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クズ男は誰の初恋でもない。はずだった  作者: まじりモコ
十一周目 踏み出すクズと足踏みしたままの彼
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背水の陣で背泳ぎ


 莟との殴り合いから二日後のこと。

 葛和くずわ十瑪岐とめきはかつてない絶望の真っ只中にいた。


 絶望に襲われるのは両親が目の前で事故死した時と同じだが、今回はあの時とは質が違う。あの時はまだ考えるべき事柄や、進むべき展望があった。絶望に舗装された道は途切れなくずっと先へと続いていて、まだ光があった。


 だが今回はそれがない。


「勝てるわけがねえ……」


 呟きは自分でも思ってみなかったほどに重々しい。


「とめき先輩。大丈夫ですよ。みんなで考えれば打開策はありますって」


 莟の慰めも心を潤してくれない。十瑪岐は頭を抱え、半泣きになりながら呻いた。


「あのリアル王子とよりにもよって、王子対決(・・・・)しろってのかよお!!」



      ◇   ◆   ◇



 ことの始まりは二日前に遡る。


 幸滉転覆計画をやめた以上は、何か別の策を練って幸滉の本音を引き出す必要がある。応急処置を済ませた十瑪岐と莟、そして部屋を片付けた椎衣は集まって作戦会議を始めた。


「そんなの、当人に聞けばいいんですよ」


 莟の提案に十瑪岐は苦い顔をする。


「だあから、幸滉がそれで素直に喋ると思うかあ? 拷問でもしたほうがまあだ吐く可能性高いっつうの」


 適当にのたまう十瑪岐に鋭い視線を向けるのはモップを仕舞っていた椎衣しいだ。


「幸滉様に危害を加えることは許さん」


「おぅ……やだなあ冗談だってぇ……」


 狂犬の睨みに怯える十瑪岐をよそに、莟は話を進める。


「だから勝負なんです。正面からぐうの音も出ないくらいこてんぱんのけちょんけちょんの完膚無きまでにプライドを叩き潰す。方向性は違いますが、先輩たちが進めてた当初の計画とやることは一緒です」


「そもそもよお、あいつがオレらの持ちかけた勝負に乗ると思うかあ?」


「受けるメリット、もしくは受けないデメリットがあればいいのでは? 『負けたほうが相手の言うことをなんでも一つ聞く』とか」


「んなガキみてえな────いや、いけるか?」


「何か思いついたのか」


 椎衣が期待もなく尋ねる。十瑪岐は難しい顔で思考を回し続けているようだった。


「いや、どおだろうな。だが……そう、弱みに付け込んで…………挑発……それから」


 ぶつぶつ呟きながら耳のイヤーカフを弄る。

 長考の末、十瑪岐は自分でも半信半疑といった表情で少女二人を見やった。


「やり方はオレに任せてくれねえか。博打にはなるが、あいつを舞台に引きずり出すまでなら、できなくもねえかも。ただこうなると……勝負方法は幸滉あいつ次第だ」



      ◇   ◆   ◇



 椎衣しいが十瑪岐から預かって来た伝言に従って、幸滉は自室を抜け出し屋敷の裏手に回った。そのまま警備システムの眼を盗んで敷地を抜け出す。


 ここ最近は椎衣に避けられていると思っていたが、今日の報告をする彼女の態度はいつものものに戻っていた。結局、椎衣の変化はなんだったのか。理由は分からないが、幸滉には彼女にそれを問う勇気がない。


 だから素知らぬ顔していることしかできないのだ。たとえ幸滉の知らないところで、椎衣と十瑪岐が親しくしていたとしても。


 時間通りに指示された場所につく。そこは生前の榎本えのもと夫妻が暮らし、現在は十瑪岐が家政婦と共に過ごす一軒家だった。住人がいるはずなのに、明かりは灯っていない。


 むかし何度かそうしたように、幸滉は玄関を素通りし庭のほうへ向かった。吐き出し窓にかかるカーテンの色は以前と変わってしまっていた。


(そりゃそうか。前に来たのは葬式のあとが最後だ。それだけの時間があれば色々変わって当然か。十瑪岐も椎衣も、例外じゃない。変わらないのは……僕だけなのかな)


 わざわざ人目を忍んでここに来たのは、もし母親に見つかったら彼女の機嫌が悪くなると思ったからだった。母親は葛和に対して私怨を抱いている。だからこそ、葛和を破壊する爆弾としての幸滉が、その爆弾を消しかねない十瑪岐と必要以上に交流することを疎んじている。


 自分は母親の計画の駒でしかない。分かっていて拒絶できないのは、母親のため、ではなく──


「よお、さっすが時間通りだなあ。相変わらず几帳面じゃねえかお兄様ァ」


 十瑪岐が現れて思考が途切れる。至る所に包帯と止血ガーゼを付けた少年の登場に、幸滉は少し意表を突かれた。


「どうしたのその傷」


「いやあ、そこはツッコまねえでくれると助かる」


 十瑪岐がヘラヘラ笑う。幸滉はそれでもう彼が負傷していることへの興味を失っていた。


 どうせまた問題を起こして相手を逆上させてリンチにでもあったのだろう。そうでもなければ逃げるのが上手い彼があれほどの傷を負うわけがない。


(僕がいままで王子様をして後始末をしてやらなかったら、十瑪岐はこの何倍も負傷してたはずだ。女の子に背中を刺されたりしそう)


 それが十瑪岐の策の一部だったと知らずに幸滉は鼻を鳴らす。

 幸滉は深層意識で、十瑪岐のことを下に見ていた。


「それで、なんの呼び出しなの」


「いやあ、来年は受験も始まって忙しくなるだろお? 楽しく遊べるのは今年までじゃねえか。だからよお、今のうちに白黒決着付けとこうぜえ」


「決着? なんの」


「オレとお前のどっちが上かだ。負けたほうが相手の言うことを何でも一つ叶える。これでどうだ?」


「そんなもの、僕が受けると?」


「棄権すんのかあ? いいのかなあ。オレに命令する権利を捨てていいのかなあ」


「別に、十瑪岐にやって欲しいことなんて」


「オレは来年、卒業と同時にあの人にお願いしようと思ってる。オレ達の秘密を突き付けて、断れないよう退路を断って、お願いを受け入れざるを得ない状況を作る」


「何を言っ────待て。オレ達(・・・)?」


 十瑪岐の出生の件が外部に出回ればスキャンダルになり、葛和の経営に悪影響を及ぼす。だがそれ一つで大企業に致命的な打撃を与えるには小さすぎる。


 だが、それが二つだったら。

 たかが養子の件ではなく、すでに跡目を期待されている長男にも秘密があったら。


「狛左ちゃんほどお前のことをよく見てる優秀な子がさあ、お前の母親がやらかそうとしてる気配に気づいてないとでもお?」


 肩をすくめて鼻を鳴らす義弟に対し、幸滉は動揺を覚られない程度に眉をひそめた。


「……じゃあ、椎衣は知ってるのか」


 ──僕の父親が勇玄ゆうげんじゃないって。僕に彼女が期待する葛和の血なんて入ってないって。


 母に『秘密』と前置きされて何度も聞かされた事実。誰にも話さず、語らず漏らさず、自分の中に秘めていた真実。


 それを、一番知られたくない相手に知られている?


 思考が最悪の結論をはじき出して、ぞっと背筋が震えた。寒空の中で頭から冷水を被ったように全身から血の気が引いていくのが分かる。


 だって椎衣が幸滉の傍にいてくれるのは、幸滉が将来その背に葛和を負う人間だからだ。そうじゃない幸滉は彼女にとって無価値になってしまう。

 もしもすべて知られて、十瑪岐と立場が入れ替わってしまったら。それは、ありえない話ではない。葛和の血を真に引いているのは十瑪岐のほうだからだ。


 視界が狭まる。色を失っていく。見かけは平静を保ちながらも幸滉の内心は酷い有様になりつつあった。


 十瑪岐が見透かしたように笑う。


「落ち着けよお幸滉。安心しろ。狛左ちゃんも具体的な部分までは知らねえ。狛左ちゃんが気づいてんのは、何かやらかそうとしてるってことぐらいだ。でもなあ、オレは全部知っている」


 義弟は意地悪く笑ってイヤーカフを撫でる。


「オレはそれを脅しのネタの一つにしようと思ってる。いい衝撃になるからなあ。でもそうしたら、狛左ちゃんにも知られちまうよなあ」


「やめろ」


 思わず低い声が出た幸滉を嘲笑うように、十瑪岐が手を叩く。


「だろう? やめて欲しいよなあ。だったらお前は勝ってオレに命じなくちゃならない」


 拒否権はないのだ。幸滉はようやく理解した。たとえこの場では脅しでしかなくとも、十瑪岐は本当に実行すると理解しているから。


「十瑪岐が勝ったら、何を願うのさ」


「んなもん、言わずとも分かり切ってることだと思ってたけどなあ。兄弟っつっても、以心伝心は難しいかあ」


「僕から椎衣しいを……大切なものを全部、奪うつもりか」


 恨みがましく睨みつけると、十瑪岐はビンゴとでも言いたげに口角を吊り上げた。


 苛立たしい態度に幸滉はふつふつと湧き上がる怒りを自覚した。


 気に食わない相手を徹底的にぶちのめして踏みつけにしたいという、反発にも似た暴力性。普段は目を逸らすそれを逃さず掴み、幸滉はさも譲歩してやると言うように嘆息する。


「いいよ。話くらい聞いてあげるよ。勝負方法はなに」


「もちろぉん、せっかくだ、文化祭で大勝負と行こうぜ。つっても内容はお前が決めていい。だがオレらが対等になるよう詳細は相互に詰めさせてもらう。それでいいかあ?」


 十瑪岐が事の大枠を簡単に語ると、幸滉は驚きつつも頷いた。勝つために手段を選ばない十瑪岐の提案なのに、自分に選択権があるのが意外だったのだ。


 幸滉から了承を引き出した十瑪岐は内心でほっと息をついた。


(そおだ。人間は勝ち目があるから勝負に乗るんだ。だから勝負方法は幸滉に選ばせる。それが、逃がさないための譲歩)


 事を起こすタイミングを文化祭という否応にも衆目のある中に限るのも、幸滉を逃がさないためだ。幸滉は無自覚にプライドが高い。二人きりならまだしも、他の誰か──特に椎衣──が期待の眼を向ける中で勝敗を台無しにしたりはしない。それは勝っても負けてもだ。


(あとは幸滉がどんな勝負を選ぶかだが……)


 高校生になってからは目立つのを嫌って生徒会役員への誘いも断った幸滉だ。大勢を巻き込むような試合にはするまい。椎衣ともそう話し合ったところだ。だからこそ何を選ぶか予想がつかないのだが。


 しかし十瑪岐たちの予想は裏切られる。


「決めたよ。勝負内容は兎二得とにえ学園ミスターコンテストにしよう」


 ゾッと血の気が引いて見上げれば、昨年のグランプリ王者がすました顔で笑っているのだった。


「それだけ豪語しておいてまさか、怖気づいたりしないよね?」


 ミスターコンテスト。それはいわゆる人気投票だ。特に男子の部には昔から一つの審査基準がある。それが『王子様』だ。純粋な人気だけでなく、より『王子様』に相応しい舞台パフォーマンスをした候補者が票を獲得する。そのため別名プリンスコンテストとも呼ばれていた。


 ちなみにミスコンの別名が『女帝コンテスト』な部分に校風がよく現れている。


 これらコンテストは全校生徒に一票ずつ投票権がある。家柄や会社等の外部圧力による組織票がまかり通らないよう、来場者に票は発行されない。完全に学園の生徒による生徒のためのコンテストだ。


 兎二得とにえ学園高等部、全校生徒約二千人による投票結果で順位が決まる。


 つまり、学園の嫌われ者である葛和兄弟のクズのほうこと葛和くずわ十瑪岐とめきには、これ以上ないほどに不利な勝負であった。



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