言葉も液体 ~言葉は伝わればよし~
結論から言います。
俺は、ら抜きとかどうでもいい人です。
そもそも意識をしておらず、着目していないため、どっちでも読めます。
そんな表記の『正しさ』について、ちょこっとお話します。
ただの感想です。
・ら抜きはよくない
・文頭の段は下げた方がいい
・セリフの」の直前に『。』はない方がいいかも
などなど、
小説表現としてこれが正しいんじゃないか、というご意見を持っている方がいらっしゃいます。
俺は、作家を目指している訳ではない、というのもあるかもしれませんが。個人的に、読みづらくなければ、その人の書きやすい書き方でいいんじゃないかと思います。
いくつか例をあげると、
「問合せ」でも「問い合わせ」でも、どっちでも読めます。
もともと、日本語は漢文を書き下し文にし、自分たちで変換したひらがなで送り仮名をあててできた言葉です。万葉かな、面白いですよね。漢文にない表現は、もう漢字を音として使って、自分たちの知ってる単語にあてようぜ、とした考え、よき。
日向、とかの二次成語も、既存の言葉に自分たちの馴染みの読みをあてている辺り、好きです。海外の方が、なんでそんな読みになんの!?、と感じる代表ですよね、二字成語。
日本人でも東雲読める人そんなに多くないと思います。家族もプロセカという音ゲーに嵌ってくれたんですが、なかなか東雲姉弟の苗字を読み慣れず、結局名前呼びに落ち着きました。あ、小豆も、漢字で見てぱっと読める人あまりいないかもですね。
日本人ですら、日本語マスターしてないので、うん。海外の方に難しくても仕方ない。
net掲示板表記の「オカルトちゃんねる」が書籍化したのも、ずいぶん前のことです。
ネットスラングもだいぶ馴染み、一般の方も知らず知らずのうちにネットスラングが語源の言葉を使っていたりします。「中二病」より「厨二病」表記の方が見慣れている、俺です。なので、そちらを優先して使っているのですが、誤字報告きたことないし、書籍化の際の校正でも直すかどうか訊かれなかったです。誤字報告する読み手の方も、校正の方も、ら抜きには着目するのに、不思議ですよね。
そういえば、俺、「おかしい」を「変だ」という意味で使うとき「奇怪しい」とあえて表記するクセがあるのですが、これ一般表現ではありません。これも、一度もつっこまれていない表記のひとつですね。
(校正のときには、事前に独自表現だと申告してスルーしてもらいました)
「雰囲気」も今となっては「ふいんき」と読む方の方が多くなっていることでしょう。五年前ぐらいの統計データで、すでに若ければ若いほどそう読んでいると確認され、どちらもありになる風潮が高まっていましたし。
現在、辞書を改定する時間とお金が出版社にないため、一部の辞書によっては今の版が最終版になり更新されない可能性があるとのことです。「舟を編む」のように、新規の辞書ができるなんて、今は夢のまた夢の話なんでしょうね。
「舟を編む」をアニメ・映画・小説のいずれかで知った方は感じていると思いますが、言葉は移り変わります。猫は液体と言いますが、言葉も液体です。その時代時代に合った容器に、ちゃぽんと収まるのです。
『正義』がその時代で変わるように、言葉の『正しさ』もその時代に生きている方に合わせて変わってゆくのです。それが、言葉の、文章表現の味だと思います。
大正・明治ぐらいまでは文語表現と口語表現が分かれていて、記録として残るのは基本、文語表現のみです。平安や戦国時代、本当に記録に残っているような言い方をされていたのか、個人的に気になるところです。
口語表現を文字に残すようになったのは、本当に最近のこと。
マンガにいたっては、独自ルビや専用用語、方言・訛りだけでなくキャラ独自の口調は当たり前の時代となりました。多種多様な表現ができるようになったのは、識字率があがり、文字に記録する媒体がある日常があるからこそです。
いろんな時代、いろんな人の表現に触れることができるいい時代に俺は生まれたと思います。
なので、なるべくゆるく表現の移り変わりを眺めていきたいなぁ。
言葉の表現は、一般的に通じるのではないか、という基準はあるけど、それすら流動的なもの、と受け止めています。
強制する気はありませんが、ひとつの表現基準に固執しすぎると作品を楽しむに楽しめないかもしれません。
自分の読みやすい文章を相手が書くとは限りません。けれど、net小説などはある程度、知らない他の人が読む可能性も視野に入れて書かれている文章なのでまだ読みやすいです。
枕草子とかの随筆みたいに、自分用前提で主語や目的語省いているのに比べればどんなにマシか……
今でいうインスタ的な自分はこれが好きーな、清少納言の枕草子はともかく、紫式部のって身内の人をモデルにした妄想小説なのでなかなかの羞恥プレイですよね。紫式部のメンタル大丈夫だったんだろうか……
まぁ、長々と『読めればいいじゃん』という話をしましたが、皆さんいい感じで自分で折り合いをつけていってください。
こだわった方が楽しめるならそれでよいのです。






