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第52話 毒されていくセーラー服

「全員! 起立! 気を付け! 休め!」


 舘と豆腐寮の間の場所で、台の上に転生者の用意したセーラー服に腕章、眼鏡を掛けたトーカが立ち、転生者達に号令を掛けている。


 普通、こういう時の休めの体制は、立ったまま、足のつま先を少し開き、手を後ろに組むものだと思うのだが、転生者達の世界では膝まづくらしい。


「今日は縞パンだな…」

「あぁ…昨日はくまさんだった」

「二―ソックスやパンストも履いてくれる所がポイント高いよな…」


 転生者達が、台に上っているトーカを下から見上げながら、本人には聞こえない小声で言葉を交わす。当然のことながら、下着を凝視されているトーカ自身は気が付いていないようだ。


「今日の予定はどうなっているのかしら?」


トーカが台の下で待機するカオリに尋ねる。


「えぇっと、今日はやなぁ… 採掘の仕事と、製錬の仕事、鉱石の運搬やろ、あと鍛冶仕事もあるわ」


「開墾作業や、農作業は?」


「そやそや、開墾作業はもう無いけど、農作業の方で、また堆肥を乾燥させる人手が欲しいって」


「うっ! 堆肥の乾燥作業… あれ、臭いが凄いのよね…」


 トーカが前回行った堆肥の乾燥作業を思い出す。先日開墾した土地を土壌改良するために、厩舎から排出される牛馬のフン、つまり堆肥を撒くのであるが、少し離れた場所にある事と、相当な量になるので、何かいい方法は無いかと思案していたら、転生者の一人が魔法での乾燥を提案してくれた。


 ただ、その作業は掻き混ぜながら、熱風を掛けるので猛烈な臭いを撒き散らした。こうした農作業に慣れていないトーカにとっては、かなり負担になったようで、丸一日食事が出来なかったようである。堆肥については乾燥によって、ぐちゃぐちゃの状態から撒きやすい少しパサパサした状態まで乾燥する。あまり、乾燥させすぎるのも問題であるので、元の半分程度の重さにしたのだ。


「それぞれの必要人数表をもらえるかしら?」


「はい、これやで」


「ふむふむ…では、採掘作業から10人程、そちらに回すわ。各員、準備開始!」


 さて、どうしてトーカが転生者達の指導を行っているのかと言うと、少し時間をさかのぼる事になる。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ちょっと! あの人達の指導はどうなっているのよ!」


突然、執務室にやって来た、トーカが私の前で怒鳴り散らす。


「はい? 指導ですか?」


私は訳も分からず、言葉を返す。


「そうよ!指導! あの突飛で非常識な人達の、常識や規律を教える指導はどうしているかを聞いているの!」


「えぇっと、徐々に学んでいただければ良いかと思い、自主性に任せていますが…」


 こんな風に答えはしたものの、本当は面倒事を避ける為、放任しているのはトーカには秘密である。


「自主性に任せているから、先日の様な事が起きるんでしょ!! 危うくトーヤお兄様まで巻き込まれる所だったわ!」


 あぁ、先日の集団湯あたり事件の事か… 確かに絵面はかなり酷かったが、所詮、自由時間での事であり、結局、トーヤさんも無事だったのだから、どうでも良いのでは?と思ったが、ここの生活の時間の浅いトーカにとってはどうでも良い事ではないらしい。


 というか、あの事について危機感を覚えるトーカの方が正常で、あの事がよくある日常と捉える私の方がおかしくなってきている?もしかして、私もセクレタさんのようにあの人達に少しづつ毒されてきているの!?


「ちょっと! 聞いているの!」


トーカがバンと机を叩き、大声を出した所で、私は思考から現実へ意識を戻す。


「あっ はい! 聞いていますよ」


「で、誰か指導する人はいないの?」


「私も色々忙しいので… というか、当家は今、色々人手不足でして…」


私は乗り気に慣れないので、遠回しに無理である事を伝える。


「じゃあ、仕方がないわね…私があの人達の指導教官になってあげるわ!」


「えぇぇ!?」


トーカは自信満々の表情で宣言した。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「という事があったんですが…どう思いますか?」


 トーカへの返答は検討させて頂くと言う事で、即答は避け、現在、会議場で皆とその事について相談している。


「うちは…なんとも言えんなぁ~」


「そんなにやりたいって言うなら、本人にやらせてみたらいいんじゃないからしら?」


 カオリとセクレタさんの反応はどうでもよい、本人が痛い目に合えばいいと言う感じである。私は会場にいる転生者達に向き直る。


「皆さんは、どうですか?」


私が声を掛けるが、当事者である転生者達も難しい顔をして押し黙ったままである。


「やはり…嫌ですか?」


私は恐る恐る尋ねる。


「いや、そうじゃないんだが… あのままでは気が向かないというか…乗り気になれないというか…」


なんだかいまいち煮え切らない態度である。


「トーカ嬢と言えば…あれをしてもらってはどうだ?」

「そうか!あれか!あれなら問題ない!」


転生者達が何か思いつく。


「あれってなんですか?」


私が何か思いついた転生者に尋ねる。


「では、例の物を…」


 転生者が品物を持って、私の前に進み出る。それが何か分かった瞬間、セクレタさんは顔をしかめ、カオリは驚いた表情をする。


「それ! セーラー服やん! なんでそんなもんあるんや!?」


「フフフ…紳士の嗜みというやつだよ…」


「その、セーラー服ってのはなんですか?」


「うちらの世界の制服やけど…」


カオリはそう答えるが、制服以外にも何か別の意味や用途がありそうな感じであった。


「どうだ?カオリンやマールたんも着てみるか?」


「いらんわ! どうせ、後で匂いかいだりするんやろ!」


あぁ、やっぱりそう言う事なんですね… カオリは猛烈な勢いで拒絶する。


「そ、そんな事…す、す、する…」


否定できないんですね…


「ただ…着るだけだ…」


「もっとあかんわ!! うち、絶対着いひんから!」


「私も結構です…」


私も、丁重にお断りする。


「ま、まぁ…いい、トーカ嬢がこれを着るなら、我々はトーカ嬢の指導を受け入れよう」


とりあえずは、トーカにだけ、着せる事で転生者は納得したようだ。


「はぁ…分かりました。無理だとは思いますが、トーカさんにそう伝えておきますので…」


私がそう答えると、他の転生者達が色々な品物を持って、私の前に進み出る。


「どうせダメ元なら、これも」

「俺もこれをトーカ嬢に」


こうして、私の目の前には、他にも眼鏡やら長い靴下やらが積み上げられた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「これを身に着けるなら、指導員の許可を出します」


私は転生者達に渡された品々をトーカの目の前に出して、そう告げる。


「こ、これって…帝都の時の…」


「制服です。指導教官の制服です」


私はトーカの言葉を断ち切るように告げる。


「この制服を着用しないなら、指導員の許可は出せません」


 私の言葉にトーカは眉をしかめ、うーんと考え込む。私はこうして言えば諦めるだろうと思い、強気で言ったのである。


「分かったわ! 着ればいいんでしょ!」


「えっ!!」


私はトーカの思わぬ返答に、驚きの声を漏らす。


「私がやらなければ、誰がやると言うの… 私があの人たちを真人間にしてみせるわ…」


 トーカが親指の爪を噛みながら独り言を漏らす。どうやら、トーカはおかしな義務感に目覚めたようである…


真面目な性格なのか、気苦労の多い運命なのか…とりあえず、面倒な人間なのであろう…



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



そして、情景は朝礼の場面に戻る。


「トーカ様!」


水牛の角の様な兜を被った転生者が、トーカの前に進み出る。


「貴方が今日の人馬当番ね」


「はい!それではどうぞ!」


 転生者はそう答えると、台の上のトーカに背を向ける。トーカは兜の角を掴みながら、転生者の肩に乗り、肩車の状態になる。初日は引いていて拒んでいたが、転生者達が自分に素直に従うので、今ではかなり慣れたものである。


トーカを肩に載せた転生者は大きく息を吸い込む。


「どうしたの?」


「いえ!出発前に息を整えていただけであります!」


「そう、良い心掛けね!」


 トーカは従順な転生者に満足げな顔になる。トーカ自身は見えないであろうが、肩車をしている転生者は満面の笑みを浮かべている。


「あいつ、香りを堪能したな…」

「マジ羨ましい…」

「俺たちの順番が来るまで我慢だ…」


トーカ達の様子を見ていた転生者達が小声で言う。


「それでは、先ず採掘場に行くわよ! 出発進行!!」


「イエス!! マム!!」


 転生者はそう答えると、物凄い速さで採掘場に向けて走っていった。今日も転生者の肩に乗りながら、色んな部署を見て回るのだろう。


「あれ…指導しているつもりやろうけど… なんか逆に転生者の煩悩に利用されとるだけやな…」


トーカを見送ったカオリはポツリと言う。


「と言うか、自分自身が転生者達の非常識の一部になっている事に気が付いていないんじゃないかしら? 毒されるのが早いものね…」


「ですよねぇー」


私は乾いた口調で答えた。


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