日常
「死んだって……だってここに…」
青白く光る先輩に手を伸ばす。伸ばした手が先輩の体に当たるその瞬間、俺の手は空を切った。目の前にあるはずの先輩の体をすり抜け、空気を掴んでいた。
「だから、言ったでしょ?悠太、俺は死んだんだ。」
突然現れて、死にました宣言されても困ります先輩。
あの頃と姿が変わらない、なんなら着ている服は高校の制服のままだ。
「いつ…死んだんですか…」
「6年前…悠太と別れて1ヶ月後」
「……俺、知りませんよ。なにも、そんな事誰にもっ!」
そこまで言って俺は思い出した。
先輩と付き合っていることは誰にも言っていなかった。ましてや、男が好きだなんて言えるはずもない。俺は表では先輩とは無関係な人間を演じていたんだ…。
「どうしてっ……」
「悠太、かっこよくなったね。」
俺は悲しいのに、先輩は笑うんだ。
そうだ、先輩はこういう人だった。誰かが泣いていても自分だけは笑っていてくれる。
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「先輩は泣かないですね。」
「うん。だって泣いたら幸せが逃げちゃうから、俺が笑ってたら悠太も笑えるでしょ?」
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昔、俺が泣いていた時に先輩が言ってくれたのを思い出した。
「ほんと、変わらないですね…」
「ねぇ、悠太。名前呼んでよ。」
触れないはずの手を伸ばして頬にあたる寸前で止める。先輩の手のひらからは熱は伝わっては来ないけど、何だか温かい気がした。
「……創先輩っ」
「うん。そっちのが好きだな俺。」
こうして、俺と初恋幽霊の先輩との生活が始まったんだ。
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先輩と暮らし始めて1週間がたった。
初めはやはり幽霊と暮らすのは違和感を覚えたが、今ではすっかり慣れ仕事で家を空ける時間は長いものの、帰れば先輩が出迎えてくれる日常に満足していた。
先輩は自縛霊という訳では無いのに家からは出れないらしい。
家の中ならどこでも移動できるそうだが、ここに現れた際の記憶はなく、それ以前の記憶も無いようだ。
触れられないが家に帰ればそこにいる先輩との距離にもどかしさを覚える日々。
「先輩はやっぱり、お腹とか空かないんですか?」
疑問に思ったことを聞いてみれば、顎に手を当てる仕草をした先輩。
「んー…まぁ、空かないかな。悠太が食べているのを見るだけだおなかいっぱい。」
「なんですか、それ。」
誰かと笑って食事をするのもいつぶりだろう。食べてるのは俺一人だけど。
先輩は幽霊になったことを特に悔いてはいないみたいだ。
俺があれこれ聞いても気にした様子はなく、楽しんでいるようだった。
「先輩って、浮かないですよね。」
「え?」
「ほら、幽霊ってふわふわ浮いてるイメージあるじゃないですか。」
「まぁ、浮こうと思えば浮けるけど、歩けるから歩きたいなってだけ」
あぁ、先輩らしいな。と頬が緩む。
「それにこんなこと出来ます。悠太くん」
ふざけた口調で指を左右に振る先輩。
するとそばに置いてあったコップがカタカタと動き出した。
「これって…」
「いわゆるポルターガイストってやつ!凄いでしょ?」
「幽霊ぽいですね。」
「まぁ、この現象も今のままだとほんの少し動かせるくらいだからねぇ、暇だし練習しようかな。」
「ほんと、楽しんでますね。幽霊」
「なっちゃったもんは仕方ないしね。成仏できるまで楽しませてもらうよ。」
「………」
そうだ、そうだった。幽霊の存在があるなら天国や地獄も存在するのかも、いつまでも先輩がいてくれるわけじゃないんだ。
今は記憶がなくて、なんでここにいるのかも分からない状態の先輩。
けど心残りが消えればいなくなってしまうかもしれない。
当たり前のことだが非現実的すぎて頭が着いてこなかった。
「先輩は……」
「ん?」
でかかった言葉を寸前で止める。
「……いや、なんでもないです!そうだ、明日から新しいプロジェクトで立て込むので帰り遅くなりそうです。」
「分かった。頑張ってね。」