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ゆうき

 リビングに行くと、出縄早紀とゆうきがドライヤーで髪を乾かし合っていた。

 ゆうきはTシャツに短パン。出縄早紀は真っ白なバスローブ姿だ。ジャンプーの香りだろうか。ほんのり甘い香りが鼻腔をくすぐる。


「根坂間さんおはようございます。真琴さんとお話し終わりました?」


「はい。その事で出縄さんとお話がありまして。今後についての事なんですが」


 出縄早紀の動きが止まった。


「はい……わかりました。ゆうき。ちょっとベッドルームのテレビでゲームしてて。私もあとから行くから」


 優しく微笑み、少年の頭を撫でる。


「わかったよ。薬師お兄ちゃんと大事なお話があるんでしょ。僕は大丈夫だから。終わるの待ってるよ」


「いい子ね、ゆうき」


 少年は小走りにベッドルームに向かう。


「お兄ちゃん。早紀お姉ちゃんの事助けてあげてね。頑張って」


 すれ違いざま、耳元で囁くような声が聞こえた。


 (ゆうき?)


 バタン


 背後でベッドルームの扉が閉まる音が聞こえる。

 あいつ、あんな大人びた喋り方できるのか。


「根坂間さん。お願いします」


 出縄早紀がこっちを真っ直ぐ見ている。今まで見た事のない何かを決意した様な、そんな真剣な表情だ。この子は水道真琴からどんな説明をうけているのだろうか。


「出縄さん、あの……」


「わかっています。この子を守る為だったら、私は何だってしますよ。あの人を刑務所に入れる事になったとしても。私の最優先はこの子ですから」


 こちらが話を切り出すよりも早く、彼女は自分の意思を言葉で示した。


「根坂間さん。私、真琴さんと沢山お話しして覚悟が出来ました。例え父親だとしても、この子の命を奪う権利はないと思います。だから今後、あの人が攻撃してきたとしても私は戦います。あの人がこの子の命を奪いに来たら、刺し違えてでも護ります」


 出縄早紀は母親の顔になっていた。いつもの人懐っこくて、ただ明るいだけの女の子ではない。


「そこまで強い意志があるのであれば、僕から話す事はありません。出縄さんは強い女性なんですね。でも、差し違えたりはしないでください。子供には母親が必要ですから」


「わかってますよ。私の様に『おしとやか』のカテゴリーに入る女の子が男性に力で敵うはずないじゃないですか。そこはもちろん私の騎士である根坂間さんが守ってくれる事を信じてますよ。ふふっ」


 彼女は笑いながら、いつもの調子に戻って……


「出縄さん……?」


 涙が頬を伝って落ちていく。表情は普段の笑顔を作ってはいたが彼女は泣いていた。


「あれっ?私……なんで泣いているのかな?はははっ。おかしいですよね。頑張ろうって張り切っている最中なのに。おかしいな」


 流れ落ちる涙を、バスローブが次々に吸収していく。


「私、この子の事守れるかな⁉︎ ねぇ根坂間さん!大丈夫かな私。こんな泣いてばっかの私があの子の事守れるかな?ねぇ!」


 必死に我慢していた感情が一気に外に流れ出す。


「あんなに元気に成長したあの子に、こんな弱気な姿なんて見せられないよ!頑張らないといけないのに……頑張らないと」


 あの子?元気に成長した?何の事だ?突然現れたいくつかの疑問に考えが迷走する。


「『あの子』って誰の事です?何の話をしているんですか?」


「ねぇ!あの子……ゆうきをどこから連れてきたんですか?どうしてあなたがゆうきを!」


 ゆうき?あの少年が何か関わっているのか?

 ばさっ

 突然、出縄早紀が着ていたバスローブを脱ぎ捨てた。

 一糸まとわぬ姿。

 こういう場合『白く美しい肢体』と表現するのであろうが彼女の場合は違った。

 体のあちらこちらにある痣。脇腹にある大きな痣は特に痛々しい。目を背けたかったが、金縛りにあったかのように動けなかった。

 あの男が付けたキズである事は察しが付く。

 あれだけ激しく暴力を日常的に振るわれていたのだ。薄々わかってはいたが、実際に目の当たりにすると精神的にくるものがある。

 しかし、出縄早紀は自分が受けたショックとは比べ物にならないほどの傷を体と心に負っているだろう。


「もう、いいですから。自分を傷付ける様な事はやめてください」


 脱ぎ捨てられたバスローブを拾い肩から掛ける。


「ちゃんと見てください!見覚えありませんか⁉︎根坂間さんならわかるはずです!」


 普段の彼女からは、想像できない様な切羽詰まった早口でまくしたてる。

 一人の女性の裸を観察しなければいけないという罪悪感を押さえつけ、あらためて彼女の体を観察する。


「えっ……そんな事……」


 はじめて見る彼女の裸体に、正確には彼女の体にある痣に見覚えがあった。


「ゆうき……?」


 あの少年と全く同じ場所、同じ形の痣が出縄早紀の体に刻まれていた。細かなキズもそうだが、脇腹の痣は特に見覚えがある。


「出縄さん、一旦落ち着きましょう。風邪ひいてしまいますしコレ着てください」


 再び、バスローブを出縄早紀に着せる。

 彼女に落ち着けとは言ったが、自分も落ち着く必要がある。

 ゆうきが出縄早紀の子供?やばい。全く理解が出来ない。


「もう一度最初から説明してもらっていいですか?慌てなくていいですから。ゆっくりでいいですよ」


 言葉の緩急と表情、手ぶりを加え、落ち着いて話せる様に誘導する。こういうのは自分の得意とするところだ。


「すみません。ちょっとパニックになってしまいました。恥ずかしいです。ほんとごめんなさい」


「大丈夫ですよ。出縄さんは僕達が守りますから。安心して下さい」


「もう一度ちゃんと説明しますね。つまり、ゆうきは私のお腹の中にいる子が成長した様な子で……」


 全然わからんのだが。

 いま一度、出縄早紀に説明を求め様とした時、自分のすぐ後ろの空気が揺れたのを感じた。


「母さん。ぼくが説明しようか?」


 聴き慣れた少年の声聞こえてきた。聞き慣れているはずなのだか何かが違う。


「ゆうき?」


 雰囲気が違う少年に本人かどうかの名前で確認をとる。


「そうだよ。薬師兄ちゃん。僕だよ。ゆうきだよ」


 少年はいつもと変わらない笑顔をこちらに向けた。


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