黒い悪魔がやってきた!
セテラは毎日、密かに、イヌリンの指導を受けて魔法の練習をするようになった。
もし、またいつかアレがやって来るかも知れないから。
今夜は、魔法の杖を構えて「お気にのトラさんぬいぐるみ」を宙に浮かせている。
意識が途切れないよう瞬きも控えて集中する。
巨大ロボットは意外と簡単に操作できたのに、ぬいぐるみを浮かせる魔法の難度は格段に上だった。
セテラは思わず愚痴をこぼす。
「ロボットを動かす方が簡単だったなあ」
「あれは特別よ。私のサポートを除いて、理由は大きく分けて二つ」
一つめは、メクルメクアイは魔法の杖と同じで魔法を扱いやすい超合金で造られているということ。
二つめは、セテラと同調して量子コンピュータや人工知能などが補助してくれているから。
「それじゃ、今度は手足を動かしてみようか」
「やってみるね」
浮かせるイメージを保ったまま、手よ動けと念じる。
お気にのトラさんぬいぐるみはそれに応えて、ぎこちなく手を振ってくれた。
「やったね。じょうずじょうず」
今度は足を動かそうと試みた。
しかし念を込めすぎたのか、お気にのトラさんぬいぐるみは、とんでもない勢いで急上昇してバシッと天井に叩きつけられてしまった。
「きゃあー!トラさん!」
トラさんはボトリと床に落ちて力なく伏した。
セテラは急いで拾い上げて抱きしめた。
「ごめんね。トラさん」
「今日の練習はここまでにしよう。明日は運動の日でしょう」
「そうする。今日は、トラさんと寝る」
こうして、イヌリンは仕方なく机で眠ることになった。
明くる朝。
いよいよ運動の日がやって来た。
セテラはパラドクスロボットの襲来と同じくらい緊張して玄関で足踏みしていた。
ママがその背中を応援するように押して、セテラは絵に描いたような秋晴れの下に飛び出した。
「セテラおはよー!」
ミヤは今日も飛びっきり元気だった。
噴水の縁に乗ってふざけて足を踏み外したのだろう。
これから運動をするというのに彼女の片足はびっしょり濡れていた。
「もしかして緊張してる?」
絵音は言って、ママと同じようにセテラの背中をぽんぽんと叩いた。
「緊張するよー。だって、家族が見に来るんだもん」
「あ、そっちの緊張か」
「私は、絵音ちゃんみたいに運動が得意じゃないもん」
セテラは言って、拗ねたみたいに頬をぷくっと膨らませた。
絵音はセテラの胸に力強く拳を当てて言う。
「女の子もガッツだよ!」
セテラはパラドクスロボットとの対決を思い返した。
二度戦って、どちらも苦戦した。
鹿みたいなのは考える時間もくれないくらい攻撃してきたし、土星みたいなのはとにかく強いし硬いしで本当に困った。
けれど、負けたら終わりだからセテラは諦めなかった。
イヌリンちゃんと協力して頑張った。
今だって一人じゃないから心細くない。
きっと何とかなる。
「わかった!みんな頑張ろう!」
セテラが奮起すると、みんなは前向きに応えてくれた。
おかげでセテラの胸は元気やる気の負けん気でいっぱいに膨らんだ。
「そろそろ出発しないと遅刻しちゃうよ」
水時計を見上げて真理亜が言った。
ミヤが足を曲げたり伸ばしたりしながら、かけっこを提案する。
「準備運動にいいだろう」
「疲れちゃうよぅ……」
「セテラは弱っちいな」
「何だとー!」
今にも走り出そうとするミヤの手と、追いかけようと準備万端の真理亜の手を、絵音がしっかり取って引き止めた。
「危なくて迷惑だから走らないの。早足で行くよ」
「競歩だな」
「ミヤ、いい加減にしないと怒るよ」
仲良くガールズトークをしながら登校すると、校内はポジティブな気持ちとネガティブな気持ちが騒がしく満ち引きしていた。
セテラはネガティブの波に足を取られて、つい躓きそうになった。
でも、ガッツでネガティブなんてひょいと飛び越えてやった。
「今日もいい天気」
ホームルームを終え、セテラは他の生徒といっしょにぞろぞろと校庭に集合して、ふと空を見上げた。
体をうんと伸ばしてみるも、今までみたいな爽快感は湧いてこなかった。
ぼーっと絵空事を見上げる。
何だか窮屈で息苦しく感じた気がした。
それからバスに乗って、友達とまたガールズトークを弾ませてスポーツセンターへと移動した。
バスを降りて運動場へ入ると、早くも緊張はピークに達した。
陸上トラックの中央にある芝生グラウンドに集まって観客席に目を遣ると、そこにはポツポツと保護者たちが集まりはじめていた。
間もなく、簡単な開会式を終えて第一競技の玉入れが始まった。
セテラよりも小さな子供達が、運動場に立てられた背の低いカゴに可愛らしく玉を投げている。
いつの間にかぎっしりと集まった保護者たちは、我が子あの子どの子、みんなの可愛らしさにうっとりしながら応援している。
運動の日に行われる競技というのは学校ごとに様々で、セテラの通う学校は何故かボールを使った競技に夢中だった。
この後にはドッジボールやフットサル、セテラが参加する玉転がしに、棒で挟んだ玉を運ぶ競技もあり、目玉には、卒業を控えた上級生たちが空気で膨らませた玉のなかに入って走る競技がある。
セテラはそれを楽しみにしていた。
見るのがではない。早くやりたいとうずうずしている。
あと一年の辛抱だ。
「んー?」
目を凝らしてみる。
異変に気付いたのは、グラウンドの隅に立てられた待機用に設けられたテントの下で、二点先取のフットサルを眺めている時だった。
前触れなく、初めは陽炎のようにぼんやりと、見たこともない巨大な木々や奇妙な草花が生い茂りはじめた。
やがて濃い緑の匂いが漂ってきそうなほど鬱蒼と茂って、ついに運動場は森に覆われてしまった。
それは間違いなく世界の終わりの前兆、ディスオーダーであった。
その事態にもう驚くことはなかったのだが、セテラが恐ろしさに身を強張らせるほどのドッキリは不意に現れた。
それは図鑑や教科書で見たことのある恐竜という古代に絶滅した大きな生き物だった。
恐竜の登場はセテラの背後からだった。
それはいきなり、セテラをぐわーと跨いで現れた。
彼女十人分の大きさはあるギガノトサウルスという種であった。
もちろん彼女はギガノトサウルスなど知らない。
「きゃあ怪獣……!」
と小さく短い悲鳴を上げて、思わず隣に座る真理亜に抱きついた。
「怪獣?どうしたの?」
見上げて目を丸くするセテラの顔を覗き込んで真理亜は案じた。
彼女の顔の前で手を振ってみるも、彼女は何かに驚いたまま硬直している。
その視線を辿ってみるも、その先には平坦な空があるだけだ。
真理亜は彼女の体を揺すってみた。
「おーい。セテラ」
「はっ……!何でもないよ!何でもないったら何でもない!」
「そう。ならいいけど」
ギガノトサウルスはノシノシと歩いて深い森の中へと消えていった。
セテラは直ぐに立ち上がると、急いで運動場を出て、人気のないところへ向かった。
原っぱの草を食む草食恐竜しかいない公園に見つけた木陰のベンチに座って心のなかで救援を呼び掛けると、忽然とイヌリンが隣に現れた。
魔法によるジャンプ、つまり転移したのだ。
「大変大変、ディスオーダーがはじまったね。パラドクスロボットの気配も感じるよ」
本人は慌てているけれど、セテラがマジックで描いた顔が笑っているので奇妙な感じがして、それが少し可笑しくて、セテラは頬も気持ちも緩んで落ち着くことができた。
ちなみにこの顔はお風呂に入るといずれ消えてしまうので、その度にセテラが描き直している。
中々に上達したものだ、とセテラは内心で自分を褒めた。
「どうしたのニヤニヤして」
「この顔は今までで一番じょうずに書けたなーて」
「もう。そんなこと後にしてちょうだい」
「ごめんなさい」
「さ、気を取り直して変身よ」
セテラはキョロキョロと辺りを見渡して何度も人がいないことを確かめてから、早口で呪文を唱えた。
「願いよ願いよ飛んでけ!」
イヌリンの体が淡く光って虹色の超合金の板が飛び出し、あっという間に体操服は可愛らしい衣装に変わった。
「誰かに見られてないかなー恥ずかしいなー」
外での変身は羞恥心をくすぐった。
セテラは追加で飛び出した魔法の杖を受けとると、それに抱きついて恥ずかしさにくねくねと身悶えした。
そんな彼女の前を、小さな恐竜の群れが一つ通り過ぎて行った。
「君の姿は、私が魔法を使って普通の人には見えないようにしたから平気」
「助かるー」
「メクルメクアイと違って、その魔法少女の衣装は純粋な超合金じゃないから君の姿が他の人に見えちゃう。これからは一工夫しなくちゃね」
「パリパリロボットも普通の人には見えないんだよね」
「うーん……きっとそうじゃないかな?」
ところでイヌリンが言うには、今回のパラドクスロボットは随分と遠くにいるらしい。
そこで、一度この箱庭から外へ出て、メクルメクアイに乗ってからまたジャンプするという。
「出来るかな?難しくない?」
「メクルメクアイと私でサポートするから心配しないで」
「分かった」
抜けるような青空の下にジャンプしたセテラは今までで一番、心を昂らせた。
両手をめいいっぱい広げて、まぶた閉じて、ゆっくり深呼吸して、自然を楽しみ世界の慈しみに身を委ねる。
その心地良さが緊張を解きほぐしてくれた。
「願いを乗せて!」
メクルメクアイを起動させて、意識を魔法の杖に集中させる。
すーっと滑らかにイヌリンの心と繋がってゆく。
外へジャンプする時や必萌技を放つ時に伝わる特別な感覚。
この瞬間だけ、はっきりとイヌリンの気持ちを感じる。
特に、怖い、て気持ちが。
その度にセテラは、自分がしっかりしなきゃ頑張らなきゃ、と切なくも気持ちを強くする。
「私も、あなたの気持ちが分かるよ。ありがとう」
心が繋がっているからこそ当然のように。
イヌリンもセテラの気持ちを分かっていた。
一瞬、眠たくなるような温もりを感じた後、遠くどこかの景色がまぶたの裏に見えた。
そこに箱庭はなかった。
平行世界の森に侵食された山と山の間。
そこに敵は張り付いていた。
「きゃっ!」
とセテラが悲鳴を上げたことでジャンプは中断された。
「どうしたの?」
「イヌリンちゃんにも見えたでしょう!あの黒いの!」
「ああ……でも気にしちゃダメよ」
「気にするよ!だって……だって……!」
「見た目はアレだけど、ほら、私みたいな超合金だから」
「イヌリンちゃんは野菜でしょう!あれは無理ぃ……」
セテラは弱音を吐いてうずくまってしまった。
そんな彼女の背中へ、イヌリンが現実を突き付けた。
「もうすぐセテラが出る競技が始まるよ!」
「あうっ!」
それはチクリとするチクチク言葉だった。
世界もセテラも時間がない。
ディスオーダーの阻止は魔法少女の使命であり、セテラの果たすべき急務なのだ。
もう迷ってはいられない。
「じゃあ、なるはやで終わりにしよう!」
「なるはや?」
「なるべくはやく!」
「はいはい。それならもっと集中して」
「あうぅ……」
嫌々、目を背けるようにアレから意識を反らす。
そして、山の手前に広がる裾野を着地点と決めた。
「ホップステップジャンプ!」
メクルメクアイが応答して魔法粒子加速器を駆動する。
高い駆動音を静かに響かせ、メクルメクアイは瞬時に遠く離れた地へと転移した。
ズズン……という重い着地音がこだまする。
それが聞こえたのか。
そもそも待ち伏せていたのか。
アレが待ってましたとばかりに、山の上からひょっこりと顔を覗かせた。
こちらの動向を探っているみたいに長い触覚が気味悪く動いている。
「いやあー!ゴキブリー!」
アレの正体とはゴキブリをいやに模したパラドクスロボットであった。
ただし、足は四本しか見当たらない。
節を守るように四肢の末端は籠手のようで鋭く尖っている。
爪も同じく鋭利だ。
かさ、そろそろ、かささ、と山を登って見たくもない全身をわざわざ見せつけてくれた。
太陽に照らされて超合金のボディが黒光りする。
セテラは目眩がして気を失いそうになった。
ファンが憧れのアイドルを目の前にするそれとは真逆の感情で。
「はやく秘萌技でやっつけちゃお」
「無理ね。きっと捕捉出来なくて当たらない」
「じゃあ、まさかアレをパンチしろって言うの」
にわかに動いた。
いや飛翔した。
「いやあー!!」
咄嗟に背後へ跳躍して、メクルメクアイは超合金ゴキブリの突撃を間一髪で回避した。
二体の超合金ロボットが間近で対峙する。
超合金ゴキブリはピポポポと不気味な機械音で鳴いている。
おもむろに、威嚇するように体を持ち上げた。
やっぱり見たくもない腹を見せられ、セテラの全身をゾゾゾッと悪寒が駆け抜けた。
空気を抜いた浮き輪のように戦意が口から抜け出ていった。
「ふえぇんやだぁ……あっちいってよぅ……」
「いい機会だから、今日はマジックアイテムを使ってみましょう」
「ふぇ?」
「とっておきよ。とっておき」
モニターにマジックアイテムと表示される。
超合金ゴキブリがジリジリとこちらへ歩み寄る。
セテラは長い呪文を早口言葉で唱えた。
「マジックアイテムサプライズ!ショットプットディストラクション!」
呼応して、メクルメクアイの掌に魔法陣が展開されて琥珀色をした超合金の球が具現化された。
それはまるで満月みたいだ。
イヌリンが簡単に説明する。
「それは敵を砕く目的の超合金砲丸で、表面はヤスリになってるの。これなら触らなくて済むでしょう」
敵がのし掛かるように動いた。
横へ跳躍して、何となく恐竜は踏まないように着地した。
「それを投げて。そして、ぬいぐるみを魔法で浮かせたみたいに操るの」
「分かった。頑張ってみる」
メクルメクアイの緑の瞳が光る。
超合金砲丸を右の掌に展開した魔法陣に留め、狙いを定めるように左手を敵に突き伸ばして右手は頭の横で後ろに引いた。
「いっけー!」
素早く左腕を引いて右手を突き出す。
それと同時に魔法陣から超合金砲丸を射出した。
ヴォン、と風を裂く音を轟かせて、超合金砲丸は敵の胴体へまっしぐらに進む。
対して、敵は軽やかに身を翻してそれをかわした。
「外れじゃないもん!」
超合金砲丸は空中で急転、セテラが魔法で引き戻した。
勢いそのままに、陸上を四つん這いになって俊足で縦横無尽に逃走する敵を追跡する。
「速い!」
イヌリンが叫ぶ。
その隣でセテラは全意識を集中させて、それでも悪戦苦闘する。
コントロールに慣れず、超合金砲丸は次第に迷走をはじめた。
敵はそれに気付いて、目にも止まらぬ速さで反撃行動に移りメクルメクアイに突撃した。
隙を突いた攻撃に回避が間に合わなかったメクルメクアイは、後方へと突き飛ばされて現実にある森を薙ぎ倒した。
「あ……森が」
今までにも戦いによる被害はあった。
セテラはその罪を自覚していたがために、罪悪感がさらなる隙を生んでしまう。
「くるよ!」
休みなく敵が羽ばたいて畳み掛ける。
メクルメクアイにのし掛かって、鋭利な爪でがむしゃらに引っ掻いてきた。
キィ、と金属を引っ掻く嫌な音が響いてセテラは反射的に耳を塞いだ。
そして目前の敵を見上げて喉が裂けて耳が破裂しそうなほどの悲鳴を上げた。
その金切り声は金属音よりもよく響いた。
「いやあゴキブリがー!私の体にー!」
「落ち着いて落ち着いて落ち着いて落ち着いて」
イヌリンもこの状況にパニックになっている。
その時、たまたま敵の一撃がメクルメクアイの目を一つ潰した。
モニターの半分にノイズが走る。
敵の不気味な機械音がさらに二人の恐怖を煽る。
セテラは涙を流して萎縮した。
「しまった!セテラはやく逃げて!」
手応えを感じた敵は口をカチカチ鳴らして、追撃と爪を降り下ろす。
メクルメクアイは何とか反応してそれを両腕でガードすると、肩のマジカルロケットを逆噴射して敵を吹き飛ばし、立ち上がるや大地を蹴り飛び上がって、辛くも空高くへと逃げた。
見下ろすと、敵は引っくり返って足をモゾモゾと蠢かせていた。
「ガッツだよ、私」
セテラは涙をゴシゴシ拭うと、ひきつった顔で嫌悪感をグッと堪え奮起する。
「今度こそやっつけちゃうよ!」
超合金砲丸がメクルメクアイの胸元へ舞い戻る。
それに両手を添え、続けてボールを押し飛ばすように射出した。
超合金砲丸は上空から猛烈な勢いで降下して、敵の腹部を難なく貫いた。
爆音の直後、衝撃波とともに土煙が舞い広がって視界が遮られる。
メクルメクアイが着地して腕を振り払うと、風に揺れる土煙のレースの向こうで、体を粉砕された敵が四肢をピンと伸ばし爪先をピクピクと震わせていた。
そのうち動かなくなって、途端に全身がボロボロと崩れて霧散した。
草原には衝撃を物語る巨大な窪みだけが残された。
「ふぅー」
と長く息を吐いて、疲労と安堵から腰が抜けたセテラは、その場にペタンとお座りした。
「……はえ?」
「気付いた?」
ディスオーダーが終わらない。
敵を倒したはずなのに世界は重なったままだ。
パラドクスロボットの気配もうっすら残っている。
「セテラ、一旦戻ろう」
「え?大丈夫なの?」
「まだ大丈夫。本当に終わりが近付いた時は平行世界がクッキリ見えるようになるから、まだ時間はあるよ」
「分かった」
セテラはスポーツセンターへとんぼ返り、さっきの木陰で変身を解くと、一目散に運動場へと戻った。
一方でイヌリンは索敵を開始した。
世界規模となると時間が掛かるように思えるが、魔法という神秘の力を使えば時間はそうかからない。
「平気?具合でも悪い?」
グラウンドに戻ったセテラを一番に心配したのは真理亜だった。
驚いた顔をして急にどこかへ走って行ったきり、長いこと戻ってこないので心配してくれていた。
「心配かけてごめんね。散歩してたの」
「ほら言ったろう」
ミヤが背伸びしてから、背の高い真理亜とぎこちなく肩を組んで言う。
「セテラは散歩が好きだからな。そういうこったろうと思ったよ」
「セテラ。それならそれで一言掛けてね」
絵音は困った顔をしながらも優しく注意してくれる。
「みんな本当にごめんね。これからは気を付けるから」
「うん。それじゃ、行こっか」
セテラたち初等部五年生は芝生グラウンドに集合して、歓声のなか、楽しい玉転がし競技が始まった。
セテラは落ち着きなく自分の順番を待っていた。
目の前を、ちょこちょこと小型の恐竜が横切っていく。
たまに大型恐竜が現れたときは息を飲んだ。
それを、隣にいた絵音が緊張していると勘違いしてセテラの背中をさすってくれた。
「真理亜!一緒に競争だ!」
「うん。頑張ってミヤを追いかける」
「もー。一緒に競争って言ってんだろう」
男子組と女子組が交互に進んで、背丈の差が大きい凸凹コンビの真理亜とミヤの出番が来た。
二人は仲睦まじく一つの玉を転がして走り出した。
ミヤが無我夢中で玉を転がすので、玉は右へ寄ったり左へ寄ったり大忙し。
周囲の友達は困りながらも笑ってそれを上手に避けた。
真理亜が器用に玉を転がしてコースに戻してくれたのだが、結果は三番となった。
遠くで、やり場のない怒りを爆発させたミヤが真理亜の背にぶら下がっている。
「あーあ。ミヤは負けん気が強いから」
「絵音ちゃんだってそうだよね」
「うん。水泳やってるからね」
「私、ガッツで頑張る!」
「頑張ろうね」
セテラの出番が回ってきた。
スタートラインに立ってボールの陰から前を見ると、先のカーブのところにステゴサウルスを発見した。
セテラはそれが何か分からないので、何だか背中がトゲトゲしているなあ、とぼんやり思った。
突然、スタートを合図する笛が鳴った。
セテラはハッとなったものの絵音のおかげでスタートダッシュを上手く切れた。
しかし、競技になかなか集中出来ない。
ちょうど同じタイミングに突然、恐竜の背後からゴムボートが飛び出してきたのだ。
それにはシャツに半ズボンという軽装の男たちが五人ほど乗っていて、陸上を滑るようにして恐竜を追いかけている。
手には細長い銃を持っていた。
撃つつもりだろうか、セテラの目前で緊迫した追跡劇が繰り広げられる。
目で追いながら手は玉を転がしてカーブを曲がった。
その先で恐竜は大きな体を横に倒して、ボートはその隣に止まった。
もうすぐそこへ辿り着こうという時、ちょうどその人達が振り向いたのでセテラはドキッとした。
そうして、誤って絵音の手を突いてしまった。
ボートが走り出して、セテラは彼らの視線が自分の背後に注がれていることに気付いた。
一瞬、振り向いてみて前に向き直る。
「セテラ大丈夫?」
絵音にきかれるも答え損ねた。
後ろから、今日初めに見た大型恐竜ギガノトサウルスが大きな口を開けて追いかけて来るのだ。
あれが幻と分かっていても迫力満点で恐いものは恐い。
逃げて逃げてカーブを曲がり、最後の直線。
そこから後ろを振り返るとギガノトサウルスがステゴサウルスを食べていた。
見なければよかった。
競技の結果はギリギリ一位だった。
全力逃走が幸いにも勝利をもたらしたようだ。
自分でも気が付かないほど必死な形相で走っていたことをセテラは後に聞かされる。
「おーいセテラってば」
「あ、うん?大丈夫?」
まだパニックが残っていたセテラは頭を振って笑顔をつくった。
「やったねセテラ!」
「いえーい!」
ハイタッチして二人は勝利を喜び分かち合った。
苦難の末、玉転がしを上出来に終えたセテラは、また一人で散歩を理由に出かけた。
友達に心配をかけるし、楽しくお喋り出来ないことが不満だけれど仕方ない。
さっきの木陰のベンチでイヌリンと待ち合わせた。
「あと三ヶ所にいる」
「三ヶ所!?」
イヌリンは驚愕の事実を告げた。
場所よりも、それだけ数がいることに驚いた。
認めたくない。もううんざりだ。
「幸いにも、この列島に分布してる。競技の合間合間にやっつけるしかないね」
「くたくただよぅ……」
「苦労かけてごめんね。私が戦えれば良かったんだけど」
「ううん。気にしないで。それでもやるって、自分で決めたんだから」
セテラは立ち上がると魔法少女に変身してジャンプした。
箱庭の天井に仕掛けられた監視カメラがその様子を撮影していたとは知らずに。
「願いを乗せて!」
一戦目は砂丘で行われた。
過去に激しい争いがあって荒廃し棄てられた忌み地である。
今でも廃墟や瓦礫が恨めしく転がっている。
しかし、世界が重なってそこにも緑が溢れていた。
そこでは二体に増えたゴギブリが待ち構えていた。
戦い方はもう分かっている。
メクルメクアイは砂埃を巻き上げながら疾走して敢えて接近、一体の懐に潜り込んで掌から超合金砲丸を胴体に撃ち放った。
貫通破壊後、流れるような動きで背後からの攻撃を横に飛び退いてかわす。
「ショットプットディストラクション!」
超合金砲丸を敵の下から飛び出させる奇襲攻撃。
しかしそれは狙いが甘く、敵の頭に命中して、頭が胴体から転げ落ちた。
首のなくなった敵は、もがき苦しむように暴れる。
セテラとイヌリンはその姿を見て共に嗚咽を堪えた。
限界まで細くした目で敵の姿を捉え、その背中へ向けて宙に浮かぶ超合金砲丸を狙い打ちした。
「おえっぷ……次の競技は……うっぷ……」
みんなのもとへ戻ったセテラの顔色はひどく悪く、魂の抜けたその笑顔から彼女が元気でないことをみんなは簡単に見抜いた。
セテラはそれに対して「お腹が空いて力が出ない」と返答を曖昧に誤魔化して学年別親子対抗綱引きに挑む。
開始前に向かいから両親が名前を呼んで嬉しそうに手を振ってきた。
彼女はやっと元気を出した。
それから笑顔を完全に取り戻したのは昼食の時だった。
ママお手製のサンドイッチは彼女の大好きな具が盛り沢山で、お腹も心もいっぱいに満たされた。
このままのんびり休みたいところだがそうもいかない。
公園には人がいたので、今度は陸上競技場の傍らにある体育館へ駆け込みトイレで魔法少女へ変身。
すぐさま戦場へジャンプした。
「ふえぇん……増えてるよぅ……」
第二の戦場は遠く、箱庭のある山に囲まれた盆地だった。
箱庭は山の稜線に沿って山の向こう側まで続いているようだ。
その上に一匹。
加えて山に、木々を踏み倒して二匹張り付いていた。
箱庭はすぐ側にあって動ける範囲が狭い。
「今度は空で戦おう」
イヌリンの指示に従って、セテラはメクルメクアイを空へと飛ばした。
敵もそれを追って、ブーンと耳障りな音を鳴らしながら羽ばたいた。
メクルメクアイは雲を越えるほど上昇して、そこを戦場と決めた。
三体は横並びになって上昇してくる。
メクルメクアイは直角に急降下。
敵の腹の下をすり抜けて機体を反転させた。
右手を払い上空へ向けて小さな五つの魔法陣を展開し、そこから魔法弾を連続で放って牽制。
幾つか命中して空に爆煙が広がり、足が三本くらい落ちていった。
目に見えなくともレーダーでしっかり捕捉している。
超合金砲丸を召喚して、一列に並ぶ敵の体を横一文字に貫いてやった。
つもりだったが仕留め損ねた。
一体は体を細かく散らしながら風に消えたが、残る二体が黒煙を突き破って猛然と迫り来る。
メクルメクアイは宙返りしてそれをかわした。
二体は分岐すると、挟むようにして高速で突進を繰り返してきた。
縦横無尽の攻撃を避けきれず、メクルメクアイは弄ばれるように連続で攻撃を受ける。
「今よ!」
それでも、イヌリンの指示する絶妙なタイミングに合わせて体を翻し攻撃を回避してみせた。
敵が目前を交差してすり抜ける。
「そこ!ショットプットディストラクション!」
すぐさま一体を背後から砕いてやった。
残る一体は急転回して、最大加速で距離を詰めてきた。
セテラが接近を拒むのを敵は学んでいた。
しかし彼女は冷静だった。
メクルメクアイが右腕を突き出して掌を敵に向ける。
目を光らせて敵を睨む。
魔法陣を展開する。
そこへミラクルエネルギーを集束させる。
敵が気付いたときには遅かった。
回避は間に合わず、頭から尻まで敵の体を一条の光が貫き破壊した。
敵は真っ二つに割れて、メクルメクアイの傍らを過ぎて雲の中へ沈んだ。
「メクルメクアイは超合金だけが武器じゃないのよ」
イヌリンは得意気に言った。
セテラは笑みを浮かべる。
「効いてよかったね。私、目をつむっちゃったよ」
「最初に撃ったときに、効くかどうかちゃんと計ったのよ」
「そうなんだ」
「威力は必萌技に劣るけど、魔方陣にミラクルエネルギーを出来るだけ溜めればそれなりの威力になる。覚えておいて」
「分かった!」
戦い終えたセテラは運動場へ急ぐ。
決戦の前に、まずリレーを勝たねばならない。
家族のもとへ戻って、急ぎプディングを平らげてから友達と合流した。
「セテラ、体調は大丈夫?」
陸上トラックで準備運動をしているときに真理亜がきいた。
「大丈夫!真理亜ちゃんには負けないよ!」
「私だって」
真理亜は今まで見たこともないような闘志に満ちた目をセテラに向けた。
「私だって負けないよ!」
「おおーやる気満々だね」
「みんなで頑張って勝たなきゃいけないから」
「そうだね。リレーはチームワークだもんね」
「うん!今までいっぱい練習したから絶対に負けないよ」
「私も絶対に負けないもん!」
微笑む二人の後ろにランナーが迫ってきた。
気を引き締めてバトンを上手に受け取った二人は、他の選手など気にせず競い合う。
真理亜はこんなにも早かったのかとセテラは驚かされた。
もしかしたらこっそり練習を頑張ったのかも知れない。
遅れてバトンを渡したセテラは満足していた。
「楽しかったね!」
「そうだね……」
真理亜は全力を尽くして芝生にへたった。
「先に行って」
そう言われるも、セテラは隣に腰掛けた。
そしてリレーが終わるまで、二人は寄り添って選手にエールを送った。
「イヌリンちゃん。本当にこれで最後なんだよね」
「恐らくね」
競技を終えたセテラは運動場近くにある体育館のロビーにいた。
人もいないので、さっと変身を遂げた。
険しい声でイヌリンが警告する。
「数がまた増えてるし、気配が濃くなってる。十分に気を付けて」
「また増えたの?」
「でも、一ヶ所に集まってるから一網打尽にしちゃおう」
セテラの隣を恐竜の親子が通り過ぎた。
後ろをついて歩く小さな子供の恐竜が可愛らしい。
姿がややくっきりしていることに気付いた。
色濃くなってより現実的になっている。
「イヌリンちゃん。時間がないんだね」
「うん」
「今までのゴキブリには時計が無かったよね?」
「なかった。セテラも気付いてたの?」
「気付いたよ。次のゴキブリになかったらどうしよう」
「考えても分からない。ただそれでも」
「世界を守らなきゃ」
メクルメクアイは広大な湖にジャンプした。
派手に水飛沫を上げて腰下辺りまでが水に沈んだ。
「これが海?」
「ここは、どうも大きな湖みたい」
「そっか。ざんねん」
広大な湖の果てに箱庭が見えた。
少し湖の方へはみ出ている。
その後ろに煙を吐く大きな山があった。
湖面に点々と頭だけを出している樹木と同じで現実にはない平行世界の山だ。
「ロボットは?」
「……水中!来た!」
メクルメクアイは素早く反応して後方へ跳んだ。
直後、さっきまでいた所に大きな水飛沫を上げて水中からゴキブリが一匹飛び出した。
「危なかったあ……」
「セテラ!安心するのは早い!」
どうも罠にはめられたらしい。
メクルメクアイの周囲より次から次へとゴキブリが湧き出した。
計五体のゴキブリはメクルメクアイに一斉に飛びかかると、その体によじ登ってがっしりと張り付いた。
「いやあー!」
案の定セテラはパニックになってしまった。
目前のスクリーンには見たくもないゴキブリの尻が写し出されている。
四方八方から「ピポポポ……」という不気味な機械音が連続して恐怖を煽る。
しかもそれは、徐々に速度と音量を上げていった。
「逃げて!」
イヌリンが叫ぶも間に合わなかった。
敵は自爆して、衝撃波を受けて湖水が広範囲に飛び散った。
遅れてぽつぽつと、空まで打ち上げられた水が雨のように降り注ぐ。
そのなかでメクルメクアイは膝をついて頭を垂れた。
「どうしよう。何かの影響を受けて機能が麻痺しちゃったみたい。出力も下がってる」
「どういうこと?」
ノイズの走るスクリーンには水面が映されている。
その上部、僅かな隙間から遠くに巨大なゴキブリが仁王立ちしている、その肢だけを確認した。
「ちょっと動けないかも……」
「ええー!」
ズン……ズン……轟音を響かせて波を立たせる。
超混沌合金ファウダースルスルが襲い来る。
メクルメクアイは首を軋ませながら頭を上げて敵を改めて確認した。
「ひっ……!」
セテラは小さく悲鳴を上げた。
一瞬にして言葉も精力も失った。
空を脅かすほど威圧的な巨体を揺らしながら、鎧を纏ったような最大級に分厚いゴキブリがこちらへ歩み寄っていた。
メクルメクアイは拒絶するように弱々しく右手を敵に向けた。
その先にミラクルエネルギーは集まらない。
無力だ。
ゴキブリの太い肢は先に顎のような鉤爪を備えて計八本ある。
二本肢で歩き、二本でメクルメクアイの手を、二本でメクルメクアイの足を掴んで、超合金で出来たメクルメクアイの巨体を軽々と持ち上げてみせた。
そして残る二本を高く振りかぶって、まずはメクルメクアイの両目へと鋭い爪を突き立てた。
「イヌリンちゃん!やだ怖い!」
スクリーンにノイズが走って、視界が完全にブラックアウトした。
その時、遠くで噴火による激しい爆発音がした。
「きゃあ!」
全身がビリビリと痺れて絶望が一気に絶頂へ達する。
イヌリンは彼の日に感じた底知らずの絶望を思い出していた。
それがセテラにも伝わったらしい。
メクルメクアイは押し倒されて湖に沈み、今にも冷酷に解体作業が始まろうとしている。
「イヌリンちゃん!」
セテラの声に救われるように、イヌリンの意識は現実に引き戻された。
焼き付いた終末を振り払う。
イヌリンはポツリと一言だけ事実を口にした。
「敵は学習してる。間違いなく」
メキメキと嫌な音が鳴る。
メクルメクアイの体がバラバラになるのを拒む絶叫だ。
「何か考えなきゃ何か考えなきゃ何か考えなきゃ……なーにーかーないかなー!」
セテラは気を紛らわすように歌い、イヌリンを抱き締めて、額を冷たい超合金の額にぶつけて熟考する。
超合金の額はひんやりとしていて余熱を冷ましてくれた。
この状況を打開する方法を考えなくてはならない。
イヌリンに頼ってばかりではならない。
イヌリンの押し黙る姿を見て、守らなきゃ、という思いが絶望を上塗りするほど濃くなった。
それはまた、セテラの心に強い勇気を呼び起こした。
「痛いの痛いのとんでけっ!」
超合金ロボットであるメクルメクアイがセテラの願いに応える。
「魔法で自己修復が早まった……!すごい!」
あっという間に視界が戻った。
セテラは、したり顔でニッと笑った。
「ようし!」
そして頬を叩いて己を鼓舞すると、体を小さく震わせながらも這い上がり、杖を掴んで、勇気をありったけ振り絞ってメクルメクアイに逆転の指示を送った。
強い思念を受けたメクルメクアイは力任せに敵の腕を振り払って蹴飛ばした。
そして順次関節を駆動させて立ち上がり、再度のしかかる敵の体をしっかり掴んで受け止めた。
「おえっぷ……ロボットだから気持ち悪くなんてないもん」
胸部を肩と脇下の四方向にスライドして開き、その中心へミラクルエネルギーを集束させる。
敵は高熱に反応して逃げ出そうともがきはじめ、次にメクルメクアイを押し倒してやろうとさらに圧力をかけてきた。
が、メクルメクアイはその重圧に負けることなく踏ん張って、敵の体を掴む手に超合金の装甲を破壊するほどの力を込めて指を食い込ませた。
決して逃がしはしない。
「イヌリンちゃん!」
「はい!」
感心していたところ突然大声で呼ばれて、びっくりして声が変に上ずってしまった。
セテラの諦めない気持ちには敵わない。
イヌリンも、パラドクスロボットさえも。
イヌリンは誤魔化すように咳払いを一つして確認する。
「秘萌技で決めるのね」
「うん!一緒に!」
魔法粒子加速器は最大稼働。
ネオン管はヴァーミリオンに蛍光。
ミラクルエネルギーはラブバースト。
メクルメクアイと敵との間でエネルギーの奔流がバチバチと火花を散らして迸る。
「セレ」
「イヌリンビーム!!」
イヌリンの思っていたのとは違う新たな秘萌技がパッと撃たれた。
セテラが大好きなイヌリンの名を叫んで。
その愛を奇跡のエネルギーに変えて解き放った。
蒼穹まで穿つ光熱で敵の体に大きな風穴を空けてやった。
パキッという音のあと、その穴から全身へ亀裂が疾走。
直後に敵の体はバラバラと砕け、呆気なく塵あくたとなって風に運ばれた。
ところが、世界はまだ戻らない。
遠くの火山では滅びを示す噴火が続いていた。
「わあ。火山の噴火なんて初めて見たよ。すごいねえ」
「うん。私だって初めて。て、すぐ気を緩めて油断しないの」
「はあい」
セテラはベロを出してお茶目に答えた。
「もう、君といると調子が狂って疲れる」
そう言われたセテラがきちんと謝ろうとするより先に、それを遮るようにしてイヌリンは言葉を続ける。
「でも」
「でも?」
「こんな時だってのに楽しい」
セテラはイヌリンの超合金ボディに映る笑顔を朧気に見た。
マジックで描いた笑顔じゃなく、本物の笑顔を見た。
自分とよく似た少女の、でも元気で朗らかというわけじゃなく、どこか落ち着いた柔らかな笑顔だった。
「セテラ。今度こそ、今度こそ、終わりにしよう」
イヌリンは強調するように二度繰り返した。
セテラは大きく頷く。
「箱庭の手前に何か沈んでいるみたい。きっとそれがラグナクロックよ」
メクルメクアイは足裏のマジカルジェットでフワッと跳躍、それを調節してなるべく静かに、箱庭の隣は陸地へと移った。
膝を折り、屈んで湖の中を覗いてみると、湖の底に半分埋もれた大きな丸い卵を確と見つけた。
「これゴギブリの……」
「セテラ。いちいちいちいちゴギブリ言わないでいちいち」
「そうだね。忘れよう」
半透明の卵の内に時計盤があって、針は半分を過ぎて九のあるところも過ぎていた。
「はい!おしまい!」
さっさと超合金砲丸を落として全てを終わらせてやった。
世界は、まるで何事も無かったかのように元に戻った。
「さ、戻ってみんなとお寿司へ行きましょー!」
「友達と、その家族同士も仲良しなのよね」
「そうだよ。今日は、みんなにイヌリンちゃんを紹介するからね」
「え?私を?」
「うん!みんな友達!」
「もう……内緒なのに」
「ダメかな?」
イヌリンは悪戯に笑った。
「いいよ。よろしくお願いします」