どつきまわせ我らが青春
「そんなにオレの邪魔がしてえかあ!」
「邪魔じゃなくて助言だってのこの偏屈男!」
十瑪岐の殴打を腕でガードし弾き飛ばす。莟はできた間合いを一瞬で詰めて殴りかかった。左拳が彼の脇腹に刺さるがどうにも浅い。腕を掴まれそうになってまた距離を取る。
明日には足のサポーターも外れる。ほぼ治癒していると言っていい。だが無意識に庇う動きをしてしまうため、拳に威力が上手く乗らないのだ。
莟は舌打ちして十瑪岐をキッと睨めあげた。
「幸滉先輩の本音が知りたいなら他に方法があるでしょっ。どうしていつも自分から憎まれ役を買って出るんですか。お買い得には見えませんけどねぇ!」
「うるせえオレにとっちゃあ年中閉店セールみてえなもんなんだよ! あいつにどんだけ憎まれようが屁でもねえ! 最初から嫌われてるからなあ! オレのこと嫌ってる奴にまで振り撒けるほどオレの優しさは無尽蔵じゃねえの。外野が当事者のやり方にいちゃもん付けやがって。お前は幸滉の頑固さを知らねえから簡単に言えんだ!」
「知ってますよ!」
顔面を狙った鋭い一撃を避けられた。カウンターで眉間を打った拳の衝撃をできるだけ受け流すが壁際に追い詰められる。
「ああっ!? 王子様フェイス相手はさすがに緊張するとか言ってろくに話したこともねえだろおが。オレとはベラベラ喋るくせによお!」
蹴り足がこっちの足を薙ごうとする。そのタイミングなら胴を狙ったほうが確実なはずなのに……。そういえば、この男は身体が硬かったなと余計な記憶が思い出された。
避けるついでに壁を蹴って飛び上がる。少年の肩に手をついて身体をひねらせ背後に着地した。
「そうですよ。とめき先輩が話してくれたんですよ」
「ああ!?」
「毎日聞かせてくれたでしょう! 幸滉先輩の駄目なところとか、クセとか、思い出とか、あんなにたくさん!」
十瑪岐が怪訝に眉をひそめる。だからなんだと視線で問うてくる。自分のことに鈍いこの少年を指差し、莟はいま自分を突き動かしている理論を言い放った。
「普通はただ嫌いなだけの相手のことを、あんなに語れるわけがないんです!」
だが少年は鼻で笑い、せせら笑うように肩をすくめた。
「はっ、だから好きなはずだってえ? 阿呆がよお。優秀な詐欺師は人をよく観察するもんなんだぜえ?」
「それも興味あってこそでしょうが! だからこそ本音を引き出したいってなってんでしょ。なんで直接そう言わないんですっ」
「あの強固なプライドを一度へし折って追い詰めてやらねえと、あの格好つけは本音なんて吐かねえんだよ」
「どうしてそこまで本音を知りたいんですか。別にいいじゃないですか。あの人優秀なんだから。適材適所でしょう。幸滉先輩なら葛和をもっと大きくできますよ。そもそも、追い詰めたからってあなた達の望んだ本音が出てくるとでも? 余計なお世話だって言われて終わりかもしれませんよ! せっかく出世街道にいるのに邪魔をするなって!」
投げつけられた椅子を避けると、十瑪岐が目の前にいて莟の足を狙った。
「んなわけねえだろおが。あいつの望みはもっとちっぽけでありふれてて、馬鹿みてえに素朴なもんなんだよ。葛和なんて重荷でしかねえっ」
「そこまで確信してるなら、素直に『助けを求めて欲しい』って言えばいいのに」
十瑪岐はやはり治りかけの足を狙って来る。正攻法では莟に勝てないと分かっているからこそ取る卑怯な手段。それを当たり前に行う少年の頬を莟は殴り貫いた。よろめいた十瑪岐は裂けた頬に血をにじませ、唾液より血のほうが多い唾を吐き捨てる。
「言ったって、あいつは手を取りゃしねえんだ。あのクソみてえなプライドが邪魔しやがる。だから全部ベッコベコにぶっ潰してえ、無様な泣き顔を踏みつぶしてやるんだよお! そのために計画して、準備して、ここまで来た。なのにお前は引き返せってのかあ!」
足にばかり気を取られすぎて十瑪岐の打撃が鳩尾に入った。軽い身体が宙に浮き、意識が一瞬遠くへ飛ぶ。
倒れそうになった莟は床に手をついて下半身を持ち上げた。
腕力とバネの勢いが乗った蹴り上げ。しかし上あごを狙ったそれは紙一重で躱され、上履きのつま先がこめかみを削っただけだった。
体勢を立て直そうと上体を跳ね上げたが間に合わずにラリアットを喰らう。喉元をやられて咳込んだが、莟はなんとか声をひねり出した。
「やり方の問題なんですよっ。どうしていっつも卑怯な手段しか思いつかないんですか。幸滉先輩は数少ない肉親でしょう? 真正面からぶつかろうとは思わないんですか!」
「さっすがあ、お綺麗な勝負の世界で生きてきたスポーツ特待生サマだ! 正々堂々? 正面突破? 実力でねじ伏せる? 阿呆があ! それじゃあ勝てねえから搦め手選んでんだよっ!」
十瑪岐が勢いづいて殴りかかって来る。
「勉強も、運動も、運も、人望も、何もかも! 幸滉に真正面から勝てたことなんて一度もねえ!」
発言は後ろ向きなのに攻勢は力強く、莟は防戦に回った。
「幸滉だけじゃねえ。生まれに胡坐かいてる阿呆共ならまだしも、努力してるような奴らにオレごときが勝てるわけねえんだ」
自己嫌悪を乗せた拳を大きく振り抜く。眼光を鋭くする十瑪岐は、一方ですでに肩で息をしている。
少年はいつの間にやら至る所から血を流し、服も拳もボロボロになっていた。
きっと自分も同じ有様だろうと莟は内心でため息をつく。
莟は血の味がにじむ口内に親指を突っ込み、殴られた衝撃でぐらぐらしている奥歯をぎゅっと押さえつけた。満身創痍はお互い様だ。
だからってここで止まれるわけがない。
だって莟は、まだ胸の奥底の苛立ちを吐き出せていないのだから。
苛立ちのまま声を荒げる。
「だったら勝てるように考えてくださいよ!」
「だぁかあらっ! オレのお頭じゃあ卑怯な手しか思いつかねえの! 相手を引きずり下ろしてこき下ろしてやっと同じステージに立つ。そうしねえとオレじゃ誰にも勝てねえ」
誰にもという言い回しが癇に障った。
「はぁっ!? なんでそんな卑屈なんですか。わたしに勝ったくせに!」
「ああ? 体育祭のことかあ? あれだって散々卑怯なことしてほぼ同着だったろうが。まともにやってたらそれこそボロ負け──」
「そうじゃなくて! あのときの先輩の走り、映像で百メートルを切り抜いて計ったら、わたしの自己ベストより速かったんです」
スマホに保存していた画面を表示して少年の鼻先に突き付ける。そこには比較された数字が並んでいる。その差は──
「……たったコンマ二秒じゃねえか」
十瑪岐が眉をしかめて小さくこぼす。
「あ?」
地雷を踏みぬかれ、莟は今度こそ怒りのままに十瑪岐を睨みつけた。
「そのたったを縮めるためにこちとら人生かけてんですよ!」
あまりの剣幕だったのだろう。気圧された十瑪岐の動きが止まった。
「幸滉先輩に負け続けてるとめき先輩の気持ち、ちょっとは分かりますよ。この人には負けたくないって気持ちに結果で裏切られるのは悔しいですよね。これだけは負けたくないって切実なことで負けるともう、自分が死ぬか相手を殺すかでしか晴らせないんじゃないかってくらい、はらわたが煮えくり返るっ」
「お、オレはそこまでじゃぁねえかもぉ……」
十瑪岐が若干引いているが、莟に顧みる余裕はない。
これだけ暴れて、叫んで、それなのにイライラが止まらない。
「あの百メートル。先輩は確かにわたしより速かったんです。年齢とか、性別とか、言い訳なら腐るほどできるけど、でもわたしは悔しかったです。とめき先輩に走りで負けて、心底悔しかった。絶対に越えてやるって奥歯が砕けるくらい歯噛みしたんです」
十瑪岐の胸倉を掴む。ぐいと引き寄せ、額を合わせるくらいに顔を近づける。
「だから」
困惑に揺れる十瑪岐の眼をまっすぐに見つめ、莟はやっと本心から不満をぶつけた。
「他人の頑張りをすごいと認められる感性があるなら、わたしが必死になって縮めるコンマ二秒を自分が越えたことも誇りを持て! あとわたしに走りで勝ったくせに無理なんて言うな!!」
完全に最後は私怨だったが、だからこそ飾り気のない言葉は十瑪岐の心に届いたらしい。十瑪岐の眼が驚きに見開かれた。
「たまには掠め取るより、卑怯で終わるより、自分を誇れ! 誇れる方法で奪ってみせてくださいよこのクズ男!」
「───っぁ」
十瑪岐が毒気を抜かれた表情で視線を落とす。胸倉から手を放すとそのままへたり込んでしまった。意欲的にも体力的にも、もう殴り合いをする気力はないのだろう。
莟はスカートを巻き込んで屈みこみ、十瑪岐と視線を合わせた。
「あなただけじゃ勝てないって言うなら手伝いますから」
「………」
「いつも通り自分勝手に巻き込んで。使えるものは何でも使って、目的を果たすんです。ほら、とめき先輩の目的は?」
「幸滉を……」
言いかけて止まる。その口角が片方吊り上がり、嘲笑にも似た居丈高な表情へ変わった。
「あいつが本当にやりたいことに誠心誠意打ち込めるようお膳立てしてやりゃあ、これまでと比べ物にならねえ利益が得られるだろうなあ」
その笑みはどこまでも利己的ゆえに身内に甘い、いつもの十瑪岐の表情だった。
「それでいいんですよ」
莟は満足げに頷いて腰を上げる。乾いていた胸がやっと潤った気分だ。十瑪岐の腕を掴んで、ふらつく彼を無理やりぐいっと引き立てた。
「さぁ、みんなで考えますよ。幸滉先輩を貶めずに幸滉先輩の上を行く、葛和十瑪岐らしくない方法を!」




