第13話 ポチ、土下座する
「このあいだのお洋服、とっても素敵だった」と陽葵からお墨付きをもらったので、いわゆる“勝負服”ではなく、“デート服”で行く事にした。
陽葵パパに招待されての初めての食事。陽葵が自由にできるようにと“グラモ”の中の「トラットリア」のお店にした。
実際のところ「リストランテ」など…田舎街では見かけなかったし、私にとってもこの選択で随分と気が楽になった。あとはトマトソースなどを服に跳ねさせないようにせねば…
--------------------------------------------------------------------
先に着いた私と陽葵が通されたのは入口から少し奥まったアンティーク調の食器棚の前の席で、テーブルの上に置かれていた『Posti riservati』と書かれた札がスイっと取られて行った。
「なんて書いてあったの? 英語っぽくなかったけど…」
「英語、勉強してるの?」
「うん、学校でも授業あるよ。だけど全然読めなかった」
「あれはきっと、イタリア語だよ、ほら、表にもそれっぽい綴りがあったでしょ?」
「なんて意味だろ?」
「きっと予約…席とかだよ。なんとなく英語と綴りが似ているから」
「マーねーちゃんすごい!」
「こんな事で感動しないで、私なんて英語の授業は高校が最後だから…カビが生えてる。聞くならお父様に聞きなさい」
「パパは…喋れるけど、すぐ怒るモン」
男はすぐこれだ…私は心の中で独り言ちた、もちろん顔は笑顔で真逆な事を口にのぼらせる。
「きっと毎日お忙しいのよ」
「まだ来ないし…」
「夜だって遅いんでしょ。こうして時間を作って戴くのも大変なのよ」
「大変大変って…パパは何のために働いているの?」
「それは陽葵のためよ」
「だったら、なんで今日、遅れるわけ?」
「きっと、急なお仕事が入ったのよ」
「じゃあ、私じゃなく仕事の為に働いているのよね」
私は降参と手を挙げた
「そうねえ、男の人って、そういう所あるよね。きっと“自分の居場所”としているのだと思う」
それを聞くと陽葵は初めて頷いた。
「…ママが元気だったころはお家が居場所だったの。それが…病院になって パパは…」
陽葵が言い掛けた時、その人は来た。片手にはスマホを握ったままで…
この店を指定したのは彼だし、陽葵からも『前にパパと来た』と聞いている。
『何のためのスマホ?忙しい人だ』と思ってしまう私は、大きなお世話のいけない人なのだろうか…
いや、きっとこの人から醸し出される雰囲気がそう思わせるのだ…
DV男とは月とスッポンだが…
質が似ている…
ちゃらさが鼻につく
席に着いた彼は私達を一瞥して微かにしかし満足そうに頷いた。
それから私を小姑がやるみたいに上から下… と言ってもテーブルに隠されていない範囲だけだったが…まで、品定めした後で、もう一度“胸”を品定めした。
私はもう、慣れっこだし…殿方が所望するようなモノは持ち合わせていないので、すぐに解放されるはずだ…が、意外と長時間、視線を滞留させられている。
どういう意味か分からないが
げんなりする…
ホント、オトコは嫌だ。
陽葵パパがようやく挨拶を始めた頃には、正直ガッカリ感しかなかった。
確かにこの人、紺野さんが言っていたようにイケメンだけど…
とても陽葵のお父様とは思えない。
きっと、陽葵の優しさはお母様譲りなのだろう…
--------------------------------------------------------------------
これは向うもそう感じたのだろうが…
応酬とさえ言えない…
つまらない会話の羅列だった。
ただ私にとっては、ピザやパスタを取り分けたりと陽葵の世話を焼くだけで、たまらなく幸せだった。だから、気持ちはオマケで、でも所作はこまごまと、陽葵パパの世話も焼いてあげた。
そうされている間は、陽葵パパもまんざらではないようだ。
傍から見れば微笑ましい家族に見えるのだろうか…
しかし私は…この“まんざらではない感”にオトコのDVのニオイをかぎとって気が気ではなかった。
陽葵がトイレに立つと、
独りでワインをほぼ2本空けしていた陽葵パパはテーブルクロスに片肘をついた。
「そんなに陽葵を気に入っているなら…一つ提案をしてやろう」
私は水の入ったグラスの持ち手に指を掛けた。
「はい?」
「気の無い返事だなあ… あなたを信頼しての提案だぞ。ウチで家政婦のバイトをやらないか? 私は殆ど家に居ないから、実質は陽葵とふたりきりだ。私が長期で家を空けなければいけない時は、泊まり込みでもいい。あなたはウチから昼間のパートに行けばいい」
「…とてもありがたいお申し出ですが…あなたには今までとは違ったメリットがあるのでしょうか?」
「もちろん、大切な娘の事だからな。メリットとして捉えるよ。ただあなたにも少し努力をしてもらいたいな」
私はステムを摘まんだ指でゆっくり転がし、グラスの水面にさざ波を立てながら尋ねた。
「どういうことでしょうか?」
「分からない?」
「はい」
「あなたの昔の事は…それとなく陽葵から聞き出したよ」
「それが一体何の関係があるのでしょう、私はやましい事はしていませんし、娘さんやお家のケアとは関係のない事です。」
陽葵パパは鼻で「フンッ」と笑うと、ピザソースで汚れた右手の人差し指を私の目の前に突き出した。
「まずは、舐めてもらえないかな」
「陽葵ちゃん、戻ってきますよ」
「アイツには『指を怪我したから舐めてあげた』と言えばいい」
アハハハ!!!
私は弾かれたように笑った。
「お断りします!」
「じゃあ、金輪際、陽葵とは会わせないし、それを破ったら、然るべき措置を下す!!」
「ええ! 私は会えなくて構いませんよ!! あの子に間違った道徳観を植え付けるくらいなら」
「ハッ!! たかが奴隷女が!! キレイ事言いやがって!! わが身がカワイイだけだろが!!」
「ええ! わが身?! 可愛いですよ! それにクソ汚れオンナだからこそ、キレイごとが言えるんです!!」
「マーねーちゃんをいじめないで!!」
突然、アンティーク調の食器棚の陰から声がして、陽葵が飛び出して来て、獲物を捕りに行くネコのような素早さで私のグラスを奪い自分の父親に水を引っ掛けた。
「行こ!!」
あっけにとられた私の裾を引っ張って陽葵は私を店の外へ連れ出した。
DVに慣らされてしまった私は、もう泣くなんて事は無かった。
なのに、陽葵に引かれて“グラモ”をさまよい歩いている間、足元の通路に涙をハラハラと落とし続けていた。
グラモの一番上の階、通路の行き止まりには映画館があった。
上映時間が重なっているのだろうか…ロビーはちょうど人が引けていて、私たちは乗り遅れた人のように立ち止まった。
まだ十分には大きくない手で陽葵は私の頬の涙を払ってくれた。
そんなカノジョを私はしっかりと抱きしめて心に決めた。
「この子の為だったら、いくらでもできる。そう、汚れオンナの本領を発揮できる」と
--------------------------------------------------------------------
プラムガーデンの陽葵の家はまだ真っ暗だった。
私は玄関の上がり口で正座して陽葵パパの帰りを待っていた。
何時間も経って、表にタクシーの気配がして、門を開ける音がした。私はすぐに土間に降りてドアが開くのを待った。
そしてドアが開き、入ってきた陽葵パパに土間に額をこすりつけ先の非礼を詫びた。
「すべては私がいけないのです。陽葵ちゃんは何も悪くはありません。この家の外なら…そして陽葵ちゃんのいないところでしたら…私のアパートでもどこでも、あなたのなさることを受け入れます。 だからどうか、陽葵ちゃんの事をお許しください」
陽葵パパは小さく舌打ちして私を無視して家の中に入り、すぐに土間まで戻って来た。
「そこをどいてくれ! タクシーを待たせている。 今日はもう、戻らないから家に居てくれ」
チャリン!と鍵が投げられた。
「明日、このマスターキーで合鍵を作って、レシートと一緒にリビングのテーブルに置いておいてくれ。当座の現金は陽葵に封筒に入れて渡してある」
それだけ言い残すと、陽葵パパは…おそらく誰かが待っているであろう場所へとタクシーを向かわせて行ってしまった。
。。。。。。。
イラストです。
ラフ画を彩色しました。
陽葵ちゃんのラフ案8
陽葵パパ、最低なヤツですが…彼は心のどこかで伊麻利さんに嫉妬しています。
感想、レビュー、ブクマ、評価、いいね 切にお待ちしています!!




