第142話 告白
私は光体の声にはっとツヴァイの方を見る。
「大丈夫、機能は停止させてあるから、話は聞かれないよ」
光体の言うように、ツヴァイは彫像の様に固まったまま動かない。
「…随分とご丁寧な事ね…」
「まぁ、あまり他人に聞かれてもいい話じゃないからね」
私はふぅと溜息を付く。
「おや?あまり嬉しそうじゃないんだね。君が欲しがっている新たな転生者の情報だよ?」
「…いや、そんな事は無いわ…」
私は目を伏せて答える。
「だろうね、君が人の姿まで捨てて、人間の尺度で言えば、それはそれは長い年月をかけて追い求めているのものだからね」
本人にはその気は無いのであろうが、まるで挑発するように光体の光が揺らめく。
「でも…少し、時間を貰えるかしら…」
「あぁ、いいよ、私は君に情報を渡すだけだからね…その情報をいつ、どの様に使うかは君が自由にするといい」
光体はクスクスと笑うように揺れる。
「有難う…助かるわ…」
「場所はセントシーナだから、準備しておくといいよ。詳細な情報はまた近くになったら教えるよ…じゃあね…」
光体はそう言い残すと、今まで存在しなかったかの様にふっと消える。私は、光体が消えたのを確認して、ふぅっと胸を撫でおろす。
「セクレタ様、お疲れのようですから、お茶でも入れましょうか?」
止まっていた時間が動き出すように、彫像の様に固まっていたツヴァイが、私の溜息に気が付いて声をかけてくる。私はその声にツヴァイの方へ向き直る。ツヴァイの顔はマールちゃんそっくりに、私の事を心配した顔をしている。
「大丈夫よ、ありがとう…でも、貴方、本当に良く出来ているわね…」
「はい! マール様の為に頑張っていますから!」
ツヴァイは笑顔で答える。
「うふふ、そうね…私も頑張らないと…」
私はツヴァイの言葉に、ようやく腹をくくる決意をする。そして、チラリと時計を見る。
「あの人達なら、まだ起きてそうね…」
私は携帯魔話を取り出し、工房へと連絡する。通話準備中を知らせる印が点滅していたが、直ぐに点灯し相手が通話を受けた事を知らせる。
「私よ、セクレタよ… ちょっと、これから大事な話があるの… ええ、そうよ。それで転生者全員集めて欲しいのよ… そう、全員。場所はいつも会議室がいいかしら… それと、くれぐれにもマールちゃんにはバレないようにしてくれるかしら… そう、そうよ…では、私もこれから向かうわ…では…」
私は携帯魔話の通話を切る。ふと、気が付くとツヴァイがキョトンとした顔で私を見ている。
「私もこれからマールちゃんの為に頑張って来るわ。貴方もマールちゃんの事、守ってくれるわね?」
「はい! もちろんです!」
ツヴァイは元気よく笑顔で答える。
「では、私は行ってくるわ、後はよろしくね」
「いってらっしゃいませ! セクレタ様!」
私はツヴァイの見送りを受けて、執務室を後にする。そして、今までの迷い戸惑っていた足取りではなく、決意を持った力強い足取りで会議室へと向かう。もう後戻りは出来ない。
あぁ… ・・・・・・、私に勇気を貸して頂戴…未だに貴方に辿り着けなくて、甘えてばかりの私だけど、勇気を…ほんの少しの勇気を…
そんな、祈りに似た願いを思っているうちに、会議室の入口が見えてくる。私は立ち止まって呼吸を整えようと考えたが、ここで立ち止まってしまっては、再び足を動かすことが出来ないかもしれない。だから、私はそのままの勢いで扉の中へ進む。
私はそのまま上座の中央まで進んでから、会場の皆の方へ向き直る。皆の表情は突然の呼び出しに少し茫然した顔をしていた。全員揃っているのかと思っていたが、最後に中年転生者がどたどたは足を鳴らしながら駆けこんでくる。これで全員であろう。
「皆さん、突然呼び出したりして、申し訳ないわ…でも、これから皆に重大な話があるの」
私は第一声を発して、皆の様子を見る。特に問題は無い。私は話を続ける。
「今から話すことは、貴方達みながここにいる経緯であり、目的であり、意味であるの…それをこれから話すわ…その上で、皆にお願いがあるの、本当に都合のいいお願いが…皆、聞いてくれるかしら?」
私の言葉に皆は、自分たちがここにいる事は、ただの偶然ではなく、誰かの必然である事を理解して、ある者は驚愕して口を開き、ある者は目をまるくする。肘をついて話を聞いていた者も、その顔をあげる。みな、これからする話の重大さを理解したようだ。
「では…話していくわね…私の知る全てを…先ず初めは…そう、ある親子の話よ… その親子は…」
皆、私の言葉に真剣に耳を傾ける。その話の中である者は頷き、ある者は顔を伏せ、ある者は涙する。それそれ姿は似ているが、反応についてはそれぞれの反応をする。
「…以上が、貴方たちがここにいる理由よ…貴方達は今、全てを聞いて、怒りを感じるかしら?それとも理不尽を感じるかしら? ここから立ち去ろうと考える者、この不条理に反感を感じて復讐を考える者もいるかしら… もし復讐を考えるなら、この私に向けて頂戴。受けて立つわ! でも、復讐を待ってくれる、もしくは、今までの話を聞いて、ここに残ってくれると言うなら… 私が持つ私の全てを差し出すわ…だから…だから…どうぞ、マールちゃんを守ってあげて頂戴…」
私は言葉の最後に皆に向かって頭を下げる。
私は物を投げられる、又は罵声を浴びせられることも覚悟していたが、会場内は静まり返っている。私はゆっくりと頭をあげ、会場の皆の顔を眺めていく。彼らの表情は怒りや疑念のものとは違って困惑の表情であった。
そして、しばしの沈黙の後、一人の転生者が手を上げる。
「ちょっと、いいか?」
「なにかしら?」
「その思惑に、俺達の現世での死が関わっているのか?」
「いえ、関わっていないと思うわ。ただ、貴方達の世界で、死後本来行くべき所、例えば天界などね、そこにいく事が出来ず、こちらに招いた事になるわ」
私の答えに転生者達が考え込む。
「天界って言ってもな…本当にあるかどうか分からないし… あったとしても俺達の今までの生き方じゃ天国に行けるか分からないな…どちらかと言うと親不孝したから地獄だし…」
それに対して別の転生者が声を上げる。
「俺は、この世界は煉獄だと思っている。煉獄について知らない者が多いと思うが、煉獄とは、天国に行ける程、善行を積んでなくて、地獄に落ちる程、悪行を重ねていない者が、仮に辿り着く場所だ。その煉獄でどう過ごしたかによって、後に天国に行くか地獄に落ちるかが決まると聞いている」
「なるほど…いい考察だな。俺もその考えは理解できる」
「確かに生前は善行なんて積んでなかったな…」
他の転生者の少数が理解の声をあげる。そして、別の転生者がまた異なる意見をする。
「俺にとってはさ、ここは天国なんだよ。確かに前の世界と同様に、クソみたいな人間もいるし、むかつく理不尽な事もある。しかし、ここでの生活は、お前たちのような気の合う仲間がいっぱいだし、様々な生きがいがある。無理やりこっちの世界に引き込まれたといっても、前世のようなクソの地獄のような所には戻りたくないよ」
私は彼らの本音というか、事情を聞いてみて、自分の認識が誤っていたことに気が付く。私はてっきり、各々の信仰する宗教の死後の天界にいく事を妨害したことに激怒するものとばかり考えていた。
こうしてみると、彼らの宗教観というか信仰心と言うものは、かなり希薄に見える。しかし、信仰心が希薄な割には、信仰心からくるはずの良心や道徳観念が高いのが不思議である。
まぁ、常識に関しては、こちらの世界においても、おそらく向こうの世界においても逸脱している所は多々あるが、私の目には彼らは精神的にかなり稀有な存在である。
「では、みんな、協力してもらえると言う事でいいのかしら…」
私は恐る恐る彼らに訊ねる。
彼らは互いの顔を見合わせた後、一人の転生者が答える。
「あぁ、いいよ。ここはもう俺達の天国だ。自分たちの天国とそこの女神さまを守るのは当然の事だろ?」
私はその言葉に胸が熱くなり、久しぶりに涙が溢れて来た。
「ありがとう…ありがとう…」




