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クズ男は誰の初恋でもない。はずだった  作者: まじりモコ
九周目 クズと決心したランナー
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エピローグ やるべきことを


 地下鉄のホームにはまばらな人影が次の電車を退屈そうに待っていた。

 そんな彼らの死角になる位置で、太い柱に寄りかかる少年が一人。他の待ち人と違いスマホも手にせず、ぼんやりと線路を見下ろしている。虚無の表情でたたずむ少年に気づく者はなく、その気配すら誰も捉えていない。


 少年は跳ねるように肩をびくつかせたかと思うと、おもむろに柱に頭を打ち付けた。


 岩同士をぶつけ合ったようなわりと大きい音が構内に反響する。


(~~~~っ! キスなんかされて平静でいられるわけがねえええええっ!)


 莟の前ではなんとか格好つけて仏頂面を貫いた十瑪岐だったが、見栄を張る相手と別れて独りになってしまえば、いよいよ我慢も限界である。


 顔を真っ赤にしてコンクリートで額をごりごり削る。


(ぬぅぅうううっ。どんだけ頭をからっぽにしようとしても柔らかさとか温かさとかいい香りとかが意識に上ってきて思考がぶつぎれにゃああああああ)


 大絶叫を脳内でこだまさせる。口から飛び出てこないのは十瑪岐の最後の理性のおかげだ。


(今後オレはどうやって莟の前で普通の顔すりゃあいいのお? むしろなんであいつは普通なのお? 意識しちゃうのオレだけ? やだ恥ずかしい☆ ……って阿呆! 莟は親友だろうが。意識以前の問題だし、オレには──)


 自分に言い聞かせるように言葉を連ねる。頭では分かっていても、心臓は正直だ。まったく鼓動を大人しくするつもりがないらしい。

 ホームに電車が到着したのと同時に着信が鳴って、さらに跳ねる。噂をすれば影かと恐る恐る画面を見ると、そこには今日見たばかりの名前があった。


 電車を見送って通話に出る。


「はぁい。お電話ありがとうございますぅ。貴女のとっておき、愛しの十瑪岐君でえす」


『誰が誰のだ! うざい出方をするな気色悪い!』


「よお狛左ちゃあん。あ~、なんか狛左ちゃんの怒声って浴びると落ち着く成分配合だわあ。ありがとね」


『いつにも増して意味が分からん。かけたことを後悔させてくれるな』


「んでどしたのお? わざわざ電話してくんのなんて珍しいじゃあん。あ、今日は幸滉ゆきひろ、食事会の日だっけえ? また一人で寂しいのぉ?」


『……関係ない。それよりも例の件(・・・)だ。本当に今年やるのか』


「もっちろおん。決めたの狛左ちゃんっしょお?」


『だが貴様、貯めていた貸しをずいぶん消費してしまったと言っていなかったか』


「それこそ関係ねえよお。万事オレに任せとけ。それともいまさら怖くなっちゃったあ?」


『ほざけ。これは葛和のためなのだ。ボクは幸滉様のためならば、たとえ彼から絶縁を叩きつけられようと実行する』


「ん~、いい覚悟。んじゃまた。内容もっと詰めてこうねえ」


 電話の向こうにひらひら手を振って通話を切る。


 冷たいコンクリートに身を預け、虚空に深く息を吐く。

 気持ちはすっかり冷えていて、心音も徐々に落ち着いていった。


 目を閉じて、開く頃にはもういつもの他人を嘲るような目つきに戻っている。


「さあて。……とりま薬用リップ買って帰るかあ」


 文化祭という学園一の大舞台。そこで起きる幸滉あにの破滅を思い描いて、十瑪岐は反対のホームに滑り込んで来た電車へ乗り込んだ。



       ◆   ◇   ◆



 ──お前はただあの家を破滅させる毒であればいい。


 身内から浴びせられたそんな言葉が、いまだに人生を縛ってやまない。


 ──お前は毒だ。葛和を破滅させる、埋伏の毒なのだ。


 だから待つ。その時を待つ。

 この偽証と罪咎にまみれた身を現さねばならない、裏切りの時を。


 ──お前だけは裏切るまい。


 幾度目かもわからない問いかけに、ただうなずきを返す。

 うなずいて、自分の意思など関係ないのだと否応なく痛感する。


 できることなど何もない。ただこれから自分が裏切らねばならない信頼に、胸の奥がじくりとうずいた。


 ──余計なことなど考える必要はない。


 常に一つのことだけ考えていればいい。必要なのは信頼を得ること。その時が来るまでは、引き絞った弓のように。

 どれだけ愛しい人でも、騙し通さなくては。


 なぜなら自分はただ一人、葛和を壊す共犯者なのだから。


 ──それでこそ、私のいとし子。


 母親のこの言葉に耐えられなくなったのは、いつのことだったろう。

 嘘でも昔は嬉しかった。けれどこの頃はもう重石でしかない。


 自覚がある。本当に欲しいのはもっと別の、手を伸ばしても届かない尊いあの人のことで。


 けど嘘つきの自分にはきっと、あの人に愛される価値はない。なのに希望を手放せないのは、向けられる笑みに溺れてしまっているからだ。






 ──壊すときが楽しみだ。


 背筋に寒気が走る。拒絶を堪えて笑みを作る。

 そんなことをすれば、自分はあの最愛を失ってしまうと知っている。

 ……違う。彼女は最初から自分なんか見ていない。彼女は葛和を継ぐ者に仕えるだけ。


 その忠誠も、尊敬も、親愛も、本当に与えられるべき人間が別にいる。


 知っていながら、それだけは嫌だと打ちひしがれる。


 自分は────僕は。


 いつか葛和を根底から壊してしまう葛和くずわ幸滉ゆきひろという愚者は、それでも狛左こまざ椎衣しいを手放せないのだと。




  初恋トレッドミル(本論) フィニッシュ

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