第16話 ポチ、切なさを胸に抱える
いつもは陽葵の目に触れないように仕舞い込んでいるが、私が使わせてもらっている客間には “グッズ”が置いてある。
それは…康雄さんへ土下座して約束した翌日にドラッグストアで買いこんだもの。
これらの“グッズ”をまた買う事になろうとは…
私は…絶対に“子種”は受けたくはなかったし、潤滑させるモノの助け無しに“オトコ”を受け入れると、流血沙汰になってしまう…
それを回避するためのグッズだったし、“行為”そのものは苦痛以外の何物でもなかった。
…はずなのに
今、私はドキドキしながら、それらを取り出して…
シン!とした部屋の中で、聞き耳を立てている。
私はクズなのか
ジャンキーなのか
その両方なのか
分からない。
チャラい言葉に転んでしまうチョロいオンナであることは
間違いないのだろう…
ここには秒針が刻む時計はないのに
胸のドキドキに呼応するようにカチカチという音が聞こえる気がして
布団の端っこを握り締める。
やっぱりもう一組
布団を敷こうか敷くまいか
こんな事を考える次の瞬間には
傷だらけの自分のカラダを思い出して
ますます胸が切なくなる。
きっと、これは
愛とか温もりとかを求めているのではなく
価値あるものとしての“自分”でありたいと
欲しているだけなんだ。
それにただ、性的ジャンキーが上乗せされているんだ。
「ああ ポンコツだなあ…」
口に出してみるその言葉も
陽葵が何度も慟哭したであろうこの暗闇に溶けて行く。
これらの言葉を
“お位牌”はどのように聞いていらっしゃっるのだろう
ごめんなさい奥様
ごめんなさい“ベビたん”
何も起こらず、枕だけ涙で濡らして
夜が白んでいった。
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サンドイッチを作ろう
そう思い立った。
具材を挟んだ食パンに思いを込めて手押しし、濡れ布巾&ラップ包みで冷蔵庫へ…
しっとりなじんだサンドイッチの耳をキッチンの包丁ラックに差してあった牛刀で切り落とした。
私自身は牛刀を手にするのは初めてだったが、サバのような波紋の…ダマスカス包丁というのだろうか…とても扱いやすかった。
こんなところにも奥様のお心が見えて、申し訳なく思ってしまう。
ふと気配がして振り返ると、こちらへ向かって康雄さんが歩いて来た。
「おはよう ひょっとして早くから起きてた?」
一睡もできなかったとは到底言えず、私はただ頷く。
「陽葵のお弁当?」
「いえ、陽葵ちゃんは給食です」
「ああ、そうか… じゃあ 朝飯?」
「これは…あの、私、康雄さんの今日のご予定が分からないので、とにかくご都合のいいときに食べていただければと…」
「ありがとう。実はもう着替えて出かければいけないんだ、また出張でね。だから…」
「だったらお包みします。ご迷惑でなければ、出先で召し上がって下さい」
「じゃあ、いただくよ」
そう言って康雄さんは…離れていった
いけない
カレの背中を
目で追っている…
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玄関先でサンドイッチを手渡しした時、もう片方の手で ふんわりと腰を抱かれた。
こういう事をサラリとやってしまうこの人は
やっぱりいけない人だ。
「あの! ちょっと…」と思わず身を竦める私の耳元で
カレはまた囁く。
「もう一度 “証” する?」
途端に耳が赤く熱くなり…顔全体に伝播するのが鏡を見なくても 分かる。
もうコクリ!と頷くしかなく
そっと唇を奪われ
「サンドイッチありがとう。行って来ます」と耳を擽られた。
パタリ!とドアが閉まり
しばしボーっとしていた私は
ようやく振り返ると
いつの間にか陽葵が
こちらをうかがっていた。
「マーねーちゃん!」
「…はい」
「マーねーちゃんは、私の恋人だよね」
私は言葉を継げず…
ゴクリ!と
キスの余韻を飲み込んだ。




