地下の遺跡①
なんか平原には合わない建物を見つけました
「何だこれ。何でこんなとこにこんなもんがあるんだ?」
飛鳥たち三人はディノランテが見つけた謎の建造物の目の前にいる。
二メートルもない四角形の岩の建物、いや、建物とは呼べるかすら分からない岩の塊。だが、苔が生え時間が経っていることには間違いないが確かに人の手が加えられた形跡がある。この平原のど真ん中に存在するにはあまりにも不恰好であった。
興味本位でその岩をペシペシと叩く飛鳥は顎に手を当て頭を悩ませるディノランテに振り返る。その様子からディノランテですらこの岩が何なのか分かっていないことが窺える。
「あれ、そういやシェリアどこ行った?」
不意にシェリアがどこにもいないことに気づく。周りを見渡すがそこにその姿はない。
「アスカ!」
その時、シェリアが呼ぶ声が聞こえた。だが、それは焦りと不安に満ち強張ったように思われた。
岩の裏側からシェリアが顔を出し手招きをする。飛鳥とディノランテは顔を見合わせシェリアのいる岩の裏側へ回った。
そこでようやくシェリアの姿を見た飛鳥はその顔がひどく険しい表情であることに気づいた。
飛鳥は顔を引き締めシェリアが見つめる岩の裏側を見た。
「おいおい、何だよこれ……。ディノ、流石にこれは知りませんとか言われても信じねぇぞ……」
初めはそこにこの世界にまつわるとてつもない何かが描かれているのか、としか考えてなかった。この広い平原でそれ以外、何があるのかと心のどこかで決めつけていた。
だが、それは全く見当違いなものだった。
そこにあったのは暗黒へと続く階段。一段一段が高く、数段降りるだけですぐにその暗黒へ足を踏み入れることになるだろう。
「知らない。知らないぞ、このなもの……!」
ディノランテは固く握りしめながら声を荒げる。そして、左目の聖気玉から『光源』を発動すると、それを右手で操りながら何のためらいもなく階段を降りていった。
「お、おい、ディノ!」
飛鳥がそう呼びかけるもそれに反応する様子はない。初めて見るディノランテの厳しい顔つきに飛鳥の額に水滴が浮かんだ。
「どうするの?」
カツン、カツンと靴の音だけが響く階段を見下ろす飛鳥の隣で袖を引きながらシェリアが尋ねた。だが、その表情は既に飛鳥の答えが分かったいるかのように感じられる。
「ぬあー、くそっ!」
頭を両手で掻きむしりながら飛鳥が唸る。
「行くぞ、シェリア!」
「ん。そう言うと思ってた」
言いながら『光源』を発動すると、シェリアの右手に光の球体が浮かび上がる。
—————
鼓動が止まらない。見えるのは少し先まで。『光源』で照らされているにもかかわらず、その光は遠くまで届かず何かに吸い込まれるように消えてしまう。
そこまで階段を降りていないはずなのに振り返ると、入り口から入るはずの光が既に見えなくなり、もしここが平地であればすぐに進むべき方向を見失うだろう。
暗ければ暗いほど人は恐怖に包まれ、その恐怖に正しい判断ができなくなる。人は決して暗闇の中では生きられないのだから。
「アスカ、止まって」
飛鳥の背後からシェリアが呼びかける。振り返るよりも先に柔らかな手が飛鳥の両目を優しく包み込む。
その直後、その両目に温かな感覚が流れ込む。飛鳥は目を瞑りその感覚に身を任せる。
そして、シェリアの手が離れ地下から吹く冷たい風が目に触れる。
ゆっくりと目を向けると昼間、とは流石にいかないが、その暗闇の中でもかなり周りを見渡すことができた。
「『暗視』だよ。流石に暗すぎるから……」
「あぁ、助かった。正直、かなりビビってたから」
「ん」
『暗視』。文字通り、暗闇の中でも視界を確保する法術である。イメージとしては太陽の元、サングラスをかけているような感覚だ。
「それにしても、この空間、おかしくないか?」
視界が良くなったとこで少し心に余裕のできた飛鳥がシェリアに話しかける。
この空間はおかしい。飛鳥のその主張は間違いではない。『光源』の光は数歩先までしか届かず、背後の入り口の光もない。さらに先を進むはずのディノランテが放つ『光源』の光すら飛鳥たちの目に届いてはいなかった。これをおかしいと言わず何と言うのだろうか。
「私もよく分からないけど……」
とシェリアは言うとその歩みを止めた。
突然、背後から聞こえるはずの足音が消え飛鳥は振り返る。
シェリアは壁に触れながら何かを考えていた。
「シェリア……?」
どうしたのかと思いシェリアに問いかけるが返事はない。少しして、ようやく口を開いた。
「この壁、それに地面、天井が光を吸い込んでる……、と思う」
シェリアは壁に触れながら再び階段を降り始めた。前がつっかえないよう飛鳥も足を進める。
「光を吸い込むって……、あれか? 『無光』みたいなやつか?」
最近、訓練をサボっている『無光』。飛鳥の思いつく限り、この状況で光を吸い込むものはそれしかない。
だが、飛鳥の考えは的を外したようでシェリアは首を横に降る。
「たぶん違う。『無光』は光の魔法全てを問答無用で吸い込むんでしょ?」
そう言い、シェリアは右手に未だ維持し続ける『光源』を前に突き出した。
それがこの光を吸い込む現象が『無光』ではないことを物語っていた。
「確かに光は吸い込まれている。でも『光源』そのものが飲み込まれたわけじゃない」
それに……、
「入り口の自然の光も吸い込まれている。これはもう『無光』とは別物と考えた方がいい」
背中越しに聞くシェリアの声は普段と変わらず落ち着いていた。つまり、少なくとも光が吸い込まれているこの状況が危機に直結していないことを意味している。
危険なナウデラード大樹林を生き延びてきたシェリアの危機察知能力はずば抜けている。そして、飛鳥はシェリアのその感とも言える能力に全面的な信頼を置いていた。
「とりあえず、ディノに追いつこう。急ごう」
「ん」
頷いたシェリアを横目に確認すると飛鳥たちは降りるペースを上げる。そこには二人の靴音だけが鳴り響いていた。
—————
「深いな。どこまで続いているのか……」
呟きながらディノランテはゆっくりと慎重に暗闇の中、階段を降りていく。
何なのだ、ここは……。今まで国の近くに地下に続く階段があるなど聞いたことがない。なら、ガルマインが隠していたのか? いや、わざわざ隠せば、それがまたリスクになる可能性もある。ガルマインの奴らも馬鹿ではない。
と、ディノランテは今にもはち切れそうなほど、頭をフル回転で働かせていた。
今いる階段の位置はシリュカール王国の国境からから約一日ほどの距離にある。にも関わらず、ディノランテはこの階段の存在を今まで知ることはなく、ここから最も近い町の住民からもそれについて聞くことはなかった。
ディノランテの額を伝い顎先から一滴の汗が落ちる。地下から肌寒い風が流れているはずなのに、呼吸が荒くなり身体の火照りが治らない。
この先に何があるかも分からない。何かが潜んでいるかもしれない。
突然、何かが現れたとしても普段使っていた愛剣は国を出るときにおいてきた。今あるのは左眼の聖気玉のみ。
「はぁ、流石に無防備だな。一人で来たのは軽率だったか……」
頭の中に先ほどまで共にいた飛鳥たちの顔が浮かんだ。だが、ディノランテは頭を振り頭の中から二人の姿を掻き消した。
「だめだ、だめだ。こんな場所にある以上、これはシリュカールとガルマインにも関係しているかもしれない。二人を巻き込むわけには……」
やがて自問自答を繰り返すディノランテは階段の終わりにたどり着く。全ての階段を降りた先には少しだけ直線の廊下が待っていた。
だが、階段の時とは違い、その目にははっきりと今までとは違うものが映っていた。
それは『光』だ。
ディノランテは壁、床、天井などの自身を取り囲む全てのものが光を吸い込んでるいることに気づいていた。そして、左眼によりその光がある場所は向かっていることも。
その光の執着点が今いる廊下の先というわけだ。
ディノランテは右手をグッと握り『光源』を消すと意を決し足を進める。次第に目に飛び込む光量が増え目を細める。
手で目を覆い指の隙間から奥を見る。そして、ついに廊下を抜ける。
そこにあったのはとんでもなく広い空間であった。
ディノランテはその空間を前に立ち尽くした。
空間の中心には崩れてはいるが祭壇と思わしき台座があり、それを取り囲むように巨大な柱が七本、天井へと伸びていた。
周りの壁面には様々な絵が書き込まれており、それがこの世界の歴史を記していることが容易に想像できた。
「こん、な物が……、国の近くに……。今まで、ずっと気づかずっ……!」
呆けていたディノランテは徐々に声が荒々しくなる。だが、そこでハッとする。
自分はもう国を捨てたではないか。今更、逃げ出した自分には何が起ころうが関係ないではないか。王族ですらなくなった自分には、国で何が起ころうと気にすることではない、と。
カツン、カツン。
その時、背後に何かの気配を感じた。頭を抱えるディノランテは考える暇さえ与えぬその気配に怒りさえ覚えた。
「んの、考える時間ぐらい……よこせよっ!!」
未だに整理がつかないディノランテはそれらを全て吹き飛ばすように振り向きながら左眼の聖気玉に聖術気を大量に流し込む。
相手を確認する余裕など今のディノランテにはなかった。
左目の前に術式陣が浮かび上がり、そこに集まった風の塊をヤケクソに撃ち出すのであった。




