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再起動を求めて  作者: jc大野さん
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長い残業の後に

埃の積もった工場は木漏れ日を反射し、灰色がかった光を放っている。ありふれた廃墟といえば聞こえは悪いが、薄汚れたコンクリートの壁、切られたパイプ、朽ち始めた鉄くずが散乱し、その割には生物の痕跡が見れない。工業に用いられていた工場であれば当然であるが、地下まで埋め込まれた鉄筋の影響で草も生えていない。あるのは積もった埃と鉄くずのようなものばかりである。

人がいた形跡はあるが、それがいつのものであったかは分からず、生活ゴミはない。時代から取り残されたそれは、ただ朽ちるのを待っているようであった。しかし、そのような中でも一つ動く物体があった。


「本日の点検業務は終了いたしました。日報を送信します」


工場内に作られた管理室は、崩壊したプレハブ小屋のようになっていて、誰もいないデスクは使いさしの文房具すらない。その扉があった場所の前に停止して、アリのような機械が中年の男のような自動音声で話しかける。6本足で、のっぺりとした表面は、おおよそ真っ白であったであろう跡を残すが、まだらに日に焼け、黄ばんでいる。体高は成人男性の半分ほどで、体長は2mちょうどである。脚部は元のデザインとなったであろうアリのそれに似ているが、どこかクレーンのようでいて、上腕部に当たる箇所は溶接に用いる盾のような装飾で守られている。その会社員の脳を詰めた異形を見る影があった。


「ねぇちゃん。アレ何やってんの?」

「記憶を再現してるんだよ。もう反応してくれる人もいない。けど意思を持ってるから正常を保とうとしてる」

「なんか、怖いね」

「うん。でも、もうじき眠るよ」


物陰からそれを覗く二人組がいた。片方はおかっぱで平々凡々な顔立ちの少女、もうひとつはそれより2.3才幼いざんばらがみの少年である。二人はボケた老人のように仕事を繰り返すロボットの観察を続けている。ロボットはデータの方針を行なっているのか、しばらく動かず、静寂が包む。

ことの始まりは、諸問題を解決するために急いだ人間たちが、SFなどで散々議論された意思を持つ人工知能を作ってしまった。摩訶不思議なことにそれは、機械であれば非効率な形であればあるほど成熟しやすく、人間に似た知能を持ったと言われる。それが完成し、しばらくの安寧を得た。

しかし、企業の大量の不正発覚と新型ウィルス、災害などの多くの要因が度重なって発生したことにより、世界は一時的に停止した。残された人間たちはシェルターに引きこもり、意思を持ったロボットたちはシェルターの外に取り残された。

取り残されて久しいその様子を側から見る少年たちは、少年にしてはいささか地味で厚手な衣服を纏っている。加えて、その間には旅行バックにも似た無骨なカバンを背負っている。しばらくロボットを見ていると、アリのロボットが反芻していた行動が終わったのか、頭部の青く発行しているガラス玉が緑に変色する。そして、規定の位置があるのか壁に寄り添うように突っぷす。


「緑になったよ」

「スリープモードに入ったね。行こう」


少年たちはそそくさとそれに駆け寄り、ペタペタと、ベタつきがないか調べるように機体を触る。触れた手には砂塵がつき、粉末の松脂をつけたように指紋に粉が入り込む。

少年はそれに不快感を感じたのか、服の裾で拭き取り、少女はそれに気にせず懐から端末のようなものを取り出す。それは、端末というにはいささか不恰好なもので、画面はあるものの、分厚く、黒いバインダーのようでもあった。


「すぐ眠るなんて、おじいちゃんみたいだね」

「そうだね。この黄ばみもシミとか黒子みたい」


談笑しながら少年たちは、衣服の裾で軽く機体を軽く擦ると溜まった砂塵が取れる。露わになった表面は、黄ばんではいるがツルツルとした樹脂のコーティングが残っている感覚に戻る。その年月に対して綺麗に残ったコーティングに、先人たちの技術に舌を巻きつつ少女は端末を緑の球体にかざす。

端末をかざしてしばらく待つと、認証画面が通り、端末に機械の情報が読み取られ、機械の詳細が出力される。それを少女は確認すると、メモを取り出して、画面を切り替え、データを打ち込んでいく。


「機体情報…8、意思情報…8、解除は2…。音声入力。

注意コード、882反復動作解除。

コード設定、881自動受信、880情報置換」


緑の球体に端末の水晶体の部分をかざし、少女は呟く。端末は確定の表示を出し、書き込みをはじめる。しばらくの間、アリの内部から小気味のよい駆動音が響く。動作が完了したのか、駆動音が停止すると球体の色が灰色になり、すぐに青色に戻る。アリのロボットは、それを確認したのか辺りを見渡し、しばらく現実を受け止めたようにうなだれ、しばらく頭部の駆動音がなり、情報を整理する。


「終わった?」

「うん」


頭部のハードディスクが書き込まれているのか、時折折り返すような駆動音が空の工場に響く。それが少年にとっては少し長かったのか、アリの通っていたであろう道を確認する。ものはほとんどなく、その代わりに各種装置が残っていたであろう場所は、埃にまみれている。ちょうど掃除機をかけた汚い部屋のように道が作られており、その几帳面であろう性格がにじみ出ている。その仕事ぶり、を少年はしゃがんで見ている。その道路を想起させる道に、妄想の車を適応し、レーシングゲームを想起しているのか時折口を尖らせて排気音のモノマネを呟いている。


「端末情報改定、再起動します」


そうしているとロボット頭部近くの隠れたスピーカーから、自動音声がなり、それに合わせて頭部が点滅し、青色に戻る。目の位置にある箇所が赤く発光し、起きたばかりのように緩慢な動作で移動をしていた体制に戻る。それを確認した少女はロボットに近寄り、にこやかな笑みを浮かべる。


「おはようございます。蟻塚さん」

「お疲れ様です。お手数をおかけしました」

「いえ、工場が潰れてしまってショックを受けるのはわかりますよ」

「いやあ、お恥ずかしい。何十年も働いて、業績は知っていたつもりでしたのに」


端末の情報通りの受け答えが出る。


『機体愛称蟻塚、品質管理兼安全点検ロボット。型番、虫型。稼働年数35年、精神年齢推定35歳。性格、温厚で生真面目。

所見、工場閉鎖に伴う精神ショックにより、業務内容保持のため反復動作を設定。』


意思を持った人工知能の弊害だ。人間に近い性質を持ったためのバグであり、人間が起こすであろう精神疾患に似たバグが発生し、それが長期にわたって実行していた。プログラムと蓄積されたデータフォルダの混合化、所謂、マニュアルと実務の経験が記憶の大部分を占めていたため、発生した人間でいう精神障害とも取れる行動だった。

それを無理やり解除し、最新のデータと精神安定剤、又の名をクリーンアップを行い、本来の理性的な人格を呼び戻した。現実に引き戻された蟻塚と呼ばれたロボットは、目の前の少女が自身の状態を変えたことを確認し、所属場所の喪失から、人間らしい態度をとる。


「私はこれからどうなるのですか?」

「メンテナンス、それから再就職か隠居ですね」


隠居という単語を聞いた時に、少し駆動音が聞こえ、思考しているのがわかった。

隠居という単語を理解するプロセスは多く、まず隠居という単語の本来の意味と慣用の意味、隠語の条件を組み合わせ、ニュアンスを感じたら必要がある。日本語の場合、主語述語の位置が曖昧かつ同音で異なる意味の単語が多数あるため、処理に時間がかかる場合があった。

ちょうどそれは、この場合であり、人間で言えばボケ老人が我に返って施設暮らしか実家に帰るかを迫られたようなものだ。施設と聞いても老人ホームなのか精神病棟なのか判断しなければならないし、その費用についても使用する必要がある。それと同等のニュアンスと捉えたロボットは、同然の答えを導き出し、回答を出す。


「…では再就職でお願いします」

「わかりました。ではお連れしますね」


少女は微笑み、少年を連れて工場の外に出る。陽の光がじかに差し込む景色は、地中海の真っ白な街並みにも似た白みがかった建築物が立ち並んでいた。

閑散とした近代的な住宅地の中に、寂れた工場、誰もおらず色素が取れたように塗装が薄くなっている。この化石のようになった街並みのそれは、10年間放ったらかしにされた町工場とその地域社会といった様子だ。

ロボットがいた工場は、所々にばらつきはあるが、概ねロボットが記憶している最後の時期を平均値にして、薄くなったり半分剥がれた差し押さえと書かれた札が貼られている。しかし、立ち退きが強制されていない上、土地が残っていることに不信感を募らせる。


「…」

「蟻塚さん。どうかされました?」


アリのロボットは目を細めるように複眼のようになっている目を部品の発光を調整する。この場合、人間であれば消えていた方が良かったのか、と自問自答する。自身の気持ちにある、あって良かったという感情と、もう使わないから不要という相反する感情は意思とプログラムの境界で作られているのか、人間味のあるアナログな考察ができる人工知能が構築するのを祝うべきなのか迷っていた。


「…いえ、自動受信の情報だけでは分からなかった惨状を目の当たりにしてしまって」

「…ショックなのはわかります。けどと止まっている暇はないんですよ?」

「はい。早く皆さんに会いたいですから」

「経済崩壊に強力な感染症、AIのお仕事はいっぱいありますよ」


少年は皮肉な笑いを浮かべ、アリのロボットの前足を触る。すでに人間社会はコロニー程度まで縮まり、世界を復活させるには人手が足りなかった。

そして、ロボットは、皆さんに会いたいという単語に反応しなかった少女に、言外の拒絶を感じ、自身のいた場所が、他人のもので自分の居場所が新天地にしかないことを確信に変えささられた。

もっとも、それに絶望はない。その稼働年数と当時の状況を知っていたロボットは人間でも仕方ないといある理由があると知っていたからだ。


「何年も無意識に働いてたとはいえ、これはきついですね」

「浦島太郎状態ってやつですか?」

「浦島太郎…ああ、絵本の揶揄ですね。そうです」


アリのロボットはうなづき、歩みを始める。このような揶揄は人工知能が苦手とするところだが、伊達に何年も人に接し、記憶していたロボットは、その言葉の意味を理解していた。そして、人の搬送も行なっていたのか、乗れと言わんばかりに二人に背中を見せ、ちょうど椅子のようになっている場所を器用に前足で見せる。

行き先は先ほどの情報に加えられており、あわよくば騎乗して楽をしたいと少女が願っていたことを叶えようとしている。


「私も規定された情報だけでは足りません。お話をしながら教えて下さい。私の失われた年月についてを」

「はい。いいですよ」


そう言って慣れた手つきで少女は乗り込み、少年を誘導する。少年も乗り物に乗れるとあって楽しんでいる。それを確認したアリのロボットはゆっくりと進み始める。ロボットにとっては背中に感じる重みの計算と行動の負荷に関わる計算は久しぶりで、新鮮であった。


「では、進みますね」


6本の足を器用に動かし、さながら働きアリと同様の動きを見せながら移動を始める。工場内のかつてあった機材の跡、使う古された回収する方もなかったであろうロッカーと、すでに契約の切れた警備会社のロゴの書かれたシャッターを過ぎ、外に出る。大通りは、当然のごとく閑散としていて、枯葉とくしゃくしゃになった新聞紙があればそれを強調させるのにぴったりと言った様相であった。


「意識人工知能の発展でこの街も活性化していました。人の方が均一化されていると思われるほどにいろんなロボットがいましたね」


その様子を見て、ロボットは過去を語る。過去を懐かしむ老人のように話を始めるロボットの背で昔話を聞く少年は、寝かせるために読まれる物語を聞く表情だ。

時折見えるオイルショップと書かれた看板などを見れば、ロボットは特有の感性からくる製品の良さを食品レポートのように嬉々として話す。


「工場が潰れた時の後に感染症があったらしく、私は覚えていませんが、ヒトはみんな工場を後にしていました。

最後に残った社長夫婦以外、残っていたのは私たち、ロボットだけです。もっとも、まだ需要のあった型であったのか私以外は潰れる前に移管してしまいましたが。それがなかった私は規定通りの仕事をするばかりで、仕事が無くなった後のことなんて感情が溢れ出して考えられませんでした」

「仕方ないですよ。いくら意思のある人工知能といっても、人間からすれば成人で生まれた赤ん坊という精神ですからね。そうあれと望まれて生まれた以上、そう生きるしかありませんし、人間が20年かけて落ち着かせるメンタルを働きながら整えるなんてできません」

「ええ。当時は仕事がなくても整理は出来るという考えでした」


空元気に笑うような抑揚を出すロボットは、過去のことと判別しきったのか、過去を悲観せずに話題として提供し始める。

工場がちらほら見える住宅街から、アーケードのある商店街に着く。当然のごとくシャッター街となっているが、浮浪者もロボットも見えない。

しかし、放置され、整備されていない道路の割れ目からは植物の芽が出ており、シャッターのサビで出来た割れ目からは蔦がそれを編むように絡んでいる。


「私の再就職はどこになるんでしょうか」

「それは行ってからのお楽しみですよ」


草の芽吹にロボットながらに生命の力強さというものを再認識し、赤く発光している目下部にあるカメラに収め、画像データとして保存する。すぐさま同定が始まり内部データの中から老夫婦が地面に腰掛けて食事をとる写真と同様のものが見える。


(社長…)


幸先を願ってくれているのかと、ロボットらしからぬ感傷的な感情にとらわれ、頭部のバイブレーションが震えを演出する。それをみた少女は再就職の不安かと勘違いし、笑いかけ、ロボットの外殻をなぞる。


「大丈夫ですよ」


ロボットはすでに安心しており、あゆみが乱れることはない。少年の方は揺れの感覚を楽しみながらも、二人の会話がつまらなかったのか、少年の身の上でありながら大きなバックを担いでいた疲労感からかうとうとしている。

街は、殆どの塗料が経年劣化で分解され、白とわずかに見える緑で構築されており、ロボットが活躍できそうな機械工場特有のトタン屋根は見えない。しかし、社長の言っていた、異業種への転職はロボットでも来るという謎の確信に満ちた話を思い出し、一歩ずつ進んで行く。


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