第8話 稲城康雄の罪
今回は陽葵ちゃんのお父さんのお話です。
彼はいわゆる“告白”というものをしたことが無かった。
眉目秀麗で賢く身体能力も高い…他より抜きん出て非の打ち所がなければ、そこから人としての余裕が生まれる。
それが奏功して、彼の思春期は“一方的に求愛される”賑やかな物となった。
その思春期の真っ盛りに彼は真理子と出会った。
彼女は康雄の家と遠縁の家の娘で…彼女の家がこちらへ越して来たのをきっかけに親戚づきあいが始まった。
出会った頃は、まだDAISY L●VERSを着こなす小学生だったが、彼女の康雄に対する思慕はドンドンと…つまり“兄”としての憧れから激しい恋へと膨らんでいき、ついには“純潔”を投げ出して、当時、康雄が付き合っていたカノジョから彼を寝取った。
今までも康雄に対し、“純潔”を捧げた女性は少なからず居たが、康雄にとっても真理子は特別な存在だった。
それ以後、彼は他の女性には目もくれず、真理子一筋となった。
ただひとつ問題が残った。
今までの…彼の“頻度”と“習性”が真理子をフル回転をさせる事となった。
月日が流れ、彼らは祝福された結婚をし、一粒種の陽葵を授かった。
康雄が二人をいかに大切に思っていたかは、彼が陽葵に書き字こそ違えど『マリ』と言う名を継がせたことからも分かるだろう。
愛する家族の為に康雄はプラムガーデンに一軒家を構えた。
その頃には彼はそれを得る為の資産もステータスも持ち得ていた。
すべてが順調に流れていくのとは相反して真理子の体調は…実は芳しくなくなっていた。
しかしそれを口に出したら、
現わしてしまったら
『すべてが水泡に帰してしまう』
お名前シールを貼った学用品や名前入りの鉛筆。それらをお道具箱や真新しいランドセルに詰めてあげながら、真理子はこんな事をつぶやいていた。
それから更に時が経ち
真理子は子宮頸がんで、もう“帰れない”ベッドの上に居た。
遺していく二人を思い真理子が涙に暮れていた時、どのような手立てを講じたのかは知る由も無いが…彼女のかつての恋敵が『子宮頸がんの前がん病変に外科治療を行い、その後、無事妊娠出産した』という話が耳に入って来た。
言うまでもなく真理子が性交渉した相手は康雄ただ一人…
康雄がキャリアであった事は間違いなく…
それはどこから来た物なのか…
“過去の事”と、今まで蓋していたパンドラの箱が開き、希望以外の全ての物がカノジョと康雄の心を覆った。
更に悪い事に康雄の妹が保険会社に勤めていた頃、頼まれて掛けた真理子名義の生命保険。専業主婦としては高めの5000万円の死亡保障の受取人は康雄だった。
嘆きや愚痴や当てつけや恨みや嫉妬などの全ての感情を入れ込んで「私の一生は、康雄さんに尽くすのみ。私はそれで本望」という言葉を、康雄や陽葵にぶつける真理子
その病床には平穏はかけらもなく、三人が三人とも心労を積み増し、真理子の病状は一気に悪化し、互いの実家もいつしか犬猿の仲となって行った。
真理子を荼毘に付し四十九日の法要を済ませた康雄は葬儀ホールのトイレの鏡に写っている我が身に慄然とした。
いつの間にか白くなりコシを失った髪が眉間に刻まれた深い皺の上に垂れ下がっている。
『何をバカなことを』と人は笑い、蔑むかもしれない。
でもそんな事を気にも留めずに、彼は失われた我が身の輝きを取り戻す事を切望した。
彼は賢く、手練れでもあった。
自らの今の状況を最大限に利用し、新たな自分像を創り上げた。
さすれば今の時代、その手のアプリを使えば
後腐れの無い相手には事かかない。
彼は享楽の中に身を投じた。
家に帰れば、初めて会った頃の妻によく似た顔の陽葵が、あの時の妻と同じように愛情いっぱいで縋り付いて来る。カノジョの祖母が送り込んで来た、あのDAISY L●VERSを着て…
いたたまれなさを感じた康雄は…家への足取りが重く、深夜の帰宅、出張や外泊…それらが日常茶飯事となって、陽葵をネグレクトした。
それが、稲城康雄の最大の罪だ。
。。。。。。。
イラストです。
康雄さんのラフ案1
このような不幸の落とし穴。
残念ながら存在しますよね。
決して落ちたくはないのだけれど…(-_-;)
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