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第133話 トーヤとデビド

 全てが寝静まる夜の暗闇に、人気のない運河の倉庫街。ようやく追い詰めた男は、腰の剣を抜き放つ。


「くそぉぉぉぉぉ!!!! 死ねぇぇぇぇぇ!!!!」


 男はそう叫ぶと、剣をおおきく振りかぶって、私に突撃してくる。ふっ、戦いに関しては素人だな。私は剣を片手に持ち替えると、突撃してくる男の前に進み、空いた片手で、振り被った剣を押さえ、もう一方の手を使って、剣の柄で男の鳩尾に一撃を叩きこむ。


「うぐっ!!!」


 鳩尾に一撃を食らった男は、胃液を吐きながら、白目を剥いて崩れ落ちる。私はうつ伏せに崩れ落ちた男を足で仰向けに裏返し、その懐を探る。


「やはり、隣国セントシーナの工作員か…」


 男の懐から取り出した、セントシーナの文字で記された密書を見つけて確信する。最近、帝都内に限らず、帝国全体にセントシーナの工作員が暗躍しており、何か計画を立てているようであるが、その全貌が掴めない。


「もしかして、あの時に合わせて何か企んでいるのか…となると…向こう側にも…我々と同じ存在がいて、情報を漏らしているのか…」


 しかし、あの事はこの世界の人間に対して、告げる事は禁忌事項にあたり、緘口令が敷かれているはず…なのに… 私は空を見上げ、空に大きく流れる彗星を見る。


「色々、お忙しいようですね。トーヤ君」


 ふいに私の後ろから声が掛かる。しかし、知っている声なので私は慌てない。ゆっくりと声の方に向き直る。


「…デビドか…」


底には黒髪に黒い執事服を着て、赤い瞳をほのかに光らせる人物がいた。


「最近、帝都でご活躍なさっているようですが、もう時は近づいております。なのに、一人でこんなところにいてもよろしいのですか?」


デビドはすまし顔で私に告げる。


「私にも、この世界の面の仕事があるのだ、仕方がない」


そう言って、デビドに背を向けしゃがみ込み、私は工作員の検分を続ける。


「折角、妹さんが生き延びたというのに?」


私はデビドのその言葉に手を止める。


「妹さん…確か、トーカさんでしたね。本来なら、貴族の男に惨殺されるか、もしくは発狂死するかでしたね…」


私は再び立ち上がって、デビドに向き直る。


「何が言いたい」


「そんな怖い顔はなさらずに、私はただ純粋にトーカさんを心配しているだけですよ」


そう言ってデビドは口元だけで笑う。


「私の事を上に…戻すつもりではないのか?」


「はい…私も貴方と同じなので…」


デビドはふっと笑いながら目を伏せる。


「私と同じだと?」


「えぇ、私も貴方と同じように、観察対象に情が湧いてしまいました…」


 デビドが私と同じ? 観察対象に情が湧いてしまっただと? 確かに私の目的は…トーカという存在を観察して、人間と言う存在の特定の感情の動きを見るのが私の目的であった。デビドも同様の特定感情だったはず。あの感情を持つ者に情等湧きにくいはずだが…


「私のコロンお嬢様も、本来であれば、人知れず狼に食い殺されるか、あの馬鹿な皇帝の養子に殺されるかのどちらかでしたが、どちらの運命からも逃れられてしまわれました…」


デビドはそう語りながら私の周りを歩き始める。


「再び、悲惨な運命に導く事も出来ますが、もうそんな気にはなれません… やはり、上から眺めているのと、直ぐ傍で見ているのとは違いますね…」


 そして、デビドは工作員の近くに立ち止まり、その工作員に手をかざす。その瞬間、工作員は覚醒し、もがき苦しんだ後、息絶える。


「こうして、見ず知らずの他人を殺める事には、一切の躊躇いも、心の動きもありませんが、もうコロンお嬢様に悲惨な目に合わせる事は、私には出来ません…貴方も同じではありませんか?」


私は、デビドの言葉に目を反らし、沈黙で答える。


「私と貴方が見ていたアカシックレコードとは異なる運命が始まっています。しかし、今後起きるあの災害は、人の力ではどうしようもない事です。それは確定した運命です。だが、その確定した運命に乗じて、何か企んでいる人物もいるようですね…この工作員の様に…」


「知っているのかデビド?」


 確かに私とデビドが見た運命とは異なる運命が回り始めている。しかし、変った運命では、先の事が分からない。なのに知っている人物がいるのか?


「私はコロンお嬢様が運命から逃れた事に驚いて、もう一度、アカシックレコードを見直しました。そこには私達が見た運命とは異なる運命がありました」


「デビド…無茶をするな… で、どうだったんだ…」


 私たちは上の世界で、アカシックレコードを見て、興味本位でこの世界に降りて来た。しかし、再びアカシックレコードを見る為には、上の世界に戻らなけらばならない。上の世界に戻れば、大量の水の中に、一滴の水を落とすように、交じり合ってしまって、自己を保つことは難しい。しかし、デビドはそれを成し遂げて、再びアカシックレコードを確認してきたのだ。


「トーヤ、出来れば貴方は妹さんの所へ戻った方がよい。もしかすると、貴方の妹さんは、貴方の妹さんを救った方と命を落とすかもしれない…」


「トーカの命を救った人物…もしかしてマール嬢か?」


 トーカが帝都を離れたそもそもの原因であり、、又、トーカが帝都に戻らなければならない原因を壊したのは、あのマール嬢だ。


「彼女はこの運命の特異点…いや、ある人物によって特異点にされた人物です。彼女の行動いかんで、今後の運命が大きくゆがみ始める」


「マール嬢が運命の特異点だと?」


 私の目には、彼女は普通の田舎の貴族の娘にしか思えない。だが、デビドは彼女が運命の特異点だという。


「ふふふ、私も驚きましたよ、普通の小娘にしか見えないあの御令嬢が、運命の特異点だなんて…しかも、それは、かなり前から用意周到に準備されていたとは…」


「しかし、何故、私にそこまで話すのだ…デビド…」


あのデビドがここまで私に話すメリットが分からない。


「あのマール嬢が助からないと、私のコロンお嬢様が悲しむ事になるからです…」


 驚きであった。あの人間を有象無象の観察対象の一つ程度にしか思っていなかったデビドが、たかが一人の人間が悲しむことを理由にそこまで動くとは…


「なので、貴方のトーカさんの為だけでなく、私のコロンお嬢様の為にも、一刻も早く、あの場所へお戻りいただくようお願い致します」


デビドはそう言って、胸に手をあて深々と頭を下げる。


「分かった…私も善処しよう」


私はデビドにそう答えたのであった。



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