第5話 ポチ、夜の街を散歩する
100均は本当に便利だ。冷凍用のジッパー袋やタッパーも様々な種類が置いてある。
私はその多様さに感動して色々と買い整えていた。
そんな事情で、陽葵の手作りムニエルにちょうど合う大きさのタッパーとタッパーそのものを入れてしまえるような大ぶりのジッパー袋もウチにはあった。
タッパーにムニエルを移し替えて目をキラキラさせている陽葵に私は声を掛ける。
「粗熱が取れるまで少し置いておくのよ。その間に髪を直してあげるから、こっちへいらっしゃい」
私はカノジョの左右不揃いの二つ結びのおさげ髪を一度ほどいて梳き直し、今度はきっちりセンター分けして編み直した。
自分では三つ編みなど、もうずいぶんしていないが、人の髪を編むなんて、おそらく子供の時以来だ。
子供の頃よりはるかにキレイにできるのは、それなりに場数を踏んだからか…それとも手の大きさが違うからか…
いや、違う、
それはきっと愛しさの違いなんだ。
世の女性は母になり…
こうやって愛情の手触りを感じ、思いや愛おしさを編み込んで、我が子へと伝えていくのだろう。
そう、この三つ編みの様に…
私はそれを親から伝えられた事はなかったし、カノジョの母親もそれをカノジョに充分に伝える前に亡くなってしまった。
そう考えると、私のこの行為も自己満足だけのものではないだろうと自分に言い聞かせる事ができる。
例え、孤独な女のみっともない所作だと笑われたとしても…いいじゃないかと。
「さあ、できた」とカノジョの両肩に手を置くと
「鏡、見てもいい?」と子供らしく聞いてきた。
鏡の前で、おさげをクリクリピョンピョンさせている陽葵を横目に私は急いでメモふせんに手紙を書き、タッパーに付けた。
「さて、もう帰らないとね。送ってあげる」
「駅まででいいです。 そこからは分かるから」
「お家の近くまで送るわ。もうすっかり暗くなっているから子供の一人歩きは危ない」
「大丈夫! 塾の時は帰るの9時過ぎだもん! …でも、歩きながらお姉さんとお話したいから、やっぱり送って!」
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私のパート先のスーパーは駅前の旧市街の中にある。
駅を挟んだ反対側は昔、大きな自動車工場があったそうだ。
今はその工場は無く再開発の手が入って新しい街となっている。
再開発された反対側は駅から “グランモール”という大型ショッピングモールにアーケードで繋がっていて、旧市街とは天と地ほども集客力が違う。
そのグランモールの先に何棟かあるタワーマンションの間を抜けて歩いて行くと、おしゃれなループを描く道路に囲まれた大規模分譲区画に出た。
電柱の代わりにふんだんに街路樹があるその街に陽葵の家はある様だ。
ここは街並みも家々もすれ違う人々もすべてが明るくおしゃれだ。
ゆうげの香りですら私のアパートの周りとは違う気がする。
幸せな人が幸せを育む為に在る街。 そんな感じがする。
私には居心地が悪すぎる。
「もうここまで来れば大丈夫ね」
身を翻そうとした私のトレーナーの袖口を陽葵は掴んで頭を振った。
こんなに明るく照らされている街なのに
カノジョの周りだけが少し黄昏ている。
引き込んでしまった場違いな私の影を映し込んでいるせいなのか…
それとも幸せの階段を途中で離れてしまったあの子の母の残像なのか…
黄昏の中で
せっかく握り締めた私の袖口を自分から離して
その手を小さく振ったカノジョは
哀しい色の目を伏せて
大人びた横顔の頬に三つ編みを打ち当てて走り去って行った。
取り残された私も
逃げる様に踝を返してドシドシと駅へ向かう。
旧市街側の
見慣れたスーパーのネオンに…
私は引き込まれて行った。
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「あら、柏木さん!」
掛けられた声の方を振り向くとショッピングバスケットを提げた紺野さんだった。
「ああ、お疲れ様です。お買い物?」
「そう、揚げ物総菜がもうすぐ3割引きでしょ? 原価を考えるとこれでも随分高い様に思えるけど、揚げ物は家でやるには面倒だから、こうして買った方がいいの。消費担当は専ら息子とダンナだけどね…目立たないようにして買っているけど、見知った人に出会ったら『ウチの総菜部は腕がいいから』と言ってる」とウィンクした。
ここのお総菜…私は元より独り者なので、時々買っていたが、確かになかなか上手だ。
「それよりどうしたのよ?? “ナンパちゃん”は??」
「さっきまで一緒にムニエル作ってた…」
「ええっ? やるじゃん!! ね!聞かせてよ!」
言いながら紺野さんはスマホを取り出して電話を掛けた。
「ああ、海斗? お母さんさあ、ちょっとお茶して帰るから…ん、買うよ。そうだ! アンタこっち来たらすぐ食べれるよ? ええ?? そうなの?? たまには荷物持ちでお母さん手伝ってよ」
紺野さんは軽くため息をついて電話を切った。
「モールの中のマッ●行こう!」
「海斗くん、いいの?」
「いいのいいの、どうせ帰り道でなんか食べてるんだから…少しはお腹を減らせて宿題させたほうがいいのよ」
「よく食べる?」
「ええ!! それはもう!! 私のパートの稼ぎの大半はカレの胃袋の中!」
なんて幸せそうに笑った紺野さんはふっ!と真顔になる。
「さっ! ガッツリ聞かせてもらいますよ!」
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「そっか、あの子、プラムガーデンに住んでるんだ…」
紺野さんは「これもポイ活の成果よ」とポイント交換でゲットしたポテトを摘まんで、タバコのように咥える。
「…それが、何かあるの?」
「それよ!」
紺野さんはポテトの端を齧りとって言葉を繋ぐ。
「あそこのお子達は瀟洒な室内犬みたいなの。だから一世風靡したDAISY L●VERではノリが合わない。 あのブランド、私はど真ん中のどはまりだったし、彼らのママもその世代だろうけどね…」
「ああ…」と私は合点がいく。
「おさがり感はNGなんだ!」
「そういう事! “DAISY L●VER” かわいいんだけどねえ~ 母子ペアだったらまだなんとかなるけど、ピンじゃ厳しいわ」
「ああいう所って…ドレスコードがあるのねえ」私はオバサンぽっく感心?してみせる。
「アハハハ、ドレスコードかあ~ なるほどねえ~ 街の雰囲気が乱れるから…同じ様なライフスタイルにならざるを得ないって事か」
別れ際の陽葵の顔を思い出してしまった私はうっかり呟いてしまう。
「そんなんじゃ…あの街に住むには幸せじゃなきゃいけないの?」
「柏木さん、それはね…」
言い掛けて紺野さんは「う~ん」と悩む。
「『幸せじゃなきゃいけない』というのは、なにもプラムガーデンに限ったことじゃない。どこでもそう。だけど本当に幸せな人って、そうは居ないから、フリをしている人、結構いるから」
私は何をどう言葉に返して良いか分からなくて…コーヒーの入っている紙コップの黒いプラ製のリッドの飲み口を開けたり閉じたりしていた。
「フリをさせてあげなよ」
「えっ?」
「“ナンパちゃん”に、幸せなフリをさせてあげなよ」
「私? が!!?」
「そう! あなたが!」
「そんなの…ムリムリ」
慌ただしく飲み口に口を付けたら予想のほか熱くて
“ポチ”なのに猫舌ネコになってしまう。
それを見て、紺野さんは吹き出し、私も照れ隠しに、つられて笑ったふうにした。
「無責任な事を言ってるのは分かってるよ。でもね、今、私の目の前にタイドグラフが見えるの!」
「??」
「ん、潮の周期の事!今、いい潮目、ベストタイドだって!! 」
紺野さんは少しだけ遠い目になった。
「昔、パドリングしながら波待ちをしていた時、いい波の訪れを感じる瞬間が何回かあった。お昼間、レジに来たあなたとナンパちゃんを見た時、同じものを感じたの。だから…」
紺野さんは私の手に自分の手を重ねて言ってくれた。
「この波に乗りなさい」
。。。。。。。
イラストです。
ラフ画を彩色しました。
陽葵ちゃんのラフ案2
紺野さんのラフ案1
紺野さんみたいな人。同僚に欲しいです。(#^.^#)
実は書いている最中、陽葵ちゃんを思うと、ちょっと(:_;)となり、ヤバかったです…
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