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シベールのいない日曜日

作者: ヌベール

 5月のある晴れた日曜日、妻とプチ・アルルに散歩に出たことがある。


 プチ・アルルというのは私の家の近くに広がる自然豊かな土地のことで、私が勝手にそう呼んでいる。


 愛犬のシベール(コーギー・メス)が亡くなってから14カ月以上が過ぎていた。妻の悲しみも大分癒え、妻のほうから私を誘った。私も行ってみたい気がして、一緒に出かけた。


 実は、私はプチ・アルルを深く知らない。妻はシベールが生きていた頃、彼女を連れて随分頻繁に通っていたからどの道にも精通しているが、方向音痴の私は、ひとりで行くと帰れなくなるのでひとりで行ったことがない。本当は、何度か、妻がシベールを連れて行くのについて行っただけだった。


 いくつかの小奇麗な家々の間を通り抜けると、菜の花畑が広がり、木々が静かに佇んで、広々とした道の遠くに小高い山々が見渡せた。

 私は妻の行くとおり、のんびりと妻に付いて散歩を楽しんだ。シベールがいないのだけが、私も少し寂しかった。


「シベールが死んだあとね、わたし、何度もシベールの足音を聞いたのよ」

 妻が言った。

「ほら、床の上をシベールが走ると、爪のせいでカシャカシャと音がしたでしょ。あの音。でも最近はもう聞こえない」

「僕もあったよ。ほら、シベールが顔を振ると、耳が顔に当たってパタパタ、パタパタ、と音がしただろ。あの音を何度も聞いたよ」

「ふうん……」

 妻が、

「やっぱり暫く家にいたのかな」

 と言うので、

「たぶん」

 と私は答えた。

「もう天国に行ったかしら」

「たぶんね」


 木立ちの間を木漏れ日をぬって歩き、広々とした野原を行くと、所々にぽつん、ぽつん、と山小屋のような家がある。

「こんな所に住んでも随分不便だろうに。やっぱり自然の好きな人たちなのかな」

「そうでしょうね」

 妻が続ける。

「ねえ、池のある公園まで行く? その手前にはお寺さんもあるけど」

「うん」


 菜の花畑の間の一本道を行くと、小さな寺があった。

「オレ、ここ来たことあるよ!」

「うそ、あなた初めてじゃない」

「いや、この寺を下って行くと、池の公園だろ? 来たことあるよ」


 ずっと以前、妻と結婚した頃、池の公園に遊びに来て、そこから階段を上り、お寺さんでお参りして、この道を少し歩いたのを思い出した。つまり、今とは逆の方角から来たのだ。懐かしかった。同時に、仄かな感動がこみ上げてきた。

「うそ、初めてのくせに」

 妻は言う。

「うそじゃないって。ほら、拓哉が生まれるずっと前、公園の方から登って来たじゃない」

「……?」

 妻はすっかり忘れている。


「拝んでいく?」

 妻が聞く。

「いいよ。小銭くれる?」

 私は財布を持って来てなかったので、拝殿に着くと妻から小銭をもらい、賽銭箱に投げた。

 妻も手を合わせていた。

「何を拝んだの?」

 拝んだあと私が聞くと、

「シベールが天国に行けますようにって」

 と妻が答えた。

「戻ろうか」

 拝み終わった時、私が言った。

「下の池の公園までいってみない?」

「ふえーっ、もう疲れた」

「つまんない人」


 もと来た道を引き返すと、両脇の菜の花畑は28年前に来た時と全く変わっていない。

「ほら、あの時この歌僕が歌ってあげたでしょ」

 私はフランソワーズ・アルディという昔の女性歌手の「もう森へなんか行かない」を口ずさんだ。

「あっ、その歌」

「思い出した?」

「うーん」

 夕日が、向こうの山の端から射している。 

「覚えてないの?」

「何となくそんなこともあった気がする」

 28年の歳月は、長いようで……。


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