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第31話 帰ってきたら私の席、無いかも 

「はぁ~」


私はまだ、頭を出したばかりの太陽の光に映し出された馬車を見て、軽い溜息を吐く。


「大丈夫よ、マールちゃん。帝都での爵位継承はそんなに難しい事ではないし」


傍らのセクレタさんがそう告げる。


「いや、そちらはあまり心配していないんですが…」


気が重い私は、セクレタさんを横目で見て答える。


「やっぱり、帝都に行って爵位継承する事より、あいつらの事が心配なん?」


見送りに来ているカオリがそう尋ねる。


「えぇ、帰ってきたら立場どころか館ごと無くなってそうで…」


「その為に、うちが残ってあいつらを監視するんやろ?大丈夫やって、マニーさんもおるし」


心配に伏せ目がちになる私に、カオリは胸を張って元気つけてくれる。


「分かりました。カオリさんがそこまで言うなら信用します。でも…」


そういって私は馬車の後ろ側に視線を移す。そこには6名程の転生者が、各々馬や馬車を点検している。


「護衛についてくれる転生者達の事ね、強さについては問題ないと思うけど… マールちゃんが言いたいのは、そう言う事じゃないわね…」


 セクレタさんが私の隣で、同じように準備を整え、護衛につく予定の転生者達を見て述べる。一応、この護衛に付く転生者達は、全員の中から馬の扱いや馬車の扱いを覚えたものから選出されたのである。ただ、社会常識は…ちゃんと覚えているかも知れないが、それに従うかどうかは別問題である。つまり、守る気があるかどうか分からない。行く先々で問題行動を起こされてはたまったものではない。


「まぁ、あいつらも最近はマールはんの言う事、聞くようになってきたし、うちもちゃんと言い聞かせといたから、安心してや」


カオリは私にそう言って、護衛の転生者の方に向き直り、声を掛ける。


「分かっとるな!あんたら!マールはんを困らせたらあかんし、マールはんに変な事してもあかんで」


「Yes!カオリン! Noタッチ! 全てはマールたんの為に!」


カオリの言葉に転生者達は片手を突き上げ直立し、一斉に叫ぶ。


「あの…本当に安心できるんですか?」


私はその光景を目にして、不安の言葉を漏らす。


「任せて下さい!マールたん!この伝説の死神の鎌レーバテインがある限り、御身を守るのは容易い事!」


私の言葉に一人の転生者が、牧草用の草刈り鎌を持ち出す。


「あっ!それ草刈り用の鎌やん! 牧場のおっちゃん探しとったで。それにレーバテインって鎌ちゃうやろ」


カオリが指差して批難の声をあげるが、その転生者は無視して続ける。


「そして、俺が開発した神の呼吸から繰り出される技を食らえば、どんな相手であろうと敵ではない!! お見せしましょう!!」


そういって、転生者は鎌を構え、独特の呼吸をし始める。


「神の呼吸! ヒッ!ヒッ!フゥゥゥゥー!ヒッ!ヒッ!フゥゥゥゥー!」


「それ、ラマーズ式呼吸やん」

「なんですか?そのラマーズ式呼吸ってのは?」


私は奇妙な呼吸法についてカオリに尋ねる。


「生む時に使う呼吸や」

「何がうまれるんですか?」

「んー痛い黒歴史かな?」


「いや!違う!伝説だ!!」


私とカオリの会話に、呼吸をしている転生者が叫ぶ。


「今、君たちは俺の最強伝説が生まれる瞬間に立ち会っているのだ!!」


そう言って転生者は構えに更に力を込める。


「いくぞ! 零の型!! 牙突ゼロスタイルゥゥゥ!!!」


 そう言って、豆腐寮の柱に物凄い勢いで突きを繰り出し、辺りが粉塵で満たされる。そして、その粉塵が拡散し薄れた後に、柱にドリルで開けたような綺麗な穴があった。その穴を確認すると転生者は私の方に向き直り、どうだ!という顔をする。


「はぁ、凄いとは思いますが…」

「なんで、鎌で突きやねん」


確かに凄いのだが、その使い方に私もカオリも呆れる。


「ちょ!お前なにやってんだよ!」

「柱に穴開けやがって! 帰ってきたら直せよ!」


転生者達も、技の出来よりも、柱に空いた穴に不満を告げる。


「ふっ、この穴はちゃんとマールたんが無事に戻ってきた時に直すさ」

「そんな死亡フラグみたいなん、やめーや」


「強さは分かったから、そろそろ出発いいかしら?」


転生者とカオリが言い合っている所に、セクレタさんが私に声を掛ける。


「そうですね。そろそろ行きましょうか」


 私とセクレタさんが馬車に乗り込み、護衛に付く転生者もそれぞれの馬や馬車に乗り込む。私が窓から外を確認すると、館の者も私の見送りの為、集まってきているようだ。執事長のリソン、侍女のファルー。メイド達の姿もあり、その中にはアメシャやマニーもいる。農場や牧場の代表者の姿もある。


「お嬢様。領地の経営については私にお任せ下さい」

「えぇ、リソン。私のいない間はお願いするわ」


私はリソンに応える。


「館の中の事は私がおります。それよりもご無事にお戻りください。お嬢様」

「ありがとう、ファルーちゃんと戻ってくるわ」


ファルーが心配そうな顔で私を見る。


「あいつらはうちが監視しとるし大丈夫や。それよりお土産たのむで」

「えぇ、日本の物だったかしら。カオリさんの好きなもの買ってきますよ。アメシャもカオリさんの事、手伝ってね」

「にゃーん」


カオリとアメシャに手を振る。


「それでは、出してくれるかしら?」


 向かいに座るセクレタさんが、御者に出発の声を掛ける。その声に御者は手綱を一度振り、馬が小さく嘶きを上げた後、カッポカッポと歩き出し、それに少し遅れて馬車が進み始める。転生者達もそれに一呼吸遅れて進み始める。


 私の馬車は、見送る者たちの声を受けて進みだし、豆腐寮を抜けて門へ向かう。その豆腐寮の窓からも転生者達の声援と手を振る姿が降りかかる。私もそれに応える為、窓から身を乗り出し、手を振る。そして、門を通り過ぎる時に門番のタッツからも声が掛かる。


「お嬢様。どうぞご無事で」


タッツがヘルメットを脱ぎ、胸に手を当てて一礼する。


「ありがとう。タッツ。館はお願いしますよ」


 門を通り過ぎ、道に出ても私は館に向かって手を振り続けた。タッツも門の外に出て私に手を振る姿が見える。


 ここ暫くの間、色々な事があった。その中で私は自分自身がちゃんと受け入れられているか心配に思う事が何度もあった。でも、この出発の瞬間の皆の様子を見ると、そんな事は私の単なる思い過ごしだと分かる。


 ちゃんとした爵位継承をして、またここに戻ってこよう。


私はそう胸に深く刻んで、館が見えなくなるまで見続けていた。


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