第55話 生兵法は大怪我の基ですね
「あれ? これにも書いてないか… ここの書類の中には記載が無いかも…」
私は執務室で、過去の取引先の詳細を調べる為、今までの書類を片っ端から調べていた。それと言うのも、まだまだ先の話だと思っていた、鉄鋼などの金属製品の生産の目途が立ったためである。
なぜ、過去の取引先を調べているかというと、鉱山経営者のサルモンさんから、タダでクズ鉱石を譲ってもらっている手前、競合しないようにする為である。恩を仇で返すような事をすれば、鉱石の譲渡を止められてしまう。だから、取引先を厳選しなければならない。
競合しない取引先でも、輸送に日にちが掛かり過ぎるのでは問題がある。なかなか難しい。
「ここに無いなら…図書室にいってみるかな?」
私は広げていた書類を本棚に戻すと、執務室を出て、図書室に向かう。図書室に向かう途中、セクレタさんに尋ねればすぐに分かりそうだなと考えたが、何から何までセクレタさんに頼りっきりでは、私は無能領主になってしまうと思い、自力で探し出すことを心に決める。
図書室の前まで辿り着くと、中から話し声が聞こえてくる。私は誰だろうと思いながら、扉を開ける。そこには転生者達が集まりながら何か論議を繰り広げているようであった。
「あっ、マールたん。いらっしゃい」
私に気が付いた転生者が声を掛けてくる。その顔を見ると前に転移魔法陣の設置について提案してきた転生者達であった。
「ここで、研究をしていたんですか?」
「あぁ、最初は別の場所でしていたんだけど、どうしても資料を見ながらでないと分からなくなって…」
転生者の口調と表情から、研究の進捗は思わしくないようである。でも、まぁ、帝国が大金を掛けて行っている事業であるので、そんな簡単に出来るはずがないであろう。徐々に進んでいけば良いだろう。
そんな事を考えていると、図書室の奥から数冊の本を持ったセクレタさんが出てきた。
「あれ?セクレタさんもここにいたんですか?」
「そうよ、あの人達に呼び出されて…それより、マールちゃんは?」
「私は過去の帳簿を探しにきたのですが」
「あぁ、帳簿ね、執務室は過去三年間分しか置いてないからね。そこの奥にあるわ」
セクレタさんはそう言って、出てきた方角の反対側を指し示す。
「ありがとうございます、セクレタさん。それより、研究の方はどうですか?」
私が研究の件を尋ねると、セクレタさんは顔をしかめる。
「驚いたわよ…」
「驚いたって、何がですか?」
私が尋ねるとセクレタさんが転生者達に視線を向ける。
「あの人達、魔法陣を書く時に、鶏を持ってきて、その生き血で書こうとしたのよ…」
「なんですか…それ…怖いですよ…」
私もセクレタさんの言葉に顔をしかめる。
「私が止めたら、鶏ではなく処女の生き血でないと駄目なのかって聞いてくるのよ…」
「どうしたら、そんな発想になるんですか…恐ろしいですよ…」
私も振り返り、転生者達の姿を見て、固唾を飲む。
「だから、暫くの間は私が側について、監視しないと駄目ね…」
「セクレタさん、大変ですが、よろしくお願いします…」
私はそう言って、セクレタさんに頭を下げた後、図書館の奥へ帳簿を探しに行く。
目的の場所に辿り着くと、過去の20年分程のの帳簿が治められていた。私はその中から一冊を手に取り、パラパラとページを捲っていく。そこには膨大な量の取引履歴がしるされており、この中から金属の取引を行っている項目と取引先を調べるのは骨が折れる事を思い知らされる。
「こ、これ全部調べるのは…」
私が呆然と帳簿を眺めていると、違う字体の背表紙の帳簿が見つかる。手に取って見てみると、それは父の字であった。私はおもむろに表紙を開く。
「えぇ~!!」
私は思わず、驚きの声が出た。それと言うのは、今まで散々、帳簿を調べてきたのに、その帳簿の最初には、様々な取引先の業種と住所と連絡先をが記された一覧表が記されていた。今までの苦労は何だったのか…
父と母では、こういうところで几帳面さと言うか、性格の違いが出るのかと思い知らされた。
とりあえず、目的の書類は見つけた。帳簿には連絡魔法での連絡先も記載されているので、執務室に戻って、連絡をとってみよう。
私は帳簿を小脇に抱え、図書館の出口に踵を返す。その途中、転生者達が寄り集まって考え込んでいる姿が見える。セクレタさんは少し離れた所で自分の仕事をしている様だ。
私は少し興味が引かれて、転生者達の後ろから覗き込んでみる。
「恐らく、魔法陣の仕組みは、動力源、作用点、制御部に分かれていると思うのだが…」
「中心部の大きな魔法陣は、作用点と制御部で、周りの衛星みたいなのは動力源かなぁ~?」
「帝都でそこに人員が立っていたから、たぶんそうだろ…」
転生者達が紙に書かれた魔法陣を中心に、色々考察をしている。私もある程度の魔法陣を扱う事はできるが、こう書けば使えると言う事を知っているだけで、どうしてそうなるのかまでは知らない。そこまで知りたければ学院で学べばいいのだが、生憎、私は受講していなかった。
しかし、転生者の考察を聞いていて、思いついたことがあった。
「セクレタさん! 帝都からの転移先っていくつでしたっけ?」
私はセクレタさんに向き直り尋ねる。
「えっと、周辺都市へだけだと思ったから…八つだったかしら?」
私は魔法陣に向き直り、その構図を凝視する。すると、八つの異なる記号が記されている場所があった。
「たぶん、ここが転移先を示す部分だと思うのですが…」
私は魔法陣を指差して、転生者に声を掛ける。
「なるほど…では、このあたりが制御部になるのか…」
「確か最初に試した時には、この辺りは焼き切れなかったよな…」
「選択してなかったから、そこまで魔力が伝達されなかったんだな」
転生者達は私の言葉に納得したようにうなずく。
「焼き切れたって… 火事には気を付けてくださいよ…」
図書室で火事を起こされては溜まったものではない。
「あぁ、気を付けるよ…俺たちもまさか焼き切れるとは思わなかったから…」
転生者達にとっても思いがけない事だったらしく、素直に反省しているようだ。私はその素直な様子にもう少し、何か助言できる事がないかと、自分自身が魔法陣を習った事を思い出す。
「もしかして、魔法陣が焼き切れた時って、一つの素材で魔法陣全部書きましたか?」
「あぁ、そうだが… もしかして、場所によって書き分けないと駄目なのか?」
「えぇ、そうですよ。確かこの記号は… これですね。これを使って書かないと」
私は魔法陣の横に置いてあった、小瓶を指し示す。
すると、転生者達は何かに気が付いたようにはっとした表情をする。
「もしかしてとは思っていたけど… これって電気回路図みたいなんじゃね?」
「だよな… 一つの素材で書いて、魔力ながらした焼きついたのってショートと同じじゃね?」
「と言う事は、この魔法陣の記号って、それぞれが、抵抗やダイオード、トランジスタみたいなもんか」
転生者達の表情は、謎が解明された事で明るくなる。
「マールたん!マールたん!魔力通したら光る素材ってどれかわかる?」
私は魔法陣の横に並ぶ、素材の入った小瓶の中から一つを選び出す。
「マールたん!ありがとう!目の前が開けてきたぜ!」
「俺たちの仲間の中に電気関係詳しい奴いたよな?」
「あぁ、確か今日は採掘場にいたはず!」
「ちょっと、捕まえてくるか」
転生者達はそう言うと、私にに手を振りながら、図書室を出て行った。私はその様子を見ながら、少しでも役に立てた事が嬉しくなっていた。
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その後、私は執務室に戻り、色々な取引先に連絡をしていたのだが、図書室では大変な事が起きた。光る素材を使って魔力を通す実験を行ったらしいのだが、全力で魔力を通した為、凄まじい閃光が発生し、皆、『目がぁ~!目がぁ~!』といいながら、失明しかかったそうだ。当然、その場にいたセクレタさんも巻き添えを受けたらしい。
次の日、セクレタさんは嫌な顔をしながら、近くの大きな街に魔法陣の専門書を買いに出かけた。私は帰ってきたセクレタさんから無言で請求書を渡された。
どうしてこうなった?




