第67話 セクレタさんの帰還
「皆さんの準備は大丈夫ですか? 人では足りてますか?」
「製錬の方からは人手回せへんけど、採掘場と他の場所から回してるで」
「予備の人員も合わせて12人、控えているわ」
私の問いに、カオリとトーカが答える。
今日は朝から、準備に大わらわである。それと言うのも、昨日、セクレタさんから転移魔法陣の設置が完了したとの報告が、連絡魔法で入ったからである。
本来の予定では、20日程であるが、その半分の10日での完成である。なので、予定していた作業人員の割り当てを変更し、こちら側の魔法陣の魔力供給要員の捻出を執り行う。
セクレタさんの連絡では、今日の10時に、一回目の試験運用を行い、その実験の成否を確認した後、私がその結果を連絡魔法でセクレタさんに伝える段取りになっている。
「でも、こんなに急いで連絡を返す様な、準備までしなくていいんじゃないの?」
トーカがそんな提案をしてくる。何故かというと、転移魔法陣のある場所と、連絡魔法陣のある執務室とは離れていて、実験の成否の確認を直接見る事は出来ない。なので、魔法陣の直ぐ傍、中間地点の豆腐寮、豆腐寮が見える執務室の窓の外に、それぞれ、リーレン、フェン、アメシャを配置して、すぐさま結果が分かる様に準備したわけである。
「でも、実験の成否がすぐに分からないと、セクレタさんも心配するかも知れませんから」
私の返事に、トーカは少し眉を上げ、カオリははははと笑う。
「まぁ、その気持ち、分からんでもないで」
「そこまで言うなら、仕方がないわね」
カオリとトーカがそう答える。
「では、そろそろ時間だから、私とカオリは魔法陣の所に行ってくるわね」
「成功したらアメシャらの合図ですぐ分かるけど、詳細な事はうちらが確認して伝えに来るから、マールはんは待っててな」
二人はそう言うと執務室を出て、転移魔法陣の所へ向かう。私は二人の背中を見送りながら、今後の事について考える。
これからも、転移魔法陣で人や物の行き来を行う事を考えれば、何度も魔法陣と執務室で行ったり来たりするのは面倒である。いっその事、転移魔法陣の所に連絡用魔法陣の設置を検討しようか? しかし、色々出費が嵩んでいる現状で、新たに連絡用魔法陣の設置はお金が掛かり過ぎる。
そういえば、先日、転生者達が携帯を作りたいと言っていたが、あれはどうなのであろう? 確か携帯できる連絡用魔法陣みたいなものだと言っていたはずである。それが出来れば、わざわざ連絡用魔法陣を設置しなくても良いはずだ。ただし、その研究開発費が幾らになるか、まだ分からないが…
そんな事を考えていると、窓の外のアメシャが声を掛けてくる。
「マールさにゃ! 準備ができららしいにゃ!」
私はアメシャの言葉を聞いて、すぐさま連絡用魔法陣の所へ行き、セクレタさんへ準備が整った旨を連絡する。そして、暫くしてからセクレタさんから短い返事が返ってくる。
「今から、始めるわ」
私はセクレタさんの返事を確認すると、すぐさまアメシャに指示の言葉を告げる。
「アメシャ! 転移が始まります!」
窓の外から、私の指示を待っていたアメシャは、直ぐに窓の外で、豆腐寮に向けて合図を送る。
おそらく、窓の外では、アメシャから豆腐寮のフェンへ、豆腐寮のフェンから魔法陣のリーレンへ、合図が送られていき、今頃、魔力供給要員の転生者が位置についているはずである。
私は固唾を飲んで、実験の成否を待つ。握り締める拳が汗ばむのを感じる。すると、窓の外の遠くから、女性の悲鳴が聞こえてくる。
「もしかして、失敗!?」
私は、背中に冷汗が流れるのを感じる。少し手が震えてくる。
「マールさにゃ! 成功にゃ!」
アメシャが窓から顔を出し、実験の成功を告げる。私はその言葉に、全身の緊張が解け、ほっと胸をなでおろす。
私はすぐに気を取り直し、セクレタさんに実験の成功を告げる為、連絡用魔法陣を起動する。
「セクレタさん! 成功です! 実験は成功しました!!」
私は弾む声で、セクレタさんに成功を伝える。
「良かった。本当に良かった。でも、あの悲鳴はなんだったのだろう?」
私がそう考えていると、先程、聞こえた悲鳴というか絶叫が近づいてくる。その近づいてくる絶叫の声の主がカオリであると分かった時、勢いよく執務室の扉が開かれる。
「いやぁぁぁぁ!!! ねずみぃ! いやぁ!!!!」
カオリが絶叫しながら飛び込んできて、私にしがみつく。
「カ、カオリさん!? どうしたんですか!? ねずみがどうしたんですか!?」
私は混乱するカオリの肩を掴んで尋ねる。
「ネズミや! ネズミが魔法陣から送られて来たんや!! なんでこんないけずするんや!!」
「ネズミ…ですか?」
その時、後ろの連絡用魔法陣からセクレタさんの連絡が入る。
「成功してよかったわ。それより、動物実験用でネズミを送ったけど、ミズハラは大丈夫かしら?」
「なんで! 先に言うてくれへんのや!!」
カオリは連絡用魔法陣に叫ぶが、セクレタさんからの連絡はカオリの言葉を無視するかのように続けられる。
「では、次々と荷物を送っていくから準備してもらえるかしら」
私はそのセクレタさんの言葉に、窓の外のアメシャを見る。
「はいにゃ! 分かったにゃ!」
アメシャは私が言葉を発する前に、返事をして、窓の外側に合図を送る。
「カオリさん。私は魔法陣の所へ行って、直接見てこようと思いますが、カオリさんはどうされますか?」
私は涙ぐむカオリに尋ねる。
「うちはええ… ここにおる…」
カオリはいじけながら、小さく答える。
「では、ここは任せますから、よろしくお願いしますね」
私はカオリが小さくうなずいて答えるのを確認すると、小走りで転移魔法陣へと向かう。
私が玄関を出て、豆腐寮辺りまで来た時に、荷馬車とすれ違う。どうやら、転移の第一回目として送られてきたものであろう。
私は荷馬車を横目に、脇を通り過ぎて、魔法陣の所まで駆け寄る。魔法陣では第二回目の転移を行う為、魔力を込めている最中で、側でトーカとトーヤがその様子を見守っていた。
「トーカさん! トーヤさん!」
私は息を弾ませながら駆け寄り、二人は私の声に気が付いて振り返る。
「あら、マールじゃない」
「やぁ、マール嬢」
私は二人の横で息を整える。
「カオリが絶叫しながら走っていったけど、どうしたのよ?」
トーカがカオリの安否を尋ねてくる。
「カオリさんはそのネズミが嫌いでして…今は執務室におられます…」
「へぇーそうなの? 意外と女の子らしいのね」
トーカはそう答えるが、カオリがネズミを嫌いなのは女の子だからではなく、あの事件の事を知らないのであろう。
「マール嬢」
私が理由を話そうかと考えていた時に、トーヤが私に声を掛けてくる。
「やり遂げたじゃないか、正直すごいよ」
トーヤが称賛の言葉を送って来た。
私はその言葉に胸が熱くなったが、その言葉に自分自身が誇らしいとは思わず、感謝の気持ちで胸がいっぱいであった。数日前まで、転生者達と色々、揉め事はあったが、今こうして、この小さな辺境の領地に転移魔法陣があるのは全て、彼らのお陰であるのだ。
皆に感謝をしよう、皆にお礼を述べよう、そして、皆に労いの意志を示そう。
「ふふ、今日はご馳走にしましょう」
私は微笑んで口にする。
「僕も御相伴に預かりますよ」
トーヤも微笑んで答える。
そうこう私達が話しているうちに、第三回目で送られてきた荷馬車が通り過ぎていく。
「あれ?これ何か張り紙があるのな… お土産って書いてあるぞ」
荷馬車を引こうとした転生者が声を上げる。
「では、その荷馬車は舘の玄関前に回して、荷下ろしをしてもらえますか?」
私は転生者に指示を飛ばす。
「了解。回しておくよ。中は木箱だな…なんだろ?」
転生者はそう言いながら、荷馬車を引いていく。
そして、次はいよいよ、作業に行っていたセクレタさんや転生者達の番である。
既に何度も馬付きの荷馬車を転移しているので、安全は確認されているが、やはり、人が転移されるのは心配である。私は祈る気持ちで転移が行われる様を見守る。
私の見ている前で、魔法陣が弱い赤色に光り始める。そして、魔法陣の中に記された記号が一つ、また一つ輝きを増していき、5つ輝いた所で、魔法陣全体が放つ光の色が赤から白に変わって、光が収まっていく。
そして、光の収まった魔法陣の中にはセクレタさんと転生者達の姿があった。
「セクレタさん!」
私はすぐさま、セクレタさんの基へ駆け寄り、その身体を抱き締める。
「只今、マールちゃん」
セクレタさんはそう言って、私を羽根で優しく抱き返す。
「お帰りなさい、セクレタさん!」
私は再会の気持ち一杯に答える。
「ただいま!マールたん!」
「帰って来たよ!」
「会いたかったよ!マールたん!」
帰って来た転生者達も笑顔で帰宅を告げる。
「皆さんもお帰りなさい! ありがとうございます! ご苦労様でした!」
私は、転生者達の手をとって、感謝と慰労の言葉を送る。
「今日はお祝いです! 夕食はご馳走にしましょう!!」
皆の喜びの声が響き渡った。




