第161話 待つ者の思い
「セバス、堪忍な、マールはんをそこに寝かしてくれる?」
カオリは転移魔法陣の上に長椅子を置き、そこへ自分の執事ゴーレムであるセバスにマールを寝かせるように言う。
「いえいえ、これぐらいの事、容易い事でございます。カオリお嬢様」
カオリがベルクードに旅立つ時に同行させてもらえなかった執事ゴーレムのセバスは、ここぞとばかりにカオリの為になろうと行動する。
「ツヴァイ、マールはんの頭の所にクッションおいたげて」
「はい、カオリさま~」
ツヴァイはカオリに指示を受ける前から用意していたクッションをマールの頭の下に敷く。
「赤ん坊らも供給陣の上に移動して、いつでもマールはんを転移させれるようにしといてもらえる?」
「バブー!!」
メイドゴーレムたちに抱えられた赤ん坊の転生者たちは転移魔法陣の魔力供給陣の上に移動していく。
「ねぇ…カオリ…」
テキパキと指示を出すカオリの後ろからトーカが声をかける。
「ん?」
カオリが肩越しにトーカを姿を見て、振り返る。
「どないしたん? トーカはん」
カオリはトーカの言葉を待つようにトーカの顔を覗き見るが、トーカは一度、目を伏せた後、再び意を決したようにカオリに対して口を開く。
「どうして、転移して帝都に避難しないの? マールもその方が安全でしょ?」
その言葉に今度はカオリが目を伏せる。そして、優し気な面立ちで言葉を考える。
「そやね… 確かに身の安全の事だけを考えたら、転移した方がよっぽど安全や…」
ゆっくりと静かにカオリは言葉を紡ぐ。
「なら、どうして?」
トーカはカオリに問いを投げかける。
「うちな、トーカはんが結婚する時、マールはんに食ってかかった事があってん…」
トーカはカオリの口から自分が結婚しなければいけなかった時の事がでてきて、少し目を開く。
「うちはトーカはんが望まん結婚しなあかん、可哀そうや! なんとかして助けられへんの!? って言うたんや…」
トーカはカオリが自分の為にマールに対してそんな事をしていたのを知って口を閉じる。
「その時、マールはんはトーカはんの身を助ける事は出来ても、トーカはんが守ろうとした領地の事や家の事、家族の事…そして、トーカはんの思いを踏みにじる事になるって言うたんや…」
トーカはその言葉に手を胸に当て、握りしめていく。確かにあの時の自分は、自身の結婚の事やここでの生活の事を捨てて、カオリの言う領地や家、家族の為にその身を捧げようとしていた事を思い出す。
「うちはその時、マールはんの言っていることを理解は出来ても納得はできひんかった…」
そう言って、カオリは伏せていた目を上げ、トーカを直視する。
「でも、今は分かるねん。納得できるねん!」
カオリのその瞳は確固たる意志を持った強い眼であった。
「今、マールはんやうちらの為に、転生者のあいつらが必死になって軍隊と戦っとる… 軍隊あいてやで? 軍隊…」
再び、カオリの瞳が涙で潤み始める。
「あいつらが命がけで戦っているのに、うちらがその結果を確認せんと、そそくさと逃げ出すことは出来ひん… もし逃げ出してもうたら、二度と治らん心の傷を負ったまま生きて行かなあかん… 最後まで結果を見届けるのがマールはんとうちらの役目や… これがマールはんがあの時言っていた事やと思うねん… 分かるやろ? トーカはん…」
カオリは優しくトーカに問いかける。
「うん… 分かる… 私も同じ事を考えていたから… でも、私は弱音を吐いちゃったけどね… その点、マールは最後まで弱音を吐かなかったわね… すごいわ…」
「マールはんは、それだけうちらの事を大切に思ってくれているんやな… マールはんはその大切に思っている人たちの期待を裏切りたくない、見捨てたくない、大切に守りたい… それがマールはんの思いやし、心や…」
カオリは静かに眠るマールに視線を写す。
「そして、うちはあいつらにマールはんの心を守ってくれと言われた。だから、うちはその為にぎりぎりまであついらを待つつもりやねん… それがうちとあいつらとの約束や」
カオリはそう言ってマールの所まで進み、その寝顔を覗き込む。
「うん、分かった。私もぎりぎりまであの人たちをここで待つわ…カオリ…そしてマールと一緒に」
「ありがとな~ トーカはん、一緒に待ってくれて」
トーカはカオリのその感謝の言葉にぽろぽろと涙を流す。先に行けではなく、一緒に待つことに感謝の言葉を貰えたことは、トーカ自身がここのお客さんや他人ではなく、マールやカオリにとっての仲間であり、友人と認められたからである。
トーカには今まで知人とは言えるが友人と呼べる人物はいなかったかも知れない。しかし、今、ようやく共に過ごし、共に人生を歩んで行きたいと言ってくれる人物が確認できたのである。その嬉しさにトーカは胸が熱くなり、涙が止まらなかった。
そんな二人の会話を聞いて、セクレタは自分自身がなんと業の深い存在であるかと自分の身を恥じた。マールの母であるエミリーから託されたマールを守ると言うお願いをされたのであるが、それを引き受けたセクレタ自身もマールを守りたいと考えた。
今から思えば、他にやり様はあったのではないかと考える。早々に領地から皆を引き連れて逃げ出す手段もあったかもしれない。しかし、本当にその様な事が出来るのか? 実はたんなるエミリーの思い込みではないのかと考える内に、時は過ぎ去り、実際にその時が来てしまった。そして、結果的にはトーカやカオリだけではなく転生者100人を自分の願いの為に災禍に巻き込んでしまったのだ。
「ごめんなさい…二人とも…」
セクレタの胸の内の自責の念が溢れて、口から二人への謝罪と言う形で言葉に出た。
「なんで、セクレタはんが謝らなあかんの?」
カオリがきょとんとした顔をして聞いてくる。
「私はね… 彼ら転生者たちにマールちゃんを守ってくれって…約束をしたのよ… それが彼らを…カオリ、貴方まで縛り付けてしまったのね…」
カオリはその言葉に目を閉じて、ゆっくりと首を横に振る。
「セクレタはんは、強要した訳でも脅した訳でもないんやろ? せやったら、あいつらは自分で判断して約束を守ってるんやし、うちもそうや! いやな事やったら自分の命まで懸けてやらへんよ… みんな、懸けるだけの価値があると思うからやってるんや… だから、セクレタはんは気にせんでええ… 気にせんでええよ」
セクレタはそのカオリの言葉に、瞳を閉じて、涙を零さないように天を仰ぎ見る。
「ありがとう… カオリ、私を許してくれるのね… あぁ… エミリーはなんて素敵な人たちを呼び寄せてくれたのかしら… 私は今まで何人もの転生者に出会って来たけど、貴方たちほど、素敵な人たちはいないわ…」
その時、転移建屋の近くで轟音が鳴り響いた。




