【幕間】とある少女の独白
自分が他人とどこか違うって、わりと早めに気づいていた。
小学生にもなればみんな言う。あの人が好き、あの人は嫌い。そんなことが話題の大半を占める。
もっと成長すると、あの俳優さんが格好いいとか、あの女優さんは美人だとか。
恋愛ドラマやラブソングにいちいち共感して、あんな恋がしてみたいとか言う。
わたしには何一つ理解できなかった。
「好き」をもらったことは何度もある。「ぜんぶあげる」「なんでもするよ」そう言ってわたしからの反応を期待している目。
無条件に与えられるそれらが、出所が分からないからこそ、気持ち悪い。
原理は理解できる。でも、自分の中にそれを証明できない。
それが成り立つ理論も知らない数学の方程式を、『使え』と一方的に言われているような。何に役立つのか、いつどう扱えばいいのか、どう応用すればいいのか、みんなは教えられるまでもなく使いこなしてる。その中でわたしだけが教科書のページをめくれないままでいる。
そんな疎外感と無力感。
恋愛とは、わたしにとってフィクションと同じだった。
ううん、恋愛だけじゃない。周囲にいる人はみんな、スクリーンを一枚隔てたみたいに、のっぺりとしていた。たぶんわたしが彼らを理解できてないからだ。本心から理解できないから型にはめて分類して表面上だけ理解したフリをする。そこからさらに踏み込めない。……踏み込むほどに愛着がないからだ。
小学校でいじめにあったり、中一のときに暴れ回ったりしたのも、それが原因。わたしが悪い。このままじゃ駄目だと思い立ったのは陸上を始めて一年が経った、中三のころ。
恋を知ればこの疎外感はなくなるはずだ。わたしは自分の恋を探すことにした。
恋はキラキラしているという。自分の中で一番キラキラしているのは、あの恩人さんとの想い出だ。
こうして『葛和』の名札を手掛かりに恩人を探していたわたしの世界に、葛和十瑪岐は妙な立体感を持って現れた。
観察していて気づく。彼はすべて損得で考え動く人間に見えた。
自身を損なうような行動も、どこかで必ず彼の利益につながっている。
他人がわたしに望むことはだいたい意味不明だし、分かったってどうせ応えられない。けど彼がわたしに求めるものはいつだってシンプルだ。
だから見ていて単純明快で気持ちが良い。
いざ彼と仲良くなってみると、バカみたいなやりとりを予想以上に楽しんでいる自分に自分でも驚いた。
彼と過ごすのはすごく楽だ。気が合う。波長が合う。任せ任せられ、それも対等な立場でいられる。
いわゆる無償の愛というやつを気持ち悪いと思ってしまうわたしのような人間にとって、とめき先輩のような人間がどれだけ貴重か、彼には分からないだろう。
『まあ、車で迎え頼むからついでに送ってってやるくらいはしてやろう』
『自分は搾取する側ですみたいな顔をした奴らから搾り取った金を無関係の他人に使うのってなあんか気持ち良いだろお?』
『びた一文負けてやらねえから。せいぜい気張って返しやがれ』
出所が明白な彼の言葉を思い出すと自然と口元がゆるむ。
こんなことは今までなかった。するとこれは恋だろうかと疑問が出てきた。でもやはり、小説にあるような高揚感は得られない。
恩人さんがとめき先輩だと気づいてもそれは同じで。
ちょっと悲しかったけど、『やっぱりな』という諦観のほうが勝った。
それでもまだ、欲している。自分だけの初恋を掴みたい。
何かが欠けている自分の人生に対する言い訳が欲しいから。
身の内になくて、降って来るようなものでもないのなら、作ってしまえばいい。何が恋なのかは自分で決めていいのかもしれないと思ったのは、いろんな愛のカタチに触れられたから。それと癪だけど、新聞部のあの怪しげで詮索好きな部長のおかげでもある。
『別に偽物でもええ思うけどなぁ。ぜんぶがぜんぶ……本物やないといけない世の中なんて……えらい生き辛いで』
そう言われ、別にこれを恋だと言い張っても何の支障もないことに気づく。選んだモノがたとえ叶わぬ恋でも、どうせ叶える気は最初からないのだから。とめき先輩を好意的に見ていることに違いはないわけだし。
ただ……
『見つけたもんが恋かどうか……確かめる簡単な方法……あるで。セックスしてみて……またその人だけを欲しくなったらたぶん恋や』
『ぶっ──はあ!?』
あの発言はいかがなものかと思う。お茶を吹き出しかけたし、実際に喉の変なとこに入ってしばらくむせた。後輩になに薦めてんのこの人。
『他にないんですか!? ていうかそれ恋じゃなくて性欲だと思いますけど!?』
『肉欲って一番シンプルな……愛のかたちやと思うけどなぁ』
『もっとマイルドなのください』
『せやったら……キスくらいでええんとちゃう? 嫌いな奴とやったら嫌悪感が勝るやろ? 好きな相手やったら……興奮すると思うで』
『興奮とか言うのやめてくださいよ』
というわけで一発かましたわけだけど……やっぱり嫌悪感も興奮もなかった。
それはただの行為だった。
おかげで踏ん切りがついたと思う。彼相手でも恋を認識できないなら、わたしの脳内に恋愛のフィルターは装備されていないのだ。たぶん生まれて来る前にどっかに落っことしてしまったのだ。
とことん納得できたから決めた。恩人さんとのあの思い出を、自分の初恋と偽ってしまおうと。
恩人さんととめき先輩は同一人物だけど、なんというかわたしの中だとジャンル違いというか。だから彼へ抱く友情と矛盾したりしない。何よりあれはただの想い出に過ぎないから、誰に迷惑がかかるわけでもないし。
万事解決。すっきりだ。
おかげでわたしの初恋は終わらない──応えを得られないものになってしまったけど、問題はない。輪郭がなくてあやふやだった頃に比べればずっと気が楽だ。実ることもなければ散ることもない。安心してぬるま湯に浸かっていられる。
わたしの悩みは解決したから、次はとめき先輩の力になろう。
とめき先輩が恋してる相手……久米鳴乍先輩もわたしにとって大事な相手だ。
彼女もわたしの中では明確な立体を持つ人物だ。
他人にあれほど優しくあろうと努力できて、しかもそれを継続できる忍耐力には恐れ入る。わたしには決してできない。
わたしが誰にでも愛想良く振る舞えるのは相手の表面にだけそれを降らせるからだ。相手の心底にまで優しさを浸透させる鳴乍先輩とは根本から違う。相手の欲しい言葉を与えるには、相手のことを真に理解していなければ不可能だ。
あんな心労、わたしには背負えない。それを進んでやっているあの人のことをわたしは尊敬していた。
大好きな先輩二人が交際するのは大好きの相乗効果でわたしも凄いハッピーになれる気がする。だから自分のためにもとめき先輩を応援したい。ていうかとめき先輩は鳴乍先輩を捕まえないと本当に孤独死しそうで心配だ。生涯独り身予定のわたしじゃ彼の世話を引き継ぐ相手を用立てられないと思うし。とめき先輩には順当に子孫繁栄して欲しい。
……なんで今から先輩の老後の心配をしなくちゃいけないんだ。
とにかく、とめき先輩には頑張ってもらわないとわたしも安心できない。
ただ一つ不安があるとすれば、
あの二人がくっついたら、自分は邪魔者になりはしないかということだろうか。
まあわたし、あの二人には好かれてる自信あるから、それこそ取り越し苦労というものかもだけど!
…………だよね?
とにかく。人からズレているわたしにも出来ることはあると、そう願っている。




