初まりの始まり その1
結局、洋菓子店の調査は五日ほどかかった。
調査開始二日目はお礼と称して出縄早紀を誘った。
彼女は目を輝かせながら喜んでスイーツ食べ歩きを手伝ってくれた。
調子に乗って三日目も誘うと、
「……無理ですよ。私を太らせて何が目的ですか。私を騙しましたよね。あんなに大量に糖分摂取させられるとは思っていませんでしたよ。報復をお楽しみに」
ものすごく迷惑そうな表情で怨みがましく丁重に断られた。
まぁこれは想定内であるので問題ない。
それにしてもユウキはすっかり出縄早紀に懐いてしまった。朝から晩まで彼女の部屋に入り浸りだ。
出縄早紀も自らも話していたが彼女自身も話し相手がいた方が退屈しなくていいのかもしれない。
とりあえずこの調査も終わったので戻って報告書を作る事にする。毎日少しずつすすめといたので、あとは数字を打ち込むだけだ。これくらいなら自宅で出来るので直帰できる。
まだ夕方前だけあって電車も空いていて快適だ。ある意味自傷行為とも言えるこの依頼もほとんど終わり足取りも軽い。
一時間ほどで自宅に到着した。ユウキは出縄早紀と一緒のはずだ。一息ついたら迎えにいかないといけない。まぁ、迎えに行ったらそのまま出縄早紀と夕飯を一緒に、というのが最近のパターンだ。
何はともあれ部屋に戻って一息つきたい。
「んっ?」
扉の鍵穴に鍵を差して気付いた。鍵があいている。
自分に限って鍵をしめわすれるはずがない。自分で言うのもアレだが僕は心配性で神経質だ。自宅を出る時にはしつこいくらいに確認する。
気配を消して音を立てない様に扉をゆっくりと開ける。
中から何か嫌な気配が漂っていた。部屋の中央に視線を向ける。薄暗いが人が横たわっているのがわかる。
暗くてよく見えなかったが、すぐに状況を感じとる事ができた。
ユウキだ。
腹部を手で押さえ痛みをこらえているようだった。
くそっ、ユウキの保護者に居場所がバレたのか?
だがそれなら連れて帰るはず……
「お兄ちゃん……お姉ちゃんを助けて……ごめんなさい。ボクじゃ守れなかった……うう…… 」
お姉ちゃんとは出縄早紀の事か?
「ユウキ。すぐに戻るから。ちょっとだけ待ってろ」
ユウキを布団の上に寝かせ、素足のまま部屋を飛び出す。
この状況下であれば誰でも嫌な予感くらいするだろう。
隣の部屋の扉のノブを掴み押し入るかの様に部屋に飛び込む。鍵はかかっていない。
先ほど自分の部屋で見た光景と瓜二つの光景があった
部屋の中央に出縄早紀が倒れている。お腹をかばう様に両手で腹部をおさえている。
脈と呼吸を確認する。唇が切れて出血しているが命に関わるほどの怪我ではない。
気を失っているだけだ。
とりあえず救急車を呼ぼう。この状況では警察も呼ばないとだめだ。
ポケットにある携帯電話を取り出しダイヤルしようとした時それを止める様に手を握られた。出縄早紀の意識が戻ったようだ。
「薬師さん……私は大丈夫ですよ……」
いや、大丈夫じゃないだろ全然。
「出縄さん。これは誰が見てもただごとじゃないですよ」
部屋を見渡す。
いつも食事に使っている皿やコップが床で無残な姿で散らばっている。テレビはひっくり返り、あらゆるものが散乱していた。
「薬師さん……このまま少し休めば大丈夫ですよ…それよりユウキ君は大丈夫ですか?」
「ユウキは眠っていますよ。とりあえず避難しましょう。これどう見ても襲撃されてるじゃないですか。事情はあとで詳しく話してもらいますよ」
彼女を抱きかかえ自分の部屋へ移動する。