第53話 激やせ!ビフォーアフターと新たな提案
「うーん、困りましたね…」
私は報告書を眺めながら唸る。
「マールはん、唸ってるけどどないしたん?」
となりで、朝食を食べ終えたカオリが私の唸り声に気が付いて、尋ねてくる。
「いえ、農場での仕事が終わったので、人手が余っちゃうんですよ」
「そやったら、製錬や採掘に回したらどうなん?」
「製錬はその…色々ありますし…鉱石の運送にも余裕がありません。採掘の方は建材が値下がりし始めているので、あまり増産したくないんですよね」
「そうかぁ~ 色々難しいんやなぁ~」
カオリはそう漏らしながら、空になったカップを眺める。
「お代わりはいかがですか?カオリ様」
銀髪のメイドがお茶のポットを持って、カオリの前に現れる。
「おおきに、いただくわ」
メイドはカオリのカップにお茶を注いだ後、会釈して、別の所に去っていく。
「なぁなぁ、マールはん」
「なんですか?カオリさん」
私はお茶を飲みながら答える。
「さっきのメイドさん、エルフみたいやったけど、あたらしいメイドをやとったん?」
「いいえ、雇っていませんよ。先程のメイドはリーレンですよ」
「えぇ!? さっきのメイドさん、めっちゃ可愛かったで! 理想のエルフそのものやったで! リーレンちゃんはもっと、こう~ 豊満というかふくよかというか~」
カオリが先程のエルフのメイドを見る。そのメイドは腰回りもキュッと締まっており、銀髪の髪も煌びやかで、10人すれ違えばその全員が振り返る程の美少女である。
「痩せたんですよ。彼女は」
「いや、別人レベルやったで! どうやって痩せたん!? うちも聞きたいわ!」
カオリは私に向き直り、食い入るように聞いてくる。
「うーん、それがですね… 先程の製錬に人手を増やせない理由にも繋がっているんですよね…」
「どないな理由なん?」
「リーレンがあれだけ劇的に痩せる事が出来たのは、製錬場の転生者の方々のお陰なんですよ。痩せる行動とか飲み物とか食べ物…かなり、苦労されたようで… それで漸く可愛いリーレンの姿にしたので、彼女自身も製錬場の方々に懐いているらしく、その役得を他人に渡したくないそうで…」
理解はできるが納得できない理由なので、私は溜息交じりに説明する。つまり、製錬を増員するなら、別にもうひと施設作らなければ、彼らは納得しないのだ。
「痩せさせたんは立派やと思うけど、そんな身を削るような苦労はしてないんやろ?」
「それが…」
私はそう言って、奥の転生者に視線を誘導する。そこにはカリカリにやせ細った転生者がにこにこしたリーレンからお茶を注いでもらっていた。リーレンは撫でポしてもらうと長い耳が、犬がしっぽを振るようにピクピクしている。
「うわぁっ、なんかヨガファイアーでも出しそうな奴がおる!」
「リーレンの減量に付き合って、あんな状態になったんですよ… あの姿を見たら無理に言えなくて…」
私はふぅ~と溜息をつく。前に増員の話をした時には、あの姿の転生者達が目を血走らせて中止を懇願してきたので、私は引き下がるしか他なかった。
「あぁ… ほんま、身を削っとるんやな…」
私とカオリがそんな話をしていると、前の方の席に座っていた転生者が手をあげる。
「ちょっと、いいか?」
私は椅子の背もたれに、身を預けていた私は身を正す。
「なんですか?」
「人手が余っているなら、やりたい事があるんだが」
今までやりたい放題やってきた転生者が、今更尋ねてくるとは、一体なんだろう? 遠慮や自制心を身に着けてくれたのであろうか? それとも別の理由なのか…
「やりたい事とは?」
考えていても始まらないので、本人に聞いてみる。
「転移魔法陣を作りたいのだが」
思わぬ回答に驚き、また私は興味を引かれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
私は今、場所を替え執務室にいる。ソファーの片側にはセクレタさんと私とトーカの順番で座り、反対側には帝都に付き添って、先程の提案をしてきた転生者達が座っている。ソファーに座り切れない残りの転生者や、カオリ、トーヤは椅子を持ってきて近くに座っている。
さすがに今回の転移魔法陣の件は、『では、やってください』とは行かないので、皆で相談する為だ。トーカとトーヤはそのお目付けである。
「では、提案の件を始めから話しますが、転移魔法陣を作りたいって事ですね」
私が皆に解説するように話す。
「転移魔法陣なんて!貴方、直接私兵を帝都に送れるようにするつもりなの!?」
トーカが驚きながら、私の予想通りの言葉を放つ。
「だから、その様な誤解を得ないように、トーカさんにも御同席頂いたんですよ」
私は想定していた返事を返す。
「でも!だからと言って!…」
トーカも食い下がってくる。これも想定通りだ。
「こういった転移魔法陣の設置も公共事業の一つとして、領主に認められた権利のはずよ。帝都の許可さえ得れば、どこの領主でもいいはずだわ」
事前の打ち合わせはしていなかったが、セクレタさんは期待通りの反論をしてくれた。
「ぐぬぬ…」
トーカはセクレタさんに言い返せず、膝の上で拳を握り締め、押し黙る。
「確かに帝国の法ではその通りだね。しかし、出来るのかい?」
押し黙るトーカとは逆に、トーヤが疑問を投げかける。確かに普通ならトーヤの疑問はその通りであり、転移魔法陣の設置には、専門の技術者か莫大な費用がかかる。辺境領主ごときでは、初期費用もその後の維持費用もおいそれと出せる金額ではない。
「そこは、これがあります!」
転生者の一人が懐から紙を取り出し、テーブルの上に広げる。
「これは魔法陣?」
トーカが尋ねる。
「帝都の転移魔法陣を観光した時に、書き写したものです」
「この下の言葉はなんですか?」
私は魔法陣の下に記された奇妙な文字列について尋ねる。
「これは魔法陣を操っていた魔法使いが言っていた呪文を聞いて、私達の世界の言葉で描いた物です」
転生者はそう言うと、呪文の内容を口にしてくれる。
「セクレタさん、どう思います?出来ると思いますか?」
私はとなりのセクレタさんに尋ねる。
「このままではダメかしら?」
「やっぱり、そうですよね…」
私とセクレタさんの言葉に、転生者は肩を落とす。
「せっかく写して来たのに… どこがダメなんですか?」
「これ、帝都側の出口を示す魔法陣なんですよ。ここ、多分、帝都の事を示す所ですね」
私は魔法陣の中央を指差す。
「他にも、魔法陣はただ書くだけではダメなの… それぞれの箇所に色々な素材を使って
反応を変えないと」
セクレタさんも魔法陣に記された記号の幾つかを指し示す。
「あと、ただ設置するだけではダメで、魔法的に接続していないと効果を発揮しませんね」
トーヤも駄目だしする。
私とセクレタさんとトーヤの言葉に、転生者は気の毒な程、意気消沈していく。
「あぁ、気を落とさないで下さい。簡単に出来るなら莫大な費用なんて掛かりませんから」
「まぁ、最初は実験から始めたらいいんじゃないかしら。私も分かる所は教えるから」
てっきり却下されると思っていた転生者は、私達の言葉で顔を上げる。
「と言う事は…」
「えぇ、最初から現物を作るのは無理ですが、研究を進めて下さい」
「ある程度の資料と資材を回すわ。後、法的な事や行政上の事は私が調べておくから」
私とセクレタさんが微笑んで答えると、転生者は両手の拳を振り上げ歓喜の声をあげる。
「よっしゃぁ!!! やったるで!!!」
その転生者の喜ぶ様子とは裏腹に、トーカは重い表情で俯いていた。
「く、悔しい… 私は…法律が専門だから… 魔法陣の事、全く分からなかったわ…」
魔法陣の専門分野の事で置いてけぼりを食らったトーカは、悔しさと恥ずかしさで肩を震わせていた。
その様子を見かねたカオリが優しくトーカの肩に手を置く。
「トーカはん… そないに悔しがったり恥ずかしがったりする事あらへんで…」
そのカオリの言葉に、トーカはカオリに振り返る。
「そ、そうなの?…」
トーカの言葉にカオリはうんうんと頷く。
「うちも全然、分からへんかったから…」
カオリは励ましにならない言葉で、トーカを励ました。




