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コメディーシリーズ

【落語】猫に小判

作者: 衣谷強

連載もひと段落したので、一息がてら落語の投稿。

どうぞお付き合いくださいませ。

 浦島太郎に鶴の恩返しに舌切り雀。

 大事にされた動物というものは、恩を返してくれるものだそうでございます。


 とんとん。


「こんな夜更けに誰だい?」

「昼間助けていただいた亀でございます」

「亀……? おぉそう言えば昼間子どもにいじめられたのを助けたなぁ。じゃあ何かい? 竜宮城に連れて行ってくれるのかい?」

「いえ、時間の流れが違うので、かえってご迷惑になるという話になりまして、一晩部屋を貸していただけましたら、私の甲羅を剥いでべっ甲細工を作ろうかと」

「そこまで身を削られると心苦しいなぁ。他にはないのかい?」

「でしたら大きな玉手箱と小さな玉手箱をご用意しますので、お好きな方を差し上げます」

「それ中身一緒だろう? 開けたら煙が出ておじいさんになるっていう」

「いえ、大きい方は煙の容量も大きいので、ご自身だけではなく村一つまとめて老人にできます」

「それのどこが恩返しだい?」

「老人ホームを経営すれば大儲け……」

「いらないいらない。他には?」

「ではこの舌をハサミでちょんと切って、長寿の薬にでも……」

「恩返しはいいから帰っておくれ!」

 

 恩返しはあまり混ぜない方がよろしいようでございます。




「ご隠居さんご隠居さん」

「おぉ八っつぁんか。どうぞお上がり」

「へ、お邪魔いたします。今日はちょいとご隠居さんにうかがいたくて」

「うん、どうしたんだい?」

「どこかに白い犬はいませんかね?」


 八っつぁんの言葉に、御隠居さんは顎を捻ります。


「白い犬。そりゃ探せばいないことはないだろうが、また何だい急に?」

「へぇ、昨日うちのかかぁが子どもに昔話を聞かせてやってたんですがね」

「おぉそれはいいことだ。子どもの時分にそういったことを聞いておくと心が育つ。で、何の話だい?」

「花咲じじい」

「じじいと言う奴があるか。花咲じいさんの話か。あれは正直な人が得をするという大変いい話だな」

「それでですね、ウチも白い犬を飼ったら、裏の畑から大判小判を掘り出ちゃくれねぇかと、こう思いましてね」


 八っつぁんの言葉に、御隠居さんが大きく溜息を吐きました。


「あきれたな。第一お前さんのところに畑なんかないじゃないか」

「犬飼ったら作ろうかと思いまして」

「ま、きっかけはどうあれ生き物を大事にするという心がけは良いことだ。よし、どこからか声がかかったら呼ぶよ」

「へ、ありがとうございます」


 と、その時、何やらにゃーにゃーと声が聞こえました。


「あれご隠居さん、奥でにゃーにゃー声がしてますよ」

「あぁまたばあさんだな」

「へー! 猫になられたんで?」

「猫になるわけがあるか。いやな、ここのところばあさんが野良に餌やってるみたいなんだよ」

「へぇ」

「居つくと困るからって言ってるんだが、猫がもう覚えちまって一日か二日おきには来てしまうんだよ」


 そうこう話している内に、雪のように真っ白な猫が部屋に入って来ました。


「あぁこっちまで入って来た」

「これ入ってくるんじゃない。またばあさんが勝手口を閉め忘れたな。図々しいもんで隙があると入ってきちまうんだ」

「じゃあそいつもらっていきますわ」

「え?」

「いや今見たところ白ですし」

「そりゃこちらは誰かが飼ってくれないかとは思っていたが……、猫だよ?」

「なぁに、犬と猫じゃたった二文字しか違わねぇ」

「全部だ全部」

「細っけぇこたぁいいんですよ。じゃ、もらってきまさぁ。お邪魔しました!」


 呑気な八っつぁんは、猫を抱えて家路につきました。


「さてお前には大判小判を掘り出してもらわないとなぁ。ここ掘れワンワン、いやニャンニャンか。畑はねぇが、猫なら狭いとこの方が都合がいいだろう。何せ狭いところを『猫の額』って言うくれぇだからな」


 そう言うと、八っつぁんは猫を腕からおろしました。

 

「お、いいぞ走り出した。どっかの小判の匂いでもかぎつけたかな」

「おい! このドラ猫! うちのいわしかっさらいやがって!」

「あ! バカ! そいつは小判じゃねぇ! ひかりものっちゃあひかりものだけどよ」

「何だい八っつぁん。おめぇのとこの猫か? ちゃんとしつけてもらわねぇと困るぜ」

「いや俺の猫じゃねぇんだ。今ご隠居のところからもらってきたところなんだよ」

「じゃあおめぇのとこの猫じゃねぇか。いわしの代金、払っとくれ」

「あぁそうなるのか。参ったなぁ。じゃあこれで」


 渋々八っつぁんは金を払いました。


「毎度! 金さえ払えば猫でも客だ。どうでぇ、もう一匹」

「いらねぇよ! にゃーじゃない! ったく、まぁ小判のためだからな」

「何でいその小判ってぇのは。儲け話か?」

「いやな、うちのかかぁが子どもに昔話を聞かせててな。知ってるだろ? 花咲じじい」

「あぁ、犬が裏の畑から大判小判を掘り出すってぇ話だな。それがどうした?」

「だからご隠居のところに白い犬はいねぇかと聞きに行ったら、ちょうどこいつがいたからもらってきたんだ」

「お前も随分な慌てもんだな。こいつは猫じゃねぇか」

「いいんだよ。白いし、犬なら畑を用意しなきゃいけねぇが、猫なら裏の路地でも見つけんじゃねぇかってな」

「呆れた奴だなおめぇも。まぁいいや。またそいつの飯買いに来てくれりゃ、俺に損はねぇや」

「おうよ! こいつが大判小判を見つけたら、鯛の尾頭付きでも何でも買いに来てやらぁ」

「富くじの方が当たりそうだがな。まぁ待ってるよ」


 魚屋の言葉に、八っつぁんはぷりぷり怒りながら家へと向かいます。


「んの野郎、富くじの方が当たるなんて言いやがって。後で吠え面かきやがれ」


 そんな事を言っている内に、八っつぁんは裏長屋のの家へと帰り着きました。


「さてここが俺の家だ。どうだ、そこら辺に小判の匂いがしねぇか?」

「ちょいとあんた、何だいその猫は」

「おぅ、おめぇのおかげでいい儲け話が転がり込んだんだよ」

「あら、景気のいい話じゃないの! どんな儲け話?」

「こいつが犬の変わりに大判小判を掘り当てるって寸法よ」

「あっきれた! それは花咲じいさんのお話じゃないか!」

「お! さすが俺のかかあだ。すぐそこに気がついた!」

「冗談じゃないよ! エサだってただじゃないんだよ!?」

「おぉ、さっき魚屋でいわし食っちまいやんの。ご隠居のところからもらってきても、俺の払いになるんだな」

「何を馬鹿なことを言ってるんだよ全く! たくわえがなくなったら、その猫おかずにしちまうからね!」

「おぉ、すげぇ剣幕だったな。おい、早く見つけねぇとおめぇ煮て食われちまうぞ」

「あ、父ちゃん。どうしたのその猫。晩に食べるのかい?」

「どうにもうちの連中は食い意地が張っていていけねぇや。おい食うんじゃねぇぞ。こいつは金のなる木だ」

「猫なのに木だなんて、父ちゃんの言ってることはさっぱりわからない。もっとちゃんと話しておくれよ」

「ちゃんと聞いたってわかりゃしないよ!」


 まぁそれでももらってきちゃったものはしょうがない、と奥さんも渋々承知し、玄関先に藁を敷いて寝かせる事に。

 さてその晩何やら玄関の戸が音もなく、音もなく、……がたがた音をさせながら開きました。


「えらい立て付けの悪い戸だったな。まぁでも起きて来なきゃいいんだ。さて仕事仕事」


 そろっと忍び込んだところに丸まった猫がいた。

 その尻尾をぎゅっと踏んだものだからたまらない。


「ふぎゃー!」


 驚いてすごい声を上げて飛び上がりましたが、これには泥棒も驚いた。

 月明かりに浮かぶ真っ白い塊に、光る目が二つ。


「おばけえええぇぇぇ!」


 泥棒が泡を吹いたところで、さすがにのんきな八五郎一家も目を覚ましました。


「な、何でぇ何でぇ騒がしいな! 火事か? 地震か?」

「火事!? 地震!? おおおお前さん早く大事な物持って逃げないと!」

「落ち着け! 何だってお前は枕を大事に抱えてるんだ! 箪笥たんすなんか持てるわけないだろうが本当にしょうがねぇ」

「父ちゃん、母ちゃん。このおじさんだぁれ?」

「ん? いや知らねぇな。お前のとこの親戚か?」

「こんなほっかむりしてたら分からないわよ」

「それもそうだ。あの~、おたくどちらさまで?」

「泡吹いてんだ。答えやしないよ。でも困ったねぇ。どこに連れて行ったらいいんだか……」


 途方に暮れる二人に、子どもがぽつりと言います。


「泥棒じゃないの?」

「何、泥棒? お前は何てことを言うんだ! 人を見たら泥棒と思えだなんて、そんな卑しい人間に育てた覚えは……」

「そうよ! 夜中にほっかむりして人の家に黙って入ってきたくらいで泥棒だなんて……」

「……あ、泥棒だ」

「きゃー! 泥棒!」


 おかみさんの上げた叫びで長屋中が起きてまいりまして、泡吹いてひっくり返っている泥棒は御用となりました。




 さてその数日後、夫婦二人でお奉行所に呼び出されまして。


「うむ、足労をかけたな」

「へぇ、きょきょきょ今日はどういったごごごご用件で……」

「そう恐れるでない。先日そちらの家に入った盗人の件である。その盗人が妙なことを申していてな」

「へぇ、うちのかみさんが枕持って逃げようとしたり、箪笥一人で持ち上げようとしたりしてましたからなぁ」

「そんなこと言わなくたっていいじゃない! お奉行様の前で!」

「あぁそのことではない。息を吹き返した盗人が『化け物を見た化け物を見た』と大騒ぎをしておってな」

「それならきっと化粧を落としたかみさんの顔でも覗き込んじまったんでしょう」

「あんた!」

「いてててて! 尻をつねるな! お奉行様の前で!」


 お奉行様が、疲れたように溜息を吐きます。


「……話が進まぬな。盗人は白いふわふわしたものに二つ光る目があったと申しておったが」

「あぁ! それなら猫でさぁ」

「ふむ、猫か」

「そういやあの後しきりに尻尾舐めてやがったんで、きっと泥棒が踏んづけたんでしょう。それで飛び上がって……」

「あい分かった。いやな、盗人が『化け物に取り殺される』と震えてばかりいるのでな」

「よっぽど驚ぇたんですね。これにこりて足を洗っちまえばいいんですけどね」


 八っつぁんの言葉に、お奉行様は大きく頷きました。


「うむ、そうであるな。では猫の件は内密にし、心改めねば取り殺されるぞとでも申し付けるか」

「へ、それがよろしいかと。じゃああっしらはこれで……」

「待て待て。そちらが飼いおいた猫が盗人を捕らえ、またこれを改心させようとしておる。天晴れ大儀であった」

「そんな大層なこっちゃないですけどね」

「そこでここに褒美を取らせたい。これ、あれをもて」

「これは、なんでございましょう?」

「ぴかぴかしてきれいねぇ」

「その方らへ一両取らせる」

「一両!? 一両って言うと、その、何で一両ですか?」

「一両と言えば、その小判で一両である」

「小判で一両!? 本物!?」

「偽物など遣わさん。どうした、いらんのか」

「くくくください」

「よかろう。落とさぬよう大事に持って帰れよ」

「へへ、かかぁ落っことしたってこいつだけは落とさねぇ」

「本当だよ! あたしより大事に持って帰るんだよ!」

「しかし何でこんな気前のいいご褒美をいただけたんで?」

「何、昔から言うであろう」


 お奉行様、にっこり笑って。


「猫に小判」

読了ありがとうございます。


古典落語っぽい新作落語、いかがでしたでしょうか?

息抜きやお茶のお供になりましたら幸いです。


え? お茶を吹いてパソコンがダメになった?

それはきっとお茶で壊れたのではなく、そのパソコンの寿命だったのでしょう(すっとぼけ)


お付き合い、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 猫の話なのに吠え面かきやがれ、と八五郎が言うのが好きです。 あと化粧を落とした奥さん、というのは定番ですが面白かったです、抓られるくらいで済んで良かったですね(笑) 最後のお奉行様の猫に…
[良い点] ふわあああ!すごいです!!!オチの綺麗さに感動しています!! めっちゃくちゃ面白かったです!! 読ませていただきありがとうございました!! 恩返しを混ぜるところも心鷲掴みで続きが気になり…
[良い点] 入りの部分からお題目のはなしへ いやはやなんとも 高座そのまま 呑気な八っつぁん 女房もどこかぬけていて 子供がしっかり者 ご隠居さんの優しい雰囲気 お奉行のオチも お洒落 [一言]…
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