第3話 ポチ、小学生(女子)にナンパされる
この時間のシフトは初めてだった。
なので、赤いランドセルをしょった小学生がレジに並ぶのも目には新鮮だ。
その子、斜めからレジの並びを観察していたのに、お客様がスマホのクーポンページが出せず手間取って列が伸び始めている私のところへわざわざ並んだ。
今なら向こうの3番レジの方が空いているのに…
ようやくクーポンを表示する事ができたお客様を通して、渋滞しているお客様を捌く。
お買い物がてんこ盛りになっている、妙齢のご婦人のショッピングバスケットをサッカー台にのせてあげてレジに戻ると、くだんの女の子がニッコリ微笑んで、いかにも夕飯の食材の入ったショッピングバスケットをこちらに滑らせた。
私はバスケットを引き寄せ、青いグローブをはめた手で食材をレジスキャンさせながら声掛けをする。
「待たせてゴメンナサイね 学校帰りにお買い物なんて、お母さまのお手伝い?偉いわね」
その子は、大きくはないけど黒目がちな瞳をクリクリさせて逆に尋ねてきた。
「お姉さんは結婚してるんですか?」
ふいの質問に私は戸惑う。
「えっ?! そうねえ~ オバサンも結婚していたら アナタくらいの子供がいてもおかしくはないわね…」
その返答に女の子は笑顔の花を咲かせた。
「じゃあ、お姉さんは結婚していないんですね」
この歳の女性に対し、この物言いは…いかがなものかと思うけど、鼻歌でも歌い出しそうなその子の笑顔が可愛らしくて、私はなんだか笑ってしまった。
すると女の子はウィングして、クレジットカードを私に示した。
「お父さんのなんです」
まあ、間違いはないのだろうと判断して、私はそれでレジを通した。
女の子はペコリと頭を下げるとハイバイと手を振った。
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「ああ、それはきっと“ナンパちゃん”の事だね」
紺野さんは私にもお茶を淹れてくれながら教えてくれた。
「あのコ、いつも学校帰りに買い物に来てくれるの、で、これはと思う女性に『結婚していますか?』って声掛けするの、ほら、私達って今は青グローブで仕事してるから…薬指の指輪見れないでしょ?」
ああ、なるほど…
「目がクリクリっとした可愛いコだよね。ウチの海斗のお嫁さんに欲しいくらい…」
こういって悪戯っぽく笑う紺野さんは中1のオトコの子のお母さんだ。
「でもカノジョにもナンパの基準があるみたい。私は声、掛けられたけど、寺田さんとかには見向きもしなかったもんね」
マネージャーは配置換えの移動になり、三羽烏のうち、寺田ともう一人は辞めた。一人だけ残っているヤツは私の前では借りて来たネコ状態だ。
私はもっと居心地が悪くなるだろうと覚悟していたのだが、あの三羽烏とマネージャーは他のパートさんからも嫌われていたらしく、かえって紺野さんの様に、私と仲良くしてくれる人が増えた。
「ふふふ、独り身で声を掛けられたの、柏木さんが初かも。アノ子のお父さん、一度見た事があるけど、身なりが良くって、結構イケメンだよ」
「えっ??」
「たぶん、アノ子のお母さん、亡くなったのよ。だからほら、映画の…『めぐり逢えたら』だっけ??トムハンクスの! まさしくあんな感じじゃないかしら。新しいママ探しをしているのよ、きっと」
「ごめん、私、観たことなくて…」
「なんだあ、ウチにDVDあるから今度貸してあげるわ」
「ん、ありがと。でも私なんか、きっとアノ子のお眼鏡には適わないわ…紺野さんは声を掛けられて当然だけど…やっぱりいい人は幸せの座席に自然と座るものなのよ」
「そうかなあ…柏木さん、私はイイと思うけどなあ~」
私は大きく頭を振ってキッパリと否定した。
「恋だの愛だのは…私には無縁なの… そう、映画みたいに外から観て楽しむのが関の山」
「それじゃまあ、…まずはDVD観て、肩の力を抜いて」
そう言って紺野さんは私の肩をもんでくれた。
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次にカノジョを見かけたのは、5時までのシフトが上がって自分の買い物をしようとお店に入り直した時だ。
カノジョは私にも当時の記憶のあるDAISY L●VERSのおサルのキャラクターのトレーナーの上に明るいピンク色のブルゾンを羽織り、その上にランドセルをしょってショッピングバスケットを腕に掛け、真剣にお魚の切り身を覗き込んでいた。
そのミスマッチがおかしくも可愛らしくて私は思わず声を掛けた。
「今日の晩御飯はお魚なの?」
「あっ! お姉さん!!」
ぱあっと明るくなったカノジョの両の三つ編みは長さが不揃いで、私はカノジョの背景を思わず考えてしまう。
「ムニエルってフライパンでできるって聞いて、お父さんに作ってあげたいなって、見てたんです。お姉さん、作れます? コツ、教えてほしいな」
「まあ、おばさんだからね…作れなくはないけど…」
どうしたのだろう
私はこの可愛いナンパ師を持って帰りたくなった。
「私もムニエル食べたくなったから私のアパートで一緒に作る?」
飛び上がって喜んだカノジョは
「私、陽葵っていいます。おひさまのひまわりって書きます。お姉さんは?」
聞かれて逡巡した私はなぜかDVオトコから呼び付けられていたナマエを口にしていた。
「ポチ」
陽葵はプックククと笑って私の腰に抱き付いてきた。
「かわいいお名前ですね」
こうして“ポチ”は腰回りにじゃれつく陽葵を連れて…驚き、満面の笑顔になった紺野さんが待ち構えるレジを通ったのだった。
。。。。。。。
イラストです。
柏木 伊麻利さんのラフ案3
ラフ画を彩色しました。
今のところこれが一番“伊麻利さん”らしいかな…
ようやく、お話が明るくなってきました。
まだ続きます<m(__)m>
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