彼らの家
一般的な新興住宅の一つである彼女たちの居住地は、小さな檻のようなコロニーであった。それに蟻塚は驚いているが、彼女たちの扇動によって感傷に浸る暇もなく、ドアを開ける。玄関はビニールで仕切られていて、無菌室に入るような厳重さに改造されている。壁には管が取り付けられており、四方からホースが伸びており、その先端にはハスのようなシャワーが付いている。
少年たちは背負っていたバックを、靴箱があった場所に置かれている冷蔵庫のようなものに上着と共に入れる。
蟻塚のセンサーに反応したものはUV光線であり、殺菌を行なっているのがわかった。
「ねぇちゃん、蟻塚さんどうする?」
「うーん。私たちと同じでもいいか」
少年たちは蟻塚に、そのままにしておくようにいうと、近くにあった装置のボタンを押し、固く目を瞑る。
すると四方から霧が吹き出し、あたりをアルコール臭が漂う。それが数秒続くと、換気扇の回る音がなり、気がしたアルコールが換気扇を通して玄関から消えていく。
「すいません。お待たせしました」
「いえ、問題ありません。これで私はお邪魔してもよろしいのですか?」
「はい。どうぞ」
バッグの除菌も済んだのか、シスは冷蔵庫の中から入れたものを取り出す。そして、シオの代わりにそれを持ち、慣れた動作で家の中に進む。
上着を脱ぐと、ポリエステル質な無地の黒い長袖と緑のズボンと言った見た目の割には落ち着いた服装である。シオも一切のフリルなどの装飾のない白い縦セーターと緑のパンツだ。
蟻塚は、見かけよりも落ち着いた服装に対して、単純な物資不足かの考察により、指摘するのを控え、あとを追う。
ビニールを超えた先も、一般的な住宅とは違い、本来隠しているはずの電灯の電線や、ダクトが天井や角に取り付け貼られているのが見える。蟻塚はその素人作り特有の、丁寧さはあるが、正確さに欠けると判断する。
「こっちです」
シオが案内した部屋は、新興住宅特有の、クローゼットのついたフローリングの8畳間であった。クローゼットの扉は取り除かれており、連結された箱型の端末が金属棚に置かれている。冷却用のクーラーが駆動音をを鳴らしている。シスが先にこれらの電源をつけていたのか、連結されたケーブルの先にある画面は、蟻塚のよく見ていたosの起動画面があり、その隣には自宅整備用のATMのような機材が動いていた。
「チューニングですか」
「はい。閉鎖後の稼働時間が分からないので不具合をなくすために、です」
蟻塚の記録の中にあるものは、目の前のよりも大きく、駆動音が騒がしく鳴り響くようなものであった。下町の工場に配置されるような機体には、最低限のバックアップのHDDしか残されていない。工場にいた金髪の作業員が言っていたことを思い出す。
『うまい話は大抵ろくなものではない』
そう言って剥がされた跡の残る爪を撫でていた作業員は蟻塚には理解できない表情を浮かべていた。
ロボットが悪意により利用されることは少なくなかった。善悪の基礎判断がプログラムによって左右されているため、如何様にも操作できたためだ。
今回の場合も調整と言いつつも、人格が改変される可能性は想像に難くない。変に過去にすがるロボットよりも、人格をリセットした方が効率的に別の作業に従事させることができるからだ。
(さてどうなるか)
ここで蟻塚が下した判断は、恭順であった。基礎となった活動する目的はらかつての工場で業務を行うだけだ。付随した人格などがその思い出が消えることに警笛を鳴らしているが、元が機械であるため効率が優先される。
(人格が消えたところで工場の皆さんいませんし、ほかのツールが入ってバグが起こっても仕方ないですし)
ATMのような機械に頭部のガラス玉をかざす。それを読み取ったのか、液晶に文字が投影され、端末にデータが読み込まれる。蟻塚のガラス玉が灰色に変化し、活動を止める。
シオは蟻塚がかざした端末の隣にあるパソコンに触れ、キーボードを打つ。その隣にシスが姉の様子を見ながら入力を確認する。
「ねぇちゃん、どう?」
「思ったよりちゃんとしてた」
「じゃあ蟻塚さんを移動用に使う?」
「うん。問題らしいのもないし、これから遠出できるね。キャリアーのデータもあったしこれで大荷物も運べるかも」
「じゃあ手押し車ともおさらば?」
「そうだね」
談笑をしながらキーボードを打つ。シスはこれが重かったとクローゼットの中にある端末の山を軽くはたきながら別のパソコンに移り、シオの持っていた端末をケーブルで接続させて作業に移る。