第145話 被災対応
私たちは呆然と夜空を見上げている。私たちの館への彗星の直撃は免れることが出来たが、他の彗星や、先程、阻止した彗星の破片が辺りに落下していくのが見える。
遠くの地平線の向こうでは、赤白い光が幾つも輝き、また、私の領地でも先程の彗星の破片が落下して、火の手があがるのが幾つも見える。そして、赤白い輝きや、領地での火の手が上がる度に、稲妻が落ちるような轟音と地響きが鳴り響く。
私は私の領民が住むこの土地がまるで地獄が顕現したような有様に驚愕する。平和だったこの土地が…豊かな木々を育む森林が… そろそろ、黄金の穂を揺らすはずの麦畑が… それら全てが見るも無残な光景へと変わっていることであろう。
人々が汗水をたらし、何世代にも渡って試行錯誤を繰り返しながらも育んできたこの土地が、たった一夜、たった一瞬でもろくも崩れ去った。その悲しみ、その絶望はどれほどのものであろう。16年という私の人生では計り知れない程の年月を費やして、親から子へ、子から孫へと代々受け継いできたものが、無残な焼けた荒れ地へと変わっていくのだ。
私は、その領民たちの事や、この領地の事を考えると、泣きたくなった、叫びたくなった、全てを投げ出して、膝を抱えて悲嘆にくれたくなった。しかし、それは今やるべきことではない。この地に住まう全ての領民が、全てを諦め、全てを投げ出し、全てに悲嘆にくれた時に、私も人々と一緒になって、泣き叫び、諦めて投げ出し、悲嘆にくれよう。
だから、今は生き残っている全ての人々の安否を知ることが重要である。これから先を嘆くよりも、今現在、人々を襲っている災害から救い出すのが重要だ。だから、今は行動しなくてはならない。動かなければ人々の現状は変わらない。
私は、声を出して行動しよう心を決めるが、実際には身体が動かない。足がすくんでしまっているのだ。それだけではない、指も手も足も震えている。心は覚悟を決めていても、無意識はこの大災害に恐れおののいているのだ。
でも、私は動かなければならない。声を出さなかければならない。私は全ての勇気と意思の力をふり絞る。
「みなさん!!!」
よかった声が出た。私は辺りを見渡す。転生者たちは疲れ果ててはいるが、私の声に呼び覚まされたように、意識を保ち、私に視線を集中して、私の次の言葉を待つ。
「みなさん! ご無事ですか!? 負傷者はいませんか?」
私はやっとの思いで、皆に言葉を発する事ができた。皆は私の言葉に答えて、自分のやるべきことを考え始める。
「攻撃魔法に回った四人は、魔力の枯渇で昏睡している! 結構、危険な状態だ!」
転生者の一人が声を挙げる。
「では、すぐに治療が出来る場所へ搬送して下さい! そして、出来る限りの対応をして下さい!」
「工房に魔力回復薬の試験品があるからそれを試してみよう!」
私の指示にすぐに対応策を提案しくれる。やはり、転生者たちの存在は心強い。
「では、残っている転生者の皆さんは引き続き警戒と、休息の必要な人、館内なら行動できる人、行動に問題ない人、魔法がまだ使える人、それらの人数を調べて下さい!」
「分かった!」
返事がすぐに返ってくる。
「次は、これから行動するのに本部が必要ですね…」
私がそう口にして考え込むと、その様子を見ていた転生者が声をかけてくる。
「いつもの執務室もいいが、やはりこの状況下では、本館、豆腐寮、温泉館などがあるので、その真ん中にある豆腐寮の二階広間はどうだろう?」
「そうですね、そこにしましょう! トーカさん!」
私は提案してきた転生者に答えた後、傍で呆然としていたトーカに声をかける。私に声を掛けられたトーカははっと意識を取り戻す。
「な、なに!?マール!」
「これから、豆腐寮二階広間を対策本部とするので、執務室から領民台帳と地図などを豆腐寮に運びます! 手伝ってください!」
「分かったわ!」
私は衝撃波で荒れ果てた敷地内を歩き、本館へと進む。私が本館の玄関に入ったところで、私の安否を気遣って、ちょうどリソンとファルーがやって来た所だった。
「マールお嬢様! ご無事ですか!!」
「あぁ、マール様! いったい何が…」
私の無事な姿を見て、安堵してはいるものの、その二人の顔色はとても青い。
「彗星が領内…いや、帝国内に多数落下したようです。今現在も落下中の物もあります」
私の説明に二人は更に顔色を青くする。
「今から、豆腐寮二階広間を対策本部として、領民の安否と領内の被害状況を確認する予定です。二人も力を貸してください! リソンは私の代わりに温泉館の状況を、ファルーは本館の状況を確認して、私に報告して下さい。私は執務室に領民台帳と、地図、その他筆記用具などを集めたら、豆腐寮二階広間に向かいます!」
二人はこの事態に驚愕しながらも、私の指示を受け自分たちがやるべき事を理解する。
「分かりました。マール様、このリソン、マール様の代わりにお客様の状況を調べてまいります!」
「このファルーも、この館の者たちの安否を調べてまいります!」
二人はそう言って、すぐさま行動に移る。私はそれを見届けるとトーカを引き連れて執務室へと急ぐ。たどり着くまでに館内を歩いたのだが、やはり窓ガラスが割れてかなり荒れた状態になっている。酷いところは扉が吹き飛んでいるところもあるようだ。
「つきましたね」
幸いなことに執務室の扉は無事のようだ。私は扉を開け放つ。すると中ではツヴァイが淡々と割れたガラスを掃除していた。
「あっ マールさま! こちらに来られると思っておりました!」
「ご、ご苦労様です」
いつものノリのツヴァイなので、私は少し拍子抜けする。
「とりあえず、豆腐寮二階広間を対策本部にしますので、そこへ領民台帳と領内の地図、その他筆記用具などを運ぶつもりです。ツヴァイも手伝って下さい!」
「えぇ、ここの執務室を使うのではないのですか? せっかく、お掃除したのにざんねんですぅ~」
「そんな事を言ってないで、早く手伝って下さい!」
ツヴァイの戯言と付き合っている暇はないので急がせる。
「分かりましたぁ~ マールさま☆」
ツヴァイはそう答えると、給仕場に向かい、空のティーワゴンを持ってくる。
「これを使いましょう」
「あぁ、そういう所の気は回るのですね」
そうして、次々と必要なものをワゴンに載せていく。
「大体、これぐらいですね。後は必要な時にまた取りに来ましょう」
そう言って、執務室をでてワゴンをツヴァイが押していく。そして、ある程度、廊下を進んだところで、階段があることに気が付く。これではワゴンは使えない。
「マールさま、少々お待ちください」
ツヴァイはそう言うと、どこかへ駆けだしていく。そして、しばらくするとくるみを連れて戻ってくる。
「くるみ 登場にゃん☆ マール様も無事でよかったにゃん!」
「さぁさぁ、くるみ、ワゴンを下ろすのを手伝ってください」
ツヴァイがそういうと二人で、階段を上をワゴンを持ち上げて下ろし始める。以外にも結構、力があるようだ。
そんな事をしながら豆腐寮二階広間にたどり着くと、やはり、ガラス窓が割れて辺りに破片が散乱している。
「これは酷いですね。とりあえず、私たちがお掃除します」
「分かりました。まず、あそこのテーブル近辺をお願いできますか?」
私は、地図や台帳を広げるため、テーブルの一角を指さす。
「分かりました。急ぎ掃除します」
「頑張るにゃん!」
ツヴァイとくるみの二人は、広間の掃除用具入れから道具を取り出し、てきぱきと掃除を行う。
「テーブルの上とこのソファーは終わりました。マールさま、お使いください」
ツヴァイがとりあえず、書類を広げられる場所は確保してくれたので、私はそこに地図と領民台帳を置いて行く。
「トーカさんはそこに座って、領民台帳の領民の名前と住所を言ってくれますか?私が地図に書き込んでいきます」
「分かったわ!」
こうして、領民の安否を確認するための準備を始めたのであった。




