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魔法少女を追いかけて

十二月になって、箱庭の中は優しいクリスマス色に染まった。

一年の感謝の気持ちを伝える日という印象もあって、商業施設は競うようにイルミネーションで外観を飾り贈り物を勧めている。

町のあちこちではクリスマスソングが流れて心を温めてくれる。

一般家庭でも各々が好きに家を飾ったり、庭にツリーを置いたりして楽しんでいる。

セテラの家もそうだった。

休日を利用して家を丸ごと飾っていた。

その作業も早くお昼には終わりそうで、セテラとパパは今、最後の飾り付けに取り組んでいた。

パパが大きな作り物のツリーを悪戦苦闘しながらガレージから引っ張り出して庭に置いてくれた。

セテラは、その飾り付けに特に時間をかけていた。

モールの位置、オーナメントのバランス、何度もツリーと睨み合って飾っていく。

とうとうパパは口出しも許されなくなった。


「セテラ。せめて、てっぺんに星を置いていいかな」


「だめ。それも角度が大事だから」


と、この調子である。

ママが昼食の時間を知らせても、セテラはツリーから中々離れようとしなかった。

やっと離れて食卓に向かったかと思うと、シチューをあっという間に飲み干して、パンの最後の一欠片を口に含みながら椅子を離れた。

イヌリンはそれを縁側で見守っていた。

セテラは食器を流しに運んだ後、縁側で靴を履きながらイヌリンに声を掛けた。


「寒くない?」


イヌリンはテレパシーで答える。


「超合金だからかな?意外と平気」


そこへママがやって来た。

手に持ったブランケットで優しくイヌリンを包んでやる。


「これならイヌリンちゃんも寒くないでしょう」


「うん!ありがとうママ!」


セテラはママの頬にキスをして庭に飛び出した。

パパは上着を羽織るとホットコーヒーを手に持って、わざわざ縁側に腰を下ろした。

寒いだろうしコーヒーもすぐ冷えてしまうにもかかわらず、娘の姿を近くで眺めたいがために移動した。

その後ろで、ママは容赦なく窓を閉めたのだった。

さて、それから一時間もしないうちに作業はようやく終わった。


「パパ!どう?」


セテラは寒そうに身を縮めるパパに寄り添ってきいた。

パパはズボンのポケットから携帯用電話機器テレフォンカードを取り出すと、ツリーを透かし見た。


「セテラ。並んで」


「はあい!」


セテラは可愛らしく駆けてツリーの隣に立った。

パパは少し近づいて、テレフォンカードの中にセテラとクリスマスツリーを納めて写真を撮った。


「あ!パパ、もう一枚お願い」


そう言うセテラの意図に気付いたお父さんは縁側に戻ってイヌリンを抱えた。


「何だこれ。温かいな」


「気にしないで。そういうものなの」


セテラはパパからイヌリンを受けとって、にっこりと笑った。

パパは二つの笑顔をきちんと写真に残した。


「セテラ」


と、ママがほんの少し開けた窓の隙間から手招きして呼んでいる。

セテラはすぐに駆け寄ってイヌリンを縁側に置いた。


「なあに?」


「おつかいを頼まれてくれる?」


「いいよ!」


二つ返事で引き受けた。

セテラは散歩が出来るのでお使いが好きだ。

ママはそれを知っていて、わざわざ頼んだのだった。


「イヌリンちゃん。ここで待っててね」


セテラはイヌリンを抱えて室内に戻ると、暖炉を模したヒーターの前にイヌリンを置いた。


「セテラ、気を付けてね」


「うん、行ってきます」


セテラはイヌリンの体にタッチすると、ママから財布の入ったエコバッグとメモを貰ってお使いに出発した。

エコバッグを前カゴに入れて自転車を走らせる。

マフラーに口を埋めて、手袋で袖を覆って、イヤーマフで耳を守って、防寒対策は完璧だった。

が、鋭く冷たい風はセテラの顔を容赦なく引っ掻いた。

箱庭の中はまるで冷凍庫のようだ。

しかも空は曇り模様。町は薄暗い影に覆われている気がする。

それでも町には夢や希望という素敵なエネルギーに満ちていて、まるで世界中が輝いているようにさえ感じた。

通り過ぎる人達の表情は厳しい寒さに負けずどこか柔らかだ。

クリスマスが終わって間もなく新年を迎える。

人々はクリスマスに新しい夢を見て、年末に希望を抱いて新年を迎える。

セテラは、ふと願いを口にした。


「今年中に戦いが終わって、来年は、イヌリンちゃんが安心して笑える、もっともっと楽しい一年になるといいな」


クリスマスソングが聞こえてきた。

スーパーの入り口から漏れてくるその歌に合わせて、セテラは小さく鼻歌をうたう。

自転車を止めて店内へ入ると、上機嫌に棚を巡り巡ってお使いをパパッと終わらせた。


「あれ?」


レジに並んでいる時、ガラス窓の向こうに魔法少女の姿を見た気がした。

セテラとは違う衣装だというのは遠目に確認できた。

魔法少女と判断したのは衣装と、何より手に杖を持っていたからだ。


「まさかね」


セテラは精算を済ませて商品を上手にエコバッグに詰めた。

そして自転車置き場に戻ると、また、遠くに魔法少女を見つけた。

彼女は横断歩道の向こうにいて、こちらをジッと見ているようだ。


「嫌な感じはない。パラドクスロボットの仕業じゃないの?」


セテラが自転車をこぎ出すと、彼女は逃げるように住宅街の奥へ駆けて行った。


「待って!」


つい口に出して叫んで、セテラはその背中を追いかけた。

横断歩道を渡って住宅街へ入ると、魔法少女は一本道の先で待っていた。

追いかけると彼女は右の路地へ駆け込んだ。

セテラが追うと彼女は逃げて、必ず遠くで待っていた。

そうして振り回されて、住宅街の奥へ奥へと誘われ、ついには工業地域までやって来てしまった。

そこは団地が幾つかあるだけで、あとは大なり小なり工業施設が集まっている地域だ。

セテラは彼女を追いかけて、とある寂れた工場の前までやって来た。

鉄の門が閉まっていて、立ち入り禁止、という旨が法律や罰則といっしょに書かれたプレートがそこに掛かっていた。


「ねえ!あなたは誰なの!」


工場の陰で、影になろうとする魔法少女に問いかける。

魔法少女は黙っていた。


「入ったらダメだけど……でも」


セテラはキョロキョロと辺りを見渡してみた。

人の気配は全くない。

そっと、恐る恐る鉄の門を指先で押してみた。

すると、鉄の門はギギギと擦れた音を立てて開いた。


「わあ、開いちゃった」


もう少し押し開けて、自転車を引きながらプレートの下を潜って中に入った。

それから門をきちんと閉じた。

頭に浮かぶプレートに書かれていた罰則を振り払う。


「ごめんなさい。どうか見つかりませんように」


セテラは祈る気持ちで慎重に歩を進める。

魔法少女はまた逃げてしまった。

自転車を引きながら走って、どんどん奥へ進む。

魔法少女は敷地内を音もなく駆け抜けて、最後に赤茶色に錆びたトタン屋根の小屋の中へ逃げ込んだ。


「もう勘弁してよぅ……」


セテラは自転車を工場の壁際に止めて、トタン屋根の小屋にビクビクしながら近付いた。

ガラス窓は割れて植物の蔦が建物に絡まっている。

いかにも出そうな雰囲気だ。

魔法少女はもしかしてオバケ?

そんなことを考えてしまい、セテラはブルッと体を震わせて臆病になった。


「イヌリンちゃんを呼ぼうかな。でも、声は届かないだろうし、それに魔法も使えないや」


今ここにいるセテラは、どこにでもいる普通の女の子。

いきなり何かに襲われてはひとたまりもない。

数分、セテラはそこで立ち往生することになった。


「あ、早く帰らなきゃ」


突然そう思うと、セテラの中で恐怖よりもお使いの使命が逆転して優位になった。

「よし」

と気合いを入れて、恐る恐るドアノブを回してみた。

錆び付いたドアノブはセテラの侵入を警告するように抵抗した。

カチャ。ノブが回りきった。

鍵はかかっていないようだ。

セテラは身を縮こませて、体で押すようにドアを開いた。


「お邪魔しまーす……」


室内は棚などがそのままあって、何かの部品があちこちに散乱していた。

割れた窓ガラスから頼りなく光が漏れていて、日溜まりを作っている。

倒れた棚を跨いで、奥へ進む。

奥へ奥へ奥へ奥へ……。

立ち止まる。

中が驚くほど静かなことに気付いた。

風の音も聞こえない。光もほとんど届かない。

薄暗い部屋の中、孤独なセテラは寂しさと恐怖で何度か振り返ってみた。

幸いにもオバケの姿を見つけることはなかった。

ここで戻ろうかと考えた。

その時、イヌリンの声がした。


「イヌリンちゃん?」


セテラは警戒した。

そんなわけがない。

イヌリンがここにいるはずはないのだ。

しかし、イヌリンはセテラを呼んでいる。

こっちへおいで。こっちへおいで。

繰り返し呼んでいる。

セテラは勇気を奮ってまた歩き出した。

声を辿って、扉を開けた。

トタンの壁に囲まれた廊下の先に探していた魔法少女が立っていた。


「あなたは誰!」


セテラはいよいよ叫んだ。

ガタガタガタガタ!!

瞬間、叩きつけるような音でトタンの壁が暴れ出した。

セテラはビクッとなって、目を閉じて肩を竦めた。

風の音が聞こえて、それが風の仕業と分かったセテラはゆっくりとまぶたを上げた。 

魔法少女の姿がない。

廊下の先の扉は半分だけ開いていた。

セテラはその中へ駆け込んだ。

扉の向こうは工場になっていた。

使い捨てられた大きな機械がひしめいている。

高い天井には穴が幾つか開いていて、今にも消えそうな仄かな日溜まりが点々と続いていた。

それを追って進むと、他の機械とは違って真新しい機械が独立しているのを発見した。

機械と機械の間、広いスペースの真ん中にそれは佇んでいた。

どの機械とも繋がっていない、しかも小綺麗で明らかな異物。

セテラは直感的にその正体を理解した。


「イヌリンちゃんの世界の超合金だ」


背後に気配がした。

振り向くと、追いかけていた魔法少女が怪しい笑みを浮かべていた。

セテラはイヤーマフを外す。


「あなたは誰なの?」


だれ?


「え?私にきかれても……」


おいで


「それはちょっと、やだ」


ともだちになろう


「どうしてかな。あなたとは、その、なれない気がする」


いっしょにいこう


「ごめんね、それも出来ない」


あたらしいせかいへ


「もう、ふざけないで!」


セテラが叫ぶと、魔法少女は杖の先を彼女に突きつけた。

表情は変わらず怪しいままだ。


「……どうするつもり?」


セテラは一歩後退りきく。


「もしかして私をやっつけるつもり?」


魔法少女は頷いた。


「あなたがパラドクスロボットを操っているの?」


魔法少女はまた頷いた。


「あなたの目的は何なの?」


せかいはめつぼうする


「え!だめだよ」


あたらしいせかいへいく


「どういうこと?」


せかいはめつぼうする


「おーい」


あたらしいせかいへいく


「待った!あなた、さっきからまるでロボットみたいだよ」


魔法少女は二つの文章を繰り返すようプログラムされていたみたいに言葉を連続する。


「世界は滅亡する」


「新しい世界へ」


セテラはとうとう両手で頭を抱えた。


「ストップストーップ!」


魔法少女はピタリと話すのをやめた。

そして、まるで学習しようとするみたいにセテラを見据えて観察する。


「とにかく私はあなたと戦わないし、こうなったら逃げる!ごめんなさい!」


セテラは一息に捲し立ててしっかり頭を下げると、その場から走って逃げた。

追いかけてくる音はない。

それでも、とにかく一目散に逃走した。

正直、得体の知れない気味悪さを感じていた。

セテラは胸のうちのモヤモヤを気にしながらも、ようやく小屋から脱出した。


「ふう、まったく、とんでもないオバケ屋敷だったよ。はやく帰ってイヌリンちゃんに話さなきゃ」


と、その時だった。

いきなり心臓をつんざく警告音が空で鳴った。

その重くのしかかる威圧にセテラはイヤーマフを耳に押し当てて、側にあった外付けの鉄階段の下に慌てて駆け込んだ。

瞬く間に箱庭の壁や天井が白一色になって、箱庭全体が夏の日中のように明るくなった。


「ふえぇぇん!怖いよぅ!誰か助けてえ!」


うずくまるセテラの体がビリビリと痺れるほど警告音は凄まじい。

音が箱庭に充満して今にも爆発しそう、そんな勢いだ。

セテラはこれが何を警告しているかよく知っていた。

だから、避難しようと小屋を振り返った。


「はやく建物の中に避難しなきゃ」


セテラは泣きじゃくりながら、手で頭を守って低く屈んだまま移動しようとする。

しかし震えが止まらず、足が思うように動かない。


「うう……誰か助けて……」


そこへ。


「セテラ!」


イヌリンが魔法でジャンプして駆けつけた。

セテラはカエルのように飛び付いた。


「イヌリンちゃあん!!」


「よしよし。怖かったね」


「大変だよ!攻撃されちゃうの!」


セテラの言葉は途切れ途切れだったが、イヌリンは聞き取ることができた。


「そう、攻撃よ。パラドクスロボットのね」


「ふぇ……?」


「感じない?パラドクスロボットが、ついにこの町に現れたの」


「え……?ええー!!」


「何だか懐かしい反応」


「もっと、もっと?あーもうとにかくとっても大変だよ!」


「落ち着いて落ち着いて。ね」


イヌリンはセテラが泣き止むのを待った。

セテラはポケットからハンカチを取り出して涙を拭った。

警告音はまだ鳴り止まない。


「落ち着いた?」


「うん」


「じゃあ、目を閉じて。何が起きているのか確認してみよう」


セテラは目を閉じて、チクチクする気配を辿ってみた。

まぶたの裏で意識が鳥のように飛んで、やがて山裾に近い町から火の手が上がっているのを見下ろすに至った。

背の低いビルの間に人型の超合金ロボットが佇んでいる。

その姿は、どこかメクルメクアイに似ている。

漆黒の体に緋色のパーツが付属して、各部に透明なネオン菅が浮いていた。

直線に並ぶ炎を追って視線を移すと、天井から壁にかけて大きな穴が開いて、以前に遠足で訪れた山に巨大な鉄屑が転がっていた。

その一部は山裾の村里にも落ちていた。

鉄屑のほとんどは燃えて黒煙を吐いていた。


「おじいちゃんとおばあちゃんが住んでる村だ」


セテラはハッとして目を開けた。

嫌な汗が噴き出して止まらない。

バクバク脈打つ心臓の音が脳内にまで響く。


「どうしよう!イヌリンちゃん!」


「ひとまず急いで帰ろう。家族が心配してるはずだから」


「でも、あのロボットはどうするの?みんなを守らなきゃ」


「動きはないし、下手に刺激しない方がいいと思う。とにかく今のうちに帰ろう」


「……分かった」


いまいち納得出来ないまま、セテラが自転車を引いて敷地の入り口にある門の所まで戻ると、警防団の男が三人待っていた。

セテラは目を見張り体を硬直させる。

そのなかで特に年配だろう一人がしわがれた声で厳しく問い掛ける。

セテラは胸がチクリとして肩を竦めた。


「どうしてここに立ち入った?」


「あの……子猫を追いかけて」


「嘘は吐かない方がいい」


セテラは三人の男に睨まれて目を落とした。

何て言い訳しようか迷っていると、年配の男がセテラの肩を掴んだ。

ちょっと痛いと思うくらい大人の力を感じた。


「これからは興味本意で勝手に立ち入らないように。いいね」


そう言って、中年の男がその手を取り払ってくれた。

セテラは無言で頷いた。

中年の男は続けてセテラから家の住所をきくと、セテラの護衛を買って出た。

男はセテラの後ろについて歩く。

そして、こちらでも避難勧告が出るかも知れないことをセテラに告げた。

セテラはずっと前だけを見て歩き続けた。


「ところで、実は俺にも君と同じ年頃の娘がいてね」


突然、男が優しい口調で話す。

セテラは少し興味を持って一度振り返った。

男は儚い眼差しで真っ白な天井を仰ぎ見ていた。


「娘に。そして君にも大事があってほしくないんだ」


男は自転車を掴んで止めた。

セテラがまた振り返ると、男は様変わりして、セテラがドキリとするほど真面目な顔に険しい目つきでこちらを見詰めていた。


「いいかい。現場には決して近付かないように」


警告は続いている。


「何があっても家族の側にいるんだ」


セテラが訝しげに見つめ返すと、男は念を押して言葉を繰り返した。


「分かったね?」


「……はい。分かりました」


警告音は家に着いても鳴り止まなかった。

男は玄関でセテラの両親に挨拶だけすると、無断で立ち入ったことなどは何も話さず直ぐに立ち去った。

セテラがその背中にお礼を伝えると、男は振り向くことなく手を上げて応じた。


「セテラ。怪我はないか?」


「ママもパパも心配で。そろそろ探しに行こうと思ってたの。あなた、よりにもよってテレフォンカードを家に忘れたでしょう」


言われてセテラはあちこちのポケットを叩いてみた。

が、パスケースの感触はどこにもなかった。

そもそも、パニックを起こして電話のことなど頭になかった。


「あ、うっかりしてた」


「セテラってばこんな時にまで」


両親はセテラを優しく抱き締めた。

ここでやっと安心することができたセテラは、両親の胸に顔を埋めて笑みをこぼした。


「そうだ!パパ、ママ、聞いて!おばあちゃんの家が大変かも知れない!」


思い出して慌てるセテラの頭を、パパが柔和な手つきで撫でてなだめる。


「大丈夫。二人とも無事だよ」


「本当?」


「いま避難所にいるみたいだから、ママとパパで様子を見てくるね。もしかしたら封鎖されていて会えないかも知れないけど」


ママはそこまで言って頭を振った。


「とにかく。セテラは大人しくお留守番しててね」


「ママもパパも行っちゃうの?危ないから……でもそうだよね。おばあちゃんもおじいちゃんも危ないんだもん」


「パパが必ずママを守る。そして、ちゃんと帰ってくるよ」


セテラはその言葉を信じた。

パパはいつでも頼りになるカッコイイ人だから。


「行ってらっしゃい。二人とも気を付けてね」


両親は車に乗って、黒煙が立ち上る方へ向かった。

警告音はもう止んでいた。

けれど、セテラの心臓はまだバクバクして不安でいっぱいだった。

セテラは自室のベッドに倒れ込んで暖房のスイッチを入れた。

そして、パスケースに入ったテレフォンカードに届いた友達からのメッセージを確認しながら、イヌリンにこれからのことを相談する。


「とにかく動かない。というより動けないかな。君の両親が言うように、今は避難してる人達がいるから、それが終わるまでは動かない方がいい」


「もしロボットが動き出したら、その時はいくよ」


「うん。ところで、どうして工場なんかに、それも入っちゃ駄目なところにいたのか教えて」


「そうそう。それはね」


セテラは一つ一つ順を追って説明した。

イヌリンは黙って聞いていた。

何か深く考えているらしいことをセテラは感じ取った。


「イヌリンちゃん。何か分かることはある?」


「いくつか。ハッキリとは分からないけれど、こうじゃないかな、ていう考えはある」


「教えて」


「まずは、君が出会った魔法少女は特徴からして、きっと私ね」


「ええー!!」


セテラは飛び起きて驚いた。


「うっそー!イヌリンちゃんてば人間だったの!」


「うん。そう言えば」


「あれ?じゃあ、あれ?あそこにいたのはあれ?」


「セテラ、落ち着いて」


「色々あって混乱してるの」


「いい?今まで話してなかったけど、話したくなくて話さなかったけど、私は過去に魔法少女になって、メクルメクアイに乗って戦って、そして負けたの」


「あ……そうなんだ」


「それで何かもかも消えてなくなるんだと思ったら、なぜか私は平行世界にいて、どうしてかシャインマスコットの超合金チコリーと一つになっていたの。それから何度も平行世界を渡って、この世界にやって来て、そして君に出会えた」


「ちょっと待って。あーだめ。頭がクラクラする」


「ずっと緊張して疲れているのよ。話は後にして、君は少し眠るといいよ。私はその間にもう一度よく考えてみるから」


「分かった。そうするよ」


セテラは上着を脱いで布団に潜った。

どんどん温かくなって、ストンと眠りに落ちた。


「セテラ。ご飯できたよ」


どれくらい眠っていただろう。

ママがいつもと変わりなく優しく起こしてくれた。

セテラは目を擦ってママの恋しい顔を見上げる。


「ママ……帰ってきたんだね」


「お爺ちゃんとお婆ちゃんには会えたよ。元気だった。でも、まだ避難所からは出られない」


「そっか」


ふと窓の方を見るとカーテンの隙間から白い光が漏れていた。

セテラはゆっくりと体を起こす。


「私、朝まで寝ちゃった」


「ううん。今はまだ夜よ」


「え?」


「今夜は朝までずっと電気を点けておくみたい」


「そうなんだ」


「はやく降りてらっしゃいね」


ママはセテラの頬を撫でて一階に降りていった。

セテラはイヌリンを探して机の上に見つけた。


「イヌリンちゃん」


「何?」


少し躊躇うように間を開けてきく。


「あなたの本当の名前は何?」


「そんなこと気にしない気にしない。それより早く降りてご飯を食べなさい。冷めちゃうよ」


「はあい」


セテラは扉を閉める前に隙間からイヌリンを見て、自身によく似たあの魔法少女の姿を重ねた。


「もしかして、あなたは私?」


小声で問う。

暖房のゴーという風を吐く音しか聞こえない。

セテラは、そっと扉を閉めて一階へ降りた。

夜は何事もなく穏やかに過ぎていった。

テレビはどこも緊急ニュースをやっていて、大人たちが崩壊した町の様子を観察しながら原因をあれこれ議論していた。

テレビにはパラドクスロボットは映っていなかった。

カメラには映っていなくてもそこに確かにいる。

セテラは眠る直前までずっと感じていた。

まるで引き寄せられるみたいで、ちょっと心を許せば飲み込まれてしまう感じがした。


「朝になったけど、昨日と同じで外は真っ白だ」


セテラは朝食を終えて部屋に戻り、机に向かって、これからのことをぼんやりと考えていた。


「お父さんは仕事で、お母さんは家にいる。出掛けるのは難しいよ」


「あのパラドクスロボットはいつもと違う。あそこから離すのは不可能だと思う。だからもし戦えば、衝撃とかここまで伝わっちゃうでしょうし、何よりまた警報が鳴るでしょうね」


イヌリンも困り果てて、どこかぼんやりとしていた。


「私が部屋にいないってなったら、もちろん心配させちゃうし」


「今のところディスオーダーがないだけラッキーね」


「どうしてディスオーダーは起きないんだろう」


「それは、いよいよ決着をつけるためだと思う」


「私達と?」


「正しくは、私、とね」


セテラはまた、昨日の魔法少女のことを思い出した。


「昨日のイヌリンちゃんは何なの?」


「魔法による投影か何かでしょう。私があれに関わったから」


「あれ?」


イヌリンはきちんと話すことに決めた。

世界の滅亡に備えて平行世界に渡る計画を立てていたこと。

その試験時に事故を起こしたこと。

家族や大切な人たちを失ったこと。

ドラゴンの姿をしたパラドクスロボットと戦って負けたこと。

自身の名前を除いた全てを淡々と話して聞かせた。


「大変なことがあったんだね」


「君が落ち込む必要はないよ」


イヌリンは笑って言った。


「とにかく、昨晩ずっと考えてみて分かったことがある」


「教えて」


「一つめ。もう一人の私は、時空超越装置に搭載された人工知能が魔法で投影した存在だってこと」


「ふんふん」


「二つめ。時空超越装置は人々の強い想いを受けて、破滅の絶望、そして並行世界への希望を同時に叶えている可能性があること」


「ほうほう」


「三つめ。もしかしたらパラドクスロボットは倒しても倒してもきりがないこと」


「それはどうして?」


「多分だけれど、時空超越装置の要になってる魔法粒子加速器を壊さないと終わらないと思う。それが魔法を使ってパラドクスロボットを生み出してるんだと思う。理屈はさっぱり分からないけどね」


「何のために?」


「それも考えてみたんだけれど、そうね。メクルメクアイを警戒してのことかも」


「そっか」


「どんなに壊しても再生するし分裂すると思うよ。魔法粒子加速器を壊さない限り、ずっとずっと繰り返されるはず」


「その魔法粒子加速器は昨日、私が工場で見た大きな機械のこと?」


「あれこそ時空超越装置で、魔法粒子加速器はその中にある。メクルメクアイの中にあるのと同じものよ」


「じゃあ、工場に行けば」


「ううん、だめ。もう移動してるはず」


「そっかあ」


「でも、わざわざあなたを誘ったってことは、逆にこちらの誘いにも乗るはず」


「ということは、あのロボットをやっつけて、出てこーいて呼べばいいんだね」


「その通り!それでおしまいよ!」


「あ、でも出てこなかったらどうしよう」


「ちょっと、こんな時にネガティブなこと言わないでよ。もしそうなったら私が暴れて叫んでやる」


セテラは道路をコロコロ転がりながら喚く超合金チコリーの姿を想像してクスクスと笑った。

ちょっとだけ緊張がほぐれた。


「なに笑ってるの?」


「ううん。それよりもイヌリンちゃん」


「なに?」


「あなたは人間に戻れないの?」


「え?それは……考えてもみなかったけど」


「どうして?」


「どうしてもこうしても。人間に戻ったところで私には」


「もしかしたら世界は消えてないかも知れないよ!諦めないで!」


セテラは声を張り上げて希望を伝える。


「大切な気持ちをなくしちゃだめ。もしかしたら、全部やり直せるかも知れないじゃない」


「やり直せるかも、知れない」


「そうだよ。時空何とか装置に、もう一度お願いしてみよう」


「その発想はなかった。セテラってば本当に奇抜な発想が得意ね」


「だって魔法だもん。魔法少女だもん。テレビで見たことあるよ。魔法少女は愛と勇気で奇跡を起こして、それでみんなの、どんな願いだって叶えちゃうの。ロボットは出てこなかったけど」


「ああ、同じだ」


イヌリンも幼い頃にテレビで見た魔法少女の姿を思い出した。

夢見る女の子はとってもキラキラしていた。

大人たちが子供たちに魔法が身近で安全なものだと教育するための、ちょっと常識外れな存在、それが魔法少女。

子供たちの誰もが、大人になれば望む姿になれるし何でも出来ると信じて夢を重ねた。

今はそれが大袈裟な作り物だと分かっていても、彼女にとってはやっぱり本物で、今でも憧れの存在なのだ。


「私は憧れて魔法少女を名乗って、やり直せるって信じ続けた。でもそのキラキラを、あの日に私は忘れた」


「その気持ちを思い出せたなら、あなたもやっぱり魔法少女だよ」


「私はもう違う」


「そんなことない」


「そんなことある。今は、君だけが世界でたった一人だけの魔法少女」


「イヌリンちゃん……」


「そう。私は魔法少女をサポートするシャインマスコットのイヌリンちゃん。それでいいの」


イヌリンはキッパリ言った。

彼女は時に超合金のように頑固で、こうなっては話を聞いてくれないところがある。

それを分かっていたセテラは机を離れてベッドに身を投げた。


「あなたが何もしないならそれでもいい。私が叶えちゃうんだから」


枕に顔を埋めて言ってやった。

そして目を閉じて、どうやってパラドクスロボットのもとへ向かおうか考えた。

おじいちゃんにおばあちゃん、それに避難している町の人達のことが気掛かりだ。

セテラは唸りながらベッドの上をゴロゴロと転がって壁に頭をぶつけた。


「だめだ!もうママに言うしかない!」


「私は魔法少女で超合金ロボットに乗って戦いに行くって?」


イヌリンは呆れて溜め息を吐いた。


「信じてくれるわけないでしょう。それにだめ、余計に心配させちゃう」


「絵音ちゃんも、真理亜ちゃんも、ミヤちゃんもお出掛け禁止だって」


セテラは横になりながらテレフォンカードを眺めて言った。


「子供は外出禁止令が出てるんだから当然よ。もし見られたら逮捕かも」


「もう昨日みたいに怒られたくないよぅ……」


突然。

昨日と同じく警告音が鳴り響いた。

屋内にいようとも、それは思わず身を伏せるほどの重圧をセテラに与えた。


「ごめなさい!外には出てません!」


「何言ってるのセテラ。きっとパラドクスロボットが動き出したのよ」


すぐにバタバタという音がして、ママが慌てて駆け上がってきた。


「ママ、お腹の赤ちゃんに良くないからあんまり激しく動いちゃダメだよ」


「いいからセテラ!早く避難するよ!」


セテラは言いつけられて昨晩のうちに荷物をまとめておいたリュックを背負って、イヌリンを両手で抱えた。

それを見たママが真剣な顔で注意する。


「オモチャは置いておきなさい」


「オモチャじゃないもん!」


「セテラ!今は一大事なの!」


「分かってる!だからこそだよ!放っておいて!」


「放っておけない。もし逃げ遅れたらどうするの。ママの気持ちも考えて」


「絶対に大丈夫」


「昨日パパに頼まれたよね。ママのことよろしくって。両手が塞がってちゃ、ママのことも、自分のことも、いざという時に困ることになるよ。それでもし……」


セテラにはママの気持ちが痛いほど分かった。

ママのことをパパの代わりに守らなきゃならない。

産まれてくる妹のことも守らなきゃならない。


「分かった」


イヌリンが心に語りかける。


「行って。見つからないように後で合流するから」


イヌリンと心のなかで約束したセテラはリュックを背負い直してママの手を取った。


「階段はゆっくりだよ。私が支えるから」


「うん。お願いね」


外へ出ると、遠くから微かに爆発音が聞こえた。

母二人は走り行く人を追うようにゆっくりと歩を進める。

時折、地面が小刻みに振動する。

振り向くとそこには何もいない。

揺らめく黒煙と炎の赤い光が見えるだけだ。

しかし、確実に何かが迫ってきているのをママも感じて不安になっていた。


「何がどうなっているのかな?」


「ママ、心配しないで。もうすぐ恐いことはなくなるよ」


「どうして分かるの?」


「だってパパが頑張ってくれてるから」


セテラのパパは今朝も鉄道駅で働いている。

線路は貴重な生命線だからだ。

そして警告音が鳴り響く今はきっと、臨時で警防団の役目も果たすことになっている。

この国の大人の男性のほとんどが、その役目を決められていた。


「パパが頑張ってる。私も頑張る」


セテラは決めていた。

ジッと悩んでいる余裕なんて初めからなかった。

滅亡の針は今も平和な時を蝕んでいる。

避難所に着いたら隙を見て戦いに赴こう。

私がみんなを守って世界を救うんだ。

そして、イヌリンちゃんを幸せにする。


「やっと着いた」


二人は十五分ほど歩いて、図書館と一体の公民館へ着いた。

そこは一際頑丈な作りになっていて、地下の避難所へ続く入り口がある。

公民館の他にも学校などに避難所の入り口はあり、セテラの家からはここが一番近い。

公民館の入り口には避難しようという人の列が出来ていたが、警防団の避難誘導のおかげでスムーズに前に進んでいた。


「もうすぐだよママ」


「大丈夫。まだ歩けるよ」


セテラが前を見ると、誘導している警防団の人のなかに見覚えのある顔を見つけた。

昨日、セテラのことを家まで送ってくれた中年の男だ。

彼は確か娘がいると話していた。

彼の家族が無事に避難していることをセテラは切に願う。

公民館の中に入って、スロープを折り返し何度か下って、灯りの続く廊下を少し歩いた。

番号の書かれた部屋が幾つも並んでいて、どこも満員だった。

やっと案内された部屋も避難した人でたくさんだった。

真っ先に警防団の人に貰った避難用具からクッションを取り出すと、ママをそこへ座らせてあげた。


「どこへ行くつもり?ママを一人にしないで」


「どうしてもお腹が痛いの。だからトイレに行ってくる」


ママは立ち上がってセテラを抱擁すると耳元で囁く。


「トイレに行きたい顔じゃないよ、セテラ」


「へ?」


セテラは気付かれたのかとドキッとした。

ママはセテラの両頬を掴んで目をしっかりと見つめる。


「友達のところに行こうとしてるでしょう」


「あ……ああ!うん!バレちゃった?」


セテラは誤魔化すようにペロッと舌を出した。

でも、嘘を吐くのは好きじゃない。


「あんまりよ。ママを置いて行くなんて」


「ごめんなさい」


「でも、ここなら安全だろうし行っておいで。ママは昔、友達と別れたまま結局会えなかったから、セテラには会ってほしいと思う」


「それって……」


「ごめんね。暗い顔しないで、昔の時代の話よ。現在なら大丈夫。とにかく、ほら、さっと行って戻ってらっしゃい」


ママは目に涙を浮かべて微笑んだ。

セテラはママの胸に顔を押し付けて、もう一度ちゃんと謝った。

ママはいつでも優しい。

笑って許してくれた。

それが辛くて、セテラは早足で部屋を出た。


「人のいないところなんてないよね?」


人の流れに逆らって歩きながら心のなかでイヌリンに話しかけてみる。

応答は早かった。

距離が離れているせいか、声もまた遠かった。


「人も厄介だけどカメラも厄介ね。そこの通路だけじゃない。透視の範囲を広げたら建物にも、町のあちこちにも、高い天井にまでカメラを見つけちゃった」


「ええー!じゃあ今まで見られてたかも知れないってこと!」


「少なくとも、工場の件についてはそうね」


「お散歩の時に一人でドングリ拾って投げて遊んでたのも見られてたってことかな。あー恥ずかしい」


「ん?」


「何でもない何でもない」


「じゃあ話を戻して。公民館も避難所の入り口があるからか、どこもカメラだらけよ」


「どうしたらいい?」


「公民館に併設された図書館なら大丈夫そう」


「本当に?」


「うん。今ならみんな避難して人がいないしカメラも少ない。ただ、入るところはやっぱり見られると思う」


「それはいいよ。後でまたこっそり図書館から出ればいいだけ」


「じゃあ、児童書コーナーにある読み聞かせ室に来て。そこならカメラはない」


「待って」


「なに?」


セテラは背中を壁に預けて、ポケットから取り出したテレフォンカードを操作した。


「みんなに会いたい」


セテラは仲良しグループのメッセージ板に大好きな言葉ひとつだけ送った。

「またね」

その言葉はメッセージ板を共有する四人の友達にすぐ読まれ、必ずまた会おう、という内容の返事がユニークなキャラクタースタンプといっしょに続々と届いた。


「もう会えないのかな」


そう考えると不意に涙があふれてきた。

負けるつもりはない。

でも、この状況では不安が勝ってしまった。

イヌリンは黙っていることしか出来なかった。


「またねって言ったもん。また会える」


セテラは涙をこぼすことなくキリッと顔を引き締めると、人を避けて進み、スロープを上がって公民館まで戻ってきた。

止めどなく流れる人の波を潜り抜けて様子を窺うと、図書館はもぬけの殻のようだった。

入り口前には誰もおらず、誰も見向きもしない。

セテラはチャンスと飛び込んで児童書コーナーの奥にある読み聞かせ室に隠れた。

イヌリンはその中央で笑顔を光らせて待っていた。


「おつかれ」


「ふう……バレてないよね?」


「大人がカメラを遮って、もしかしたら入るところすら映ってないかも」


「それならラッキーなんだけど」


イヌリンの体から虹色の超合金の板が飛び出す。


「セテラ。心の準備は出来てる?」


セテラは力強く頷いて呪文を唱える。


「願いよ願いよ飛んでけ!」


セテラの体を布のように薄くなった超合金の板が包み、服と一体化して魔法少女の衣装に変化させた。

華麗に変身を遂げたセテラは、さらに飛び出した魔法の杖オーティスティックをしっかり受け取った。

拍子に重さで姿勢を崩した。


「おっとっと」


「もう。締まらないんだから」


「だって重いんだもん」


セテラは口を尖らせて愚痴ったあと、表情を愛らしく一変させた。

それから小首を右に傾げて、高く伸ばした右手で杖をやや斜めに構えて持ち、それとは対照的に左手は下げて、右足を前に出して左足に交差させた。

そんな風に可愛らしくポーズを決めて、最後に決め台詞を叫ぶ。


「超合金魔法少女セテラ!」


イヌリンはセテラの努力を超合金らしく冷ややかに見守って反応しなかった。

セテラは意地悪なイヌリンを杖の尻で軽く小突いてやった。


「ちょっと何か言ってよ」


「何を言うのよ。えーと、かわいいかわいい」


「えへへー。でしょー」


「照れてないで、いくよ」


今度はイヌリンが、舞い上がるセテラの足を小突いた。

セテラは気を取り直し、杖を握り締めて呪文を唱える。


「ホップ、ステップ、ジャーンプ!」


セテラは燃える町の手前、とあるビルの屋上にジャンプした。

おもむろに前進していた人型のパラドクスロボットは気配を察知して立ち止まった。

箱庭の天井にある消火装置が降らせる雨が二人を分かつ。


「町をこんなに滅茶苦茶にして、私、また本気で怒っちゃうよ!」


セテラの心の叫びを受けたパラドクスロボットは右手を彼女に向けると、開いた掌の前に真っ赤な魔法陣を展開して、突として灼熱の魔法弾を撃った。

撃たれたビルの頭は衝撃を受けて一瞬は砕けたものの、爆発するのではなく瞬時に白熱に融解してドロドロと溶け出した。

たちまち消火装置が作動してそこへ雨を降らす。

白熱は次第に収まり、溶けていた鉄筋は歪に凝固していく。


「願いを乗せて」


メクルメクアイが淡い光を放ちながら具現化する。

大通りに着地して道路を陥没させた。


「光り輝け!メクルメクアイ!!」


セテラの叫びに応え、メクルメクアイは起動して緑の目を光らせた。

ネオン菅はヴァーミリオンに発光。

エネルギーを開幕からラブバースト手前まで全開にして短期決戦に臨む。

対して敵も緑の目を光らせた。

そして低い雄叫びを上げるとネオン菅がスカーレットに発光した。


「セテラ、最低でも二回は戦うことになると思う」


「分かってる。今までで一番辛い戦いになるんでしょう」


「相手が今度こそ本気みたいだからね」


「でも、二人なら勝てる」


超耐熱合金アイロンドライヤーの両肩にあるマジカルロケットが唸る。

メクルメクアイも同じくマジカルロケットを唸らせた。

間もなく、同時に疾走して激しく衝突。

グワァン!!

その衝撃による甲高い重厚音は箱庭全体に轟き、衝撃波が足下のアスファルトを弾いて雨粒とともに弾き飛ばした。

飛び散ったアスファルトの瓦礫が周囲のビルをことごとく破壊する。

メクルメクアイはその一棟に、圧倒的な暴力で顔面を叩きつけられた。

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