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クズ男は誰の初恋でもない。はずだった  作者: まじりモコ
十一周目 踏み出すクズと足踏みしたままの彼
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もはや鉄板芸では?


「十瑪岐と勝負をすることになったよ」


 送迎の車に乗り込んで、幸滉ゆきひろは隣に座る椎衣しいへそう報告した。


「さようで」


 少女は大して驚きもせず受け入れた。身体をひねって身を乗り出し幸滉のシートベルトをしめる。一瞬だけ触れる身体と香る甘い匂いに硬直するのは幸滉だけだ。椎衣は当然のことというようにすました表情で座席に戻りスカートを正す。


 そんな不平等さもいつも通り。幸滉は窓の外を見るフリをして、映り込む椎衣の横顔を眺めた。


「勝負は文化祭中だ。文化祭といえば、椎衣のアドバイス通りこの前の食事会で彼女を誘ったよ。これは十瑪岐の指定と何か関係があるのかな」


「奴の考えなどボクには分かりかねます。勝負内容はどういったものに?」


兎二得とにえ学園ミスターコンテスト。それでどっちが一位になるか。こんな僕に有利な勝負、十瑪岐は蹴ると思ったけど受け入れたよ。おかしいよね、僕を王子様に仕立て上げたのは十瑪岐だってのに」


 金色の髪に中性的な顔、そして釣り合いの取れた高身長と文武両道に優秀な成績。幸滉を見て王子を連想する少女は多い。中学の時は生徒会長を押し付けられたから、知名度も高かった。高等部の生徒会とは違って中等部の生徒会はただの事務処理係でしかないのだが、一般生徒はそんな違いに頓着しない。


 幸滉が学内で今の評価を得ているのは、それだけが理由ではない。


 高校生になってから、幸滉は十瑪岐の後始末を頼まれるようになった。十瑪岐に言われた通りに行動したことで幸滉をとりまくイメージは強化されたのだ。


 打ちひしがれる少女のもとへ颯爽と現れて手を差し伸べる。そして優しく慰め、愚痴や不満を聞いてやり、しかるべき機関や相談窓口を紹介してやる。やっているのはそれだけだが、傍から見れば確かに窮地を救っていると言えなくもない。たとえそれが自分の意識でなくとも。


「十瑪岐が勝てるわけない勝負を受けたのは、よほど自信があるのかな。まぁ、十瑪岐が無策で勝負を仕掛けて来るわけない。卑怯な手段を取って来るはずだ。だから椎衣、いつもみたいに協力してくれる?」


 微笑んで呼びかける。いつもは二つ返事で引き受けてくれる椎衣はしかし、落ち着いた表情で首を横に振った。


「今の十瑪岐には蕗谷ふきのやつぼみ久米くめ鳴乍なりさが付いています。幸滉様を不用意におとしめる策は取らないでしょう」


「それ、本気で言っているの?」


 今までの十瑪岐のやり口を知っていれば決して出ない考えだ。それを椎衣が断言するということは、つまり。


「君は、十瑪岐の味方なの?」


 胸のざわめきは無視したはずなのに、問いただすような口調になってしまった。

 椎衣は平静を崩すことなく答える。


「今件において、ボクは中立であらねばなりません。幸滉様に助力する分、十瑪岐にも同等の助力をします。それでよろしければお手伝いします」


 なぜだろう。さっきから、まったく目が合わない。


「それはどういう意味。何に対する中立なの。……いや、言わなくてもいいよ。父さんだろう。椎衣が言うことを聞くのは葛和の人間だけだから」


「…………」


 沈黙は肯定ということか。幸滉は無意識にしかめていた眉間から力を抜き、座席に深く身を落とす。


 父親にまで話が行っているということは、この勝負は正規の跡目争いになったということか。葛和の未来に関わることなら、椎衣が深入りしないのも納得だ。


(そんなもの、僕にはどうでもいいことだけど。でも……)


 例え崩壊の先延ばしに過ぎなくとも。一秒でも長くこの安らぎを逃がしたくない。だから宣言は何も特別ではなく、当然のことだけ言った。


「十瑪岐は僕に勝てない。僕が勝って、何もなかったみたいに冬が来る。それだけだよ」


 明るい日光が車内に差す。そのせいで、窓に映っていたはずの少女は掻き消え、椎衣の表情は見えなくなった。



      ◇   ◆   ◇



「このまま無策で突っ込んでも勝率は限りなく全くほぼ完ぺきにゼロに等しいのはみなさん理解してると思います。皆さんにはとめき先輩の勝率を上げるアイデアを出して欲しいんです」


 莟が頭を下げると、冥華めいかがつまらなさそうに口を挟む。


「その前にまずは状況整理したほうがいいんじゃないの。メイカ達全員が現状に詳しいわけじゃないし。前提情報の共有は大事。じゃないと無意味な時間ばっか流れてくよ」


「そうですね。えっと、鳴乍先輩お願いします」


「うん、去年のデータを持ってきたから、それを交えて説明するね。

 まずミスターコンテストの投票権は高等部の全生徒に与えられているの。学園に登録してるメールアドレスに送られてくるURLを開いて、特設サイトで学籍番号と一緒に投票する仕組みよ。昨年と今年は生徒数にほぼ変化なし。つまり票数は全生徒数である約二千と考えて差し支え無し」


 言いながらホワイトボードに書き記していく。


『生徒数 約2,000人 = 総票数

 男女比 3:7 = 600:1,400』


「ここでは理解を優先して数は切り上げて書いていくね。詳しい数値はさっき配ったプリントを見て頂戴。とはいえ、全員が必ず投票するとは限らないのよね。去年の有効投票数はこの通り」


『有効投票数 1,700 無効投票及び無投票数 300

 有効投票内約 男子票:400 女子票:1,300』


「そして幸滉くんの得票が」


『幸滉得票数:1,150票

 内約 男:女 = 50:1,100』


「え、えげつない得票率だね」


 楠間田くすまだが思わず吃音も控えめに素で唸る。それもそのはずだ。幸滉の得票率は約六十八パーセント。過半数をゆうに超えている。


「今年も彼の得票を同程度と考えると、浮動票をどうにか集められてもようやく幸滉くんの半分程度というところね。勝つためには、幸滉くんから票を削る……支持者の取り込みが必須よ。こういった投票は毎回、同じ人物に入れることが多い。それを変えるのは至難の業なのよね」


「思ってたよりキツいですね。わたしが一年生を扇動せんどうして投票してもらってもいい勝負にすらならないかも……」


 これから自分達が覆さねばならない結果に、大半のメンバーが苦い顔をする。もはや無謀としか言いようがない。

 その中でも表情を崩さずお茶を飲んでいた冥華めいかが意外そうに嘆息した。


「そう? 思ったよりは圧倒されないかも。何よりあのエセ王子、男子票ぜんぜん取れてないじゃん」


「あー……。幸滉は男友達ぜんぜんいねえしなあ」


「それ関係ある?」


「女子には分かんねえ感覚かもだけど、そりゃあ男はミスターコンだのプリコンだのには興味ねえだろ。投票するにしても、だいたいは知人友人を優先するもんだ」


 十瑪岐が男子の代表みたいな顔して述べると、楠間田も頷いて同意する。莟が冷たい目で十瑪岐を流し見た。


「その原理で行くと、とめき先輩は男子票を一つも得られないわけですが」


「辛い現実を突きつけてくんなあ! 己が半生の意味を振り返って虚しくなって泣いちゃうだろお!」


 十瑪岐が喚くがいちいち相手をする者はいない。


 さめざめとした十瑪岐の泣き声のほかは静まり返る。みな打開策が見いだせないのだ。これではどれだけ策を弄しようと焼け石に水程度の効果しかないだろうと。


 その後ろ向きな空気を壊したのは由利ゆりだった。あのぉと控えめに手を上げる。発言を許可され、由利は唇を人差し指でぷにぷにつつきながら口を開いた。


「得票ゼロってことはないと思うよ莟ちゃん。こういう審査員を置かない形式の投票イベントって、さっき十瑪岐先輩が言ってたとおり、知人とか友人に入れる人が多いんだよね。知ってる相手のほうが親近感があるからって理由もあるけど、見落とされがちな理由はそう、そもそも知らない相手には投票しないってとこ。知らない限りは選択肢に上りようがないし。

 ほら、テレビ局とかが大衆相手に人気投票を開催すると知名度補正が強いでしょ? よほどのマニアに投票権を絞らない限り、本当の意味の良質な比較投票って不可能なわけ。

 その点、十瑪岐先輩は悪評とはいえ名前がすごい広まってます。名前さえ認識されてれば無視できる人のが少ない。だから実は、マーケティングの大事な部分はクリアしてるんだ。なのでやりようはあるって思うんですけど……」


 途中から上級生にも視線を送り、早口に考えを披露してしまう。どこか興奮して見えるのは自分の得意分野でつい熱く語ってしまうオタク病を発症しかけているせいか。


 そんな由利を、十瑪岐は泣くのをやめてすがるように見上げた。


「お、お前……超優秀じゃねえか。莟の友達だしテンション変だから脳筋寄りの人種だと決めつけててごめんなあ。そういうアドバイスもっと頂戴。どんどん頂戴」


「コラ。わたしの友達に近づかないでください。セクハラで訴えられますよ」


 おもねった態度ですり寄ろうとするのを莟が引っ張って止める。


 由利は他の面々を見渡し続けた。


「問題はその知名度が悪評って点ですかね。これをどうにかしないと票は得られない。もっと言えば、学園内でのマイナス評価を打ち消して好感度を標準値まで引き上げれないと、売り出しようもない、ってのが広報に関わる人間の意見ですかね。だって嫌いな人間が何やっても好感触は得られないわけだし。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってやつですよ」


 スキャンダルを起こした芸能人が評判を取り戻すためにボランティア活動に参加して、さらに叩かれるのと同じだ。悪いことをすれば当然に叩かれ、良いことをしても叩かれる。印象が悪いと何をしても裏目に出るのだ。


「それは分かる。でも、十瑪岐こいつの嫌われようって根が深いよ」


 冥華めいかが十瑪岐を無遠慮に指差す。彼女は火苅かがりに会うためによく三年生の教室に出入りしている。十瑪岐の嫌われぶりは学年が上がるほど強い。それを肌で感じているから、実感が他のメンバーより強いのだろう。


「じゃ、じゃあその根をどうにか、しよう」


 難しい顔で押し黙っていた楠間田くすまだが、思いついたようにそう提言する。


楠間田くすまだ先輩、何か良い案があるんですか?」


 莟の問いに、楠間田くすまだは考えを詳しく説明した。

 語られた策はなるほど、現状を打開する一打に成り得る。生徒会役員として学園の世情に詳しい立場にいる鳴乍も肯定した。


「そうね、それなら少しは効果があるかも。少なくともわだかまりが薄まるのは確かよ。けれど、それを実現させるには……」


 全員が天井を見上げる。

 正確には、その先にいるはずの人物を。



      ◇   ◆   ◇



 兎二得学園高等部生徒会長室。大企業や名家の子息たちが多く通う兎二得学園にあって、選ばれたただ一人に与えられる個室。生徒会役員ですら用もなく立ち入ることはなく、一般生にあっては近づくことすら気後れする部屋だ。


 そこでいま繰り広げられているのは、まごうことなき土下座であった。




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