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クズ男は誰の初恋でもない。はずだった  作者: まじりモコ
十一周目 踏み出すクズと足踏みしたままの彼
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地雷原を駆けるランナー


 生徒会に申請を出して借りたレッスン室の一つで、十瑪岐は鏡を前にプルプル震えていた。莟と鳴乍がそれを見守っている。


 莟が手拍子と共に指示を出す。


「はい、そこでウインク!」


「任せろお! そいやあああ!」


 十瑪岐はなぜか頭ごと振ってウインクを決める。どうだと称賛欲しさに少年は振り返るが、味方のはずの二人は微妙な顔をしていた。


「ウインクっていうより、『目にゴミがあっ!』って感じですね」


「見てるほうがいたたまれない気持ちでいっぱいになるね。胸が締め付けられてある意味キュンとしたよ」


 本当に言いたいことを頑張って善意で隠したようなダメ出しに、十瑪岐はしゅんと肩を落とした。莟が頭痛を堪えるように眉間を指で撫でる。


「まさかここまで素質がないとは。このままじゃパフォーマンスで観客を満足させるなんて夢のまた夢のち、さらに夢。こうなったら鳴乍先輩! ばしっとお手本をお願いします!」


「えぇっ?」


 突然に期待のこもった視線を向けられ、鳴乍は驚いて目を見開く。


「う~ん、そんな急に言われてもなぁ。上手くできるか…………ね♡」


 バチンと華麗なウインクを決める。心なしか景色が輝き無数のハートが飛んだ幻覚まで見えたような。胸を撃たれた莟は全身をビクリと痙攣させる。


「はぎゅぅっ! こういうのノリノリでやってくれる鳴乍先輩が大好き! 見ましたかとめき先輩。これが最上級のファンサですよ。……とめき先輩? とめき先輩息をして!」


「──ぅはっ!? 心臓が止まったかと思った。危ねえ。これがファンサの殺傷力。なるほど習得すれば武器になるとは本当みてえだな。録画して家宝にしたいからもう一回やってくれねえ?」


末代まつだい様に迷惑をかけては駄目よ。それより十瑪岐くんをどうにかしないと」


「まったくです。まぁ、それ以前にとめき先輩はまず踊れるようにならないと。さっさと身体を柔らかくしてくれません? 酢の物とか食べるといいそうですよ。いっそ飲みますか業務用」


「どうしようと人体はそんな急に軟体性を獲得できたりしねえんだよぉ」


「冗談ですから怯えないで。とりあえず、柔軟から始めましょうか。鳴乍先輩もご一緒にどうですか?」


 莟は十瑪岐に屈伸を強行させながら鳴乍を仰ぎ見る。背骨がミシミシ鳴る音と苦痛に満ちた唸り声をBGMに、鳴乍は時計を一瞥して困ったように笑った。


「ごめんなさい、そろそろ生徒会のほうに顔を出さないと。明日の宣材写真撮影にはついて行くから、安心してね」


 名残惜しそうにしながらも部屋から去ってしまった。


「体育祭のときと違って楽しそうではあるけど、やっぱり忙しそうですね鳴乍先輩。仲を進展させる暇がなかなかない。とめき先輩もなんか考えてます?」


 全身の痛みに倒れた十瑪岐を見下ろす。少年は痙攣けいれんしながら眉をつり上げ、表情だけ真剣に引き締めた。


「決めた。この勝負で勝っても負けても、鳴乍に告白する」


「……そこは、勝った時は、とかじゃないんですか。あとその体勢で決め顔やめたほうがいいと思います」


「死地に向かうのに逃げ道残すのは趣味じゃねえ。それにこのほうが、どおせなら最高に格好いいとこ見せねえとって、励みになんだろ?」


 上体を起こし、片方の口角を上げてにやりと傲慢ごうまんな笑みを浮かべる。

 ウインクよりこっちのほうがらしく(・・・)て莟は思わず笑ってしまう。


「じゃあ、文化祭の一日目は最後のアピールしなきゃですね。二人で楽しく出店を回ったり、二人で展示を見て回ったりして……二人……二人きり…………ずるい! わたしも混ぜてください!」


「はあ? 別行動するつもりだったのかよ。鳴乍のホラーハウスにお招きされてんの忘れたわけじゃねえだろうなあ。逃がさねえぞ。死なばもろとも、死がオレたちを分かつともぉ」


「くっ、とめき先輩を生贄に捧げても道連れにされるパターンっ」


 言いながらも時間を無駄にはできない。鏡の前でストレッチの手本を見せる。真似をする十瑪岐を横目に、ふと思い出して聞いてみた。


「昨日の帰り際、楠間田くすまだ先輩とコソコソ何を話してたんです?」


「男同士の内緒話だよ。女には教えられねえなあ」


「AVのモザイク処理を除去するソフトでも手に入れましたか」


「男の会話の八割がエロネタだとでも思ってるぅ!? 違えよ。男子票を確実に得る作戦を進めてんの」


「そんな秘策があるんですか。ていうか男子限定? 『葛和十瑪岐に投票してくれた人の中から三名様に厳選エロ本プレゼント!』とか?」


「エロネタから離れろ。まあ当たらずとも遠からずってとこだな」


「やっぱエロネ──」


「違うっつってんだろ。ちょおっと身内を売っぱらっただけだ。問題ねえ」


「問題しかない。相応の見返りは期待できるんですか?」


「任せろ、これで男子の半分は陥落する計算だ。結局男のことは男が一番分かってんだよなあ。欲望に訴えてやるのは有効だ。やっぱ実益あんのが一番だわ」


「じゃあ女子票を稼ぐ具体案はまだなんですね」


「その口ぶり……。なんか思いついてんのか」


 迷うような声音に、十瑪岐は莟を鏡越しに見返した。莟はどこか気まずげに視線を彷徨わせている。


「まぁ、一応。ただこれをやっていいのか迷ってて。それこそ身内を売ることになるので」


「身内?」


 誰のことだろうかと心当たりを思い浮かべてみるが、莟の交友関係は広いので絞り切れない。誰にせよ自分の利益になるなら多少の犠牲は気にならない十瑪岐である。博愛気味な心優しい親友をそそのかすために拳を握った。


「勝つためなら手段は選ぶな! 売って儲かるなら誰だろうと売るべきだあ!」


「ですね! とめき先輩の尊厳とかいま思えばそもそもなかった。勝利のために余すことなく売りさばきますね!」


「おう?」


「とめき先輩をあおったのはわたしです。この不利な戦いにはわたしにも責任がある。だから勝利のためなら、地雷カプとも向き合います。というわけで善は急げ、入稿には待ったをかけて、修羅場にずいっと突っ込んできますね。はいこれ、柔軟のトレーニングメモ。わたしがいなくてもサボっちゃ駄目ですよ」


 一方的に熱く語って止める間もなくしゅばっと部屋を出て行ってしまった。

 一人取り残された十瑪岐は、自分が取り返しのつかないことをしてしまったような薄気味悪さに背筋を震わせるのだった。



      ◇   ◆   ◇



 漫研Bの扉は開かれた。


 少し前から、ネームに詰まってるからネタ提供をしてくれと催促のラインを受け取っていた莟だが、いままで気が重くて近づけずにいた。そこには地雷しか埋まっていないと肌で理解してしまっていたからだ。


 彼女にとってここに足を踏み入れるのは決死の覚悟を必要とする。


 破裂後のクラッカーを握りしめ、喉を鳴らして部室へ一歩足を踏み入れた。


 一斉に向けられる、自分を暗がりに引き込むような濁った瞳たちを前に、少女は引きつった笑みを浮かべてみせる。


「お待たせしました。『とめき×ゆきひろ』でも『ゆきひろ×とめき』でもばっちこいです。今なら本人たちから聞いた最高にたぎるエピ、ご提供できます」


 最終〆切は文化祭三日前。それまでこの地獄は終わらない。ネーム……背景……クリスタ……と各々が亡者のように呻きながら寄ってくる貴腐人たち。一度捕まれば最後、修羅場アシスタントから逃げ出すことは許されない。


 それでも、これで少しでも勝率が上がるのならと、莟は自らの意思でその中へ身をなげうつ。爆雷に身を晒す。欲望の戦線を最速で駆け抜け、その先の光を掴むために。


 己が信念も信条も、勝利の前にはあまりにもろいのだ。



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