節約係
広大な宇宙空間を行く宇宙船、ステラクスラ号。その長い旅路の果てについに……
乗組員の不満が爆発した。
「せんちょぉぉぉう……もう限界です!」
「な、何がだね、マリーくん」
「ヤマダですヤマダ! あたし、ヤマダのやつがもう限界なんです!」
「そ、それはどういう……と、その顔、他の乗組員も同じ意見かね?」
「はい!」
「ええ」
「そうです……」
「あいつ殺す殺す殺す」
「ふぅー……いいですか船長。あたしたちがあくまで冷静に物を言っているのだと
証明するためにちょっとおさらいをしましょうか」
「お、おさらい?」
「はい。まず、あたし、マリーが二等航海士兼、通信士」
「ああ、うむ」
「そしてそこのミカミが同じく二等航海士と操舵手」
「ああ」
「ムトウが機関長、メイスンが科学主任、モトカワが副船長」
「そうだな。少数精鋭で各々が協力し合い、この船はこうして無事航海を続けら――」
「そして……ヤマダは何ですか? ヤマダの役職は」
「いや、ヤマダは、まあ……」
「いや、『節約係』ってなんなんですか!? 必要ですか!? この船に!」
「い、いや、仕方がないじゃないか……今さら降ろすわけにもいかんだろう?」
「僕は許されるのならそうしたいですがね」
「ムトウくん、それは穏やかじゃないよ……」
「コネですか? スポンサー会社の社長の息子かなんかですか?
理由は知りませんがあいつの行動には、あたしたち全員、限界が来てるんです!
だって、あいつ――」
「お、みんな、ここに集まってたの?」
「あ、ヤマダ……」
「だめじゃなーい、マリーちゃぁん! 部屋の電気つけっぱなしだったよ?
節約しなぃとぉう! 気をつけてよねぇほんと」
「ううぅぅぅぅぅぅ……」
「ん? どしたの? 唸っちゃって、おなかでも痛いの?
あ! でもトイレの水は使いすぎない・で・ねっ!
あ、そうそう、他のみんなも部屋の電気つけっぱなしだったよぉ?
だめだめぇー! 節約しないとさーあ! あ、ついでだからこの機会に言うけどムトウくん
君、よく、何を取ろうかなーって冷蔵庫を開けたまま考えていることあるよね?
だめだよぉー? 冷やすときが一番電力を消費するんだからさぁ!
開ける前に、必要な物を頭に思い浮かべとかなきゃあさーあ。
あと、モトカワ副船長はうーん、たまにつまみ食いしてるよね?
だめだよ? 食料も節約節約。あれ? ここどこ? そう、宇宙くうかーん!
水も電気も食料も限られてるんだからさ、ほらぁみんなで節約しないとぉ!
あ、そうだ、みんなで節約ゲームしない? なんでもゲームにしたら楽しいじゃん!
と、ルールを考えなきゃね、僕、部屋で練ってくるよ! もちろん、電気は最小限にね」
「……ま、彼はあんな調子だが、今後も仲良く」
「できませんよ!」
「一発殴らせてください」
「やはり宇宙空間に放り出そう」
「彼は口うるさすぎます」
「もう殺そう」
「しかしだな、やはり実際、節約は大事なんだが」
「そこがまた腹立つところなんですけど、でもこの船は水も濾過して再利用していますし
電気も発電装置で問題なく機能しています!
食事だって保存食よりも育てている芋をなるべく食べるようしてます!
大体、その保存食もまだたくさんあるし、水も電気も問題ないでしょう!?
そもそもの話を言えばあいつが乗らなければそれこそ節約になったのに!
やっぱりコネなんですか!? コネですね!」
「いや、そういうわけでは、ん? 警報だ!」
「まさかヤマダが!?」
「ついにあいつが何かやらかしたか!」
「よし、口実ができた!」
「いや、これは……」
「俺が殺る!」
「ううう、コンピューターによると動力炉に異常が発生したようだ。
やはりか。この前、かなり無茶したからな」
「あれもヤマダの野郎のせいだ」
「いや、隕石群はしょうがないだろう」
「ヤマダが呼び寄せたんだ!」
「そんな無茶な……さすがに鬱憤が溜まり過ぎだな……。しかし、こうなると……」
「やぁ、みんな。僕だよ。ヤマダだよ」
「あ、ヤマダ!」
「てめぇ、のこのこと……」
「しぃ、みんな、大丈夫だから落ち着いて。……船長。では僕、行ってきます」
「ああ、すまない。いや、頼んだぞ。ヤマダくん」
「はい!」
「え、ちょ、船長? ヤマダに何を?」
「やめたほうがいいですよ! 動力炉なら機関士の俺が直しますよ!」
「いや、この状態はもう無理だ。君もわかっているだろう? 停止し、予備に切り替える」
「予備電源? それもメインの動力炉が駄目となると無理では」
「予備の動力炉さ。ヤマダというな」
「は、は……?」
宇宙開拓時代。地球で訓練を積んだエリートと言っても
そこは太陽の光もない閉鎖空間。
長い航海で心を病み、また錯乱する者が一定数出ることは避けられなかった。
そこで、ある決まりごとがなされた。
それは必ず一人、アンドロイドを船に乗せるというもの。
アンドロイドは節約係として乗組員に接し
その健康をチェックするだけではなく、自身を憎むよう仕向け
船員同士のいざこざが発生しないよう予め対策を講じるのだ。
そして、いざという時には自らが予備の動力炉としてその身を、命を
船に、仲間たちに捧げるのである。
それを知るのは船内では当然ながら船長のみ。
犠牲。こうなることもわかっていたこと。
だが、船長は涙ぐまずにはいられなかったのであった。
そして……
「ヤマダ……ヤマダ……」
「あれ、みんな……」
「地球に戻ってきたんだよ。あなたのお陰で……」
「ああ、そうなんだ……よかった。でもね、みんな」
「うん……? なに……?」
「その涙はだめさ。水分は節約しないとぉ……ね!」