第49話 欲望、牛馬の如く!
寝落ちしてこんな時間になってしまいました
「セクレタさん、調子はどうですか?」
私は開墾予定地に先に来ている、セクレタさんにトーカとトーヤの二人を連れて合流し、声を掛ける。
「今日の予定は、あそこの旗を立てている所までね。思った以上に順調に進んでいるわ」
そう言って、セクレタさんは遠くを指し示すが、私にはどこに旗があるのか分からない。目を凝らしてよく見てみると、ずっと遠くの方に点の様にしか見えない旗が立っていることにようやく気が付く。
「えっ!? あんな遠く? 今日の予定なんですよね?」
「よくもまぁ、これだけの広さを今日だけでやるなんて… 貴方の家、農耕道具沢山あるのね」
隣にいたトーカも気が付いた様で、私に声を掛けてくる。
「いや、この広さを一日で終える、道具や農耕馬もありませんが…」
「この広さなら、草刈りだけでもかなりの重労働ね」
私とトーカが話していると、いつの間にか転生者達が、本日の開拓予定地の端に等間隔で並んでいる。
「それじゃあ、始めて頂戴!」
セクレタさんが合図の声を掛けると、転生者達が動き始める。
「ヒャッハー!」
「雑草は消毒だぁ!!」
「燃えろ! 燃え尽きちまえ!!!」
転生者達は奇声を上げると、火炎魔法で草原を焼き尽くしながら進んでいく。
「ちょっと!! 何やらせているのよ!」
とても農作業には見えない光景にトーカが声をあげる。
「草刈り…じゃなくて草焼きよ。この方が速いのよ」
セクレタさんがさらりと言う。なんて言うかセクレタさんも毒されて来ていると言うか、転生者達の扱い方に慣れてきている。
そんな様子で、火炎魔法に奇声と言う地獄の様な光景が進む中、次は所々で爆発音が鳴り響く。
「今度は何をしてるのよ!!」
トーカが轟音に耳を塞ぎながら叫ぶ。
「邪魔な石や岩を砕いているのよ。最初は一個一個除いていたんだけど、こちらの方が速いから」
あぁ、セクレタさんが、完全に転生者的思考に染まっている…
「ちょっと、その辺りが高いからならして貰えるかしら!」
セクレタさんが声を掛けると、爆破担当の転生者が、小高く盛り上がった所を爆発魔法で吹き飛ばしていき、平坦にならしていく。
「ひ、非常識だわ… こんなの非常識すぎる… こんなの焦土作戦の訓練をやっているようにしか見えないわ…」
トーカが驚愕した表情で言う。確かにそう言われても仕方のない状況である。
「しかし、この方法は進軍中の軍の駐屯地設営には良い方法かもしれないな…」
トーヤの方は良い方法を見せてもらったと言うような顔で、状況を眺めている。軍属の人からもそんな事を言われたら、本当に私が、私兵の訓練をしているよ思われてしまう。しかしながら、良い弁明や言い訳の言葉が思い浮かばなかったので、私は押し黙るしかなかった。
そうこうしているうちに、草刈りならぬ草焼きと、岩などの撤去が終わる。次は耕起作業になるのだが、この広大な予定地を耕すだけの馬はどこにも見当たらない。私の馬車の馬と、荷馬車につかっている馬ぐらいだ。
セクレタさんはどうやって、耕すのだろうと考えていると、転生者達が荷馬車から、牛や馬に使う犂をどんどん下ろし始める。
「なんで犂だけ?それもこんなに?」
不思議がって見ていると、転生者達が牛や馬用であるはずの犂を、自身に取り付け始める。
「えぇ!!」
「ちょっと! 待って! 人間がやるつもりなの!」
私とトーカが驚いて声をあげるが、セクレタさんはそんな事は気にせず、旗の置いてある向こう側へ飛んでいく。
それに合わせて、転生者達が開墾地の端に等間隔で並んでいく。
「筋力上昇!!」
「速度向上!!」
「心肺機能強化!!」
転生者達、それぞれが自信に強化魔法を掛けていく。しかし、本来は重労働で誰もやりたがらない作業であるはずなのに、彼らのやる気と士気はかなり高い。
転生者達が開始位置について呼吸を整える。
そして、遠くのセクレタさんから開始の合図であろう魔法が打ちあがる!
転生者が一斉に怒声を上げ、猛烈な勢い走り始める!
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「今日こそはぁぁぁぁ!!」
「牛や馬でも、あんな速度だせないわよ!!」
トーカが驚嘆の声をあげる。
「なんかもう… 人間の範疇から逸脱してますね…」
私は驚くより、呆れてしまう。
「本当に次から次へと… 面白いなぁ~」
トーヤは面白がって笑っている。
そんな風に三者三様で、事の次第を眺めていると、全員向こう側に到着したようである。しばらく、何やらした後に、セクレタさんがこちらに飛んでくる。
「セ、セクレタさん… 毎回、こんな事していたんですか?…」
「そうよ。速いでしょ?」
セクレタさんは自慢げな表情で答える。
「でも、人間にさせるような事じゃ…」
「いいのよ。あの人たち力が有り余っているんだから。疲れた方が余計な事しなくていいわ」
本当にここ最近、セクレタさんは恐ろしい考え方になってきた。
「じゃあ、次、いくわよ」
そう言うと、セクレタさんは合図の魔法を打ち上げる。それと同時に向こう側の転生者達が動き始め、遠くから小さな怒声が響き始める。
転生者達の姿と怒声は徐々に大きくなっていき、詳細な様子もよく分かるようになってくる。こちらから始めた時は分からなかったが、今回はこちらに向かってくるので気が付いた。転生者達はどんどん加速しながら近づいて来ている。それも物凄い勢いで!
「くそぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「負けんぞぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
牛馬の扱いを受けながら、何が彼らを掻き立てるのか分からないが、物凄い気迫である。
そして、到着地点であるここに、皆、転がり込んでくる。ある者は過ぎ去っていき、ある者は倒れ込み、ある者はもつれて転がりまわる。
その後、皆、セクレタさんを凝視する。セクレタさんは飛び立って、一人の転生者の基へ辿り着く。
「よっしゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
セクレタさんの辿り着いた転生者が、両手を天に振り上げ歓喜の声を轟かす。
「くそっ!」
「負けたか…」
「次こそは…」
他の転生者達は、拳で地面を叩いたり、地団駄を踏んだりして悔しがる。そんな中、セクレタさんは勝者であろう転生者に何か渡す。
そして、転生者達は暫く息を整えた後、次の開始地点へと向かっていく。
「セクレタさん。これ何をやっているんですか? そして、何を渡していたんですか?」
私はセクレタさんに尋ねてみる。
「一位になった者には、ご褒美を渡しているのよ」
「ご褒美って?」
「一言で言えば、お願い券ね」
「お、お願い券!?」
「もちろん、変なお願いは却下するし、難しいお願いは枚数が必要なようにしているわ」
セクレタさんは、本当に転生者達の扱い方を完全に把握したようである。
「非常識よ! 非常識すぎるわ! こんなの滅茶苦茶よ!」
そう叫ぶとーかではあるが、非常識な光景を目の当たりにして、自分自身の常識が揺らいでいるようである。
「あはは! 視察と言う事で来ているはずが、何かの見世物小屋でも来ているようだよ」
逆にトーヤは、この状況を楽しんでいる。
こんな状況で、予定していた開墾作業は半日で終了した。
 




