プギャーは暗躍するようです。プギャー編
路地裏で営業しているちゃんこ屋に数台の馬車が止まっていた。
「プギャー様。ブツを持ってきました。」
「うむ。ご苦労。」
額に魔と書かれた頭巾を被ったちゃんこ屋店主は第8魔将プギャーである。プギャーは馬車から降ろされる積み荷を眺めた。冒険者風の男が大きな紙袋を運び出すとジャラジャラと音がしており、思わず顔を綻ばせた。
「しかし……プギャー様。豆を集めたのは何故ななどしょうか?」
「見れば分かるだろう?ちゃんこ屋をやっていてな…しかし何故か客が寄り使んのだ。そこで、豆腐屋でもやろうと思ってな。」
「……1トン近くもですか?」
「ふん。貴様は知る必要はない。」
冒険者は眉を潜めた。豆は昨今の供給不足から高騰している。今では砂金と同じ位の価値があるといわれる豆を豆腐にするだと?ば、ばかな!?
とんでもなく高価な豆腐を誰が買うのだろうか?
しかし……金さえ手には入ればプギャーが何をしようと構わないかと考えた。
「で、ではプギャー様。豆の価格ですが市価が高騰しております。更に市価の2倍をプギャー様が出されるとの事ですが……1トン分、この場でお支払い頂けますか?」
「よかろう。ほれ。」
プギャーは懐から5金貨を差し出した。
※1金貨 100万円
「へへ。毎度ありです。プギャー様。」
「うむ。また依頼を受けてもらうかもしれんな。」
「へ、へい。その時はまたよろしくお願いいたしますよ。プギャー様。」
冒険者は馬車に乗り込むと、ちゃんこ屋を後にする。今夜は久しぶりに娼館に行けるなと今後のあれこれについて笑みを浮かべた。
「殺れ」
「はっ」
「風魔法[フライ]」
プギャーは路地裏に声をかけると、豆を店の倉庫に運び込んだ。ふよふよと豆は宙を動き、積み上がる。倉庫には運び込まれた1トンの豆の10倍もあろうかと言う紙袋が既にあった。プギャーは運び込まれた豆を1つ握りしめ、マナを帯びている事を確認した。
「さて、あとは生け贄の到着を待つだけだな。ふふ。いよいよ我は大儀式を成就させる。王都の人間達には犠牲になってもらう。」
プギャーは一冊の古めかしい本を取り出す。
「邪神の封印――――邪神を神の束縛から解き放つ2つの媒体。1つは膨大なマナ。そしてもう1つがシユガ王国の幼児の体。」
「1000年前―――邪神は強欲な神の怒りを買い封印された。媒体には神の血が入ると言われる皇子の血―――そして黒魔術による国中のマナを豆に吸収させる呪い―――2つが必要不可欠」
プギャーは2つが既に自分の手の中にある事に満足し、邪神の復活に準備を進める。ちゃんこ屋も今日で店じまいだ。
皇子を春麗が届ければ、邪神の復活がようやく叶うのだ。魔王様のため、邪神に王国を滅ぼして頂くのだ。ククク。
プギャーはちゃんこ屋の店じまいに勤しんだ。
その時、店先で女の声が聴こえた。
「すいませーん。ちゃんこ下さいな!」
「…なに?」
この忙しい時に客が来るとはついてない。
しかし、王国もこれから邪神により凄惨な事になるだろう。この客にとっては言わば最後の晩餐である。ククク。よかろう。
「あいよ。やってますよ。」
「よかったー。昨日から何も食べてなくて。ちゃんこ3杯くらいはいけちゃいますよ!」
「ククク。そうですか。今日は店じまいするところでね。特別サービスで飲食無料なんですよ。たんと食べていって下さいな。」
「え!?やったー!おじさん、ちゃんこ10杯よろしく!!」
「あいよ」
プギャーはちゃんこを作り、客のテーブルに持っていく。
黒いフードを被った女性は騎士のようである。
その脇にある鞘は一介の騎士では買えない一品である事に思わず「ほぅ」と感心する。
ガツガツと客はちゃんこを食べている。
「フードを脱いでお食べになったらどうですか?」
「あっはい!食べにくいですもんね!」
黒髪長髪の長身の美少女であった。白と薄水色が交互に入った模様の袴を来ている。しかし……どこかで見たような気もするが……はて?
少女はバサッとフードを脱ぎ横においた。
その時、服に刺さっていた小さい何かが落ちた物音がしたが、少女は気がつかなかった。
「昨日は串焼きも中華ダックも食べられなかったもん!侵入者め!」
「それは残念でしたね」
客はブツブツと一人ゴトを言いながら箸を進めた。1杯2杯……そして完食した。
「ではおまけに地獄蛙の串焼きもどうぞ」
「え……!?ありがとう!おじさん!」
客は涙を綻ばせながら串焼きを食べた。あまりにがっついて食べたため、串を乗せた皿がカランカランと音を立てて落ちてしまった。
「す、すいません。」
「大丈夫ですよ。我…いや私が拾いますから。」
プギャーは散らばった串をかき集めると、勇者の足下に空き串がある事に気がついた。
手を伸ばして串を拾う時にチクリと指に刺さってしまった。
「グわッ!?」
プギャーの手はみるみるうちに青紫色になっていった。
「?」
「………こ、こ……れは…毒…だと!?ガバッ」
プギャーは吐血して前のめりに倒れた。
「お、おじさん!?」
「ぎ……ざま"なにも……の……」
「しっかりして!おじさん!」
「だ、誰かきてーーー!!!」
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勇者ツバメ・ムラサキは昨日の皇子誘拐の犯人を探るため情報を集めに街に出た。馬に乗り、兵士数人を従え、どんどんと街中を進んでいく。
「勇者様!駐屯所で犯人の手掛かりを探しましょう!」
騎士の駐屯所―――を通りすぎる。
「勇者様!ギルドで冒険者達に協力を仰ぎましょう!」
ギルド――――を通りすぎる。
「勇者様!闇市場ならばあるいは犯人の手掛かりが見つかるかもしれません!」
闇市場――――を通りすぎる。
「勇者様はどうされるおつもりなのだ?」
「さ、さぁ?」
兵士達は勇者に従って道を進んで行くのだが、どうにも行先が分からない。
「勇者様!!一体どこに行かれるつもりなのですか!?」
兵士は焦燥に駆られ、勇者に訊ねた。早くしないと皇子の身が危険なのだ。
「私はおなかが空いたのです。昨日は何も食べれませんでしたからね。今日はたらふく食べますよー!」
「ゆ、勇者様!?」
一体勇者様は何を言っているんだ!?誰か止めろよ!!と目配せするが、彼らは只の一般兵士。誰も口に出せなかった。
「ここが良さそうですねー?こういうところで大物が食べれるんですよ!でゅふふ!」
勇者は馬の上でじゅるりと涎を垂らした。
「ヒヒーン………」
馬の頭に涎がびちゃびちゃと垂れ、悲しげに馬が嘶いた。
勇者は馬から降り、フードを羽織る。その時キラリと輝くものが服についていた。その先は鋭利であり、服には紫色の液体が染み着いていた。
「お、おい!あれ毒針じゃねぇか!?」
「勇者様…昨日は侵入者に気がつかなかったとか言ってたのに……戦っておられたのですかね…」
「な、なんで服に刺したままなんだよ?」
「誰が言えよ!服に毒針がついてますって!」
しかしここでも誰も口を出せなかった。
勇者は涎を垂らし、るんるんとスキップしながら店に入って行った。
しばらくすると勇者の声が聴こえた。
「だ、誰かきてーーー!!!」
兵士達が慌てて店に乗り込むと、勇者の横に店主と見られる人物が倒れていた。
「こ、これは勇者様…一体なにが……」
「この人をぜっったいに助けなさい!そうね、王国治癒師なら助けてくれるわ!聖女教本部に急ぎなさい!」
「は、ハッ!分かりました!」
兵士達は店主を抱えると背中に背負い、馬に乗り込んだ。
「美味しかったですよおじさん……ご馳走様でした。」
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聖女教本部に向かう途中で兵士達は異変に気がついた。店主の姿がみるみるうちに変わっていった。赤い地肌をしていて角が一本生えているその姿は悪魔であった。
「こ、こいつ魔族じゃねぇか!」
「なんで勇者様は魔族を助けろと…?」
「お、おい!この容姿は手配書で見たことあるぞ!こいつまさか8魔将プギャーじゃねぇか!」
「な、なんだと!?」
兵士達は勇者が言った言葉を思い出した。
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「ここが良さそうですねー?こういうところで大物が食べれるんですよ!でゅふふ!」
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「ゆ、勇者様は始めからこいつを捕まえようとしていたんだ!」
「あぁ、な、なんてお人なんだ…」
「ぱねぇっす」
兵士達は口を揃えて勇者を讃えた。
「となると、コイツを殺したら皇子の居場所が分からなくなるから治療しろって事だな。」
「あぁ。毒針で身動きを封じるたのもスゲーがな」
「そ、そのための毒針だったのか…」
「とにかく急ぐぞお前ら!」
「おう!」
兵士達は目をキラキラと輝かせ、馬を急がせた。
勇者様は凄い人だった言う自慢話が出来るなどと口々に呟きながら…
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春麗がちゃんこ屋台にたどり着いた時、騎士達が店の前にいた。
「なにっ!?プギャー様の潜伏場所がもうバレたのか!?」
一体何故騎士達がここにいるのか分からないが、春麗は背中に背負う皇子を早くプギャーに預けて勇者から逃げ出したい。その時声が聴こえた。
「だ、誰かきてーーー!!!」
こ、こ、この声はま、まさか!?春麗の背中に冷たい汗が流れた。
しばらくすると兵士達がプギャーを連れて馬に乗り込んだ。プギャーの腕は青紫色になっており、意識を失っていた。
「そ、そんな…プギャー様が………」
[カメレオン]のマントを被った春麗は誰にも見えていないが、動揺して口を抑えて呟いた。
春麗の下まで勇者が近ずいてきた。バックんバックんと胸が高鳴る。
そして一言、驚愕の言葉を放った。
「美味しかったですよおじさん……ご馳走様でした。」
うきゃきゃきゃきゃ?春麗は意識を半ば失いかけ、それでも生存本能に駆られ、走り出した。
「ば、化け物めーー!!」
春麗は足をもつらせながら必死に逃げて行くのであった。




