題に繋がる前に対処するのも、生徒会の仕事だ。


 とはいえ、自分への的外れな賛辞を多量に浴びせられるのは複雑な心境になる。ファンクラブが三つもある生徒会長よりはマシだが。


「そっか、集会があるのは今日だったのね」


 呟いて、ひらめいた。ファンクラブの生徒はある意味で身内と呼べる。鳴乍のファンクラブ総数は確か、二百七名。もちろん鳴乍の偽装身分を抜いた人数だ。


 せめて彼らの中にある十瑪岐への偏見を取り除くくらいは可能ではないだろうか。鳴乍と十瑪岐が別れた原因を、いまだに十瑪岐のせいだと考えている生徒も多い。当時は飯開はんがい楠間田くすまだによって偏向的な噂が流されもした。兎二得学園は噂の消費と忘却が早いからと放置していたが、鳴乍に執着している者たちはその印象を引きずっているに違いない。


 あえて否定に動かなかった十瑪岐の意思を尊重していたが、彼への好感度が勝敗に関わるこの局面では致命的な枷になってしまう。ファンクラブの面々が真実を知り、マイナス評価が打ち消されれば、それは彼らの周囲にも広まっていくはずだ。


「そのためには……」


 自分が十瑪岐と別れた本当の理由を話すべきだろう。


「…………っ」


 それは、今まで自分がつちかい、守り続けていた嘘を、余すことなく告白することである。


 適当な嘘を捏造ねつぞうすることはできる。それを上手く相手に信じ込ませることも。鳴乍の得意分野はそっちだ。今までずっと続けてきたのだから


 けれど、本当にそれでいいのか。十瑪岐も莟も、己の身を削って勝負に挑んでいる。なのに自分だけ逃げるなんて許されるのか。


 ……分かってはいる。苦しんでいる人間がいるのだから自分もそうでなければなんて思考は、自傷と同じだ。必死に努力することは素晴らしいが、己を追い詰めることだけが成功への道ではない。上手く痛みと距離を取れるならば、そうするべきだ。


 そう、頭では分かっている。


 だからこれは、自分が納得できるか否かというだけのささやかなプライドの問題なのだろう。



      ◇   ◆   ◇



 薄暗い室内。いくつも並べられた長テーブル。集まった生徒は四十数名。文化祭準備の合間を縫って集まった鳴乍のファンクラブ会員たちである。


「お忙しいなか、臨時集会にお集まりいただきありがとうございます。今日も久米くめ鳴乍なりささんの今週の行動記録から行ってまいりましょう!」


 歓声とともにプロジェクターが鳴乍の写真を映し出す。順に映る数十枚の写真たち。


「あーっ、超美人! どの角度からもそのお美しさがにじみ出る!」

「お願いしたら大抵のポーズは引き受けてくれる鳴乍さんサイコー!」

「よっ、生徒会一のサービス精神!」


 湧き立つ会員たち。

 ファンクラブ会長の少年が撮影時の状況の説明を加えて、一週間分の記録は終わった。


「というわけで、今週の鳴乍さんの活動でした。ファンクラブの皆様からご提供いただいたこれらの写真・動画につきましては、いつも通り共有クラウドに上げておりますので、ご自由にご鑑賞ください。利用に関してはファンクラブ会員規則に則った行動を心掛けるようお願いいたしします」


 毎度の決まり文句で締めくくる。


 写真が全てカメラ目線だったのは、すべてその場で許可を得て撮影したものだからだ。盗撮はファンクラブ内で禁止されている。違反者はファンクラブから追放され、さらにファンクラブ会員からの監視を受け鳴乍と接触できなくなる。これは他の役員のファンクラブにも共通する不変のルールだ。


 言うなれば相互監視による秩序維持。代々の生徒会役員がこういったファンクラブ活動を黙認しているのは、放置していたほうが勝手に規律を守ってくれるからだ。もちろん活動が過激化しないよう見張る必要はあるが。


「では麗しい鳴乍さんを堪能したところで、本日の議題です。内容はそう、葛和くずわ十瑪岐とめき。奴は全兎二得学園ミスターコンテストに出場し、打倒、兄である葛和幸滉を目指しています。そのためにイメージ戦略を複数展開しており、学内でも彼に対する評価の変化がうかがえる。しかし、我々はそれを許していいのでしょうか」


 ファンクラブ会長がぐっと拳を握る。会員たちも呼応するように息を呑んだ。


「葛和十瑪岐はかつて、鳴乍さんと交際できるという至極の幸運に恵まれたにもかかわらず、無体を働こうとしフラれています。まぁ、破局の理由は噂でしかありませんが、あのお優しい鳴乍さんが我慢できないレベルの暴挙を彼が行ったのは確実でしょう。そんな男が、まるで自分の悪行を無かったかのように振る舞い、無辜の生徒を騙し、支持を得ていく。しかし彼の本性を知る我々は決して騙されはしない! ここに宣言します! 我々、久米くめ鳴乍なりさファンクラブ一同は! 葛和十瑪岐の不遜なる台頭を許さず、あらゆる手を用いて生徒たちの目を──」


「覚ましていないのは、どちらかしらね」


 興奮のまま演説していたファンクラブ会長に口を挟む少女がいた。


 立ち上がった彼女に視線が集まる。女子にしては長身の、長い黒髪とマスクをした生徒は、前に進み出て少年の対面に立った。


「信望と妄信は別物よ、会長さん」


「その柔らかくも芯のあるお声、まさかっ」


「調子は変えてたのだけど。さすが会員ナンバー『1』ね」


 黒髪とマスクを掴んだかと思うと、それを放り捨てた。変装の下から現れたのは、ウルフカットの少女。


 さっきまでプロジェクターに映し出されていた人物。言うまでもなく鳴乍だった。

 予想外の人物の登場に生徒がどっと集まって来る。


「な、鳴乍様!? 私たちに混じってたなんてっ」

「どうりで不思議なくらい素晴らしい芳香のする生徒だと思った!」

「俯いてても気品が溢れてるなとは!」

「息遣いが流麗だなって横目で見てました!」


「あー、あなた達? 持ち上げてくれるのは嬉しいけれど、それくらいにしましょう? お話ができないなぁ」


 困ったように微笑んでみせると、集まって来ていた生徒達は一様に顔を赤くしてかしこまる。会員が大人しくなったところで、鳴乍はいまだに信じられない表情で口をパクパクさせている少年に向かい合った。


「不躾にお邪魔しちゃってごめんなさい。こういう場に本人が来るのがルール違反なのは理解してるのだけど、一つだけ、みんなの勘違いを正しておきたくて」


「い、いえ。我々が鳴乍さんを拒絶することなんてありえません! それで、勘違いとは?」


「ちょうど話していたでしょう? 十瑪岐くんのことよ」


 告げた名に人々がどよめく。


「私と彼は今も良い友人よ。それは分かってもらえてるのよね?」


「それはもちろん。写真にもよく見切れてますし。ですがそれは、鳴乍さんがお優しいから彼を憐れんでかまってあげているだけですよね」


「憐れみで友人になんてならないよ。私が友達でありたいと、そう願ったから彼は私を受け入れてくれた。優しいのは十瑪岐くんのほう」


「そんなっ。……仮にそうだとして、なぜ交際を辞めたので? 葛和十瑪岐が何かしたからではないのですか」


「それは…………」


 予想通りの追及。なのに声が出ない。用意してきた言葉はどれも、気持ちとは裏腹に喉の奥から出て来てくれない。


 言ってしまったら、知られてしまったら、幻滅されてしまうのではと。怯えが心臓を冷えさせる。舌が渇いて指先がしびれていくのが分かった。


 心臓の音がうるさい。どうしてこんなに響くのかと周囲を見れば、誰もが口をつぐんで鳴乍の言葉を待っていた。


 集まる視線に、鳴乍のなかで欠けていたピースがはまるような感覚がする。


 父は言った。『誠実であれ』と。


 なればこそ、自分を慕ってくれる彼らへの偽りこそが悪徳ではないか。


 誠実さをはき違えてはいけない。人は誰しも認められない自分を抱えているものだ。そんな醜い自分を受け入れ、そのうえで自制し篤実であるべきなのだ。


 鳴乍は胸の前で震える拳を握り、全体を見渡して口を開いた。


「彼にはなんの落ち度もないよ。あれは私の問題。私が十瑪岐くんの…………苦しんでる顔を、可愛いなって思っちゃたから」


「……ん?」


「十瑪岐くんが戸惑ってたり、慌ててたりする姿が本っ当に面白くて。デートで小さな失敗しては、嫌われるんじゃないかって怯えてる表情はもう、そのまま固めて床の間に飾りたいと願ったくらい。彼と居るとどうしようもないくらいたかぶってしまうの。自分を抑えられそうになかったのよ」


 唇を噛み瞳を潤ませながら鳴乍は語る。


 拝聴する生徒達の脳裏には、熱を出したときの鳴乍の言動が思い出されていた。

 醜態を晒す者に対する凍るような、されど熱のある侮蔑の視線。


 あれは演技でどうなるものでもない。本心からのものであったからこそ、見ているだけで底冷えする本能的な恐れを感じたのだと。


「本当はいつも隠していたの。人の不幸とか、恐怖とか、そういうのを望んでしまう自分の本性を。生まれたときから信用を一番に考えろと教育を受けて、そう育てられたから、誠実でいなくちゃってずっと我慢してた。自分を押し殺してた。けれど……十瑪岐くんを好きになればなるほど、そういう自分を隠せなくなりそうだったから。だから別れたの。あのままだったら私、彼の苦しんでる顔を見たくて酷いことをしていたかもしれない」


「だから、距離を?」


 生徒の一人が思わず問いかける。鳴乍は困ったように眉を寄せて、自虐みたいに微笑を浮かべた。


「うん。でもやっぱり離れがたくて。友達くらいならいいかなって近づいたのが現状。それも私の我がままなの。振り回されてるのは彼のほう」


 会場がしんと静まる。さっきとは密度の違う沈黙。重たい空気は誰からともなく発せられた囁きで満たされていく。


「まさか」「そんな」と言葉が飛び交う。まだ真偽を確認し合う段階か。これが「騙された」「裏切られた」と自分を非難するものに変わる瞬間を、鳴乍は息を呑んで待つ。


 言うべきことは話した。あとは、彼らの思いを受け止めねばならない。


 覚悟と共に薄く息を吐いた瞬間だった。少女が一人、控えめに手を上げる。見るとそれは、いつの間にか最前列まで出て来ていたクラスメイトの志賀しがだった。彼女もファンクラブ会員だったのか。


 志賀は鳴乍の視線にキョドりながらも、まっすぐ目を見つめてくる。


「あの、じゃあ今も葛和くずわ君のこと、好きってことですか?」


「えっ……」


 予想外の質問だった。思考が止まり、全身の毛穴が開いたみたいな錯覚を覚える。

 顔が熱くなっていく。変な汗が出てきた気がする。


「そ、そこは別に重要じゃないでしょうっ? 今は十瑪岐くんへの誤解を解くのが先決であって、私の気持ちは関係ないというか、えっと……。お…………お許し、くださぃ」


 文字通りあたふたと早口に言い訳を並べていく。しかし喋れば喋るほど墓穴を掘っていくようで、鳴乍はやがて震えながら口を引き結んで黙り込んだ。もう全身が熱い。顔から湯気でも出てはいまいか。


 耳まで真っ赤にして口をもにょもにょしている鳴乍の様子に、部屋にいるすべての生徒が一様に思った。


『あっこれガチのやつじゃん』と。


「失敗劇場を何度やっても一切堪えない鳴乍さんが、こんな赤くなるなんて」

「元極道ジョークが滑っても笑みの崩れない鉄壁の心臓を持つ鳴乍さんが照れることがあるとは」

「久米さんをこれだけ動揺させる葛和十瑪岐、いったい何者なんだ」


 好き放題言われているが何も言い返せない鳴乍である。


 会員たちの興味はすっかり鳴乍の恋愛事情に移行していた。


「鳴乍さんの言いたいことは分かりました。ですが、お相手があの葛和兄弟のクズのほうとなると……」

「応援したい気持ちはあるけど……なぁ?」

「うん、騙されてるんじゃないかって疑っちゃうよね」


 相手が悪名高い十瑪岐なだけに、みな苦い顔で不審を言い合っている。その中でただ一人、異を唱える者がいた。


「あのっ、葛和君はそんな悪い人じゃないと思います」


「志賀さん……?」


「私が夏休みにアップロードした鳴乍さんのお着替え写真、見ましたか? あれ半分は葛和君のコーディネートなんです」


 鳴乍はすぐ何のことか思い至った。十瑪岐とデートしたとき、アパレルショップで着せ替えさせられ撮られた写真のことだ。あれもファンクラブに共有されていたのか。


 会員のほとんどが見ていたようだ。志賀が思いの丈を叫ぶようにして肩をすくめ拳を握った腕をピンと伸ばす。


「鳴乍さんの魅力を引き出すコーディネートをあんなにたくさん思いつく人が、鳴乍さんのことないがしろにするわけないですっ!」


 声が裏返りながらも、力強い主張だった。部屋の一番後ろまで届いたであろう言葉は、クラブ会員にとって意味あるものだったらしい。


「『怪文書製造機』と名高き志賀君がそう言うならば……」

「ああ、『クラスメイトであることがすでに何らかの法に触れている』と呼ばれるあの(・・)志賀まさねの観察眼ならば無視できまい」


「志賀さん、あなたここでの扱いどうなっているの?」


 ずっと恥ずかしさに耐えていた鳴乍もさすがにクラスメイトへの心配がちょっと勝った。


 志賀はまだまだ言いたいことがあるようだ。


「そうですっ。葛和君も絶対、鳴乍さんのこと好きですよ! お付き合いしてた時だって、不器用ではあったけど、鳴乍さんのこと大切にしたいって気持ちは窺えたし」


「なるほど」

「確かに」

「そうだったっけ?」

「ストーカー予備軍たる志賀ちゃんが言うならそうなんだろう」


 志賀の言葉に引きずられるようにして生徒達が同調していく。十瑪岐に対する認識はこの数分ですっかり様変わりしたようだ。


 鳴乍は呆気に取られてあわあわと周りを見渡すことしかできない。


「いえ、あのね? 私と十瑪岐くんはあくまで友達であって──」


「十瑪岐には鳴乍さんに相応しい男になってもらわねば」


「違うのよ。私はもう」


「そうだ。プリコンなんて軽くグランプリ取るくらいしてもらわないと」


「あの……」


「僕らでも彼のイメージアップを模索しよう」

「おおそうだ!」「そうしよう!」


「あー……」


 自分のことなのに蚊帳の外。鳴乍がかつてない疎外感を覚えている間に、会員たちは集団ならではの熱狂と団結によって話をどんどん進めていく。今は部屋にいる者たちだけだが、やがてはファンクラブ全員にこの勢いは伝染していくだろう。


 集会はすっかり、葛和十瑪岐の印象アップ会議の様相を呈している。


 鳴乍は顔を両手で覆ってそっと部屋を後にした。


 予想外の展開になったが、当初の目的は果たされたのだから、結果オーライ。恥をかいた甲斐はあったかな? 恥ずかしさで死にそうになりながら、無理やりそう思うことにする鳴乍であった。



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