出縄早紀の秘密
車を降りるとすぐドアマンがフォローしてくれた。貴重品以外の荷物を彼に任せフロントに向かう。ユウキを背負い、出縄早紀に手をかしフロントに向かう。チェックインの手続きがあるかと思っていたが、いきなりエレベーターまで案内された。車を降りる時、運転席の水道真琴と話していたが、まさかの顔パスなのか。
エレベーターが最上階に到着し扉が開く。階数のあるパネルにカードキーをかざしていたので特別なフロアーである事はわかった。
一歩エレベーターの外へ足を踏み出す。廊下の床がふかふか絨毯だ。そこは廊下というよりエントランスに見える。
正面に細工がほどこされた王宮にあるような扉が見える。
ドアマンが扉の横のパネルに指を押し当てる。
豪華な扉が左右に開いた。おそらく指紋認証なんだろう。
部屋にはいる。
ボロアパートに住んでいる人間には謎の空間が広がっていた。部屋の中にいくつもの部屋がある。ベッドルームだけでもウチのアパートより広い。
「では、水道様。ごゆっくりおくつろぎ下さい。御用がありましたらいつでもお呼び下さい。失礼致します」
だだっ広い部屋に三人だけになった。とりあえず出縄早紀とユウキを休ませよう。先ほど確認したがベッドルームが三つあった。まぁ、二人一緒の部屋でいいだろう。ベッドもちょうど二つあったし。
「出縄さん、とりあえず身体を休めましょう。ユウキと同じ部屋ですみません」
ユウキを手前のベッドに寝かせ、そのとなりのベッドに出縄早紀を誘導する。彼女は素直にベッドに横になった。
「薬師さん、少しだけ一緒にいてくれません?」
部屋を立ち去ろうとする自分を出縄早紀が引き止めてきた。
彼女を踏まない様に気をつけながらベッドの空いたスペースに腰掛ける。
「実はですね……私のお腹の中には赤ちゃんがいるんですよ」
予想外の突然の告白に不覚にも呆気にとられる。普段の彼女の姿を思い出してみたが全然分からなかった。
「……いや、全然気づきませんでした。」
テンプレ通りの回答を返しながら先程アパートで倒れていた彼女を思い返した。腹部を手でかばっていたのはそういう事か。
「でもですね……この子のお父さんがですね……あんまり喜んでくれなくて……というより大反対でして。つまりは困ってるんですよ。ははは……」
引きつった様な笑いから彼女がどのくらい追い詰められているのがわかる。
「もう六ヶ月なんで私一人でも育てるって彼に話したんですけど、最近パンチやキックが飛んでくる様になって……困っちゃいますよね」
必死に明るく振舞おうとしているが、頬を涙が流れていた。
まったく……面倒くさい。
出縄早紀の頭を優しく撫でる。サラサラの髪からシャンプーの甘い香りがした。柄にもなく緊張してしまう。
「だめですよ。今の私に優しくしちゃ……私としたことが泣いてしまいます……」
なんだこの状況。もう擦り切れギリギリじゃないか。彼女は半年以上もたった一人で戦ってきたのだろうか。
「出縄さん。先日お話したと思うのですが、困った事があったら壁を叩いて下さいって言いましたよね」
あの時は冗談のつもりで言ったのだが、この際どうでもいいだろう。
「出縄さんが困っているのあれば僕は力になりますよ。だから……」
どんどん
僕の胸が二回叩かれた。
痛い。物理的な痛みではなく出縄早紀の心の叫びが、悲しみがその二回の衝撃から伝わってきた。
「お願いします……助けてください……」
我慢していた感情が溢れ、涙が一気に溢れる。
「大丈夫です。僕が何とかします。出縄さんと赤ちゃん、まとめて何とかしますから大丈夫ですよ」
なんとも自分らしくない。真面目に彼女を助けようとしている。ユウキの問題も解決出来ていないというのに、さらに面倒ごとを抱え込もうとしている。
知り合ってまだ数日しか経っていない、ただのアパートの隣人でしかないのだが、自分の腕の中で泣いている彼女を見ると見て見ぬふりをして通り過ぎる事は僕には出来ない。
コンコン
部屋のドアの方から音がした。視線のみを動かし音の方に目をむける。ドアの隙間から水道真琴が目配せで自分を呼んでいる。今の話を聞いていたのだろう。
「出縄さん、とりあえず身体を休めましょう。さあ、横になって下さい」
彼女の肩を抱いたまま、ゆっくりとベッドに横たえる。
「ありがとうございます。あの…もう少しだけ一緒にいてくれますか?」
不安そうな表情の彼女を安心させようと手を握った。だいぶ疲労がたまっていたのだろう。
すぐに寝息が聞こえてきた。起こさない様に慎重につないでいた手をほどく。
隣のベッドのユウキもスヤスヤと眠っている。
さて、安心もしていられない。解決策どころかお腹の子の父親が誰なのかも把握出来ていないのだ。
出縄早紀には大きな事を言ったものの先行きは不安だらけだ。




