第77話 突然来るのはやめて頂きたい
「あのツール伯は何を考えているのかしら! 私、頭にきちゃうわ!」
セクレタさんはプンプン怒りながら、私達と一緒に玄関に向かっている。
「まぁ、分家である私の家からすれば、ツール伯は本家ですからね…それが許される立場・力関係ですので仕方ありません…」
私はセクレタさんの言葉に答える。
「こちらの受け入れ準備の事もあって、それに不備があるとネチネチ言う癖にこんな事をするから、腹が立つのよ」
セクレタさんの言う事はごもっともである。私や母も何度か、同じ事をされてネチネチ言われた記憶がある。
そんな事を話しているうちに玄関ホールに辿り着き、扉を開けて外に出る。その玄関では既に出迎えの人員が集まっており、私達が最後であった。
「今回は普通の髪型なのね…」
出迎え人員の中にカオリの姿を見て、トーカが呟く。
「なんのこと?」
「いえ、なんでもないわ…」
トーカの呟きにカオリが尋ねるが、トーカはさらりと流す。
そんな二人のやり取りを横目に、私は正門へと視線を移すと、門番のタッフが手を振っているのが見える。ツール伯の馬車がすぐそこまで来ている合図だ。私は姿勢を正し、固唾を飲んで待ち構える。すると、壁の端の上に、馬車に付ける旗が正門の所へ向かって進むのが見える。ツール伯の紋章旗である。先頭の馬車は門番のタッフと言葉を交わした後、門を潜り、こちらに向かってくる。
「あれ?二台だけ?」
私は門を潜ってくる馬車が二台だけなのに驚く。先頭に入って来たのが貴族を載せる為の馬車で、その後ろが荷物を載せる為の荷馬車だ。威厳に拘ったり、見栄を張るの事を重視するツール伯にしては珍しい。もしかしたら、パッと様子を見ただけでする変えるのかもしれない。
そんな事を考えていると、馬車は玄関前に停まり、御者が馬車から降りて、扉を開く。すると、中から話題のツール伯が姿を表す。久々のツール伯の姿は、ちょっと意外な姿である。頭髪の不自由さに磨きがかかっているのはどうでもよいが、以前のツール伯の衣装は貴族的な意味で相手を威嚇するように、叙勲や賞の飾りを一杯身にまとっていたが、今日の衣装には全くついておらず、軽装というか質素な感じがする。
馬車の事といい、服装の事といい、お忍びのお出かけか、何か別の予定のついでに来たのか… 将又、当家を侮っているのか理解に苦しむ。
すると、ツール伯が馬車に向き直って、誰かをエスコートし始めた。普段は下々に任せっぱなしの、ツール伯がエスコートをすること自体驚くべき事だが、そのエスコートされている人物が更に驚きであった。
『ツール伯爵夫人!?』
夫人まで来るなんて、そんなの私、聞いてませんよ!!と心の中で叫ぶ。養子縁組の話を転生者達にする時に、100人の子供がいて1人ぐらい増えてもなんでもありませんと言っていたが、貴族が他家を訪問する場合で一人増えるのは、話が全く異なる。しかも当主の御夫人となると、大変な騒ぎになる。
振り返って見る事は出来ないが、恐らくリソンやファルーは卒倒しそうなぐらい青い顔をしているであろう事は予想できる。私自身も、手や背中に緊張の汗が流れるの感じながら、報告し忘れたのではなく、向こうが連絡も無しに勝手に来たので、私の責任ではないと、心の中で必死に自己弁護する。
ツール伯爵夫人も久々ではあるが、あまりお代わりはない様子である。銀髪とも白髪とも言えない髪を、落ち着いた形の髪型に盛っていて、衣装も伯爵夫人としては質素なベージュの訪問着を着こんでいる。ツール伯の御夫人としては控え目な方で、無茶を言うツール伯の言動に対して、相手を思いやって助け舟を出してくれる優しい方だ。
そんな夫人の姿を見て思い出した。急に到着されたので、急いで出てきた私の姿は、上位の人と対面する正装ではなく、仕事着である。普段着ではないだけマシではあるが、失敗した。背中に更に冷や汗が流れるのを感じる。
背中の冷や汗を感じながら、事の次第を見ていると、今後はツール伯と夫人の二人で、馬車に向き直り、エスコートされて小さな男の子が降りてくる。この子がツール伯のお孫さんであり、私と養子縁組をする人物であろう。
グレーの髪色にエメラルド色の瞳、顔つきはツール伯の血を引いている割には、いかつくなく、大人しそうで、噂の放蕩息子の子供とは思えない。まぁ、一目見ただけでは、どの様な性格かを推し量る事はできない。
私たちが見守る中、その男の子はキョロキョロと左右のツール伯と夫人の顔を窺う。すると、ツール伯と夫人はウンと頷いた後、二人で男の子の手をつなぐ。そして、ゆっくりと私達の前に進み出る。
途中、ツール伯はセクレタさんと目が合ったらしく、くっと言いながら目を反らす。爵位的にはツール伯の方が圧倒的に上位であるのだが、何故だか、セクレタさんには頭が上がらない様子である。
私は、恭しくツール伯に一礼し、挨拶の言葉を送る。
「羨望の地より、ようこそおいで下さりました。シンゲル・レピラ・アープ・ツール様」
いつも、ツール伯とお呼びしていたので、名前を忘れかけていて、少し焦る。私の挨拶にツール伯はうむと一言返す。そして、御夫人に向き直り、再び、恭しく一礼し、挨拶する。
「ツール伯爵夫人のリリーナ・レラ・アープ・ツール様も、ようこそおいで下さりました」
夫人は微笑んで返す。
そして、私は真ん中の男の子に向き直り、一礼し挨拶する。
「ようこそおいで下さりました。ラジル・レ・アープ・ツール様」
私はにっこりと微笑みを送る。
私の笑顔に男の子はエメラルドの瞳をクリクリさせて、キョロキョロとツール伯と夫人の顔を見てから、二人の手を放し、きゅっとした感じに勢いをつけて頭を下げて一礼する。
なんだか、動作が可愛い。この年齢だからか、それともこの子の性質だろうか?
「当家当主である、マール・ラピラ・アープが皆様方をご歓迎いたします」
私はそう言って、最後に三人に対してゆっくり、深々と一礼する。この時、私は頭の中を全力運転で働かせていた。次はツール伯たちを応接間に案内するのだが、勝負の為の采配は既に始まっている。
なぜなら、急な到着、予定外の人員の増加…それらに対する対応、具体的には部屋の準備だったり、晩餐会の準備等を、相手を待たせたり、慌てて準備していると悟らせないように行う必要がある。その為にこれから応接室で行う接待から解放し、準備に時間を与える人員を考えなくてはならない。
かと言って、応接室での接待の人員を減らしすぎると、失礼だったり、接待が満足に出来ない可能性もあるので、かなり難しい選択を迫られることになる。
「旅の疲れもございますので、先ずはお茶でも召し上がってください。応接室にご案内致します」
私は覚悟を決めて、ツール伯に言葉を発した。




