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今もサンタを信じる愛娘がクリスマス前に猛烈に良い子アピールを始めた

作者: さまっち


  1


 もうすぐクリスマスがやってくる。


 現在7歳の聡子にとってクリスマスは朝目覚めたら枕元にサンタのプレゼントが置かれている日という認識だった。


 それはもちろん実際は父健介と母裕子が愛する我が子のため用意した品物だが、毎年両親から「サンタさんからプレゼントもらえて良かったね」と優しく声をかけられていたので、聡子はすっかりサンタクロースの存在を信じていた。


 初めてサンタクロースの事を母から聞いた時のことは今でも聡子はよく憶えている。


 お日様みたいな満面の笑顔で母が話したことは一言一句記憶している。


「良い子のところにはサンタさんが来てプレゼントをくれるんだよ」


 それを聞いた聡子は目をキラキラ輝かせて「あたしもプレゼントほしい」と話した。


 しかし良い子というのがどんなものか聡子にはピンと来なかったので母に尋ねた。


「どうしたら良い子になれるの?」


「お片づけをきちんとしたり、ママの言うことをキチンと聞いたり、家のお手伝いをしてたら良い子になれるよ」


 また今年小学校に入学した時には聡子に次のように母はいった。


「勉強ができる子がサンタさんは大好きなんだよ」


 母裕子にしてみれば少しでも我が子の勉強のモチベーションになればと思い話したのだろう。


 それを聞いた聡子は最初のうちは頑張ったようだが徐々に家での復習の時間が減っていき、一月後には家では宿題をする程度になった。


 さすがにクリスマスから遠く離れた時期にサンタの話をしても影響は少なかったようだ。


 しかし今年もクリスマスの季節がやってくる。聡子の中で母に聞いた言葉の数々が思い出され勉強への興味も再び戻ってきているようだった。


  2


 クリスマスまで1週間と迫った金曜日の夕方。裕子がスーパーで今日の夕飯の食材を買って、家に帰ってくるとリビングのこたつで聡子がお勉強をしていた。


 算数の教科書を広げぶつぶつ呟きながらノートに何か鉛筆で書き込んでいる。宿題をしているのだろうと思い裕子は聡子には声をかけず台所に行って荷物を下ろした。


 夕食の準備を始めるには少し早いので裕子は聡子の様子を見に行くことにした。


 暖を取るため聡子の向かいのこたつに脚を入れて聡子の手元を覗き込むと、算数の問題ではなくヒゲもじゃの人物画らしきものが書かれてあった。


「何書いてるの?」


「サンタさん」


 だよねと裕子は小さくつぶやく。


「宿題をしてたんじゃないの?」


「宿題じゃないよ。復習してたの。でも疲れたからお絵かきしてたの」


 たしかにノートをよく見ると算数のノートではなく、裕子が買い与えたお絵かき用のノートだった。


「復習はもう終ったの?」


「ううん。まだするよ。でももうちょっとお絵かきしてから」


 それから裕子は聡子のお絵かきの様子を眺めていた。


「お髭がぼーぼー」などと言いながら聡子は楽しそうにサンタの絵を描いている。


 それが微笑ましくて裕子は表情を緩めた。


 しばらく眺めていると満足いく絵が完成したようで聡子は「出来たー」と声を上げた。


「ママに見せて」


「うん。いいよー」


 聡子からノートを受け取った裕子は愛娘の書いたサンタに目を向ける。


 小学1年生の描く絵なので正直うまくはないが、絵の中のサンタがにこにこ笑顔なのがよく分かった。


 あとは髭が生えすぎなのが特徴的だった。聡子画伯のこだわりのポイントなのかもしれないなと裕子は思う。


 とりあえず裕子は一生懸命に描いただろう絵を褒めることにする。


「サンタさん上手に描けたね」


「うん。満足。今年もサンタさんプレゼントくれるかな」


「良い子にしてたらきっと来てくれるよ」


 裕子がお決まりの言葉で返す。しかし聡子は心配なのか不安げな表情を浮かべ、うーん、とうなりだした。


「どうしたの?」


「最近あまりお勉強してなかったから。サンタさんが来てくれるか心配」


 なるほどと裕子は思う。それが心配で今日は算数の復習を聡子はしていたのだろう。ちなみに現在の聡子の成績は平凡である。


 特に勉強が得意でも苦手でもなく、どの教科もテストで平均点位を取っている。


 家では宿題以外の勉強をほぼしないので、まだまだ伸びしろはあると裕子は考えている。


 なので聡子がもっと勉強に興味を持つ方法があればと日頃から裕子も頭を捻るが良案は浮かんでいない。


 現在聡子の教育方針は何事も無理やりやらせるのはやめようというのが基本方針だ。


 健介と裕子が話し合い決めたことだ。強制的に何かをやらせても、それを嫌いになるかもしれない。


 嫌々物事に取り組むよりも、本当に自分がやりたい事を見つけて自主的に取り組む方が、自分自身の成長につながるという考えだ。


 だから勉強もお手伝いもやりなさいとは言わない。興味を持ってもらうように利点を告げるだけだ。


 勉強やお手伝いをするとこんないい事があるんだよと優しく諭し、ご褒美を設定したりして、うまく導くのが健介と裕子の教育方針である。


 勉強不足を嘆く聡子に、チャンスとばかりに裕子が告げる。


「今日から沢山勉強すればサンタさんも聡子を見直してくれるよきっと」


「そしたらサンタさんにプレゼント貰えるかな」


「きっと貰えるよ」


「じゃあ、頑張る。ついでにお手伝いも頑張る」


「お手伝いもしてくれるの?」 


「うん。いっぱい頑張る」


 やる気に満ちた表情で聡子は決意表明し、算数の教科書を手元に寄せる。


 算数の勉強を再開した聡子の邪魔をしないように裕子は様子を眺める。これを機に勉強の習慣が身に付いてくれたらいいのにと裕子は思う。


 春に自主的に勉強を始めた時はひと月しかもたなかったので、今度はそれより続いてほしいと願う。


 前回は聡子を放任しすぎたので今回は適度に補助しようと裕子は考える。長く勉強習慣が続くように、出来ることがあるはずだ。


 勉強したことをしっかりと褒めてあげたり、ご褒美に美味しいものを与えたり。分からない点を分かりやすく教えたりするのも有効だろうか。


 ふと壁掛け時計に目を移すと時刻が夕食時に迫っていた。そろそろ夕食の支度を始めなければならない。


「じゃあママは夕ご飯の支度をするから、聡子は勉強頑張ってね」


「はーい」


  3


 その後、裕子はキッチンに向かい今日の献立である焼き魚を手早く作る。魚焼きグリルにサバを載せ、火をつけて焼き始める。


 魚が焼ける間、鍋に作り置いている味噌汁を温めながら、冷蔵庫に入っているポテトサラダを取り出し皿に盛る。


 またレタスをちぎって皿に盛りつける。しばらくして焼き上がったサバを盛りつける。


 お茶碗とお椀にご飯と味噌汁を入れたら完成だ。ちなみに飲物はセルフサービスである。


 要するに自分で入れてねということだ。グラスを用意し、冷蔵庫に入れてあった2リットルのペットボトルの緑茶と水を出しておく。


 裕子は聡子を呼びにリビングへ向かった。


「聡子。ご飯だよ」


「はーい」


 聡子が勉強道具を片付け始める。鉛筆を筆箱にしまい、算数の教科書とノート、それとお絵かきノートをキレイに重ねてこたつの上に置く。


「ママ、ご飯食べたらまた勉強するからここに置いててもいい?」


「いいよ」


 聡子は「ご飯だー。おなか減った」と言いながらダイニングへと向かい歩き始める。裕子も後を追いダイニングへと向かった。


「今日はお魚だー」


 聡子がテーブルの椅子に座り、いただきますをしてから食べ始める。


「おいしー」


 裕子も聡子の向かいの位置にある自分の定位置に座り食べ始めた。しばらく裕子は黙々と食べ続ける。聡子が完食してお茶を飲み終えたところで声をかけた。


「勉強は順調?」


「順調だよ」


「何か分からないことがあったらママに聞いてね」


「うん、分かった」


 食べ終わった聡子は普段ならお茶碗や皿をそのままにしてリビングに戻るのだが、今日は違うようだった。


「ママ。お手伝いする。自分でお片づけする」


 そう言ってお茶碗や皿を持って聡子は流し台へと持っていこうとする。


「気を付けて持って行ってね。落とさないようにね」


「うん。わかった」


 積み重ねたお茶碗や皿がカチャカチャ音を立てて非常に危なっかしいが何とか流し台に運ぶことに成功した。


「ありがとう」


 裕子は優しく感謝の言葉を述べて、聡子を労う。


「ママ、何か他にお手伝いある?」


 聡子の言葉に裕子は頬に手を添えて考える。残る作業は皿洗いだがこれまで一度もさせたことはないので少し躊躇する。


 お手伝いに対するモチベは高いようだが、聡子は上手くこなせるだろうかと裕子は悩む。


 でもせっかくお手伝いしたいと言ってくれているので、結局裕子はやらせてみることにした。


「じゃあ使った食器を洗うのをお願いするね」


「わかった」


 裕子は一度流し台の前に立って説明をしながらお手本を見せる。食器用洗剤を皿に少したらしてスポンジでゴシゴシと洗う様子を聡子が眺めている。


「こんな感じでやってみてね」


 裕子はスポンジを聡子に手渡し、手を水道で洗って泡を落とした。聡子と場所を交代し、残りの食器を任せる。


 聡子がお茶碗に左手を伸ばし、右手のスポンジで洗い始めた。


「ごしごしー。あっ」


 いきなり聡子の手からお茶碗が落下し、流し台にドスンとぶつかる。


「すべる」


 裕子は落としたお茶碗が割れたり欠けたりしていないことを確認するが、幸い無事なようだった。


「落とさないように気を付けて持ってね。落としたら割れちゃうかもしれないからね」


「わかった」


 聡子は再びお茶碗に手を伸ばし皿洗いを再開する。今度は落とさないようにゆっくりと慎重にスポンジを動かしている。


 集中しているのか無言で作業をこなす。


「お茶碗はもう大丈夫だよ」


 頃合いを見て裕子が声をかける。


「次にいこっか」


「わかった」


「洗い終わったものは流し台の端にでも置いておいてね」


「うん」


 聡子はお茶碗を言われた通りに流し台の端に置いて、次のお椀を手に取って洗いはじめる。その後は落としたりせずに皿洗いを終えることが出来た。


「よくできました」


 裕子が頭を撫でながら褒めると、聡子は嬉しそうな笑顔を見せる。


「もっといっぱいお手伝いする」


「今日はもう特にないからまた明日ね。お勉強も頑張ってね」


「頑張る」


 やる気に満ちた表情の聡子を見て、クリスマスシーズンが今年もやってきたとつくづく裕子は実感するのだった。


  4


 12月20日の日曜日。


 仕事疲れで昼頃まで寝ていた健介は起床したてのボサボサ髪で廊下を歩く。健介は昨日も休日出勤をして遅くまで働いたので疲れが溜まっていた。


 やはり休日は週二日ほしいよなと健介が考えているとリビングから出てきた聡子と遭遇した。


「おはよう。パパ」


「おはよう。聡子」


 軽く挨拶を交わしそのまま健介はリビングを通り過ぎ洗面所を目指す。後ろから聡子が付いてくるのが分かった。


 ちらりと後ろに目をやると、よくわからない表情で健介を見ている。


 何か言いたいことでもあるのだろうかと健介は考えるが顔を洗ったりするのが先だ。二人で洗面所へ入り、とりあえず健介は顔を洗い始める。


 水でパシャパシャと顔を洗い、タオルで顔を拭う。聡子は相変わらず健介の様子をうかがっているので声をかけてみる。


「どうした聡子。パパに何か用事か?」


「うん。ちょっと」


「どんな用事だい」


 聡子は少し考えてから言葉を口にする。


「今、お手伝いを探してるの」


「お手伝い?」


「うん」


 どうして、と健介は一瞬思ったがすぐに理解する。もうすぐクリスマスだからだなと。


「そうか。でも今のところお手伝いしてほしいことはないぞ。お手伝いと少し違うけど、後でパパの肩たたきでもするか?」


「肩たたきするー」


「じゃあ少し待っててな。髭剃るから」


「うん。待ってる」


 健介が髭を剃ろうと電気シェーバーを手にして電源を入れた時、聡子の目が光った。


「あたしがやる。お手伝いする」


「え? お手伝い?」


 どれのこと、と一瞬健介は思ったが状況的に髭剃りしか思いつかない。え、マジで、と健介はポカーンとしてしまう。


「お手伝いって髭剃りの事?」


「じょりじょりする。あたしがじょりじょりする」


 そういって電気シェーバーを奪おうと聡子が手を伸ばしてくる。とりあえず取られないように健介は手を高く伸ばし対処すると、聡子も負けじとぴょんぴょん跳ね始める。


「こらこら落ち着きなさい」


「じょりじょりしたい。じょりじょりしたい」


 もはやお手伝いしたいのか、聡子の好奇心を満たしたいのかわからんな、と健介は思う。


 とりあえず電気シェーバーを持つ手とは逆の手で聡子の肩を押さえジャンプを止める。


「少し待ちなさい。今考えるから」


 そういって健介は聡子の要求について考えてみる。リスクはある。手元が狂って、もみあげなどを剃られたら困る。


 だがそもそも電気シェーバーで、もみあげを剃れるのかという疑問もある。試してみるわけにはいかないが。


 事前に注意を促しておけば手元が狂うことは避けられるかもしれない。などと色々考えて健介は結論を出した。やらせてみようと。


「じゃあ聡子にお願いするよ」


「本当? やったー」


 健介は電気シェーバーを聡子に手渡す。


「気を付けて剃ってくれよ。顔の横のもみあげ部分を剃ったら駄目だからな」


「うん。わかった」


 健介は腰をかがめて、聡子が剃りやすいように、顔の高さを調整する。


「では始めてくれ」


 聡子は恐る恐るといった感じで手を伸ばし、健介のあごに電気シェーバーを突き付けた。


「わー、すごい。キレイになる」


 じょりじょり、じょりじょり、と音を立てながら健介の髭が剃られていく。それが聡子には楽しいのか目なんてキラッキラで満面の笑みを浮かべている。


「じょりじょりー、じょりじょりー」と聡子は口に出しながら一生懸命に手を動かし続けている。


 されるがままの健介はどこか落ち着かない気分だ。完全に聡子のおもちゃと化しているなと健介は苦笑いを浮かべる。

 しばらくは、じっとして聡子の気が済むまで待つ。頃合いを見計らって健介は言う。


「そろそろ剃れたんじゃないか」


「うん。キレイになったよ」


 聡子はどこか名残惜しそうな表情を浮かべつつ、手を引っ込めて電気シェーバーの電源をオフにする。


 最後の仕上げは自分でしようと思い健介は電気シェーバーを聡子から取り戻して髭を剃る。


「きちんと剃れてるみたいだ。ありがとうな、聡子」


「どういたしまして」


 聡子は小さな胸を張って笑顔で答えたのだった。


  5


 リビングに入った健介はこたつに入っていた裕子を見つけて声をかける。


「おはよう。裕子」


「おはよう。あなた」


 少し遅れて聡子がリビングに入ってきて、こたつに入ろうとしている健介の後ろに立つ。


「パパ。肩たたきする」


「そうか。よろしく頼むよ」


 聡子は手を伸ばして健介の肩をとんとんと叩き始める。その様子を裕子は微笑みながら眺めて健介に声をかける。


「最近、聡子はお手伝いを頑張ってくれてるのよ」


「そのようだな」


「それと勉強も頑張ってるみたい」


「そうなのか聡子」


 健介は振り返らず、肩たたきをしている聡子に聞く。


「ほんとだよ。今日も朝から国語の勉強をしたよ」


「そうなのか。偉いな聡子は」


「えへへ。ありがと」


「沢山勉強して、沢山賢くなってくれたら、パパは嬉しいな」


「うん、頑張る」


「まあ沢山とは言ったけど、毎日少しづつ勉強して、その習慣を長く続けていけたらいいね。短期間に集中して長時間勉強する方法もあるけど、パパとしては長い期間をかけてコツコツ勉強する方法を薦めたいな。聡子はどう思う?」


 聡子が肩たたきを続けながら「うーん」と悩み、しばらくして返事をする。


「わかんない」


「そっか。難しい問題だからね。人の好みや向き不向きもあるだろうし。どちらにせよ勉強することはいいことだね」


「うん。いっぱい勉強する」


 健介が言ったことがうまく聡子に伝わったかは分からない。しかし今はまだ分からなくても一度聞いたことは頭の片隅に残ると健介は思っている。


 穏やかに「頑張りなさい」と健介は告げた。


「それはそうと」


 裕子の明るい声が部屋に響く。


「聡子は今年のクリスマスにサンタさんにお願いするプレゼントは決まってるの?」


「うん。くまさんのぬいぐるみが欲しい」


 ちなみに毎年こうして聡子の欲しいものを聞くが、初めてサンタクロースのことを教えた年はなかなか聡子の欲しいものを答えてくれなかった。


 サンタさんに直接言う、サンタさんとお話したい、と言っていた。


 直接言うといわれても困るわけでその時にした説明が「サンタさんとは直接会うことが誰も出来ない。


 ただしお手紙を届けることが出来るので、聡子の欲しいものをサンタさんに教えておくね」というものだった。


 聡子は今でもそれを信じ、すんなりと欲しいものを教えてもらえるようになった。


 何だか子供に嘘を教えているようで健介たちは少し気が進まなかったが、夢を壊さないことも大事だと考えた結果だ。


「でも、今年もサンタさん来てくれるかな」


 どこか少し沈んだ声音で聡子が言う。今まで続けていた肩たたきの手も止まった。それが不思議で健介は後ろを振り返る。


「どうしたんだい。何か気になることでもあるのかい」


 その問いに聡子でなく裕子が答えた。


「最近まであんまり勉強してなかったから、それが気になってるのよ。これから

沢山勉強すればいいんじゃないって言ったんだけどね」


「そうなのか聡子?」


「うん」


「なるほどね。でも最近は勉強をしてるんだろ。さっき国語の勉強を朝からしたって言ってたじゃないか」


「したけど。でもなんかすぐ疲れちゃう」


「普段勉強してなくて急に始めたら長く集中力が持たなくても仕方ないんじゃないか」


「でもいっぱい勉強しなきゃ。サンタさん来てくれないかも」


 健介は少し考える。聡子が不安を感じているのはよく分かったが、無理な長時間の勉強をする必要はないと健介は思う。


 さっきも話したが勉強なんて毎日ちょっとずつすればいいと考えているからだ。


 入試など大事なテスト前なら話は変わるかもしれないが、別にそういった事情が控えているわけでもない。


 とはいえ聡子のやる気が高いのに水を差すのもどうだろうと考える。


 一日にそんなに勉強しなくてもサンタさんは来てくれる、と聡子を安心させることも出来るが、逆に勉強をしなくなるんじゃないかと危惧する。


 色々考えたが結局は聡子の好きにさせようという結論にいたる。勉強をしすぎても悪いことはないのだから。


 クリスマスを終えたら勉強がピタリと止まることが心配だが、それはそうなってから対策を練ればいいだろう。


「疲れたら休憩したり気分転換したりして、元気が出たらまた勉強すればいいんじゃないか」


 健介がアドバイスすると聡子は頷く。


「そうする」


「とりあえず今は、肩たたきだな。手が止まってるぞ聡子」


 聡子が再び健介の肩を優しくトントンと叩き始める。聡子の手が疲れて「もうダメ」と音を上げるまで続けられるのだった。


   6


 聡子は勉強とお手伝いを毎日続けていた。月曜日になり学校があっても変わらなかった。


 毎日、学校から帰るとすぐにこたつで勉強に励み、疲れたらお手伝いを探すため裕子の後をついて歩いた。


 聡子に出来る範囲で掃除のお手伝いもしたし、買い物のお手伝いもした。


 掃除は掃除機を使って障害物の少ない部屋を担当し、買い物では聡子の持てる範囲内で荷物持ちをした。


 夕食前には食器を食器棚から持ってきて裕子に手渡し、食べ終わったら自分の食器を流し台に持っていき、軽い食器は洗う。


 フライパンや鍋または大き目の食器で重量があるものは裕子が洗った。食後はしばらく休憩してから勉強の再開である。


 そんな毎日を続けて、聡子の中でも手ごたえがあったのか、不安を口にすることはなくなっていた。そしてクリスマスイブがやってきた。


  7


 12月24日木曜日のクリスマスイブ。


 聡子は小学校から帰ると裕子に「ただいま」といってすぐにこたつで勉強の支度をする。


 今日はどの教科にしようかと悩み、理科の勉強をすることに決める。教科書を開き勉強を始めるが正直そわそわしてあまり集中できない。


 明日の朝目覚めたらサンタさんが枕元にプレゼントを置いてくれてるかもしれないと思うと、期待に胸が高鳴る。


 この1週間の間、一生懸命に勉強やお手伝いをしてきた。もちろん今日もするつもりでいる。


 そのおかげで漠然とサンタさんにプレゼントを貰えるという自信が少し芽生えていた。


「早く明日にならないかな」


 思わず聡子は独り言をつぶやく。しかしすぐに気が早いと思い直し、意識を理科の教科書に向ける。


 ちょうど裕子がリビングに入ってきて向かいのこたつに足を入れた。


「勉強頑張ってる?」


「うん。今理科の勉強をしているところ」


 裕子は「そう。頑張ってね」とエールを送り、聡子を眺めるだけだ。


 勉強の邪魔をしないように気を使い、何かあればいつでもフォローできるように待機している。


 裕子の言葉に後押しされるように聡子は勉強に集中し淡々と時間が過ぎていく。1時間ほど勉強した聡子は徐々に疲れを感じ、ノートに筆記していた手を止めた。


「疲れた」


 その言葉に裕子が反応し、聡子に声をかける。


「お買い物、一緒に行く?」


「行く」


 最近聡子は学校から家に帰ったら勉強して、疲れたら裕子と買い物に行くというのが決まりになっている。


 もちろんお手伝いのためで、それはつまりサンタさんからプレゼントをもらうためである。


 なので明日になればお手伝いは当分必要ないと聡子は考えている。そのことを裕子も理解しているし、別に問題ないと思っている。


 たまにお手伝いをしてくれたらそれで十分だと裕子は考えている。ただ娘とお買い物に出かけるのが裕子としては楽しかったので少し寂しいだけだ。


 聡子は手早く筆記用具や教科書ノートを片付けて、外出の準備を始める。その間に裕子も防寒具を羽織り準備を整える。


 二人の準備が整いスーパーに向かい出発する。


 スーパーに着いた裕子は聡子に聞く。


「今日食べたいものある?」


「クリームシチューが食べたい」


 ちなみにチキンを食べるのは明日だ。人によっては24日に食べる人もいるけれど、裕子たちは毎年25日にチキンを食べている。


 さらに言うとクリスマスケーキは24日の夕食後に食べる。


「クリームシチューね」


 裕子はクリームシチューの材料で家に何が残っていたかを考えながら食材を買い物かごに入れていく。


「鶏肉と玉ねぎとクリームシチューの素でしょ。ジャガイモと人参は家にあるからいらないし。後は牛乳ね」


 すべての食材を買い物かごに入れてレジで精算する。その後、持参した買い物袋をふたつ取り出して商品を詰める。


 ちなみにひとつは聡子用の買い物袋だ。


「牛乳と鶏肉はママが持つね。残りの玉ねぎとクリームシチューの素は聡子が持ってね」


 わざわざこんな面倒くさいことをするのはもちろん聡子のお手伝いのためである。


 以前、持てるかなと思って多めに持たせたら、重量オーバーで見ていて非常に危なっかしい感じだったので、軽めのものや落としても大丈夫なものを聡子に任せている。


 聡子にはパワーが足りないようだ。


「ちゃんと持った? それじゃいくよ」


「はーい」


 聡子たちは自転車で来ているので運ぶのは実質自転車のかごまでだ。大した労力もなく聡子は自転車までやってくることが出来た。


 今日くらいの買い物量なら全部ひとりで持てたと聡子は考えるが、食材の安全を考慮して裕子が許さないから仕方ない。


 聡子は自転車のかごに買い物袋を入れる。


 それから安全運転で家に帰ってきた。ダイニングのテーブルに買い物袋を置いたら今日の聡子の買い物のお手伝いは終了だ。


 その後の聡子は勉強に戻るか新たなお手伝いを探し裕子の後ろをついて歩くか、または休憩かの三択である。


 今日は裕子の後ろについていきお手伝いを探そうと思ったけれど、「ママは今からクリームシチューを作るから、聡子はお勉強でもしていなさい」と言われ大人しくリビングのこたつに入り理科の教科書を開いた。


 聡子が30分ほど勉強していると裕子が料理を終えたのかリビングに姿を見せた。裕子がこたつに脚を入れながら言う。


「勉強は順調? 分からないことはない?」


「大丈夫。順調だよ」


「そう。分からないことがあれば聞いてね」


「うん」


 裕子はちらりと壁掛け時計の方を見て時間を確認する。


「今は5時半だから夕ご飯まであと30分勉強頑張ろう」


「頑張る」


 聡子は再び勉強を再開し、黙々とノートに記憶すべき内容を書いていく。聡子の勉強方法は書いて覚えるというやり方だ。


 学校の授業用のノートではなく、別の書いて覚える専用ノートを裕子から与えられ使っている。


 内容を纏めるノートではないので教科が違っても同じノートを使う。


 レポート用紙やルーズリーフでも代用可能だが、過去にどれだけ勉強したかが一目でわかるノートの方が両親にとっては勉強量を把握しやすい。


 聡子がそろそろお腹が空いたなと思い始めた頃、壁掛け時計が午後6時を刻んだ。それに気付いた聡子は喜ぶ。


「やった。ご飯だ。クリームシチューだ」


 聡子と裕子がキッチンに向かうと、裕子がクリームシチューを温めなおすためコンロに火をつける。


「今のうちにお皿とスプーンをテーブルに並べておいて」


「はーい」


 聡子は食器棚に向かい普段はカレーなどに使っているやや大きめのお皿を2枚重ねて持ち、その上にスプーンを乗せてからダイニングのテーブルに向かった。


 テーブルには既にサラダの入った皿と鍋敷きが並べられている。裕子が事前に準備しておいたのだろう。


 聡子は持ってきた皿とスプーンを、裕子の席と、聡子の席に一つずつ丁寧に並べる。それが終えたら裕子の元に引き返す。


「ありがと。次はお茶碗取ってきて」


「はーい」


 再び聡子は食器棚に向かいお茶碗をふたつ手にして裕子の所まで戻る。ちなみに炊飯器はキッチンのガスコンロ横辺りに設置してある。


 聡子はお茶碗ふたつを裕子に手渡した。


「ありがと。そろそろ温まったかな」


 裕子は一度お玉でゆっくりと鍋をかき回してから手を止める、裕子が鍋を覗き込むと、こぽこぽ、と泡が出来始めたのでコンロの火を止めた。


 裕子は鍋の取っ手を掴みダイニングのテーブルへと持っていき、鍋敷きの上にゆっくりと乗せた。


 一方、聡子は自分が持って行ったお茶碗にしゃもじでご飯をよそっていた。聡子の分と、裕子の分を用意し、両手に一つずつ持ってダイニングのテーブルに向かう。


 その様子に気づいた裕子が「気を付けて持ってきてね」と声をかける。それからお玉でクリームシチューをお皿に入れた。


 聡子が到着し、ご飯をテーブルに並べる。後は飲み物の準備だけだ。


「聡子グラス取ってきて」


「はーい」


 裕子は冷蔵庫に向かい、中から2リットルのペットボトルに入った緑茶と水を持ってテーブルに戻る。


 聡子の取ってきたグラスに裕子は緑茶を注ぎ、聡子は水を注いだ。裕子と聡子はそれぞれ自分の席に座る。


「それではいただきます」


「いただきます」


 聡子はスプーンで早速クリームシチューをすくい、ぱくりと一口食べる。


「おいしー」


 ご満悦の表情の聡子を見て、裕子も嬉しそうに微笑み、クリームシチューを一口食べて

悪くない味だと感想を抱く。


「クリームシチューのおかわりもあるからね」


 聡子はそれを聞いて目を輝かせながら一心不乱にクリームシチューを食べる。サラダやご飯には目もくれないでクリームシチューばかりを食べた。


「サラダやご飯もちゃんと食べてね」


 それで聡子は初めてサラダに手を伸ばし、レタスをもぐもぐ頬張る。その姿はまるで小動物を連想させ裕子は微笑する。


 聡子はレタスを少し食べたら今度はご飯に目を向ける。テーブルの上に置いてある箸立てから自分用の赤い箸を手に取ってご飯を少し食べる。


 そしたら再びクリームシチューだ。皿のクリームシチューを聡子は綺麗に平らげて、おかわりをした。


 その後、聡子はまるで順番が決まっているかのようにクリームシチュー、サラダ、ご飯を食べた。


 結局おかわりは二度も行い、さらにすべて完食した。聡子はもう満腹で腹がはちきれそうだった。


「もう無理。食べられない」


 最後に聡子はグラスの水をすべて喉へと流し込む。


「ごちそうさま」


「この後ケーキがあるけどどうする?」


 聡子は、がーん、とショックを受けた表情を浮かべる。


「忘れてた」


「食べるの明日にする?」


「明日食べる」


 それから聡子は食べ終わった食器を重ね始める。クリームシチューが入っていた皿が一番下で、その上にサラダの皿、お茶碗、グラスの順番で積み重ねる。


 グラスがかなり不安定だったが、まあ大丈夫だろうと聡子は判断した。それを持ってキッチンの流し台へと向かう。


 食べ過ぎで体が重く感じ動くのが億劫だが、食器を持って少し歩くだけだ。


 食器を流し台へと運んだら少し横になって休憩しようと、聡子が考えていたその時だ。


 グラスが傾き、ぽろっと食器の山から転げ落ちた。


 それだけなら良かったのだがグラスを空中で何とかしようとしたあげく、バランスを大きく崩し、手にした食器をすべて落としてしまった。


 ガシャーン。パリーン。


「うわー」


 やってしまった、と聡子がその場で頭を抱える。


 音に気付いた裕子がすぐに飛んできた。


「ちょっと聡子。何してるの!」


 割れて散乱した食器の惨状を目にした裕子はまず聡子の安全を確認する。


「ケガはない?」


「大丈夫」


「危ないから少し下がってて」


 裕子が割れた食器を拾い集めてひとまずテーブルの上に置いていく。


「全滅ね」


 裕子が一言感想を述べる。皿2枚とお茶碗とグラスは損傷の度合いはそれぞれで、一部が欠けたり、綺麗に真っ二つに割れたりと様々だ。


「とりあえず掃除機をかけるから、掃除機持ってきて」


 聡子は大急ぎで掃除機を取りに行き裕子の所まで戻る。聡子が戻ったとき床の食器の大部分は取り除かれていた。


 裕子に掃除機を渡し、聡子は成り行きを暗い顔で見守る。


 裕子が掃除機を念入りにかけて、裸足で歩いてもケガしない状態まで持っていく。しばらくして掃除機の音が止んだ。


 その時、聡子は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「ママ。ごめんなさい」


 聡子は素直に謝った。


「気を付けないとダメじゃない」


 裕子は穏やかに告げた。素直に謝る聡子に対し、強く叱る気持ちは湧いてこなかった。それでも聡子は落ち込んだ表情を見せている。


「ごめんなさい」


 聡子はもう一度謝る。聡子にとってはただお手伝いをするつもりだった。これまですべて上手くいっていたから、まさかお手伝いに失敗するとは思っていなかった。


 最近お手伝いが楽に感じられていたので慢心したのかもしれない。それは裕子が徹底して聡子に出来ることだけを割り振っていたからなのだが、そこまで考えが至らない。


 今回のことは裕子が聡子の食器の積み方の悪さを見逃したという点もあるが、最近は聡子が毎日食器を持って行ってうまくやれていたので油断したのもあるだろう。


「これじゃ、サンタさん来てくれないね」


 聡子が寂しそうに言い、右目からぽろりと一滴の涙がつたった。聡子の関心は結局そこだが、必要以上に自分を責めて、悲観的な見通しを立てる。


「そんなことないんじゃない。これまで一生懸命聡子は頑張ってたじゃない」


「だってお皿割っちゃったんだもん。こんな悪い子の所にサンタさん来てくれないよ」


 まるで泣き出しそうな声で聡子が訴える。


「たしかにお皿は割れちゃったけど、別に悪気があったわけじゃないでしょう。不注意だったかもしれないけど。失敗なんて誰にでもあるんだから、次から気を付けたらいいだけじゃないかな」


「サンタさん来てくれる?」


「それは断言できないけど」


「うわーん。やっぱりダメだー」


 聡子は泣きながら部屋を飛び出すのだった。


  8


「あらあら。飛び出して行っちゃったわね」


 残された裕子は割れた食器の後始末をするため、まずは掃除機を元の場所に戻す。それからダイニングに戻りビニール袋を用意して割れた食器を入れていく。


 それが終わると裕子は、ふう、とため息をついた。聡子のことをどう対応するか考える。


 こういう何かに失敗した時、聡子は自室にこもる癖がある。いつも翌日になると、けろっとして姿を現すから放っておいてもよいのだが、一つ問題がある。


 普段通りなら今日も部屋に鍵をかけてこもっていることである。部屋に入れなければ夜から早朝のうちにクリスマスプレゼントを届けることが出来ない。


 最悪部屋の扉の前にプレゼントを置くことになってしまう。


 それでもプレゼントを見つけたら喜んでくれるだろうが、毎年枕元に置いていたので朝目が覚めた時に悲しい思いをすることになるだろう。


 今年は貰えないんだと早合点するはずだ。勉強もお手伝いもこの1週間とてもよく聡子が頑張っていたことは事実だ。


 出来ることなら聡子に悲しい思いをさせたくなかった。そのためにも何とかして鍵を開けさせなければならない。


「どうしようかしら」


 とりあえずしばらく時間を置いて聡子が少し冷静になった頃合いを見て扉越しに話してみようと考える。


 出来れば健介にも協力してもらえたらありがたい。健介は9時前くらいに帰ってくるから、それから一緒に聡子と話をしたらいい。


 方針が固まった裕子はこたつでテレビを見ながら健介の帰りを待つためにリビングに向かった。


  9


 その日、健介が仕事を終えて我が家に帰り着いたのは8時50分くらいだった。


 扉を開けて玄関に入り、疲れた体を休めて靴をゆっくり脱いでいると裕子がやってきて健介に告げた。


「おかえりなさい。あなたちょっといいかしら」


「どうした」


 靴を脱ぎ終えた健介がリビングへと向かいながら裕子に聞く。裕子が健介の後を追いながら話し始める。


「聡子の事なんだけど。実は今日聡子がお皿を割っちゃって、それを気にして今部屋にこもってしまっているの。おそらく部屋の鍵をかけてしまってるから何とかして鍵だけでも開けておくように説得するのを協力してほしいの。部屋に入れないんじゃクリスマスプレゼントを届けられないでしょう?」


「なるほど。わかった協力しよう。急いだほうがいいな。9時を過ぎると聡子は寝てしまうからな」


「そうね」


 健介はスーツを着替えもせずに聡子の部屋に向かって廊下を歩く。目的の部屋まではすぐに到着した。


 健介はドアノブをゆっくり回し、鍵がかかっているのかをまずはチェックする。ドアノブは回らず、やはり鍵がかけられているようだ。


 仕方がないので健介は聡子が警戒しないよう部屋を優しくノックした。聡子からの反応を健介たちは息を潜めて待つ。


 1秒2秒と時間が経過し、そして10秒が経過した。反応はまだない。健介はもう一度部屋を優しくノックして、そして部屋の中へ呼びかける。


「聡子。起きてるか」


 健介が耳を澄ませていると中から物音が聞こえた。まだ聡子は起きていると健介は確信する。


 反応が返ってこないところをみると聡子は居留守でも使っているつもりなのかもしれない。しかし健介はそんなこと構わず話し続ける。


「少しお話しないか。今日は聡子とお話がしたい気分なんだ。だから聞いてくれ」


 それから健介は最近の仕事の成功談や失敗談、職場の同僚についての話を長々と述べ始めた。


 何故そんな話をしたかについては特に深い意味はない。ただ単に健介が話しやすい内容を選んだだけだ。


 何でもいいから話していたら呆れて聡子が出てくるんじゃないかという狙いもあった。


 健介をずっと無視し続けるのも聡子にとっては良心が痛む行為のはずだ。


 健介は30分くらい話し続けてやろうと思っていたけれど、10分くらい経過したところで部屋から声が聞こえてきた。


「パパ。うるさい」


 無慈悲な一言だった。しかし健介はまるで気にした風もなく続ける。


「そういわないでくれ。俺は聡子と話がしたいんだ。部屋に閉じこもってないでリビングで話さないか」


「えー」


「リビングは嫌か? ならこのままでもいいぞ俺は」


「あまり話をする気分じゃないの」


「なら話を聞いていてくれ。聡子が話すことを強要はしない」


「でも」


 聡子が少し迷うような気配をみせる。反応がなかった時に比べると確実に前進していると健介は考える。


「まあ気楽に聞いててくれ。俺がひとりで勝手に喋ってるから」


「もうそろそろ寝ないと」


「たまには少し寝るのが遅れてもいいじゃないか。話をするっていっても1時間も話さないと思うぞ。廊下は寒いしな」


「パパのお話、面白くない」


「ようし。ならとっておきの話をしてやろう。あれはまだ俺が小学生の時で」


 健介が自分の子供の頃の話を聡子に話して聞かせる。聡子も今度は健介のことを完全無視はせずに相槌を打ってくれている。


 多少は聡子の興味を引く話題を提供できているのかもしれないと健介は考える。健介が気分よく話をしていると、唐突に扉が解錠される音が響いた。


 開かずの間だった部屋からようやく聡子が姿を現す。その姿を見て健介の傍に控えていた裕子が安堵の吐息を漏らす。


「どうしたんだ聡子、突然出てきて。俺はまだまだ話したりないぞ」


 健介も内心は安堵していたが表には出さず、あえて驚いたふりをしておく。


「こんなところでお話してたら寒いでしょ。続きはリビングで聞くよ」


 聡子がリビングに向かい歩きはじめる。こうして聡子の引きこもりは終焉を迎えたのだった。


  10


 12月25日金曜日のクリスマス当日の早朝。


 健介はクリスマスプレゼントであるクマのぬいぐるみを抱えて聡子の部屋の前までやってきた。


 聡子の部屋の鍵が開いていることは、一応昨日の段階で確認している。ドアノブにそっと手を伸ばし、ゆっくりと回して音を立てないように部屋の中に入る。


 部屋の真ん中で聡子は布団を敷いて熟睡している。スヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てており、健介の存在に気づく気配は微塵も見せない。


 昨日少し寝るのが遅かったしな、と健介は昨日のことを思い出しほくそ笑む。枕元にプレゼントをゆっくりと置いて、それから少し聡子の寝顔を覗き込む。


 幸せそうな寝顔を浮かべており、見ている健介も幸せな気持ちになる。だがあまり長居はしていられない。


 ずっと聡子の寝顔を見ていたい気持ちを抑えて健介は静かに部屋を出た。


 健介がリビングまで移動すると裕子が待っていてすぐに話しかけてくる。


「聡子に気づかれたりしてない?」


「大丈夫だ。熟睡してたよ」


「そう。ならこれで一安心ね」


「そうだな」


「昨日はどうなることかと思ったけど」


「何とか部屋から出て来てくれて助かった。最悪、サンタが扉から部屋に入れないっていう説明をしなきゃならないところだったけど。そんな現実的な話はしたくないからな。サンタの存在は神秘的だからいいのであって、玄関から家に入ってきて廊下を歩き部屋に扉から入ってくるなんてイメージは持ってほしくない」


 挙句の果てにその正体はパパでした、なんてことが知れたら純粋な聡子はがっかりしてしまうかもしれない。


 子供の夢を守るのも大切なことの一つだと健介は思う。


「プレゼント。喜んでくれるといいわね」


「喜んでくれるだろ。あれはこの一週間の聡子の頑張りの報酬でもあるからな。自分が頑張ったことに結果が出れば誰だって嬉しいはずだ」


「きっとそうね」


 後は聡子が起きてきてプレゼントを発見するのを、しばらく待つだけである。


  11


 その日、聡子が目を覚ましたのは朝の7時くらいだった。昨日の夜は健介の話を聞いていたので普段よりも1時間ほど寝るのが遅かった。


 なので目覚めてもまだ眠い、もっと寝たいと思ってしまい枕元にある物体にすぐには気付かなかった。


 5分ほどまどろんだ後で、布団の中から伸びをしたら、手が何か手触りいいものに触れるのが分かった。


 寝ぼけた頭で何だろうと思い、布団を這い出して、枕元に目を向けた。そこには、30センチくらいのクマのぬいぐるみが座って聡子のことを見つめていた。


 聡子はその存在が何か一瞬で悟り眠気が吹っ飛んだ。


「わー。プレゼントだー」


 聡子はクマのぬいぐるみに手を伸ばし、大事そうに抱きしめる。


「サンタさんのプレゼントだー」


 聡子はクマのぬいぐるみに頬ずりをして、喜びを表現する。しばらくクマのぬいぐるみと戯れた後、聡子は我に返る。


「そうだ。パパとママに報告しないと」 


 聡子はクマのぬいぐるみを持って部屋を飛び出し、リビングに飛び込んだ。ちょうど健介も裕子も部屋にいて、聡子の存在に気が付き「おはよう、聡子」と声をかけてくる。


「おはよう。パパ、ママ。ねえ見て見て」


 聡子は、じゃじゃーん、という効果音付きで、まるで宝物を見せつけるように高く掲げて見せる。


「サンタさん来たー」


 大喜びの聡子を見て、健介は微笑ましいものを見る表情を浮かべ、裕子はフフフと笑った。


「良かったじゃないか聡子」


「サンタさんからプレゼントもらえて良かったね」


 健介と裕子から優しい言葉が届く。


「わーい。やったやった」


 聡子は大はしゃぎで、何度も「サンタさんがくれたんだよ」と両親に話す。


 健介はそんな聡子の頭を優しく撫でながら言う。


「聡子が頑張ってお手伝いしたり勉強したりしたのをサンタさんがきっちり見ててくれたんだよ。来年も来てもらえるようにこれからも頑張るんだぞ」


「うん。頑張る」


 聡子が満面の笑みで答える。


「そうだママ、ケーキ食べる」


「はいはい。ちょっと待っててね。今から用意するね」


 裕子がリビングを出てキッチンへと向かう。


「聡子は昨日ケーキを食べなかったのか」


「うん。昨日は食べすぎてお腹がいっぱいだったの」


「そうか。なら家族3人皆で食べるか。もちろん俺の分もあるんだろ」


「あるよ。ママが丸いケーキ買ってきてる」


 その時、キッチンの方から大きな声で裕子の呼ぶ声が聞こえてきた。


「聡子ちょっと来て。お手伝いお願い。お皿とフォークをリビングに持って行って」


「はーい」


 聡子は元気のいい返事をしてキッチンへ向かう。途中、廊下でケーキの箱と包丁と持った裕子とすれ違う。


「まだケーキ切っちゃダメだよ。丸いケーキが見たい」


「はいはい。聡子が来るまで待ってるからね」


 聡子は急いでキッチンへと向かい、底の浅い皿3枚とフォークを3本用意して、落とさないように注意してリビングに戻った。


 健介と裕子がこたつの上にケーキの箱を置いて待ってくれている。


「それじゃ、箱を開けるぞ」


 健介が宣言して箱を開けると、オーソドックスな苺の乗ったケーキが現れた。


「わー、丸いケーキだ。おいしそう」


「じゃあ4等分に切り分けるわね。聡子は2切れ食べていいわよ」


「やったー。2切れ食べるー」


 裕子がケーキに包丁を当ててタイミングを計り切る。さらにもう一度切ってケーキが綺麗に4つに分断された。


 一つずつ崩れないよう丁寧に皿にのせてフォークを添えれば準備完了だ。


「それでは食べよう。メリークリスマス」


「メリークリスマス」


「メリークリスマス」


 健介の言葉に、裕子と聡子も唱和するのだった。


おしまい 


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