親と子供
自分のことが嫌いで、好きになれなくて、子供のころから生きてることに苦痛を感じていた。
生きてるだけで誰かに笑われている気がして、そんな私だけど死ぬ勇気なんて出ない。
人より頑張ったって人よりできるわけでもない。自分に何の取柄もないと気付いたとき、自尊心を捨てた。
そこで捨てきれればよかったのに捨てきれなかった。
親と喧嘩した。
謝れればいいのに、ごめん。が出で来ない。
捨てきれなかった少しの自尊心が抗ってしがみついている。
まるでドロドロした液状で流そうとしても流れ切らない。何かの弾みで
『ごめん』って言えればいいのに。
「悪くない、私は悪くない。
生んだあんたが悪いいんだ。
怒るくらいなら生まなきゃよかったんだ。」
親と、喧嘩したときこんなことを思う人は多々いると思う。
でもきっと、自分は生まれたっくってこの人たちから生まれたんだ。
私の人生は私という自我が目覚める前に私自身が決めていて、生きる上での辛さや、やるせなさ、虚無に感じること、すべての負の感情、出来事も私自身が決めたことなんだ。だからましてや、親を恨むなんてお門違いだ。生んで育ててくれた親だから。
愛情がない親なんていない。きっと人それぞれ大小はある。その大小を人と比べて自分は愛されてなんかない。とか自分は恵まれた人間じゃないから。とかそんなこと言ってはいけない。
それは、きっと自分を悲しませる言葉にしかならない。
比べてしまうことは仕方ないのかもしれない。でもそこで悲観的になる必要は毛頭ない。
だって愛してくれる人は必ずいる。心配しくれる人だっている。
だからどうか、怒っている人も気持ちを考えてみてほしい。
きっと何でもない人だったら見向きもしない。
そう考えることができると自分はいっこの人間っていう動物なんだなと思う。
所詮いっこ、でも、去れどいっこ。
大切な時間を日々過ごしていってほしい。