第7話 ポチ、ヒールの音を響かせる
今回も だだ泣き しながら書きました(T_T)
「仕上げで“追いみりん”すると冷めても美味しいし煮崩れもしにくいの。たくさん詰めてあげるからお父さんにも差し上げて」
食器を洗ってくれている陽葵に声を掛けて、私はタッパーに肉じゃがを詰めた。
「え~!!お姉さんの分、あるの??」
陽葵が顔だけこちらに向けると、先程、私の頬に触れた柔らかな髪がエプロンの肩紐辺りからこぼれた。
「うん、さっき陽葵ちゃんと美味しくいただいたから、私はもう充分。今度はお父さんと楽しんでもらえたら、私はとても嬉しい」
今、この時、本当に私はもう十二分に幸せだった。
これ以上何かを望むなんて罰当たりだ。
そう、例えば、今、陽葵は私のエプロンを付けているのだけど…
『ああ、もっと可愛らしいエプロンを買ってあげたいなあ』と思いを馳せるだけで、実際にはできなくても…でも、買うだけは買ってしまうかもだけど…幸せ
いけない
だめだ
私は子供を持ってはいけないし
それに類する行為ですら
やってはいけない
うん、だから
想像するだけ
想像するだけだからと
見えないコに心の中で
手を合わせる
あの惨事の最中に
心の奥底の闇の中で安堵してしまった私は
到底母親にはなれない
真に残酷な
オンナなのだから
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陽葵には『湯冷めしては大変』と背負ったリュックの上からダウンのコートを着せた。
私はくるぶしまで届きそうなオーバーサイズのロングコートを羽織り、久しく履かなかったヒールに足を通し、二人してアパートを出た。
最初はつい膝を曲げてしまっていたが、向こうに着くまでにはと、努めて背筋を伸ばしアスファルトを叩くように歩いた。
その甲斐があってプラムガーデンに着く頃には、コツコツと石敷きの道を歩く音だけは“イイ女”風になった。
明るい街灯に照らされた木々の影が立ち止まった私達二人の上に落ちている。
「ここまで来れば、後は走って振り切れるよね。寒さも私も」
「えっ??」
「コートはここで返して頂戴。 タッパーはいらなくなったら捨ててしまって」
「どういう事??」
さっきまでキラキラしていた陽葵の瞳に哀しみの影が差すのを見るのが辛くて、私は追いかけて来る陽葵の視線を避け顔を背ける。
「うん、“これでさよなら”って事だよ」
「ねえ、ねえ!、ねえ!! 私、うっとおしい??! やっぱり嫌われている?? お姉さんからも? みんなからも? おばあちゃんからも? パパからも?? ねえ!! ねえ!!!」
陽葵の言葉が我が事以上に私の胸を抉る。
我慢しようにもどうにも止められなくて涙が零れる。
「あなたが…陽葵ちゃんが嫌われるわけ、無いじゃない。オバサンが、ダメな人間だから さよならするだけ。ほんと、それだけ」
陽葵は激しく頭を振って
「そんなの、分からない!! やっぱり私がいけないとしか思えない!!」
と私に縋り付いて来る。
陽葵を抱きしめたくなる気持ちを必死にこらえて、カノジョの両肩に手を添えて『これ以上は』と留め置く。
これだけは言いたくは無かった。
でも言ってあげないと
陽葵は苦しみ続けるだろう。
声が震えないよう、そっと深呼吸した。
「オバサンね…」
いけない!陽葵の瞳を見てしまうと
また涙がこみ上げてくる。
こんなにも私は
陽葵と離れがたくなっているのか
でも、それでも
お別れしなきゃ
「…酷いの。お腹の中で育っている我が子を殺したの」
縋って来る陽葵の腕の力が抜けて、肩が私の手を離れ
ズルズルボスン!とカノジョの頭がおなかに当たる。
それは見えない意志によってそうされたかの様に
もの凄い重さを私に感じさせ
私も石畳に膝をつく。
「うわああああああん!!!」
激しく慟哭する陽葵の頭を抱きしめ、私は必死になだめる。
「陽葵ちゃん、ダメ、こんなところで…ご近所が…」
なだめてもなだめても、陽葵は頭を振るばかりだった。
きっとカノジョの中の色々と飲み込んで我慢していた物の箍を私が外してしまったんだ。
悲しくてせつなくて私も涙が止められない。
街路樹の下の怪しすぎる二人を
ただ街灯が照らすだけ…
どのくらい時間が経ったのだろう…
流れる涙を拭いながら陽葵は顔を上げ、私に言った。
「お姉さん! 私はお姉さんが恋しい! お姉さんは??」
私はちょっと詰まって鼻を啜り上げ、涙声で返した。
「恋しいよぉ…」
「うん、良かった」と陽葵は無理に笑顔を作る。
「じゃあ、私達、恋人になれるね」
そう言って
カノジョは私の頬にキスをした。
私は…
私はもう、
私はもう、陽葵をギューッとギューッと抱きしめて
いっぱいいっぱいキスをした。
。。。。。。。
イラストです。
ラフ画を彩色しました。
陽葵ちゃんのラフ案4
今回が一番イメージに近いかな(*^。^*)
『ワケアリ不惑女の新恋企画』に参加したく書き始めた作品なので、曲がりなりにも新しい恋を見つけてハッピーエンドに近い体裁に辿り着きました。
しかし当初の思惑を超えて、この作品は私の中に深く入り込みましたので、続きを書きたいなあと思います(#^.^#)




