水道真琴 その1
賑やかでお洒落な雰囲気のお店が立ち並ぶ中に、何の飾り付けもないコンクリート剥き出しの三階建てのビルがあった。カラフルな看板のクレープ店と雰囲気あるカフェに挟まれたそのビルは窓に
『女坂探偵事務所』
とラッピングされていた。
「おはようございます」
いつも通りの声のトーン、いつも通りの挙動でその殺風景な外観の建物に入る。
昨夜、うちに転がり込んだ少年は自分の後ろに隠れる様についてきている。
「おはよ薬師く……」
経理担当の水道真琴が自分の後ろをついてくる小さな人型を見て固まった。子供を連れて出勤したので当然の反応だ。
「薬師くん、その子は……まさかの薬師くんの子じゃないわよね……ねっ?」
んっ?……この人機嫌悪い日なのか……もしかしてちょっと怒ってる?
「いや、違いますよ。親戚の子を預かってまして。それで……」
「ちょっと待って薬師くん」
言葉を遮られた。
「駄目よ薬師くん。私に嘘つけない事忘れたの?」
「いや嘘なんて……」
「黙って薬師くん……それ以上話さないでくれるかな。それ以上嘘を重ねると殺してしまいそうなの」
長い黒髪が複数の蛇の様に蠢いて見えるのは気のせい……だと思う。
「薬師くん……ねぇ薬師くん。人間ってね、大抵やましいことがあるから嘘をつくの。だから今嘘をついた薬師くんは私に対してまずい事があったから嘘をついたという事になるのよね。まぁ、それはどうでもいい事なんだけど。で、話変わるのだけれども、結局その子は誰とこしらえた子供なの?あっ、喋らないで!今何か言おうとしたわよね。私が話しているのだから最後まで聴きなさいよ。いい大人の薬師くんはそれくらいの事わかるわよね。それで話をもとにもどすけど…………」
全然話の内容が入ってこない……
この人は水道真琴。この探偵事務所で経理として働いている。美しい長い黒髪が特徴で顔の造形も国宝級に整っている。年齢は自分の二つ年上だ。俗に言う『絶世の美女』というやつである。
噂では自分に好意をもっているらしいが知った事ではない。顔が良かろうが悪かろうが面倒すぎる。
そして彼女は一つ恐ろしい特技を持っている。それは相手の嘘を見抜けるということ。
以前、彼女に聞いた事がある。どうして嘘がわかるのか。
本人曰く、嘘をつくと仕草や言葉にいつもと違う部分が出てしまうそうだ。それは意識しても絶対に消せないもので、彼女にはそれが見抜けるとのことである。なんか経理のお姉さんにしておくのはもったいない気がする。
「ねぇ薬師、ちゃんと私の話きいてるの?」
いつのまにか呼び捨てなっている。
「真琴さん、ユウキも怯えていますし許して下さいよ」
自分の背後でドン引……ではなく怯えている少年を生贄として真琴の前に差し出してみる。
「ユウキくんっていうのね。いいわよ。さぁ薬師くん、言い訳してごらんなさい」